ワクチンのシェディングについて①

はじめに

COVID-19およびそのワクチンに関する情報を目にする中で、比較的知識があると思われる方々でさえ、いわゆる陰謀論や科学的根拠の乏しい情報に惑わされているように見受けられます。これは一つには、疫学データの解釈が非常に難しいことに起因しています。一見簡単に見えるデータであっても、疫学特有の手法や癖により誤解を生むことがあります。異業種で経験を積んだ方々が疫学データを解釈する際、疫学特有の罠に陥り、独自の理論を展開してしまうことがしばしば見受けられます。

したがって、情報源としては、疫学研究の実績があり、疫学データの解釈に豊富な経験を持つ専門家、あるいは実際の臨床現場で当該診療領域の経験を持つ専門家の発言を重視する必要があります。用語一つをとっても、その領域での使用方法には歴史があり、特定の意味があります。用語だけを流用し、具体的な意味が曖昧なまま使用することは避けるべきです。例えば、インターネット上で見かける「シェディング」という言葉の使い方についても、注意深く検討する必要があります。

ワクチンのシェディングとは?

ワクチン接種が進む中で、「ワクチンのシェディング」という言葉を耳にすることが増えてきました。これは一体何を意味するのでしょうか?一般の方々にとっては少し難しい概念かもしれませんが、ここではできるだけ分かりやすく説明してみたいと思います。

一般的にはワクチンのシェディングとは、ワクチンを接種した人が、ワクチン由来のウイルス粒子を体外に排出する現象を指します。これは特に生ワクチンに関連して見られることが多いです。例えば、ロタウイルスワクチンに関する研究では、シェディングが一般的であり、長期間にわたって続くことがあると報告されています。

具体的な例を挙げると、五価ロタウイルスワクチン(RV5)の初回接種後、21.4%の乳児で最大9日間にわたってシェディングが確認されました(Yen et al., 2011)。また、別の研究では、初回接種後5〜10日で93%の乳児がワクチン関連の粒子を排出し、その中でG1という遺伝子型が主に見られました (Markkula et al., 2019)。

RV5とRotarix(RV2)という2種類のロタウイルスワクチンを比較した研究では、シェディングの割合は似ているものの、RV2を接種した人の方がより多くのウイルスを排出していることが分かりました(Hsieh et al., 2014)。

一方で、経口狂犬病ワクチン(SPBN GASGAS)に関する研究では、様々な動物種において24時間以上感染性ウイルスの活発なシェディングは見られず、水平感染のリスクは最小限であることが示唆されています (Vos et al., 2018)。

これらの研究結果は、ワクチンの種類や接種を受ける種によって、シェディングのパターンが大きく異なることを示しています。ワクチンのシェディングについて理解を深めることで、ワクチン接種に関する不安を軽減し、より安心して接種を受けることができるでしょう。

新型コロナウイルスワクチンではどうでしょうか

世の中で数多くの医学・生物学の論文が公開されているのですが、その多くの論文を網羅的に検索できるPubMedと言う米国NLMが提供するデータベースがあります。多くの研究者がPubMedを利用しており、また、論文を投稿する際には自信の研究を世に広く認めてもらおうと、PubMedに登録される雑誌に論文を掲載するように投稿先を考えます。私がそのPubMedを利用して調査した限りでは、新型コロナウイルスワクチンに関するシェディングが発生したことを示す学術論文は見つかりませんでした。生ワクチンとは異なり、現在日本で広く接種されているmRNAワクチンや遺伝子組換えタンパク質ワクチンは、ウイルスの一部の成分のみを使用しているため、ワクチン由来の遺伝子だけではウイルス粒子を構築するために必要な構成要素が揃いません。このため、ワクチン由来のウイルス粒子が構築されることは理論的に考えにくいです。

下の図は報告されたSARS-CoV-2ウイルス起源株の遺伝子配列(Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 isolate Wuhan-Hu-1, co – Nucleotide – NCBI (nih.gov))を基に遺伝子の配置を色分けしたものです。図ではORF1abを一つの色で塗っていますが、ORF1abの領域にはさらにいくつかのタンパク質をコードする領域が含まれています。多くの遺伝子が揃って初めてウイルス粒子としての構造が構成されるため、Sタンパク質をコードする遺伝子だけでウイルス粒子の構造を形成することは難しいと考えられます。

それにもかかわらず、レプリコンワクチンにシェディングの懸念があると主張するウェブサイトが存在しますが、根拠データは直接は示されていません。当該声明では、Seneff, S., & Nigh, G. (2021). Worse than the disease? Reviewing some possible unintended consequences of the mRNA vaccines against COVID-19. International Journal of Vaccine Theory, Practice, and Research, 2(1), 38-79.の文献を引用していますが、この文献はPubMedには掲載されていないため、検索にかかりません。

Seneff氏の所属はComputer Science and Artificial Intelligence Laboratory, MIT, Cambridge MA, 02139, USAであり、ウイルスやワクチンの専門施設ではありません。文献内にも、実験や臨床試験で直接ウイルスのシェディングを確認したデータは記載されていません。また、ワクチンの領域で問題となっているのはウイルス粒子のシェディングですが、Seneff氏の文献ではタンパク質のシェディングについて論じています。膜タンパク質が細胞膜表面で切断されて細胞から離れる現象をシェディングと呼ぶ研究領域もありますが、人から人への伝播を問題にしているため、膜タンパク質のシェディングとは異なる意味合いです。根拠の有無は引用文献を確認する必要がありますが、仮にスパイクタンパク質が被接種者から放出されたとしても、それがウイルスとして感染し、COVID-19を発病するとは考えにくいです。

Seneff氏は、従来のワクチンの安全性で問題になるシェディングとは異なる意味で「シェディング」を使用していることが明らかになりました。異業種間で同じ言葉を異なる意味で使用することはあり得るため、その言葉の共通認識を持たない限り議論は成立しません。まず、この研究者がどのようなデータを基に、どのような現象を「シェディング」と称しているのかを明確にする必要があります。

もう一点気になる点があります。それはSeneff氏の論文はmRNAワクチンを対象にして記述されている点です。レプリコンワクチンでの懸念に直に結びつけて良いものか。少なくとも、従来のRNAワクチンでは問題としなかったにもかかわらず、レプリコンワクチンでは懸念であるとするのであれば、違うワクチンについての情報を引用して根拠とすることの正当性の説明は見てみたいところです。

Seneff氏は、レプリコンワクチンについて論じている訳ではないのですが、mRNAワクチンでの「スパイクタンパク質のシェディング」を論じていました。その直接的な根拠となるような観察の記録データは記載されておらず、代わりにLucchetti氏らの論文(Lucchetti et al., 2021) を引用しています。Lucchetti氏らの論文はPubMedに掲載されていますので、この記事でもReferencesの中に書誌事項を記載しておきます。Lucchetti氏らの論文ではどのような研究がなされているのかは別記事にしようと思いますが、このSeneff氏の文献のシェディング周りの部分をもう少しだけ見ておこうと思います。

この部分を機械翻訳しました。

インターネット上では、ワクチン接種者が近くにいる未接種者に病気を引き起こす可能性についての議論が多くあります。これは信じがたいかもしれませんが、脾臓の樹状細胞から誤って折りたたまれたスパイクタンパク質を含むエクソソームが放出され、他のプリオン再構成タンパク質と複合体を形成することで起こり得るというもっともらしいプロセスがあります。これらのエクソソームは遠くまで移動することができます。肺から放出され、近くの人が吸い込むことも不可能ではありません。エクソソームを含む細胞外小胞は、痰、粘液、上皮内液、気管支肺胞洗浄液において呼吸器疾患と関連して検出されています(Lucchetti et al., 2021)。

「もっともらしいプロセス」があると言い切っています。それぞれの現象があるとして、そのプロセスが実際に起こるのか、想像の中でつないだだけなのかはわからないものなのですが、新型コロナウイルスのワクチンを接種したヒトに実際に起きたというデータは明記されていません。あと、プリオンと言えばクロイツフェルト・ヤコブ病や狂牛病を引き起こすことで知られていますが、mRNAワクチンの副反応や新型コロナウイルスの病態に関連しているという話は聞いたことがありません。

私がここまで見てきた範囲では、Seneff氏の文献は、自然現象や実験環境での現象を観察して、その観察結果を解釈するという科学的なプロセスに基づいたロジックは読み取れない文書であることが理解できました。

References:

Hsieh, Y.-C., Wu, F.-T., Hsiung, C. A., Wu, H.-S., Chang, K.-Y., & Huang, Y.-C. (2014). Comparison of virus shedding after lived attenuated and pentavalent reassortant rotavirus vaccine. 32(10), 1199–1204. https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2013.08.041

Lucchetti, D., Santini, G., Perelli, L., Ricciardi-Tenore, C., Colella, F., Mores, N., Macis, G., Bush, A., Sgambato, A., & Montuschi, P. (2021). Detection and characterisation of extracellular vesicles in exhaled breath condensate and sputum of COPD and severe asthma patients58(2), 2003024. https://doi.org/10.1183/13993003.03024-2020


Markkula, J., Hemming-Harlo, M., & Vesikari, T. (2020). Shedding of oral pentavalent bovine-human reassortant rotavirus vaccine indicates high uptake rate of vaccine and prominence of G-type G1. 38(6), 1378–1383. https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2019.12.007


Vos, A., Freuling, C., Ortmann, S., Kretzschmar, A., Mayer, D., Schliephake, A., & Müller, T. (2018). An assessment of shedding with the oral rabies virus vaccine strain SPBN GASGAS in target and non-target species. 36(6), 811–817. https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2017.12.076


Yen, C., Jakob, K., Esona, M. D., Peckham, X., Rausch, J., Hull, J. J., Whittier, S., Gentsch, J. R., & LaRussa, P. (2011). Detection of fecal shedding of rotavirus vaccine in infants following their first dose of pentavalent rotavirus vaccine. 29(24), 4151–4155. https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2011.03.074

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