研究の詳細

研究の紹介(詳細)

1) 幼児吃音への支援ガイドラインの作成

1a) 幼児の疫学調査

幼児吃音への早期介入システムの開発

吃音の多くは幼児期に5〜8%の割合で発症すると海外の調査では報告されています(Mansson, 2000; Yairi & Ambrose, 2013)。100人に5〜8人ですので、比較的高い発症率となりますが、そのうちの75%は3〜4年後までに自然と治るとも報告されています(Mansson, 2000; Yairi & Ambrose, 2005)。このように、非常に高い治癒率から、吃音は「幼児期に一時的に見られることばの問題」と考えられがちですが、治らずに大人になるまで続く場合が20〜30%あることも事実です。

このような特徴が報告されている吃音に関する、日本の現状は下記のようになります。

  • 日本での大規模な幼児の吃音に関する調査がないため、日本での発症率や治癒率などは不明
  • 「そのうち治る」「一時的なもの」と考えられることが多いので、実際に吃音のある子どもの親が相談機関に問い合わせても、「様子をみましょう」と言われることが多い
  • 「様子を見ていたが治らない」という訴えが小学生頃に出てくる

 このような現状を受け、本プロジェクトではまず、日本の幼児にはどれくらいの割合で吃音が生じるのか、どれくらいの子どもが自然と治っていくのかなどの、疫学的な数値を明らかにすること、またどのような特徴・要因が吃音を治りやすくするのかなどの、関連要因を明らかにすることを目指し、3歳〜3歳6か月頃のお子さんを対象に、全国規模で調査を実施しています。

1b) 幼児の介入研究

幼児期の吃音に対して、どのようなアプローチを行えばよいのか。国内で広く行われているアプローチに環境調整法や、これに必要に応じて発話訓練を取り入れる方法があります。一方、世界的に実施されることが増えているアプローチにリッカム・プログラムがあります。

幼児の吃音には通常、ある条件下(例:ゆったり過ごしているとき、情緒的に安定しているとき)では比較的流暢に話せるのに、他の条件下(例:説明しようとしているとき)ではよくどもってしまうといったように、変動性がみられます。環境調整法とは、吃音のある幼児の内的または外的環境を、子どもの流暢な話し方が増えるように整えることで、流暢に話す力を伸ばしていこうとする方法です。
このような環境調整法のみで改善しない場合や、症状が重い場合には、必要に応じて発話訓練が取り入れられます。幼児に行う発話訓練としては、“吃音症状が生じにくい、ゆったりとした楽な話し方”を、単語レベルから徐々に長い発話に向けて系統的に練習していくといった方法がしばしばとられます。

一方リッカム・プログラムとは、オーストラリアのシドニー大学のマーク・オンスロー博士を中心に開発された幼児吃音向けの治療プログラムです。近年、訓練効果に関する質の高い研究が多く発表され、世界中で実施されることが増えてきています。
このプログラムは、①子どもが流暢に話せたときに褒めたり、流暢であったことを知らせたり、流暢であったかどうかの自己評価を子どもに求めたりする、②子供が明らかにどもったときに(支持的な雰囲気の中で)どもっていたことを知らせたり、もう1度言い直してもらったりする、といった「子どもの発話に対する大人のことばかけ」を用いることで治療を行っていきます。治療は基本的に家庭で行われ、臨床家は保護者に治療の進め方を助言します。

今回の幼児介入研究は、吃音のある幼児に対して、①これら2つのアプローチのどちらがより有効かなのか、②どんな子どもの場合に、どちらのアプローチがより有効であるのか、といったことを明らかにする目的で実施されています。以下では、どのような方にご協力いただくのか、ご協力いただく内容はどのようなものか、といった点について記載します。

1c) 合併症のある幼児の対応

吃音のある幼児さんの中には、自閉スペクトラム症や注意欠如多動性障害(ADHD)、構音障害といった他の難しさを併せ持っているお子さんが少なくありません。幼児の介入研究を行う中で出会う、このような合併する問題があるお子さんの経過や、研究班のメンバーのこれまでの臨床経験、文献レビューをもとに、合併症のある幼児の対応に関するガイドラインを作成することも、本研究では目指しています。

2) 中高生・成人の認知行動療法による治療

2a) グループ訓練

吃音のある青年期以降の人は、滑らかに話せないことや、そんな自分を周りがどう思うか、失敗するくらいなら話さないほうがマシだ、など様々な悩みが増えていくことが少なくありません。

従来の研究では発話の滑らかさに焦点を当てた治療や、吃音に関連する不安や吃音を隠そうとする対処行動を減じていく方法がとられてきました。これらの治療の多くは個別訓練の形式で行われ、これまでにも一定の効果が示されています。しかし再発のリスクがあることや、治療に時間がかかるなど、いくつかの問題が未解決のままです。

当チームでは、吃音のある人でも場面によっては、吃音が出ることが頭に浮かばず、自然に楽な発話ができているという事実に注目します。この自然で楽な発話を最大限に生かすアプローチをグループの形式で実現する方法を研究します。

治療目標は、自然で楽に話すことをいつも使用できるようにすること、吃音が出ないことを会話の目標にするのではなくいかに相手に意図を伝えるかを目標にすること、そして吃音が出るかどうかに注意を向けずに会話の内容や相手の様子などコミュニケーションに注意を向けるようにすることです。

この研究のカギは近年注目されている認知行動療法です。認知行動療法は、悪循環が生じている考え方、物事のとらえ方を現状に即したものに変容することを援助します。また、行動することから考え方を変えていくことを支援します。これまでにも認知行動療法を用いた吃音治療の研究成果が報告されています。

実際の治療にはグループの形式を用います。グループの治療は海外では近年取り入れられている手法で、研究成果も出てきているところです。

当チームでは、これまでに焦点の当たらなかった吃音へのアプローチを、認知行動療法とグループ訓練という形で研究し、あらたな吃音の治療アプローチについて提言します。その他に、中学生、高校生の吃音治療に対する実態調査も行っていきます。