ホーム

グルコーストランスポーター1欠損症とは

グルコーストランスポーター1欠損症はどういう病気ですか?

グルコーストランスポーター1(英語ではGlut1あるいはGLUT1と略し、グルットワンと読みます)欠損症という病気は、脳のエネルギー源であるグルコース(ブドウ糖)が脳内に取り込まれないことにより起こります(図1)。患者さんの多くで、両親から受け継いだSLC2A1遺伝子のどちらかに新しく生じた遺伝子の構造の変化( 変異) がみつかります。そして家族例の報告も少なからずあります。SLC2A1遺伝子の変異によって、脳の毛細血管内皮に存在し、血中のグルコースを脳内に運ぶ働きをするグルコーストランスポーター1が欠損します。脳が通常エネルギー源として使用できるのはグルコースのみです。小児における脳のグルコース需要は成人の3〜4倍とされています。発達期の脳へのグルコースの供給が十分でないと脳の機能や発達に大きな影響を及ぼすことになります。グルコーストランスポーター1蛋白の機能が50%しか保てない変異をもつ患者さんがグルコーストランスポーター1欠損症の典型例(より重症なタイプ)となります。50〜75%ほど保てている変異では症状は軽症化し、75%以上ある場合には軽微な症状のみを示す軽症例もあります。

図1 脳のエネルギー代謝経路
図1 脳のエネルギー代謝経路

最初の症状として、乳児期に眼球の異常な動きけいれん息を止める様子(無呼吸)などの症状が現れたり、消えたりします。経過とともに、発達の遅れ、手や足を動かす際に力が入ってしまう痙性麻痺、ふらつき・ことばのもつれ・不器用がみられる運動失調、何かをしょうとして、からだを動かすと筋肉に力が入ってしまい、思う通りに動かせなくなるジストニアなどのさまざまな症状が出現します。患者さんの80〜90%にてんかん発作があり、多くは乳児期に発症しています。てんかん発作とは別に、眠気や意識レベルの変化、運動失調、手足を動かそうとしても十分に力が発揮できない状態である運動麻痺、自分の意志に関係なく四肢が勝手に動いてしまうジスキネジアなどのさまざまな運動異常症頭痛嘔吐などの症状が突然現れることもあります。こうした症状が、空腹(特に早朝空腹時)、運動、疲労・睡眠不足、体温上昇時に悪化し、食事、安静、休息・睡眠によって改善することが特徴的な所見です。

てんかんは重症化することもなく、思春期を経て軽減し、さらには消失することもあります。一方、発作性ジスキネジア、痙性麻痺や運動失調などの運動障害や他の発作性症状が、思春期以降に新たに出現したり、小児期から現れていれば悪化したりすることもあります。 その他にも生命に影響を与える合併症もなく、寿命が極端に短い病気でもありませんが、発達期の脳へのグルコースの供給が十分でないことによる脳の機能や発達に影響が出る前に、早期診断のもとで治療が開始されることが望まれます。

グルコーストランスポーター1欠損症はどのようにして診断がつくのですか?

症状や特徴的な所見から、グルコーストランスポーター1欠損症が疑われたら、背中に針を刺して行う検査(髄液検査)で採取した髄液中のグルコースの値が低いこと(髄液糖低値)が確認できると、診断はほぼ確実となります(図2)。最終的には遺伝子検査で遺伝子変異が見つかれば、診断は確定となります。日本小児神経学会が支援する共同研究における全国実態調査では80人以上が確認されていますが、まだ全国に未診断の小児、成人例が多く存在すると考えられています。

図2 グルコーストランスポーター1欠損症の診断と治療の流れ
図2 グルコーストランスポーター1欠損症の診断と治療の流れ

グルコーストランスポーター1欠損症では現在どのような治療が行われていますか?

てんかん発作に対しては、発作型を考慮した抗発作薬による内服治療が行われます。病気により低下した知的・身体的能力を高め、基本的動作能力や社会的適応能力を得るために、リハビリや療育が行われます。

表面的な症状の緩和を主な目的とする対症療法だけでなく、この病気の原因治療に近い食事療法があります。高脂肪、低炭水化物の組成の食事で、グルコースに代わりケトン体エネルギー源として脳に供給できるケトン食療法は(図1)、てんかん発作やその他の発作症状を抑えることにはっきりと効果があり、知的能力、運動能力、脳の目覚め度(覚醒度)、意欲も向上させるので、患者さんの生活の質が改善することが期待され、早期診断のもとに開始されるべき治療です。ケトンフォーミュラという調製粉ミルクもあり、乳児早期からの治療も可能です。ケトン食療法にはいくつかの種類があり、古典的ケトン食療法修正アトキンズ食などがありますが、効果には大きな違いはありません(図2)。どちらを選ぶかは、主治医や栄養士と相談して決めることになります。

現時点では思春期以降もケトン食療法を継続した方がよいと考えられています。軽症例ではそのまま継続するか、成人期診断例では新たに開始するかは、主治医と相談し、利益・不利益を考えて個別に検討していくことになります。症状の軽いお子さんでは、症状の改善が軽微だと治療継続にメリットを感じることができず、食べさせることに苦労しているご家庭もあるようです。それ以外にも、長期的副作用日常生活(外出・外泊・通学・通所・入所)の制限災害時の食材確保と調理経済的負担、そして、母親以外の調理者がいないことなど、ケトン食療法を継続する上での心配事は尽きません。安全で効果がある新しい治療法の開発は、患者さんやご家族にとって、受けられる治療の選択肢の一つともなり、大きな希望となることが期待されます。そして、早期治療につなげるために、簡単に行えて、患者さんの負担が少ない検査法の普及も待たれるところです。

母子愛育会 総合母子保健センター 愛育研究所 小児及び母性保健研究部/東京女子医科大学 小児科 伊藤 康