呼吸器悪性腫瘍

 呼吸器系の悪性腫瘍には、肺がん、悪性胸膜中皮腫、胸腺腫瘍(胸腺腫、胸腺がんなど)などがあります。ここでは、肺がんと悪性胸膜中皮腫について紹介します。


肺がん
 肺がんは部位別がん死亡原因の第1位で、日本では年間7万5千人が肺がんで亡くなっています。人口動態統計による全国がん死亡データでは、がんで亡くなる方の5人に1人は肺がんで、肺がんによる死亡者数は今後も増加することが予想されています。



 肺がんの原因としては、タバコが最も重要です。タバコの煙の中には、60種類以上の発がん物質が含まれており、肺がんをはじめとした様々ながんを引き起こすことが分かっています。実際に、男性肺がん患者の70%は喫煙者であり、タバコを吸っている人は肺がんになりやすいといえます。禁煙すれば肺がんになる危険性が低下することが分かっているので、禁煙は最も有効な肺がん予防策です。

 肺がんは、小細胞肺がんと非小細胞肺がんの2種類に大きく分けられます。

 小細胞肺がんは、肺がん全体の15〜20%を占め、肺がんのなかでも非常に個性的な性格をもつがんです。進行が速く、転移も来しやすいのですが、化学療法 (抗がん剤) や放射線療法が効きやすいため、治療は化学療法 (抗がん剤) や放射線療法が主体になります。

 非小細胞肺がんは、肺がん全体の80〜85%を占め、さらに腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんなどに細分されます。小細胞肺がんと比べると、化学療法 (抗がん剤) や放射線療法が効きにくいので、早期の場合には手術を行います。手術が適応とならない進行がんでは薬物療法(化学療法、分子標的治療、免疫療法)や放射線療法が主体となります。

 非小細胞肺がんに対する薬物療法には、化学療法(細胞傷害性抗がん薬)、分子標的治療薬、免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)があります。患者さん個々のがんの特性をよく調べ、適切な薬剤を選択することが重要です。また、薬剤をどのように組み合わせるか、どのような順番で使用していくかも検討する必要があります。

 細胞傷害性抗がん薬は細胞分裂が盛んながん細胞に作用する薬剤です。白金製剤(シスプラチン、カルボプラチンなど)と白金製剤以外の薬剤(ペメトレキセド、パクリタキセ、S-1ビノレルビンなど)を併用して用います。

 分子標的治療薬は、がん細胞の増殖や進展に関与する特有の分子を標的にした薬剤です。分子標的治療薬には血管新生阻害薬とドライバー遺伝子異常に対する阻害薬があります。血管新生阻害薬は、増殖するために多くの酸素と栄養を必要とするがん細胞に対して新たな血管ができることを妨げる「兵糧攻め」にする薬剤です。一方、一部のがんではドライバー遺伝子異常が原因で増殖することが分かっています。ドライバー遺伝子異常(EGFR、ALK、ROS-1、BRAF、METなど)を認める場合には各々の阻害薬の効果が期待できます。

 2015年以降、免疫チェックポイント阻害薬が非小細胞肺がんの薬物療法を大きく変えています。免疫チェックポイント阻害薬の効果がどのくらい期待できるかを検討するために、患者さんのがん組織における免疫チェックポイント分子(PD-L1)の発現を調べます。その結果をもとに免疫チェックポイント阻害薬単剤で治療を行うか、他剤と併用するかを検討します。

 分子標的治療薬や免疫療法などの薬物療法の進歩により、肺がんの予後は着実に改善しつつあります。


【当科での試み】
 肺がんは早期に診断して治療を行うことにより予後が改善するため、早期発見・早期治療が重要です。また、進行期においては適切な薬剤選択を行うためにがんの組織を十分に採取し、各種検査を行うことが必要です。当科では、確実で適切な診断を目的として蛍光気管支鏡および超音波気管支鏡検査を積極的に取り入れています。

 治療面では、肺がん診療ガイドラインに基づいた標準的な治療を基本としつつ、患者さんの状態やニーズ、個性に応じた適切な医療を提供することに努めています。さらに肺がんの治療成績向上を目的に多数の免疫チェックポイント阻害薬を含む新薬の国際共同治験や、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)、北東日本研究機構(NEJ)等の多施設共同臨床試験に参画し、積極的に新しい治療法の開発を行っています。また、当科ならびに同門会三徳会関連施設を中心として多施設臨床試験も展開しており、高齢者肺がん(Respir Investig 56:80-86, 2018)や間質性肺炎合併肺がん(Lung Cancer 125:93-99, 2018)に対する新規治療の有効性と安全性を報告しています。患者さんのご協力のもと、新たな標準治療の開発に寄与できる臨床研究を推進し、患者さんとともに肺がん治療を進歩させていきたいと考えています。

 また、血管新生阻害薬における薬剤耐性メカニズムの解明、免疫チェックポイント阻害薬および血管新生阻害薬併用療法における免疫細胞(線維細胞など)機能解析、腫瘍内免疫細胞(骨髄由来免疫抑制細胞など)に対する化学療法の影響の検討、マウスモデルを用いた複合がん免疫療法の検討などの基礎研究を精力的に実施しています。肺がんの難治化に関与する分子機構の解明とそれを分子標的とした生物学的制御法を探求し、新規治療法の開発を目指しています。

 当科は、より良い肺がん治療法の確立のために臨床試験や臨床研究の実施を今後もより一層推進し、大学病院の特性を生かした高度先進医療を患者様に提供できるよう、引き続き努力を続けていきます。

悪性胸膜中皮腫
 悪性胸膜中皮腫は、胸膜内面を覆う一層の中皮細胞より発生する難治性腫瘍です。悪性胸膜中皮腫の発症に関わる原因として最も有名なのがアスベスト (石綿) であり、患者さんの約80%はアスベスト曝露歴があります。厚生労働省人口動態統計では、悪性胸膜中皮腫による2010年の死亡者数は1,209人で、1995年の2.4倍となっており、特に男性の増加が著明です。日本では1970〜90年頃にかけて大量のアスベストが輸入・使用されており、悪性胸膜中皮腫の潜伏期間はアスベスト曝露から約30〜40年であることから、今後数十年間にわたり患者数が急増すると予想されています。

 悪性胸膜中皮腫は、胸水貯留や胸痛などの自覚症状によって発見されることが多く、胸水検査や胸腔鏡検査などによって診断されます。治療としては、早期の場合には手術 (胸膜切除/肺胸膜剥皮術や胸膜肺全摘術) が考慮されますが、手術が適応とならない場合は薬物療法(化学療法、免疫療法)が選択されます。しかし、早期診断が困難な上に化学療法や放射線療法が効きにく、予後が著しく不良であることや、今後さらに罹患率・死亡率ともに増加することが予想されていることから、有効な治療法の開発が求められています。

【当科での試み】
 当科では、悪性胸膜中皮腫の増殖・進展機構の解明と新規治療法開発のための探索的研究を進めています。血管新生阻害剤などの新規分子標的治療薬や、化学療法と免疫療法の併用療法の有効性を確認しており、これらの薬剤が有望な治療法である可能性が示唆されています。

 悪性胸膜中皮腫の治療法の開発は、個別化医療においても極めて重要と考えられ、今後も基礎・臨床研究を継続しつつ、臨床への応用を目指していきます。
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