学術集会・セミナー

日本神経消化器学会理事長の挨拶

理事長 福土 審 
東北大学先端ビーム科学研究センター研究教授
石巻赤十字病院心療内科

 日本神経消化器病学会は、設立以来、四半世紀を過ぎました。ここまで本会を育てて来られた歴代理事長の佐藤信紘先生、本郷道夫先生、故峯徹哉先生、三輪洋人先生はじめ、先達の先生方に心から感謝の意を捧げたいと思います。その学会を引き継ぎ、発展させる役割を担うことは、私の大いなる喜びであります。
 神経消化器病学は、現在、急上昇中の注目領域です。若手研究者が今こそいきいきと研究に着手すべき分野だと断言できます。神経消化器病学は臨床面では脳腸相関病や消化管運動異常症を主要な標的疾患にしています。これらは過敏性腸症候群、機能性ディスペプシア、慢性便秘症、胃食道逆流症など、きわめて頻度が高い疾患が多く、罹患患者のquality of life (QOL、生活の質)を悪化させ、個人経済にも悪影響を与える重要疾患群です。その科学的理解の進歩は、他領域の皆さんをして、「こんなことになっているのか!」という驚きを与える程度に急速に進歩しています。
 まず、ゲノム分析がゲノムワイドの手法でなされていますし、プロテオーム解析やメタボローム解析が進み、腸内細菌の関与が確かですので、マイクロビオーム解析が進んでいます。次に、われわれが長年主張して来ましたように、機能性消化管疾患は脳腸相関病(腸脳相関病)に名称を変更しました。このため、脳画像検査の陽電子断層撮影(PET)、磁気共鳴画像(MRI)、大脳誘発電位、ニューロモジュレーション法の経頭蓋磁気刺激、迷走神経電気刺激などが華々しく実施されています。MRIも機能的MRIによる血液酸素化水準依存効果(BOLD)の測定だけでなく、arterial spin labelling (ASL)、diffusion tensor imaging (DTI)、voxel-based morphometry (VBM)、dynamic causal modeling (DCM)などconnectivityの解析が進行し、活況を呈しています。
 消化管運動の領域はどうでしょうか。その測定にはどの部位に関してもhigh resolution manometry、インピーダンス、pHモニタリングが導入され、微弱な消化管壁運動の計測と消化管知覚の測定にはbarostatが威力を発揮しています。消化管壁運動の評価にはシネMRIや腹部超音波検査も応用されるようになってきました。消化管通過時間の測定にはX線不透過マーカーだけでなく、小腸、大腸のカプセル内視鏡が試みられています。消化管神経叢、カハール介在細胞、平滑筋の分子生物学はどんどん進歩し、神経幹細胞、グリアの役割が解明されつつあります。更に、本領域ではストレスが病態に及ぼす影響が大きいことから、エピゲノムの解析も進行しつつあります。ストレスと脳腸ペプチド、消化管粘膜免疫、粘膜透過性の関連が実証されつつあります。
 日本発の創薬も忘れてはなりません。脳腸相関病とその関連疾患の創薬ができるのは米国、欧州、それに日本にほぼ限られています。1990年代の非常に多くの製薬企業が手がけていたセロトニン受容体に作用する薬剤の中から、5-HT3拮抗薬ramosetron、5-HT4刺激薬mosaprideが実臨床でよく使われるまでに成長しました。機能性ディスペプシアの治療薬としてのacotiamideの成績は日本発の重要なエビデンスです。イオンチャネルに作用するlubiprostone、サイクリックGMPを増やすlinaclotide、胆汁酸再吸収を調節するelobixibatは慢性便秘症の新局面を開きました。胃酸分泌の制御による治療はesomeprazole、vonoprazanを軸に進んでいます。国外では末梢性オピオイド刺激薬eluxadoline、抗菌薬rifaximin、Na+/H+交換輸送体3阻害薬tenapanorが臨床使用されています。更に新たな作用機序の薬物の登場が待望されます。
 これらだけでなく、既存薬、既存治療のあらゆる治療法に複数の無作為比較臨床試験、ひいてはメタ解析による検証が求められています。低fermentable oligo-di-monosaccharides and polyols (FODMAP)食、水溶性食物繊維、プロバイティクス、プレバイティクス、生薬、漢方薬、向精神薬が検討されています。更に、認知行動療法を代表とする心理療法は代表的な非薬物療法です。これにマインドフルネスに見られる東洋由来の温故知新と言って良い方法が欧米では最新の心理療法として注目されており、これらを追加することによる有効性の高さが示されています。
 世界的に見れば、新しい診断基準であるRome Vへの更新が進行中です。これには私と副理事長の東海大・鈴木秀和先生が参画しています。ここから、まさに日本でなければできない活動をいかに世界に発信して行くか、日本神経消化器病学会会員と、また、新たに学会に参加する若手研究者の皆さんと熱く語り合いたいと思います。そして、日本から神経消化器病学の新たな時代を切り開こうではありませんか。

 

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