十勝地域のがん患者さん支援の充実に向けたセミナー 2024
在宅看取りを支える在宅医療連携
皆さん、よろしくお願いいたします。更別村国民健康保険診療所の山田と申します。
私は「在宅看取りを支える在宅医療連携」というお題をいただいているのですが、本日お話しさせていただくメンバーの中では唯一、人口少数地域で地元のかかりつけ医、プライマリ・ケア(普段から何でも診てくれ相談にも乗ってくれる身近な医師による総合的な医療)を担当しておりますので、一般論よりも私のこういった立場から地域のがん患者さんの支援についてお話しさせていただくほうがこのあとの議論に役立つと思って準備しました。
地元のかかりつけ医にとってがんとは
人口少数地域の地元のかかりつけ医である私の視点から見える、私の現場におけるがんとは、どのようなものか。私にとってがんに関して頻度のかなり高い出来事は、かかりつけの患者さんにがんの存在を疑い検査をし精査のために帯広市内の専門医の先生に紹介することです。村の検診で、胃のバリウム検査で引っかかって、胃カメラをしたら生検でがんが見つかる。血液検査で異常な数値が出て、エコーで診たら、肝臓にがんが見つかる。というケースです。
逆に頻度が低いのはすでにがんの診断がついた患者さんの、がんとそれに関連する症候をケアすることです。これは意外に知られていない事実かもしれません。
かかりつけのがん患者さんがたどる道
また、私たちが普段診察させていただいているがん患者さんがどのような道をたどっていくのか。最近ではこれをPatient Journeyと表現します。
まず1つ目は、例えば高血圧や糖尿病などで通院しているかかりつけの患者さんが治療を継続しながら、日常生活を送ることが可能なレベルのがんを患うパターンです。私たちで普段の病気をそのままみ続けているためがんを診てくださっている先生たちとの併診が続くパターンです。
2つ目は、かかりつけの患者さんに治療が困難ながんが見つかり「BSC」(Best Supportive Care:がんに対する積極的な治療を行わずに症状緩和の治療のみを行うこと)の方針となって、がんについても当院に移ってこられるパターンです。
3つ目は、かかりつけの患者さんに治療が困難ながんが見つかりBSCの方針になっても、そのままがんを診てくださっている先生たちでがんのケアをされていくパターンです。
がんの治療が困難な時は「地元でケアを受けたい」とかかりつけの私たちの診療を希望される方のほうが3つ目よりは多い傾向があります。
かかりつけではないがん患者さんがたどる道
4つ目です。へき地にいると、当然ながらかかりつけではない患者さんもいます。そういう方に治療を続けながら日常生活が送れるレベルのがんが見つかるパターンで、この方たちは、私たち以外のかかりつけ医と専門の先生たちとの間でケアされているため私たちにはまったく見えません。
5つ目は、かかりつけではない患者さんに治療困難ながんが見つかって、BSCの方針になったパターンでは、圧倒的にそのままがんを診てくださっている先生たちのケアを受け続ける例が多いです。私たちのケアに移行する例は非常に少なくなってしまいます。
こうして見ると、地域で発生するがん患者さんのうち、私たちがケアに関わらせていただく機会は、かなり限定的であるということが、想像いただけるのではないかと思います。
治療困難ながんになった時に在宅でがんを診る経験をしたこともないし地元の医療機関をかかりつけ医としてもいない患者さんが、地元でがんの終末期に在宅医療を受けることを想像できるかというと難しいのではないでしょうか。私たちのケアに移行してくるのは、かなりまれだということは理解いただけるかと思います。
私たちは在宅医療を長年行っておりますし、専門医の先生方の指導のもと、がんの患者さんの在宅看取りなども積極的にさせていただいておりますが、在宅医療・訪問診療をお受けいただいている個人宅のがん患者さんは現在ゼロ件です。最後に個人宅でお看取りをしたのは1年以上前くらいになってしまうのです。
地域の診療所では主に感染症や軽傷、生活習慣病、心の病、高齢者を診ている
では、地域の医師は何を診ているのでしょうか。現場がどのような感じかをお話しします。郡部の人口少数地域では、診療所の普段の外来診療がどのようなことを行っているかというと、基本的には赤ちゃんからお年寄りまで、全年齢層に対して医療をさせていただいています。全年齢層にわたり多いのは感染症や、鼻血、ちょっとしたけがなどのマイナーエマージェンシー(専門的な手技・治療を行わなくても対処できる軽症の救急疾患)と呼ばれる診療です。それからこれは私たちのプライマリ・ケアという現場に特有の現象かもしれませんが、診断に至ることなく勝手に治る(self-limiting)患者さんが非常に多いです。いろいろな相談を受けますが、何も病気らしいところはなくて、「つらいんだね」と様子を見ているうちに治ってしまう、というのが私たちの普段の外来です。
成人に限定すると、やはり生活習慣病の診療が多いです。
あとは高齢者です。高齢者は、心疾患・腎臓疾患・脳血管疾患・認知症・肺疾患・整形外科疾患といった加齢に伴う臓器障害の多疾患併存状態(multimorbidity)や、さらにこれらによるフレイルが多く見られ、私たちはこういった問題に対応することに追われています。
外来・入院・在宅・施設診療に多くの人的・物理的資源が必要
そういう意味で、普段診療している中で、疫学的に見ても、がんの割合は少ないということも、ご理解いただけるでしょうか。人口少数地域の医療機関はこういった外来・入院・在宅・施設診療のニーズが非常に高く、多くの人的・物理的資源を投下せざるを得ないのです。
「がんを診たくない」と言っているわけではありません。むしろ私たちは地元のがんを抱える患者さんたちのケアに関わらせていただきたいと常々思っているのですが、実際に関わる機会は少ないのです。
人口少数地域の私たちの現場は、がんの患者さんのために知識や技術、さまざまな資源をアップデートし続けることに対して、費用対効果の面で不利なセッティングにいることもご理解いただけると思います。例えばいろいろな設備や点滴に必要なものなど、「このようなものが出ていたのか」とびっくりすることがしょっちゅうあります。久しぶりに在宅看取りをお願いしたいと来た時に、「こんなデバイスを使っているの?」と驚かされることも、ときどきあります。
意外に語られることがなかったと思うので、こういったことをぜひ皆さんと共有して乗り越えたいと常々思っているので、議論できればと思っています。医療機関のわれわれ医師、看護師でもそうなので、ケアマネジャーさんをはじめ、在宅系の介護サービス事業者にとってはなおさら、在宅看取りを希望されているがん患者さんのケアに携わることに不安を感じやすいということもご理解いただけると思います。
元気な時から併診し、訪問看護を導入することで地元の医師も関わりやすく
そのようなわけで、先ほど申し上げたPatient Journeyの観点からも疫学的な観点からも、人口少数地域のがん患者さんを、極力住み慣れた地域で、希望があればわが家でお過ごしいただくためには、乗り越えなくてはいけない障壁が複数あります。
何度も申し上げていますが、少数であっても必ず発生する在宅のがん患者さんに対して、何とかこの障壁を乗り越えたいと常に思っていて、「垂直的な連携」が充実してくると、患者さんたちがスムーズに「在宅を希望したい」と言えるようになるのかと思っています。逆に、「水平的な連携」は何かというと、先ほど酒井先生が詳しくお話ししてくださいましたが、地域のケアマネジャーや訪問看護師などとの多職種間の連携です。
垂直的な連携で、Patient Journeyに関連した障壁でいいますと、先ほど渡邊先生のお話にもありましたが、患者さんが安定してまだ元気で外来通院が可能な時から、私たち地元の医師との併診状態をつくり出すことや、さらにその前の段階から地元の訪問看護を導入することなどが考えられるかと思っています。訪問看護師さんたちが早め早めに入っていると、病状をしっかり把握してくれて、「そろそろ訪問診療に移行してもよいのではないか」、患者さんの状態で、「そろそろ医療用麻薬も必要ではないか」など、アドバイスしてくれて、スムーズに地元の医師も関わりやすくなるわけです。
そして、紹介前に患者さんやご家族にも同席いただいて、人間関係の構築を目的として、ウェブでカンファレンスをやらせていただけるとよいかと思います。
また、疫学的な障壁ですが、患者さんに使用する薬剤やデバイスの導入、使用方法については、常日頃経験するのがなかなか難しいので、その都度申し送りいただいて、勉強させていただき、レベルをこの時に一気に上げます。一生懸命勉強して、追いつくことを積み重ねていかざるを得ないのが、私たちの現場です。さらに、診療報酬など準備も必要なので、その辺を申し送りいただき、勉強させていただけると非常にありがたいと思います。
十勝地域には訪問診療の体制がない所がある
地域の多職種との情報共有や学びというのは、先ほど酒井先生からお話しいただきましたが、私たちも普段からほかの在宅医療の患者さんまたは外来患者さんを通じて行っておりますので、お任せいただけたらと思っております。
私の所は、「機能強化型在宅療養支援診療所」という指定をいただいており、在宅医療が比較的充実していますが、十勝管内の人口少数地域は、訪問診療という体制すらない町がまだまだあります。これは大きな課題だと思っておりますし、私自身、在宅医療関係の保健所の部会長もさせていただいていますが、ここをもう一歩進めていけたらという、少しマクロな視点での課題もありますが、その辺も含めて、皆さんと共有しながらこのあと議論ができれば幸いです。以上、簡単ではありますが、おしまいにしたいと思います。ありがとうございました。
木川:山田先生、ありがとうございました。それでは最後の講演になります。「がんの治療中から終末期までを支える在宅医療の取り組み」をテーマに、帯広協会病院腫瘍内科主任部長、杉山絢子先生、お願いいたします。