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市民公開講座 がんになっても尊厳をもって安心して暮らせる社会へ 2024
知っておきたいがんロコモ-オンコ・オルソペディクスという新たな領域-

河野 博隆さん(帝京大学医学部整形外科学講座)

整形外科ががん診療で取り組む「がんロコモ」

講演の画面00講演の様子

皆さん、こんにちは。ただいまご紹介いただきました、帝京大学医学部附属病院で整形外科を担当しております河野と申します。今日は、この日本がんサポーティブケア学会の市民公開講座の講演の機会をいただきまして大変光栄に思っております。今日は、少しがんから距離を置いていると思われがちな整形外科が今取り組んでいることについて、皆さんに知っていただいて、皆さんと一緒に考える機会になればと思っております。これから20分ほど、この「知っておきたいがんロコモ-オンコ・オルソペディクス(腫瘍整形外科学)という新たな領域」、少し難しい言葉ですが、今日、「がんロコモ」というのは何なのかというのを、皆さんに知っていただく機会になることを願っています。それでは始めていきたいと思います。

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本日の話、20分間、駆け足ですが、この5つについて話していきたいと思います。私は整形外科の中では数少ない、がんを専門にしている骨軟部腫瘍医です。診療していて非常に疑問に感じることがあって、がんの先生というのは、患者さんの命の期間、予後が短くても、その期間をがんの治療に費やさせてしまう、そういう場面をよく目にします。これは何が原因なのかを考えました。これは手段の目的化というのが根本的な間違いの源になっているように思います。
例えば、これはどういうものがほかに考えられるか、お金のことを考えてみましょう。お金は本来生活のツールで単なる手段なのです。ところが、今、周りを見ると、お金が幸せの尺度のように、金銭、収入の多寡を競い、そして職業のクオリティも収入で決まっているような、収入を求めるような、そのような生活になってしまっています。これは、まさに手段と目的のはき違えの一つだと思っています。
そして今、受験シーズンです。受験というのも、「受かった」「合格した」「バンザイ」とやっていますが、本来は、学問を修めたり、資格を取ったりするためのツールなのです。単に手段なのです。大学に入るというのも、その学問を修めるための手段を手に入れるだけです。例えば医学部に入ったというのは、医者になるための手段です。けれども、それがゴールかのように勘違いしてしまう。こういう手段の目的化というのは、いろいろなところで間違いの源になっています。

「健康」とは人生の手段である

それでは医療で考えてみます。「健康」とは何でしょうか。健康というのは、病気やけがを治すということも含まれます。目の前に現れた患者さんの健康を取り戻すのが、われわれ医療者の「目的」です。それでは患者さんから見て、これは人生の目的でしょうか。違います。患者さんにとって、病気やけがを治すというのは、あくまでも自分の人生を送るための「手段」なのです。それを目的化してしまうために、いろいろなところで齟齬(そご)が生じるのです。
私、これを感じて、最近、凝っているChatGPT(人間と対話しているかのように質問した内容に回答する対話型のAI[人工知能]サービス)に「人生の目的と手段」について聞いてみました。そうしたら、「健康というのはあくまでも人生の手段である」。人生の目的というのは、幸福の追求や自己実現、貢献と奉仕などで、こういう「自分の人生を達成するために健康が必要」「健康を目的とするのは本末転倒だ」というふうにChatGPTも答えてくれました。

がん治療の進歩でがんと共に生きる期間が延びている

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では、今日のメインテーマである「がんロコモ」、これは一体何なのでしょう。まずこの話をする前に、がんというのは2015年に新規罹患(りかん)者数が98万人でした。この年、まだ日本では100万人の赤ちゃんが生まれていました。この9年前の数字をなぜ持ってきたかと言うと、この翌年にこの数字が入れ替わります。2015年はわが国で赤ちゃんの数が、がんの患者さんより多かった歴史上最後の年です。こういう国でわれわれは生きていて診療をしている、そういう意識を持つことが必要だと思います。
がんが増えてきたというのは悪いことではなくて、がん以外の病気が治ったことを表します。また、がんの治療も急速に進歩して、例えばステージ4でも、転移があって根治することがないという状態でも、がんと共に生きている期間は急速に延びています。治らなくてずっと持ったまま過ごす病気のことを慢性疾患と言います。ところが、がんだけは今でも特別な病気で、例えばがんを糖尿病や心不全のように慢性疾患として扱う感覚というのは、医療者にも患者さんにも非常に乏しいと思います。結果として診療科横断的な診療体制というのができずに、がんだけがなぜか特別視されている、そういう状況が続いてしまっていると思います。

がん診療の中で活躍できる余地が多い整形外科

そして、整形外科というのは、実はがんを診たくない人が進む科です。病気は診たくない。元気な人を元気に治して、自分の努力の成果を得て、患者さんと共に喜びを分かち合いたい、そういう人たちが整形外科に行きます。
そして、実は整形外科は今、全国に専門医が2万5千人います。その中で骨軟部腫瘍医は200人しかいません。そのわれわれは、骨肉腫などの悪性腫瘍は専門家が診ないと判断が遅れて患者さんの運命を変えてしまうから、「全て専門家に回すように」という教育を何十年もやってきました。
もともと診たくない整形外科医にこういうことを言うと、受け手はどう思うか。専門家以外診てはいけないという意識が、これは骨肉腫などの肉腫に関してなのですが、いつの間にか、ここががんに変わってしまうのです。
全国で、部長クラスの先生も、「腫瘍は一般の整形外科で診てはいけない」という意識が非常に根強く残っています。これが、整形外科ががんを診ない根底にあるということも患者さんの皆さんにも知っていただきたいと思います。

そして、今日お話しします、整形外科というのは、がん診療の中で活躍できる余地が多くあります。ところが、がんセンターに行くと、整形外科という科を「骨軟部腫瘍科」という科に名前を変えてしまっているのです。これは自らが、がんセンターには整形外科は要らないと言ってしまっているのと同じだと思います。
この、今お話ししたようながん時代に、整形外科がこのような取り組みではいけないということで始めたのが、このがんとロコモティブシンドローム(運動器症候群)、「がんロコモ」というキャンペーンです。ではここで、このがんロコモというのは一体何なのかをお示しします。次のスライドが今日のメインのスライドと言ってよいと思います。

安静療養を強いられることにより起こる運動器の問題

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がんになると、皆さんの運動器には何が起きるのでしょうか。まず、骨転移に代表されるように、運動器、骨自体に病気が起こります。骨折を起こしたり麻痺(まひ)を起こしたりします(タイプ1)。これは誰でもわかります。大事なのは、この右の2つなのです。「がんの治療による運動器の問題」、これは何でしょうか。皆さん、がんになると、がんの世界では、なぜか安静療養が基本です。これまで運動して毎日1万歩歩いていた人も、入院してから1万歩歩いている人はいません。抗がん剤治療を受けている間、点滴している間、ずっと安静臥床(がしょう)です。1日安静臥床すると2%筋力が落ちます。オリンピックなどに出る選手は1日休んだだけでもまったく試合にも出られなくなります。1日で2%筋力が落ちると、2週間の化学療法で30%筋力が落ちるのです。がんの先生方、その患者さんたちに運動をさせているでしょうか。歩行量を気にしているでしょうか。とにかくがんの世界は安静療養が基本なのです。

小児科では白血病になると1~2年入院します。子どもの発育に必要だから、院内学級では読み書き(国語)、計算(算数)はやります。全ての小学校で、全ての子どもに必要だとされている体育は、病院の院内学級にはありません。しかし、小児科の先生は院内学級に体育がないことを気にすることがありません。なぜ?それはがんだから。がんを治すことが大事なのであって、運動機能がどうなるかということを考慮してはいないのです。私は、自分の患者さんから言われました。「骨肉腫は治った」「命は助かった」「1年半かかった」。その子は、その後何と「3年間まったく体育ができなかった」ということです。「でも先生方は何も気にしてくれなかった」。こういうふうに、安静だけでも非常に運動機能が低下するということを考えなければいけません。

そして、いろいろな手術侵襲は、放射線もそうですが、運動器を傷つけます。乳がんの手術は、昔は拡大切除をしていました。拡大切除をすると、放射線をかけてリンパ節郭清を行うと、肩が上がらないことがあります。肩が悪いからでしょうか。違います。安静にしていて肩を動かさないと拘縮(関節が固まって動かしにくくなった状態)してしまうのです。ところが、乳腺の先生はそのことをほとんど気にしません。そして整形外科医も、乳がんの患者さんにそういうことが起こっているということはまったく知らないのです。このように、がんの治療によっても運動器の問題が起こるのが、タイプ2ということです。

「がんロコモ」とはがんが影響して移動機能が低下した状態

そして整形外科のわれわれが意識しなくてはいけないのは、一番右の「がんと併存する運動器の問題」(タイプ3)です。がんの平均罹患年齢は70歳です。70歳の人は皆さん膝・腰が悪いですよね。ところが、例えば膝が悪くて手術を受けようとした患者さんにがんが見つかりました。そうすると、まず、その患者さんは「がんの治療を優先するから手術は延期する」と言います。がん診療医も、「がんの治療に専念しましょう」と言います。整形外科も、「膝の手術は後回しにしてがんの治療を優先しましょう」と言います。これは正しいでしょうか。がんの治療は、いつまで続けるのでしょうか。治るのでしょうか。膝の手術は、2週間もすれば、階段も上れなかった人が、確実に痛みが取れて歩けるようになります。なぜ不確実なものを優先して確実なものを後回しにするのでしょうか。がん診療医、整形外科、患者さん自身、この3つのメンタリティーがこの問題をずっと続けさせてしまうということがあります。
このようにがんが影響して移動機能が低下した状態のことを「がんロコモ」と言います。がんロコモ=骨転移ではありません。がんの患者さんに起こる移動機能の低下全部を指してがんロコモと言うとお考えいただければと思います。

がんロコモの概念が提唱されてから5年たつのですが、やはりまだ整形外科医の関心は高まりません。がんを診療する先生方もやはり運動器には関心がありません。結果として多くのがん患者さんの運動器障がいが適切に対応されていないという問題があります。
では、概念としてはわかったので、このようなことが実際にあるのか、学会をあげて調べようとしました。ところがコロナ禍でなかなか進みませんでした。今日は一部を紹介します。

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帝京大学医学部附属病院の全がん患者さんにご協力いただき、運動機能を調べました。いろいろな測定をして、年齢別に分けて分析しました。ロコモというのは、ロコモ度2になると整形外科の受診が必要で、ロコモ度3は介入が必要な状態というふうに分類されます。これはもともとのロコモティブシンドロームです。
これで調べてみますと、何とがん患者さんの96%で移動機能が低下していることが明らかになりました。65歳平均の一般住民のコホート研究(疾病の要因と発症の関連を調べるための観察的研究手法の一つ)では、ロコモ有病率は7割で、移動機能が低下しています。介入が必要な人は4人に1人います。ところががんの患者さんは、ほぼ全員の移動機能が低下していて、かつ、整形外科の介入も必要なロコモ度2以上が3分の2近くいるということがわかりました。

がん患者さんでは移動能力の低下が認められる

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ロコモ度を判定する立ち上がりテストは、手を使わないで、どのくらいの台から立ち上がれるかを見ます。10cmの台から立ち上がれないと移動機能低下と関連していると言われます。一般住民では70歳代後半ですが、がん患者さんは60歳代でこの値を下回ります。

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2ステップテスト、難しい表現ですが、2歩で身長の何倍行けるか、1.3を切るとロコモと診断されます。一般住民では、60歳を過ぎると初めて2歩で身長の1.3倍行けなくなるのですが、がん患者さんは40歳代以下でも、全年齢層で歩幅が低下して歩行速度が低下していることが明らかになりました。
つまり、がん患者さんの移動能力の低下が明らかに存在していることがわかりました。整形外科はがんとかかわらないという病院も結構あります。帝京大学医学部附属病院において、他科からの院内紹介患者さんを全て分析して、どのくらいがん関連があるかを後期研修医が調べました。そうすると結果は、整形外科に紹介される患者さんの3分の1はがん関連だということがわかりました。

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先ほどお話ししたタイプ1、2、3に分けますと、このような分布になります。

整形外科の関与が誤診されるリスクも回避

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あと、気をつけなくてはいけないのは、帝京大学医学部附属病院では骨転移が疑われた場合は、「放射線科から整形外科にコンサルテーションするように」という指示が出ます。そのような紹介が74例ありました。CT、骨シンチグラフィ、PETなどで「骨転移が疑われます」と言われた人たち74人のうち、画像では骨転移だと言われて、整形外科で実際に骨転移だった割合、どのくらいだと思いますか。38%です。

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例えば、左側、首のところが黒いですよね。これは、前立腺がん患者さんのステージングの骨シンチグラフィ画像です。整形外科医が見れば、これは加齢による脊椎の変性だというのは誰でもわかります。しかし、これを整形外科医がチェックしなければ、転移と診断されて、この方はいきなりステージ4になるのです。しかもここには不必要な放射線がかかるのです。整形外科が関与しないだけで、こういうリスクがあるということも皆さんには知っておいていただければと思います。

がん患者さんの運動器診療は「がん診療」「運動器診療」両者の一部

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がん患者さんが数か月~数年治療を受けている間に移動能力が低下することがあります。がん原発巣切除のために入院し、がんリハビリテーションが処方されている全患者さんで、術前と比較して歩行能力が低下する場合に何が原因となっているかを調べました。すると非常に印象的な結果で、半年間でロコモ度が進行する人が2割いました。この悪くなった要因は何なのかを調べると、何と、がんや化学療法などは関係ないのです。その方ががんになった時に腰痛があるか、膝痛があるか、それだけで決まることがわかりました。これを見て、それでもがんの治療を優先すべきだと皆さん、お感じになるでしょうか。

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がんロコモ活動で感じることは、がん患者さんの運動器診療というのは、どう見てもがん診療の一部であり、どう見ても運動器診療の一部なのです。本来なら両者にカバーされるべきものが、実際には両者から軽視されています。この状態を表す言葉がないか、探しました。そうすると「ニューフロンティア」という言葉に出会いました。
この「ニューフロンティア」とは一体何でしょう。これは、1960年にケネディがアメリカ大統領の指名受諾演説で述べた言葉で、彼は「ニューフロンティアを開拓するために大統領になる」と言いました。すでに開拓が終わっているはずの土地に多くの問題が残っており、これを「ニューフロンティア」と名付けて開拓するということです。

がん診療における運動器マネジメントというのは、まさにこのニューフロンティアだと思います。整形外科はがん患者さんにタッチしてきませんでした。がん患者さんが歩けるようになるだけで、動けるようになるだけで、生活がどのくらい変わるかということを、整形外科医は経験がありません。一方、整形外科とかかわりを持たなかったがん診療医も、目の前の患者さんが整形外科にかかわるだけでどれほど生活が変わるかという経験がないということになります。

それでは、がん診療において運動器マネジメントというのはどういう意義があるかを考えていきたいと思います。その時に考えていただきたいキーワードは2つあります。「パフォーマンスステータス(PS)」と「QOD(Quality of Death/Dying:人生の終末の質)」です。パフォーマンスステータス、皆さん、ご存じだと思います。がん診療の治療適応を決める日常生活の制限の程度です。これは、よろしいですか。がんによるものなのです。がんによって動けないのがパフォーマンスステータスのはずなのです。われわれ整形外科医は、膝が痛い、腰が痛いという運動器の問題で、日常生活の制限が起こることを知っています。例えば、若い人ががんになって骨折をすると、ある時期、骨折をしたから動けなくなります。この時にPS4(パフォーマンスステータスの状態:まったく動けない。自分の身のまわりのことはまったくできない。完全にベッドか椅子で過ごす)だから、がんの治療をしないということはあり得ないことは誰でもわかると思います。
ところが、75歳の女性で膝も悪い、腰も悪いという人が肺がんだと診断された時に、その人が動けないのは腰や膝が悪いからですよね。その人が動けない原因が「運動器の問題である」と診断ができる診療科はどこでしょうか。そして、その原因となっている運動器の問題を解決できる唯一の科はどこでしょうか。整形外科です。ところが、全国における整形外科の部長クラスの半分以上が、このパフォーマンスステータスという言葉すら知らないのです。なぜならがんにタッチしないからです。これが大きな問題だということをまず知っていただきたいと思います。

「人生の終末の質」において整形外科が果たす大きな役割

あともう一つの言葉、これはコロナ禍で私が経験した症例ですが、70歳代医師で、「膵がんのステージ4で予後1~2か月」と言われるまで診療していました。この方、予後が1~2か月だということで仕事を辞めて家で過ごすことにしました。その2日目に骨折を起こしました。転子下骨折、レントゲンで右側の足の付け根が折れているのがわかりました。この状態になると人間は、痛くて寝返りもできません。1歩も歩けません。そこで自分の勤めている病院に入院しました。コロナ禍中でした。まず、まったく動けません。かつ、コロナ禍なのでご家族も面会できません。ところが、ご自身が勤めていた病院で、この先生は何と言われたでしょうか。「予後1か月だったら手術適応ではありません」と言われたのです。何を意味しますか。もう手術は受けられない。骨折は治らないから一生寝返りもできない。家に帰れない。しかもご家族はコロナ禍で面会できない。最期の最期に、もう亡くなるという瞬間にしか会えない。この方は幸い奥さんが帝京大学医学部附属病院の元看護師だったのです。そこで、私のところに連絡してきて、すぐに転院してすぐ手術しました。1時間もかからない手術です。整形外科医なら誰でもできる手術です。そしてご自宅に帰りました。ご自宅に帰りましたが15日後に亡くなりました。では、無駄な手術だったのでしょうか。
この手術、ご本人・ご家族から、「神様が与えてくれた15日間」と言われました。この経験をして私が出会った言葉が、この「QOD」です。QOL(Quality of Life:生活の質)ばかりに着目してQOLを大事にします。でも、このQODというのは、少し言葉は生々しいですが、「人生の終末の質」です。どこでどのように人生を終えるか。これを考えた時に整形外科の果たす役割は極めて大きいというふうに思います。

私はつまり、整形外科医に、「がんの時代だから、皆さん、がんの勉強をしてください」と言っているのではないのです。今のような話を踏まえて、PSの維持・向上を考えて、その人の生活を考えて、自分の専門領域をがん患者さんに向けても活用しようということを今訴えています。この活動をするだけで、がん患者さんの生活は一変して、自立した生活、人間としての尊厳を保つADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)が維持できるのではないかと思っています。

さて、症例をもう一つ見てみます。60歳代の女性です。乳がんで骨転移が10年以上たってから出てきました。脳転移の照射目的で帝京大学医学部附属病院に来ました。全身骨転移です。乳がんでは時々あります。ところが、この方は歩けます。脊椎を見ると全部に転移があります。けれども別にどこも痛くないのです。しかし、多発骨転移を見つけた乳腺の先生は、この方に何と言ったでしょうか。「折れたり潰れたりすると困るから、とにかく動かないように」。前の日まで歩いていたのに、突然入院して床上排泄(はいせつ)でベッド上安静になったそうです。ある日突然PS4になったことになります。
これは間違っているのでしょうか。間違っているとは言えないと思います。乳腺の先生は、これが折れたり潰れたりした時に対応できないのです。対応できない問題が起こるのを避けるためには、起こさないようにするしかないのです。整形外科医は、この方に「別に歩いてよい」と言います。なぜかと言うと、折れたり潰れたりしても治せるからです。
当院に入院してきて、理学療法士から、「この方、どこも痛くないのに、なぜ歩いてはいけないのですか」と問い合わせがあって、「歩いてよい」と言って、歩く練習をして、ただ、3か月間1歩も歩いていなかったので、歩けるまでに1か月かかりました。でも1か月でこの方は、PSが0~1になって、自宅に帰ったのです。整形外科医は手術もしていません。評価をしただけです。「何かが起こったら対応するから大丈夫」と言っただけです。この方は自分の生活を取り戻しました。

高齢者の移動に必要な腕―骨折の手術をがん治療の前に

では、次の症例を見てみます。70歳代女性の上腕部、折れてしまっています。転移して折れて見つかった腎がんです。この方は、折れたのは腕ですが、腕が折れるだけで、70歳の人は階段も上れないし、着替えもできないし、お風呂も入れない。これは何を意味するでしょうか。高齢者にとって腕は移動器官なのです。腕がなければ移動することができないのです。この方はPS3(限られた自分の身のまわりのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす)ということになってしまいます。そのため、がんの治療はまだ先になるので、先に骨折の手術を1時間半くらいかけてしました。この手術をしただけで、この方のADLはフルリカバリー、完全回復です。PS1(肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行可能で、軽作業や座っての作業は行うことができる)になって、腎がんの治療を円滑に進めるということになります。

整形外科のがん診療への関与はまだ少ない

整形外科とがん。先ほどお話ししたように、このようながんロコモがあるということはおわかりいただけたと思います。では整形外科はどの程度、がん診療にタッチしているでしょうか。学会でアンケート調査をしました。およそ1,400の病院、7割の病院から回答が出されました。この結果が衝撃的で、がん診療連携拠点病院でも半分以上の病院は、整形外科が一切、骨転移を含めたがん診療にタッチしていないことがわかりました。そしてがん診療連携拠点病院以外に至っては8割の病院が、学会に、「今後も骨転移の患者さんを診るつもりはございません」と答えたのです。
グレタ・トゥーンベリさんが見たら怒ると思います。グレタさんは、環境問題に各国の首脳が対応しないことを、「How dare you!(よくもそのようなことが言えたものだ)」と怒りました。これだけがんの患者さんが多くて、どこの病院にも骨転移の患者さんがいるのにもかかわらずです。

講演の画面12

骨転移手術の現状を見てみますと、全国の2割の病院が全体の8割の手術を実施しているのです。もし2割の病院が適切に手術を実施しているとしたら、この実施していない病院の8割に入院してしまった骨転移の患者さん、この部分の人はどういう運命をたどっているのでしょうか。実際には、下位の病院ではがん患者さんが少ない病院もあるでしょう。ここを半分にカットしてみます。カットしてもこの部分は3万2,500人という数になるということがわかります。
がん診療は急速に進歩しましたが、整形外科のメンタリティーはまったく変わっていないことがわかりました。施設間で非常に差が大きくて、どこの病院は手術をするのか。ここの病院の整形外科は骨転移を診るのか、そういう情報は見たところどこにもありません。「この大きな病院で手術をやらないのだから、お父さん、これはもう手術できない」と言って諦めてずっと天井だけ見て過ごしている方がいるのではないでしょうか。

がん患者さんの運動器管理は整形外科の責務

さて、この時に考えなくてはいけないのが、新領域があるということです。整形外科というのは100年前に外科から独立しました。「運動器をやる」と宣言したのです。この時に、東大病院の整形外科を埋めていた疾患は、結核やポリオなのです。その後、結核は数が激減しました。ポリオはこの世の中からなくなりました。
何を言いたいかと言いますと、整形外科は一貫して運動器を診ていますが、100年前は感染症を診ていたのです。それから、戦争、労働災害や交通事故の増加で外傷を扱うようになりました。今、超高齢社会を迎えて変性疾患も診ています。やはり今、国民の2人の1人ががんになる現状では、がん患者さんの運動器管理というのは整形外科の責務と言ってもよいと思います。

「がんロコモ」を解決するオンコ・オルソペディクス

そのためにはもう一つ必要な領域があります。このヒントとなったのは、Onco-Cardiologyという「腫瘍循環器科学」です。もともと循環器も、がんを診なかったのです。例えば心臓血管外科の先生は、がんの患者さんの心臓手術はしませんでした。「どうせ亡くなるからやってもしょうがない」という感覚が根付いていたのです。ところが今はそういう時代ではないのです。そのため手を取り合ってやっていこうというのが、このOnco-Cardiologyです。
これにならって言えば、われわれに必要なのは、「オンコ・オルソペディクス(Onco-Orthopaedics:腫瘍整形外科学)」です。私が専門としている骨軟部腫瘍は、Orthopaedic Oncology、運動器、骨などに起きた腫瘍を治すものです。そうではなくて、オンコ・オルソペディクスというのは、がんの患者さんに起こっている運動器の問題を解決する領域です。これが解決するものは、すなわち何かと言えば、「がんロコモ」ではないかと思います。
このがん患者さんの運動器管理を推進するためには、がん診療全体が、運動器診療、整形外科を活用することが非常に有効、必須と言ってもよいということを知っていただくことが大事です。そして、整形外科医がそれを受け止めて、当事者として活動することが求められます。われわれ骨軟部腫瘍医は、がん診療医であり整形外科医ですので、この両者の架け橋となって働くことが求められると思います。このことによって、がん患者さん全体のQOL、そしてQODが向上することは間違いないと思いますし、がんにはあまりかかわってこなかった整形外科の存在意義が見直されるのではないかと思います。

講演の画面13

今日皆さんには、がん診療においては、骨転移だけではなく運動器全般の適切な管理によって、がん患者さんのQOLとQODが変わることを、一度考えていただく機会になればと思います。そしてぜひ、オンコ・オルソペディクスの発想でがん診療に取り組もうとしている整形外科のポテンシャルを活用していっていただければと思います。駆け足でしたが、ご静聴、どうもありがとうございました。

渡邊:河野先生、ありがとうございました。河野先生からは、「知っておきたいがんロコモ」ということで、オンコ・オルソペディクス、新しい領域についてお話をいただきました。骨転移、骨に病気ができるから整形外科ということではなくて、運動器という意味で、より広い視野で整形外科領域を考えていくと、いろいろなかかわり方ができるということがおわかりいただけたのではないかと思います。5月の「第9回日本がんサポーティブケア学会学術集会」でも、運動器についてのセッション、あとは専門職種向けのプレゼンテーションなど、いくつか企画していますので、そちらもご参考にしていただければと思います。
では続いて、講演2「診察室の内と外からの患者・市民参画」ということで、帝京大学医学部緩和医療学講座の有賀悦子先生からお話しいただきたいと思います。

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掲載日:2024年04月01日
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