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地域がん診療連携拠点病院「高齢者がん診療ガイドライン」研修会 2023
【第2部 基調講演】高齢者のがん診療ガイドラインへの期待

桜井 なおみさん(一般社団法人CSRプロジェクト)

高齢者のがん医療の難しさ

講演の画面1

それでは私から、今回の高齢者のがん診療ガイドラインに対して期待を述べさせていただこうと思います。患者さんの旅路というようなところを見てきたときに、小児がんやAYA世代(Adolescent and Young Adult[思春期・若年成人])のがんなどだと、Patient journeyということで語って、「このタイミングの中で病気と出合っていきますよ」というようなことを言いますけれども、高齢者のがん医療は、何が難しいかなと思ったときに、生まれてからのいろいろな流れの中で、最後の時間。つまり、凝縮されたところで病気に出合って、そして医療の方たちといろいろな話をしていかなくてはいけない。その不確かさと、それから歩んできた人生の長さや時代性みたいなところが、意思決定支援にも影響しているなというふうに思っています。

義母に現れた生活の変化

これは私の家のケースですけれども、今、義母が少し入院をしていて、がんもたぶん抱えているのですけれど、ちょっとどうしようもない状態になっています。どんなところから始まったかということを、ちょっとお話しさせていただきます。
最初に「ん?」と、何か生活の中で少しだけ変化が起きてきたのが、10年ほど前になります。どんなことが起きてきたかというと、冷蔵庫の中の野菜が腐っているということです。これは、私の家だったら恥ずかしながら当たり前にある事件なのですが、義母は、戦後を生き抜いてきた人なので、とてもものを大切にします。そのため、冷蔵庫の中のものが腐るなんてことは絶対に起きなかった。それが起きている。本人に聞くと、「いや、買った記憶がない」、冷蔵庫のそこに入れたという「存在自体を記憶していない」と言うので、ちょっとこれは単純な物忘れとは違うということがわかってきたのが、ことの始まりでした。

では、このあとどうしようかということで、家族で「まずは何か問題(病気)があると困るよね」と病院に行ったところ、いろいろな科を紹介されました。脳神経外科、脳外科、精神科。違いがわからないですね。私もがんの治療を終えて、もう18年たっているので、医療に関しては、結構ヘビーユーザーなのではないかなと思っているのですけれども、あまりにも今まで通っていた場所とは、なじみのない場所に行かなくてはいけないし、それぞれの診療科の違いというのが、まったくわかりませんでした。
次に、やっぱり医療者の方たちというのは、治療をしていくためには、それがどういう原因から始まっていくのかということが必要になってきますので、原因探しをするわけです。それぞれの科で、いろいろな検査を受けていくということになってきます。 実は家族のサイドは、その度に休みを取って、分担して通うというようなことがあって、本人自身も行ったあとに、ぐったりして帰ってくるので、大変だったと思うのですけれど、家族側もすごく大変でした。病名は、それぞれの科に行くと、それぞれの科で「何とか疑い」のような感じで診断が出てきてしまうのです。でも、「治療方法はあるんですか」と言うと、「いや、ないです」というような感じになってしまうので、どうすればいいのだろうなと思いました。

そんなときに、下血が少し起き始めて。これは何だろうと思っていても、下血がずっと続くのです。最初は「痔(じ)ではないか」というような話もしていたのですけれど、「いや、ちょっと何か様子が違う」という話になって、「検査を受ける?受けない?大腸の内視鏡の検査はどうする?」というような感じにもなってしまったり、「もし、この先がんだとわかったときに、手術を受けたほうがいいの?受けないほうがいいの?抗がん剤治療をすることになってしまったら、どうするの?いや、大腸がんだったら、抗がん剤で手足がしびれて大変だよね」というようなことを、私なんかパパパッと思い付いてしまったりするわけです。では、この高齢の義母に、まずは内視鏡の前処置をどうするのか。それをどうやって認識してやってもらうのだろうということで、とても悩みました。

コロナ禍、認知症、高齢者・・・対応できる病院は限られる

それで、2022年のある日のことですけれど、義母がベッドの横で倒れていて、何だろうと思って近づいたら、骨折が起きていたのです。高齢者にはとても多いものだと思いますけれども、当時、コロナ禍で認知症を抱えた老人を、こういう救急の状態でも、受け入れている病院はなかなか少なくて。やっぱり病気がいろいろ重なってくると、対応できるところというのが限られてきてしまうのだなと思いました。
唯一受け入れていただいた外科の病院へ行きましたけれども、このときに外科的にはこの手術はパーフェクトだということだったのですけれど、家族としては、「認知症とかこのあとどうするの?リハビリとかどうするの?」など、いろいろなことをやっぱり悩みました。こういうところが、いろいろ高齢者というのは、今までのようにガイドラインにのっとって、どんどんやっていけばよいという、私が受けたがん医療のような状態とはまったく違うわけです。

放置されてきた高齢化に伴う医療の問題

講演の画面2

私は、「高齢化の推移と将来推計」というこのグラフをたぶん日本人の98%ぐらいは、何回も見せられていると思っているのですよね。「高齢化率が28%になっていく」「今はもう高齢化ではなくて高齢社会だ」などと、いろいろといわれています。テレビでもこの話を聞かない日はないのに、今までここの問題、ここの医療の本質的な問題というのは放置されてきたまま、あまり考えられてなかったのではないかなと思いました。

これは英語でいうところの比喩ですけれど、「Elephant in the room」という言葉があって、部屋の中に象さんがいたら、体は大きいし、においもあるので、こういう問題があるということに絶対気がついているはずなのです。けれども、「気づかないふりをしていますね」というのを、英語で「Elephant in the room」というふうに、揶揄(やゆ)していっています。 私は、高齢者のがん医療というのは、まさにこれに近いなというふうに思いました。エビデンスもないですし、それから、「どこの病院で治療を受けたらよいのか。また治療が終わったあと、家の中でどうするの?在宅医の先生はどうするの?」と、全てがまったくなかった、情報もなかったというのが現状だったなと思っています。こんなに高齢社会、高齢社会と毎日のようにニュースで話題になっているのにもかかわらず、です。

講演の画面3

これまで、いろいろサバイバーシップ(がんを経験した方が、生活していく上で直面する課題を、家族や医療関係者、ほかの経験者と共に乗りこえていくこと。また、そのためのサポート)やたくさんのガイドラインなどもあって、割とこういう心理・社会的なものなども、いろいろな所で討議されてきたのではないかなと思っています。例えばこれはCancer survivorship care quality frameworkということで、がん領域のサバイバーシップを語る上では、今一番まとまっている図なのかな、と思っていますけれども、こういう中のいろいろな項目を見てきても、「高齢者という考えがないのでは?」、ということをちょっと思いました。
この中でたぶん出てくるのは、この辺りの健康に伴うQOL(クオリティー・オブ・ライフ:生活の質)になりますけれど、その手前で高齢者に関する記述の止まっている部分がたくさんないですかということです。

講演の画面4

ガイドラインといっても、こうやってたくさんのものがありますけれど、では、こういう臨床研究といったときに、そもそも普通の人でも日本はあまりデータがないのに、高齢者と普通の人の比較をするなんてこともまったくないわけで。いやいや、何でこれだけ高齢化が進んでいる国といわれていながら、この問題を放置してきたのだろうというふうに個人的には思っています。

高齢者のがん医療における課題が顕在化、大きな転換期に

ですから、今回こういう研究班が田村先生のご尽力で立ち上がって、そこからずっと継続して、いろいろな課題が出てきてわかってきたということは、非常に大きな一歩、二歩だと思っていますし、これが病院の中、急性期の病院の中だけではなくて、サバイバーシップの概念の中で、地域の中や医療政策の中でも、高齢者のがん医療をどう考えていくのかというところに目が向いていったのは、非常に大きな転換期になってくるのではないかなと思っています。

講演の画面5

家族としては、やっぱり手術がいいのか、それとも薬物療法なのか、放射線なのか、それとも治療はもう受けないほうがいいのか、こういうことをエビデンスで語っていきたいです。ある程度参照点というものが欲しいです。でも、今回のこのガイドライン検討に参加させていただく中で、先生方の議論などを聞いていても、その先生自体の人生観をもって語られることなどもあって、定型なガイドラインとしてまとめることが非常に難しいなということを痛感しました。
それから、この前の先生方からもお話がありましたけれど、いろいろな「高齢者機能評価」があります。これは家族、それから患者さん本人にとっても、治療をどういうふうに考えていくのかというところを考える上で、とてもよい参考になるなと思ったのですけれども、では、いつ、どこで、ここにアクセスできるのだろう。そのチャンネルはどこにあるのだろうと思うと、人材も診療報酬の評価も不足しているなど、まだまだそういう情報が広がっていないということも現状なのかなと思っています。

ガイドラインを実装化していくことが求められる

ですから、ガイドラインができたところから、今後はやはりこういう課題というのを実装化していかないといけないのではないかなと思っています。また、その中で患者さん本人が持っている、先ほどのPatient journey、人生観や世相、やっぱりこういうところも違いますし、家族の側もいろいろな価値観の違いなどがありますので、意思決定がとても困難というところもあります。
また、治療がいざ決まったとしても、投薬もリハビリテーションも、本人が病識を持って治そうという気持ちがないと、なかなか難しいなと思っています。どのように本人に病識を持ってもらうか、そして、家族あるいは医療者が、ケアも含めて、みんなでサポートしていくのかというところが、まだまだ議論されていないなと思っています。 今後、こういうガイドラインを実装化していく上では、デジタルなども一つの手段なのかなとは思っています。

例えばデータが地域のほうは自治体のものとは突合ができないですね、といったところもありますし、そもそも介護保険のデータなどが、どういうふうに患者さんの医学的状況と関与しているのかなというところも、私たちは、これだけ高齢化社会といいつつ、あまりデータがないなと思っています。今からでも遅くないので、こういう患者さんたちのデータというようなものを合わせていくということ、一つにまとめていくということが、未来の高齢者の医療というものを考えていく上で、とても重要なのではないかなと思っています。そういう点では、がん登録のデータなども、その一つかなと思っています。

議論の場に高齢者を代弁できる人が参加していくことが大切

患者さんを日々サポートする「プライマリ・ケア(身近にあって、何でも相談にのってくれる総合的な医療)チーム」ということで、こういうところをデータでやっていこうということが、今、推し進められておりますけれども、こうした議論の中にも、実は高齢者自身が参加していくということが、なかなかないので、ぜひこういう政策を議論するところにも、高齢者の方を代弁できるような方が、今後は入って行くことが非常に重要なのではないかなと思っています。私からは以上です。年を取ることに何か希望が感じられるような社会というのを、私たちは、これからつくっていきたいなと思っております。ありがとうございます。

渡邊:桜井さん、患者さん当事者の視点ということで、「高齢者のがん診療ガイドラインへの期待」ということをお話しいただきました。やっぱり当事者の視点でないと、なかなか気づかないことというのも多くあると思いますし、現場で、また、患者さんや支援者の方がいらっしゃるところで、反映されていくというか、そこが取り入れられていくというところも大事ですし、そこに当事者の方の視点が入るということは、本当に大切だなということを、改めて聞かせていただくことができました。ありがとうございます。

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掲載日:2023年05月08日
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