がんの在宅療養 地域におけるがん患者の緩和ケアと療養支援情報 普及と活用プロジェクトfacebook

地域がん診療連携拠点病院「高齢者がん診療ガイドライン」研修会 2023
【第3部 ディスカッション】指定発言(2)
CQ5:高齢がん患者における栄養療法およびサルコペニア対策

内藤 立暁さん(静岡県立静岡がんセンター呼吸器内科)

今日はよろしくお願いします。私のほうからは、栄養、サルコペニア(筋肉の量が減少していく現象)についてお話しさせていただきます。私の課題は臨床疑問「高齢がん患者さんに対する治療に際して、栄養療法もしくはサルコペニアの対策を行うことは推奨されるだろうか?」です。これに対して「現代医学は答えを持っているか?」ということをお話しします。また、前半の高齢者機能評価で栄養評価も行ったけれど、それを実際に「治療に生かせるか?」という部分にもなります。

がん特有の低栄養・サルコペニアが急速な身体障害をもたらす

講演の画面1

文献を2つ紹介します。1つ目は2010年に「New England Journal of Medicine」に発表されたユニークな研究です(1。あらゆる疾患で人はやがてお亡くなりになりますが、死からさかのぼった1年間に、ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)がどんな速度で悪くなるかということを調べた観察研究です。具体的には入浴、着替え、歩行、立ち上がりの4項目が、どんなふうに悪くなるかということを見ています。
例えば認知症やフレイル(加齢により心身が老い衰え、積極的な治療の適応にならないと思われる状態)では、長期間にわたり高度の身体障害を持ったまま生き続けます。一方で死亡の半年前から急速にADLが悪くなる、“Accelerated”(加速された)身体障害、あるいは3カ月前から悪くなる“Catastrophic”(壊滅的な)身体障害を生じる疾患があります。この2つの分類に当てはまる疾患というのは、いろいろな病気の中で、がんが最も多いのです。急速な身体障害の背景にあるのは、いったい何か?さまざまな研究がされています。なかでもがんに特有の低栄養あるいはサルコペニア、つまりがん悪液質という代謝障害が注目されています。がん悪液質が身体障害を加速度的に生じる主な原因になっていることが、たくさんの観察研究や疫学研究でわかってきました。ここに対しての介入というのが、おそらくがんを有する高齢者に対して、とても重要と考えられています。

がん患者さんに栄養が大事だというエビデンスは少ない

講演の画面2

がん患者さんに対して栄養が大事だということは、私たちも含めて多くの人が気づいているはずです。しかしそのエビデンスは、とても少ない現状があります。そこで2つ目の文献は、2021年に「Annals of Oncology」という雑誌に報告されたものです(2。スイスの多施設の病院で4日以上入院する、がんを含めたいろいろな疾患を持った患者さんを対象に大規模な介入研究が行われました。この論文では、がん患者さんのサブセット解析を報告しています。低栄養リスクを持っているがん患者さんに栄養カウンセリングと経腸栄養なども併用した栄養介入をしたときに、どんな成果が得られるかを見ています。

そうしますと、先ほど問題になった要介護イベントを減らすこと、QOL(クオリティー・オブ・ライフ:生活の質)も少しだけど上げることがわかりました。そしてそれだけではなくて、生存を延ばす可能性もあるということも示されました。
したがって、がん患者さんにも、栄養はたぶん必要だということはわかってきているのです。しかしがん患者さんだけに参加者を絞った前向き試験(これから生じる現象を観察する研究)では、途端に研究でそれを証明することのハードルが高くなります。

海外の診療ガイドラインでは?

講演の画面3

2020年にASCO(American Society of Clinical Oncology:米国臨床腫瘍学会)から、がん悪液質に対する診療ガイドラインが出版されました(3。これは高齢者に限らず全年齢層に対する診療ガイドラインです。最も基本的な、がん患者さんへの栄養カウンセリングという治療でさえも、エビデンスがとても少なくて、たった3つのシステマティックレビュー(ランダム化比較試験[研究の対象者を2つ以上のグループに無作為に分け、治療法などの効果を検証すること]などの質の高い複数の臨床研究を、複数の専門家や研究者が作成者となって、一定の基準と一定の方法に基づいてとりまとめた総説)しかなかったと書いてあります。
そのうち1つのシステマティックレビューでは、栄養指導とサプリメントを使うと、がん治療中の方の体重を増やすことが証明できました。しかし残りの2つは、研究集団の不均一性の問題があって、有効性を証明できませんでした。したがってがん悪液質に対する栄養療法についての総合評価では、エビデンスのレベルは「低い」であり、患者さんの利益は「まあまあ」と評価されています。結局「害は少ないからやってもよいのではないか」という推奨にとどまっているのです。栄養療法という、極めて基本的な介入でさえも、エビデンスがとても少ないという現状がおわかりいただけるかと思います。

高齢がん患者さんへの栄養療法のエビデンスは?

講演の画面4

全年齢を対象とした研究を調査しても先ほどのように、栄養療法についてわずかなエビデンスしかございません。まして高齢者に対象を絞ると、さらに情報は少なくなります。今回の「高齢者がん診療ガイドライン2022年版」のわれわれのシステマティックレビューの結果を示します。キーワードで49編の論文を調査対象としましたが、不適格な基準を満たす論文を除いてゆくと、「ランダム化比較試験」の論文がたったの3編しかないということがわかりました。
その3編のうち2編は周術期(術前~術後の一連の期間)のものであり、がん種はそれぞれ別々です。栄養介入の方法については1つがフィッシュオイル(魚油)を含んだ経静脈栄養、もう1つが在宅経腸栄養です。研究のアウトカムも研究ごとに異なっています。栄養療法によってサイトカイン(炎症の重要な調節因子で細胞から分泌される低分子のたんぱく質の総称)の減少を見たというものと、体重や栄養状態に良好な傾向が見られたといったものがあります。残りの1編は、多種類の進行がん患者さんを対象とし、栄養・運動介入を実施したものです。この研究では介入の忍容性だけは示されて、これから「ランダム化比較試験」のほうに進んでいくという段階です。
ですから、「ランダム化比較試験」がとても少なくかつ多様なため、一つの結論にまとめることが難しいのが実情です。がん種・病期が違えば、それぞれがんの治療のゴールが違いますから、治療に期待される成果も変わります。さらに併存治療にも多様性があります。放射線療法を受ける人もいれば、手術を受ける人、抗がん剤治療を受ける人もいるのです。しかも、研究者が関心のあるアウトカムがそれぞれ異なります。したがってまとめることがさらに難しくなるのです。

非薬物治療の開発のハードルは?

講演の画面5

非薬物治療の研究のハードルを示すため、欧州の集学的治療(複数の治療方法を組み合わせて行う治療)の研究の論文(2017年)を紹介します。この研究はMENAC(Multimodal-Exercise, Nutrition and Anti-inflammatory medication for Cachexia)studyと呼ばれています。進行した肺がん・膵がんの方で抗がん剤治療を受ける患者さんを対象とした「ランダム化比較試験」です。抗がん剤治療を受けるだけのコントロール群に対して、抗がん剤+運動+栄養+薬物療法(非ステロイド性消炎・鎮痛剤)を投与する「試験治療群」の有効性を比較しようとしました。

1) 関心が少ない
まず何しろ研究に参加してくれる患者さんがとても少なくて、約400人スクリーニングして、46人を登録するのに3年もの年月が必要でした。それほど非薬物治療に関心を持ち、参加してくれる患者さんが少ない、また参加者のリクルートに協力してくれる医師も少ないという課題があります。
2) 脱落者が多い
さらに登録したあと、研究を脱落する人がとても多かったです(約1割)。運動や栄養というのは、薬物療法と異なり、時間をかけて対話し教育介入するものです。例えばがんの治療のために遠方から通院されている方の場合は、がん治療以外に時間をかけたくない方もいます。そのため研究からの脱落者が多くなってしまうのです。
3) コンプライアンス(遵守率)が不良
MENAC研究では、3つの介入(運動+栄養+薬物療法)がありましたが、そのうちの「1つだけ頑張った、十分にやった」という人は、6割~7割ぐらいでした。しかし「2つやりました」という人は、半分以下になり、さらに「3つ全部できました」という人は、参加者の10%程度しかいませんでした。

このように研究を実施するために多くのハードルがあって、非薬物治療のエビデンスというのは、なかなか蓄積されていかないという現状があります。

高齢がん患者さんに栄養療法・サルコペニア対策を行うことは推奨されるか?

講演の画面6

これが最後のスライドです。われわれの「臨床疑問」に対する現段階のまとめです。残念ながら、この栄養療法やサルコペニアについて、推奨度の決定をするだけのエビデンスがありませんでした。エビデンスは「とても弱い」ということになります。ただ、ASCOのガイドラインにも栄養療法は「害は少ないからやってもよいのではないか」と書いてありますから、気持ちとしては「エビデンスは少ないけれど、カウンセリングはやったほうがよいのではないか」と思っています。今後は背景をそろえた臨床試験をしなくてはいけないということや、そういう多職種をまとめる研究者を育てる必要があるのではないかというようなことが、今回の研究から示唆されました。これが結論であります。ありがとうございます。

田村:ありがとうございました。大変難しい課題を内藤先生にお願いして、申し訳なかったなと思っています。
栄養療法は極めて重要なのに、ただ、がんの患者さんに対して、十分なエビデンスが今のところ蓄積されていないという、そういうお話だったと思います。食べるものを食べて、運動をして、そして出るものが出ないと、人間は生きていけませんので、栄養はどの領域でも大事だということは、間違いないのだろうと思います。

1)TM Gill, et al., N Engl J Med 2010; 362(13), 1173-1180
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0909087
2)L Bargetzi, et al., Ann Oncol 2021; 32(8), 1025-1033
https://doi.org/10.1016/j.annonc.2021.05.793
3)EJ Roeland, et al., J Clin Oncol 2020; 38(21), 2438-2453
https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/JCO.20.00611

次へ
掲載日:2023年05月31日
アンケートにご協力ください
「がんの在宅療養」ウェブサイトについて、あなたのご意見・ご感想をお寄せください。
アンケートページへアンケートページへ