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患者さんの気持ちを考えたがん薬物療法 阪神緩和薬物療法ネットワーク学術講演会 2022
薬物療法の”進化”と患者の悩みの”変化”~薬剤師に期待する服薬コミュニケーション~
3)すれ違いを小さくするために

桜井 なおみさん(一般社団法人CSRプロジェクト)

ではこういうすれ違いが、何で大きくなってしまうのかというところですが、今回質問の中にも出ていましたが、患者さんの評価と医療者の評価の違いです。

桜井さん講演画面10

Basch先生が2010年に報告されたPatient-reported Outcome(患者報告アウトカム)の研究があります(1。患者さんが直接評価をしていくものと、医療者の皆さんが評価したものでどんな違いがあるのかなということです。「医療者と患者の評価には差があり、医療者は患者のつらさを低く見積もりがち」というのが結果として見えてきています。患者さんにとって、がん治療は人生で初めての体験です。どきどきしていますし、結構つらいです。でも医療者の人たちはもう毎日、何十人という患者さんのつらさを聞いているので、「いや、あの人と比べたらまだまだ」と、どうしても低く見積もりがちです。回数などで数えられるものは一致してくるのですが、回数で数えられない、生活が絡んでくる、例えば「立ち仕事が多い」、「作業が多い」や、事務の仕事でも下痢などたぶん全然違ってきます。こういう研究からも、少し気を付けないといけないということ、つまり、患者さんのナラティブな文脈も拾っていくことの大切さが見えてきているのではと思っております。

今、薬局の薬薬連携(病院薬剤師と薬局薬剤師が連携することで、お薬を共通言語として患者さんの情報を共有し、安心できる薬物療法を継続して提供する体制)の中で、こうした数字を取って患者さんを評価していくということが、薬剤師の中では広がってきていると思っています。そうした評価で、正しい処方だったり、それから情報が得られるなら、患者さんにとってはすごくいいことだと思うのですが、一方で少し懸念していることがあります。フッサールという哲学者が言っていたのは、どうしても理科系の人間というのは、数字で何か物事を捉える思考が、繰り返し実践されると、それが習慣化してしまうということ。それは薬剤師さんは、数字がすごく好きな職能だと思うので、数字だけで人をみる習性が定着化しやすい。
糖尿病診療などの世界でも、たぶんいわれていると思いますが、「薬を何錠」というふうに、数字で評価し続ける習慣がつきすぎてしまうと、患者さんや家族が経験しているナラティブ(物語)な心情を忘れがちになって、後回しになってしまう。こういうことは、思考の特徴として出てきてしまうので、私は少しここには注意をしていただきたいと思っています。
こういう見立ての違いがあるということをやはり念頭に入れて、数字、患者報告アウトカムの数字もちゃんと見ていく。そして数字が「グレード1(有害事象の評価基準で、軽い段階)だからいいや」ではなくて、「生活の中でどれだけ邪魔をしているのか」ということを私は聞いていっていただきたいと思っております。私の友人が、たとえグレード1の症状であっても、生活の全てを奪われることがあるのだということを言っていました。ぜひPROのCTCAE(患者報告アウトカムによる有害事象評価基準)などを使われる時は、この点に関しては、私は注意をしていただきたいと思います。

医療者の方たちは、患者さんが歩んでいく道のりが少し見えている。ドローンで上から見ているような感じです。なので、患者はたまに林のほうにキノコ狩りに迷って行くのですが、「駄目だ」と戻すことをされると思います。混乱している時、そういう合理的な選択をなかなか人はできないので、こうやって患者さんが道に迷いながらも、元に少しずつ戻していくことを支える。こういう目線を持っていっていただきたいと思いますし、たまには、地上レベル(患者さんの生活)に下りてきてほしいと思う時があります。

患者サイドからいうと、ゴルフのやぶの中にボールを打ち込んでしまったような気分でいます。では、ここからどうやって出せばいいのかということを教えてほしいです。そんな遠い先のことまでは要らないです。今、この目の前にあるところをどう脱出していったらいいのかということ。その辺りの情報を頂けると非常にありがたい。

桜井さん講演画面11

インフォームドコンセントという「説明と同意」ということから、さらに一歩進んで、「意思決定支援を共有していこう」の大切さが今とてもいわれています。これだけ薬のことが非常に複雑化した中では、主治医も情報のアップデートがすごく大変だと思っています。患者さんも一生懸命自分のことを伝えようということをがんばっていきますので、この辺り一緒に手を組んでいければいいと思っております。
私の友人が亡くなる前に緩和ケアのお薬をもらっていた時に、お薬手帳を使って日記のように、どの薬を飲んだ時にどんな反応があったのかというのを自分の言葉で全部書いて、本当に地元の小さな薬局だったのですが、そこの薬剤師さんとうまく対話を続けていました。

この時やっていたのは、足のむくみも出てきたことなどを書くと、薬剤師さんのほうからいろいろ適切なアドバイスが入っていました。それから、生活や食事も、彼女は、「誰と食べた」、「どのぐらい食べられた」ということも結構詳細に書いていました。それを持ちながら薬剤師さんのほうが、「誰がキーパーソンで、きちんと生活を楽しめてるのかな」ということなどを話題にして、診察のことでこういうお話をして、それをまた病院のほうにフィードバックをしてくださいました。

桜井さん講演画面12

緩和のお薬も患者さんは初めて飲みます。「この効き目って何なんだろう」とずっと言っていました。「これは効いているのかどうなのかよくわからない」というようなことを言っていました。「効き目」の感覚も、緩和ケアの薬はほかの薬とはちょっと違う感覚なのかもしれません。そうした薬の使い方やタイミングなどをお伝えいただきたいなと思います。緩和の薬も副作用が伴います。トイレの中でずっとしゃがみ込むような時間を過ごすことがないように、きちんと排便のことや、睡眠のこと、寝られているかいないか。胸水はたまってると体を動かすだけでせき込んでしまうので、こういうことを全部聞き取っていっていただきたいなと思います。

医療のハブになるのは薬剤師

あと、やはり抗がん剤治療を長くやっていると、皮膚がすごく乾燥して、本人は知らないうちにばりばり背中をかいてしまうのです。なので、こういうところも話をしながら、患者さんの生活背景をもっともっと想像して、薬の先にある生活を考えていっていただけると、少しほかの専門職の方とは違うアプローチなどができてくるのかなと思っています。

桜井さん講演画面13

医療のハブ(患者と適切な医療機関を結ぶ拠点)になるのは、私はこれからは薬剤師さんだと思っています。患者さんの悩みは本当にいろいろなことが重層化してきます。次々とこれが同時に起きたりして混乱します。こういう時に、診察の現場で先生にいろいろなことを言っても、今すごく専門性が高くなってきていて、「いや、専門分野のことはわかるけど、ほかのことはわからない」と、たらい回しになってしまう時もあります。どこの診療科に行けばいいのかわからない時もあります。ぜひ地域のコミュニティーの中での保険医療としての薬剤師さんと私はなっていっていただきたいなと思っています。

まとめ

がんの治療は本当に薬が切っても切れない関係になってきていて、飲む期間もとても長くなってきています。ぜひ、その長い人生に対して寄り添っていただきたいですし、少し言葉の聞き方を変えるだけで答えはたぶん変わってくると思います。「大丈夫ですか」、「飲めていますか」ではなくて、「服薬してみてどんな変化が起きたのか」、「飲んでみてどう思ったのか」や、「何か気になる症状などがほかに出てきたのか」、とこういう聞き方をしていただいて患者さんの行動を変えていっていただきたいなと思います。病気の受け止め方は本当に一人一人違います。早く薬をもらって帰りたいという人もいるかもしれませんが、やはり不安を抱えていますので、少し引き留めてお話をしていっていただきたいなと思います。


渡邊:ありがとうございました。桜井さんからは4つのパートに分けていただいて、「薬剤師さんと私」ということで、薬剤師さんと患者さんとしてのホルモン薬や抗がん剤治療など、さまざまな治療をしながら感じられたこと、そして、「患者体験調査から見えること」ということで、患者体験調査は今までに2回されていますけれども、その中で、医療そのものについては結構満足されていらっしゃるのですが、「生活上の課題」や、あとは「コミュニケーションのこと」、「相談できるということ」に関してはまだまだ少し課題があるのではないかということで、医療を離れて患者さんの目線で見た時に、まだできることがあるのではないかということですね。
そして、「薬が生活の妨げになっていないか」ということで、治療をすることが目的になってしまっていて、逆に患者さんのちょっとした体や心の不安定な時に対して、治療することで、逆に十分話ができてない部分があったのではないかということですね。
あと、「すれ違いを小さくするために」ということで、ここは本当にはっとするところが多いんですけれども、今の話ともつながりますが、治療することが目的になっていて、その先の患者さんの置かれた生活というところになかなか目が行かなくなってしまう。これは、専門性を追求していけばいくほど、そういった部分は確かに少し思い当たるところがあるなというふうには感じていて、ナラティブな部分ということに対してもやっぱり目を向けるということは、とても大事なことだと思いました。

岡本:ありがとうございます。本当にいくつもの気付きがありました。一つは、一包化なのですが、そんなに喜ばれるのか。むしろ嫌がる人が多いのではないかと思って、どうしてもちゅうちょしてしまいます。
提案する時に、こんなにたくさんあるから一包化すればいいのにと思うのですが、何かちゅうちょしてしまいます。

桜井:旅行に行くにしても何にしても、とても便利ですね。手間をかけてるのではと逆に申し訳ないと思っています。

堀(医療法人 薫風会 佐野病院):それもよく言われます、「手間をかけているのではないか」と。

桜井:わざわざこんなことまでしてくれてという申し訳なさで、たぶん言えなかったりすることもあるかなと思います。

堀:こちらから提案する際は、薬剤師が服薬できていないのではと思っていると思われないかというのが一番心配なことです。「服薬できてはいますが、一包化にしたほうが楽だけどどうですか」という提案はいつもさせてもらっているのですが、少し失礼になっていないかなと、私も岡本先生と同意見です。

徳垣(フロンティア薬局 武庫川駅前店):私もそうです。一包化を提案したら、「いや、ちゃんと自分で管理できるから」のようにおっしゃる。そこまで強い言い方ではないですが、気分を害されているケースもあると思います。ただ、やっぱり末梢神経障害などで来られる方に提案したら、「そんなことができるんだね」、「お願いします」という反応で、患者さんが一包化の存在自体をご存じないことが結構あるのだなと思って、もっと早く提案したら良かったなと思うんです。

桜井:今患者の中で伝説的なツールというのがあって、半分に割るのは結構知られているのですが、お薬取り出し器という薬を取り出す器具です。
私たちはペイシェントシューズという研修を行っています。「患者さんの靴を履いてみませんか」というもので、ゴム手袋をして手先がしびれてる時と同じ状況で生活していただきます。そうすると、差し入れのお菓子の袋が、開けられないのです。この時の気持ちは、「何でこんなこともできなくなったんだろう」と本当に情けないです。私も親に「年だからしょうがないよ」と開けてあげてしまいますけど、そういうところを一包化にしたら楽になるようなものがあったらすごくいいなと思います。
あと、湿布を貼るのもご家族で貼ってくれたらと思いますが、やっぱり今、独居の方も増えてきているから、貼る器具もみんな購入していて、何となくさみしいなと思います。

岡本:湿布を貼る器具は薬局の店頭で、ぜひ前の方に出しておいてもらいたいです。
患者さんにぜひお伝えしたいのは、薬剤師は一包化するほうが楽です。
手で仕分けしているわけではなくて、コンピュータで勝手に出来上がってくるのです。お医者さんが入力すると、自動的に出来上がってくる。だから病院側は絶対に楽です。

桜井:旅行に行く時や、仕事や会社に行く時にも持っていくのに、一包化が絶対にいいです。

渡邊:患者さんが間違ったり、ご家族も忘れたりすることもありますからね。

桜井:だいたい薬剤のパッケージの表全部に日付をマジックで書きますけど、一包化だったらそんなことをしないで済みます。

渡邊:いつの間にかディスカッションも始まったようですね、ありがとうございました。


1) E Basch, N Engl J Med 2010; 362:865-869
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp0911494

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掲載日:2023年02月27日
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