がん医療フォーラム2017 がん患者さんを地域で支える 市民が望むがん医療と福祉のかたちとは
【第2部】フォーラム がんになっても安心して住み続けることのできるまちづくり
1)在宅療養の現場から~事例紹介~
モデレーター: | 古田 達之さん(柏市医師会理事) 松倉 聡さん(柏市医師会副会長) |
フォーラムの様子1
古田:第2部のフォーラムを始めたいと思います。第1部ではお金のこと、情報や支援、お食事の話題が出ていました。第2部では実際に療養されている方の例をお話しして、皆さんに実感していただければと思います。私と一緒に司会をしていただく、おおたかの森病院の院長、柏市医師会副会長の松倉聡先生をご紹介します。
松倉:今日は、多職種で取り組んできたスタッフみんなで、皆さんにお会いできるのをとても楽しみにしていました。
実は、この柏の地域において、皆さんが年を重ねてがんになってもいろいろな地域で暮らしていけるために、地域包括ケアというシステムに一生懸命みんなで取り組んでまいりました。我々はこの7年間にわたっていろいろやってきたのですが、一番大切な市民の方たちに、それが十分伝わっていない。一番、利用していただきたい、わかっていただきたい方たちに伝える機会がなかったものですから、今日、このような大勢の方たちに集まっていただけたのはとてもうれしいですし、機会を与えてくださった渡邊先生および読売新聞社、正力厚生会、またこれを支えて奔走してくださった柏市のスタッフの皆さまには心から感謝を申し上げたいです。
第2部は、「がんになっても安心して住み続けることのできるまちづくり」というテーマです。第1部で先生方からいろいろなご講演がありました。第2部では、実際に患者さんについて、このような形で我々が取り組んでいくことができるということを皆さんに見ていただくことで、少し理解を深めていただければと思います。
実際に患者さんを担当されております古賀友之先生に、患者さんのプロフィールも含めて紹介していただき、その患者さんについてどんな診察風景だったのかをまず見ていただこうと思います。古賀先生、よろしくお願いいたします。
フォーラムの様子2
古賀:柏市の北柏でのぞみの花クリニックという在宅専門の診療所を開設しています。今日はうちの患者さんを紹介させていただけるということで、たいへん感謝しております。
ある男性患者さんの事例です。この方は、かかりつけの先生にがんを発見していただいて、大学病院に紹介していただきました。がんという診断がついて、手術もできて、化学療法もしてというふうに、順調に治療が進んでいたのですが、今年になって少しずつ腫瘍マーカーが上がってきた。ただ、どこに再発しているかわからないということで、この方もなんとなくおかしい気はするけど、自分はまだ元気だし、生活もできるし、大丈夫だろう。でもいろいろな検査をして、検査結果では、おかしいと言われ続けていました。
急にお腹が張って、便秘になってご飯が食べられないということで、病院で受診したところ、腹水がたまっています、もしかしたらお腹にがんが再発しているということで入院され、治療を受けました。ご本人は入院中ずっと、「なんでこんなふうになっちゃったんだ、お腹が張って苦しくなっちゃったんだ」と、すごく悩まれて過ごされていました。
入院の治療が終わって、症状がとれて、食事も食べられるようになりました。そこで、ご家族も「もうおうちに帰らせてやりたい、ただ病気があるから心配だ」ということで、病院に僕たちが呼ばれました。先ほどもお話に出てきましたが、退院前カンファレンスということで、病院に僕たちも、訪問看護師さんもみんなで出向きまして、カンファレンスをしました。
ご本人は、「なんで家にそんな人たちが来るんだ」というふうに、いろいろ悩まれて、「来なくてもいいよ」という反応でした。やっぱり家に他人に来られるというのは、すごく抵抗もあるのですね、皆さん。そういう方が、実際に退院して訪問診療を受けている中で、いろいろな感想を持たれました。
訪問診療の現場を知っていただくということで、この患者さんに診察風景をご覧いただきます。
《往診風景》
古賀:お腹の水はどう?溜まっていないんじゃない。
<聴診、触診>
古賀:お腹、へこんでいるし、よく動いているね。大丈夫だね、溜まらなくなったね。
患者さん:そうですか。
古賀:この間、あんなにパンパンだったのにね。また、お腹が張ってきたら、いつでも抜くから。一応、確認するために見ておこうか。
<腹水の有無を確認するために、腹部超音波(エコー)による検査>
古賀:食事はどうなの?
患者さん:ご飯はあまり食べないけど。
古賀:ご飯はあまり食べないけど、ほかのものは食べるの?
患者さん:栄養になるようなもの、食べています。
古賀:気持ち悪くなったりしない?
患者さん:食べて横にならない限りは。なるべく寄りかかっています。そうすると大丈夫ですよ。昨日はアイスクリームを食べちゃったり。
古賀:食べられるものは何でもいいから。
患者さん:量は食べられないけどね、いろいろ食べていると思います。
古賀:エコーで見ても大丈夫そうだね。いいね。
患者さん:ありがとうございます。
古賀:お風呂は?
患者さん:拭いています。
古賀:頭は?
患者さん:2、3日に一度、台所で自分でやっています。
古賀:看護師さんが来たときに体を拭いてもらえばいいのに。
患者さん:子どもがやってくれるから。
古賀:いいねえ。
古田:がんになられて、ご自宅で療養されている患者さんを、古賀先生が腹水をエコー(腹部超音波検査)で見ながら診察している状況をご覧いただきました。
松倉:皆さん、いかがでしたでしょうか。なんか、すごく楽しそうな診察風景だなと思いました。
この患者さんに関わられている主なスタッフの方々に、エピソードも交えて、在宅療養についてお話をいただきたいと思います。病院から退院されるときに、すべての患者さんの情報をいろいろな職種の方たちで共有しないと、患者さんが困るわけですね。この患者さんは慈恵医大に入院されたので、まず慈恵医大の退院支援の責任者をされている和気江利子さんに、エピソードも含めて、どんなお仕事かお聞かせいただければと思います。
フォーラムの様子3
和気:東京慈恵会医科大学附属 柏病院の患者支援センターのセンター長をしております。実は今ご紹介された患者さんに、私は直接お会いしたことはなかったのですが、私どもの担当のナースたちが一生懸命、退院まで整えさせていただいて、在宅につなげた患者さんです。
患者支援センターでは地域とつながりを持つということで、いろいろな仕事をさせていただいております。主に病棟の看護師たちは、入院する前に入院前面談というのを行います。今までの生活でどんなことをされてきたのか、退院後、どんな生活をされるのかといったことをうかがいます。ご紹介された患者さんは緊急入院でしたので、そうした場合には入院の翌日に看護師がうかがって、今後どうしていこうかという話し合いをさせていただいています。
この患者さんは緊急入院の後すぐに治療方針が決まって、今後どうしようかということで、担当医のほうで話し合いをさせていただきました。ご家族、ご本人は、「食べられないから、帰れないかな。でも家に帰りたい」と最初からおっしゃっていました。そのことを含めて治療を行いながら、なんとか家で過ごせるように、どうしたら在宅で療養できるのかというお話を、何度も何度もナースのほうでさせていだだきました。そして、「じゃあ、やっぱり帰るよ」ということになりました。
お腹の中に水が溜まって苦しくなってご飯が食べられなくなってしまうことがあるので、医療的な器具がついた状態で退院されることになりました。そうしますと、ご家族やご本人がちょっと不安なのです。いい訪問診療の先生がいらっしゃいます、訪問看護師さんたちもたくさんいい方が柏にはいらっしゃいます。そこをご紹介して、整え始めたところで、退院前共同指導と正式には言いますが、カンファレンスというのをさせていただいて、関わっていただく皆さんに病院に来ていただいて、私たちの医療、看護、ケアが継続できるように、橋渡しできるように、バトンタッチができるように、つないでおります。
その中で患者さん、ご家族たちは、「訪問看護師さんが来るほうがいいのかな」と悩まれますけれど、来ていただくと、「本当によかった」と言っていただけますので、カンファレンスを使って、私たち病院側から地域の医療につないでいくということをさせていただいております。
松倉:ありがとうございます。退院されるときには、心配なんですよね、患者さんは。情報を共有するということはとても大事なのですが、カンファレンスのときに病院のスタッフは何人くらいいらっしゃいますか。
和気:病院側はだいたい主治医、退院支援センターのナース、それと病棟のナースで3人か4人くらい。医療ソーシャルワーカーが入るときもあります。
松倉:薬剤師さんとか、いろんな方が入るものですから、患者さんも、これだけいろいろな職種の方たちが情報を共有するということで、とても安心されると思います。
和気:あと、顔合わせですね。そういうことをシミュレーションだけでご説明してもなかなか伝わらなかったり、患者さんやご家族が不安になられますので、顔を合わせて、そこでコミュニケーションをとって信頼関係を築いていく場にもなっていると考えています。
松倉:ありがとうございました。実際に退院して、そこで患者さん、ご家族の方は支援してくれる方たちをどうやってコーディネートしていけばいいのかわかりません。ただ先生が来るだけでなく、さまざまな職種の方が関わる。それについていろいろマネジメントしてくださる、ケアマネジャーの植野順子さんです。
植野:私もこの患者さんの退院時共同指導に参加させていただきました。医療側はそろっているのですが、おうちで安心して暮らしていただく環境整備のために呼んでいただきました。
この方は退院するに当たって、3つの不安がありました。まず、非常に段差の多い環境だということ。2つめは、腹水を抜くための管をつけたままの退院となりましたので、病院と同じようにベッドなどが必要ではないかということ。3つめは、ご自宅にとても大きなお風呂があるのですが、お風呂に入れる環境ではないということ。
それらの不安な点を解決するために、介護保険のサービスの利用をお勧めしましたら、「長年住み慣れている家だから大丈夫だよ」とご本人とご家族がおっしゃいました。結局、サービスは利用しないで、とりあえず帰るということで、退院されました。退院された当初は、布団からの寝起きのときに、お腹にどうしても力が入って腹水を抜く管から液がもれたりしていました。その際もベッドにするか、布団の横に手すりを置くと楽ではないかと説明しましたが、なんとかするということで、先ほど見ていただいたように、お風呂も布団での寝起きも、ご自身とご家族で解決されて生活されています。
この方は現在、介護保険の環境整備という点では何もサービスを利用されていませんが、退院前共同指導から関わらせていただいたことで、病状の把握ができ、ご本人やご家族の思いを共有することができました。今後、何か変化があったときは、ご本人、ご家族の気持ちに寄り沿って支援ができるのではないかと思っています。
松倉:ありがとうございます。先ほどの講演にもありましたが、いろいろな制度があって、知ることで役に立つ。ただ、どう活かすかというのは、専門の人がいないと難しいこともあります。そういう意味ではケアマネジャーは強い味方ですし、同時にコーディネートをする指揮者のような存在と言いましょうか。
続きまして、この患者さんの薬剤師の山口大輔先生です。薬剤師さんが在宅に来るのかなと、皆さん思っていらっしゃるかもしれませんが、実は来てくださいます。
山口:この患者さんのお薬のエピソードとしては、入院前にはカプセルの薬を1錠のんでいましたが、入院した際にOD錠(口腔内崩壊錠)という錠剤に変更になりました。なぜ変更になったかといいますと、あまり知られていないかもしれませんが、採用医薬品と私たちは呼んでいますが、それぞれの病院で使うお薬、使える薬は基本的に決まっています。その関係で、内容はまったく同じお薬なのですが、カプセルからOD錠に変更されました。
OD錠は口に中に入れると溶けやすくなっている、のみやすく工夫されたお薬なのですが、この患者さんの場合は、口の中で溶けることが何となく気持ち悪い、カプセルのほうがするっとしてのみやすいというお話しでした。それで退院してから、のみ慣れたカプセルに変更してお薬を提供させていただいています。
このように、お薬をのむということも生活の一部と捉えて、それがその方の苦痛や負担にならないように心掛けて関わらせていただいています。
松倉:ありがとうございます。薬剤師さんは、もちろん薬についての知識はあるけれど、さらに細かい副作用とか、のむ形状とか、いろいろなことをアドバイスしてくださるので、我々にとっても心強い味方です。
そして、訪問看護師の片岡幸恵さんです。訪問看護師というのは在宅医療においては、医師ももちろん主役ですけれど、ある意味で影の主役、本当の主役の一人です。
片岡:先ほどのDVDで見ていただいたように、おうちに帰られてもパジャマを着ておられる方が非常に多いのです。病気だからと病院ではパジャマを着ていますけれど、おうちでもずっとパジャマを着ている必要はないんです。この方は体操とか健康をふだんから心掛けていらしたのですが、ご病気になられて、おうちに帰られてから少し引きこもりがちになってしまいまって、お洋服もパジャマからまったく変えない状況が続いていました。
先生のご協力もあって、腹水の管理もできるようになり、チューブが抜けた時点で少しずつ外に出ていきましょうということで、今はお洋服に着替えていただいて、看護師と一緒に周囲を散歩していただいています。少しずつ前の生活に戻っていただけるように、体調を見ながら関わらせていただいています。
松倉:ありがとうございます。非常に心強いサポートです。最後に古賀先生、主治医としてまとめていただけますでしょうか。
フォーラムの様子4
古賀:まとめる前にちょっと申し上げますが、今日、片岡さんも僕もラフな服装ですが、いつもの格好でよいと言っていただいたので、これが在宅診療で皆さんのおうちを回っているときの格好だということです。
いろいろ話がありましたけれど、これだけのチームで患者さん一人に関わっている。本当は、もっとさまざまな職種がいます。歯のトラブルで食べられなったときは歯科医の先生に入ってもらったり、食べられなくなると歯を磨かないでお口の中がちょっと汚れたりというと歯科衛生士の方に入ってもらったりとか、いろんな方がいます。
ほかの地域でも先生と看護師の連携がうまくいっているところは多いのですが、柏のように、薬剤師さんも入ってくれる、病院もこれだけ入ってくれる、ケアマネジャーさんは当たり前、ヘルパーさん、訪問入浴の人など、みんなが同じ人について同じ目標で関われる地域は、まだまだ少ないのではないかと思っています。多職種のメンバーでいろいろな工夫をしながら関わっていて、本当に患者さんにとっては幸せなことではないでしょうか。
今の話で、散歩に行っていると聞くと、実はこの患者さんが終末期だということを忘れてしまいがちになるのではないかと思います。この方は本当にこれ以上のがんの治療はないと言われてしまった方なのです。ですから、これから自分はもしかしたら悪くなってしまうかもしれないという不安を抱えながら、でもみんなと一緒に過ごすことによって、けっこう笑顔で暮らしていけると思います。僕たちは、そんな笑顔を守るために、みんなで協力してやっていこうと思っています。
松倉:とても温かい患者さんとのやりとりが見られたと思います。この患者さんにこの会場にお起しいただくこともご相談したのですが、やはり療養中でもありますので、メッセージをいただきました。ご本人から、実際に在宅療養をしてどうだったのか、ご感想をうかがっていますのでお聞きください。
《ビデオメッセージ:在宅での様子》
うちでは自由にできるしね、病院だと寝ているような気持ちで、そこが違うんじゃないかと思いますね。訪問診療の場合は、自分の思ったことを先生に直接聞くことができたり、その場で判断していただけたり。そこが違う、一番いいところじゃないですか。
訪問看護師さんも、みんなベテランの方が、経験豊富な方にみていただけますからね。相談もけっこうね、先生なみに相談を受けることができるんですよ。だから、そこが一番いいところじゃないですか。訪問看護師さんは週に2、3回。今は2回になりましたけど。
だけど、何か相談したり、そういうことが先生にも、その夜には伝わるようですからね。そこがいいところじゃないですか。患者というか、こっちも自由に、テレビを見たり、何かいろいろなことができるし、ストレスがたまらない、自由にできるんだから。それが一番いいところじゃないですか。
松倉:いかがですか。お話のひとつひとつの最後に「そこが一番いいところじゃないですか」と。一番と言いながら、すごくたくさんのことを言ってくださった。我々、患者さんに関わる立場としては、病気を治すことも大切ですけれど、こんなこともよかったよ、あんなこともよかったよと思ってくださる、それが本来、我々が一番目指すところなのかなというふうに思います。あのように言ってくださる、それに関わるスタッフの皆さんは立派だなと思います。ああいう医療を柏で展開できればと思っています。