がん医療フォーラム 岩手 2016/気仙がんを学ぶ市民講座
【基調講演】気仙の在宅医療の現場から ―患者さんとご家族に思いを添えて―
入澤 美紀子さん
訪問診療と病院の連携で在宅の患者さんを支える
訪問診療では、自宅で暮らす方々のお宅に定期的・計画的に診察に伺います。定期訪問に加えて、緊急時には24時間365日体制で対応し、必要に応じて往診も行います。今日は、私たちがどのような思いで患者さんやご家族に関わっているかを、みなさまにお伝えできればと思っています。
東日本大震災の直後にボランティアで来てくださった先生に、気仙には医療が足りない、アクセスの悪いところが多いと指摘されました。このことが、松原クリニックに訪問診療部を平成24年8月に開設することにつながりました。これまで264名の利用がありました。現在は71名の方々を訪問しております。開設時は6人の患者さんでスタートし、翌年には約60人に依頼が増え、以後70人から85人くらいで推移しています。いろいろな方面からいただく情報から、訪問診療を必要とされている方たちはまだまだ潜在的に多くいらっしゃるのではないかと感じています。
利用者の方たちの約8割は基幹病院である大船渡病院からの紹介です。そのほか、市の包括支援センターから相談をいただくこともありますし、利用された方々の口コミで伝わって紹介に至ることが多くなってきました。特に岩手県立大船渡病院からは、何かあったらいつでも受け入れますと確約をいただいていることが、在宅医療に踏み出すきっかけになっていると思います。とても心強い後ろ盾をしていただいていることに常日頃、感謝をしながら回っています。
患者さん、ご家族に近い立場でがんに向き合う
訪問診療は、制度的には半径16kmの範囲内ということになっています。私たちの施設は陸前高田市にありますので、クリニックを拠点にしますと宮城県気仙沼市も訪問範囲になります。気仙沼市立病院からの依頼もあり、唐桑町などにも訪問診療をしています。医療資源が近くにないという16km超の地域にも、特例での訪問診療を行っています。基本的には断ることなく、可能な限り対応していきたいと思って、受け入れをしています。
松原クリニックの訪問診療についてのパンフレットは、開業している先生たちも置いてくださっていて、通院困難な患者さんを紹介していただくこともあります。寝たきりの方だけでなく、一人で通院することが困難な方も対象になりますので、独居の方や高齢者夫婦の世帯の方もとても多いと感じています。訪問診療に加えて、訪問薬剤師の方々もよく訪問してくださいますので、需要も多くなってきました。
訪問診療の主な内容は、診察はもちろんですが、カテーテル類(輸液のための管や尿を排出するための管など)が留置されている方も多く、その交換や管理、検査や予防接種なども行っています。しかし訪問診療には限界がありますので、いろいろ詳しい検査が必要になった場合には、紹介元の先生に相談をして、入院していただく場合もあります。
そのほかに在宅で過ごす上でとても大切だと思うことは、多くの方たちが抱えているさまざまな不安への対応です。時間をかけながら、そうした患者さんやご家族の不安などに向き合えるのは、訪問診療だからこそできることだと思っております。できるだけ患者さん、ご家族に近い立場でアドバイスをする役割が、訪問看護師に求められていることであり、大切なことだと思っています。
講演の様子
在宅での看取りに寄り添う
現在、訪問診療を利用されている患者さんの主な疾患のうち、がん患者さんは4%とあまり多くはありません。これからは増えていくと思いますが、現状では認知症(43%)や歩行困難、通院困難な方が約8割となっています。人工呼吸器を使用されるなどの特定疾患の患者さん(9%)、がんの患者さんは、最期は自宅で過ごしたいという方たちです。在宅での看取りの主な病気は、がんが最も多く40%を超えています。
約4年間で訪問診療の利用者264人のうち、125人が亡くなられました。このうち71人の方々を在宅で看取りました。そのほかの方々は病院や施設で最期を迎えておられます。移動に1時間かかる所もありますが、どんな場所でも、最期が近いようだと連絡をいただけば訪問します。死亡確認後のお身体を拭くなど、エンゼルケアといいますが、できるだけご家族にお声掛けをして、一緒に行うように心掛けています。エンゼルケアを一緒に行うことで、ご家族の満足感や心の安定につながって、グリーフケアにもつながると考えるからです。一緒にケアをしながら、これまでの苦労や思い出話をしてくださる方もいらっしゃいます。この時間は家族ケアにとても大事だと考えています。
がん患者さんの在宅での看取りに向けた準備
入院して治療などが落ち着いて、患者さんやご家族の希望で家に帰りたいという気持ちが強くなったところで退院調整に入り、地域連携室を通して訪問診療を紹介されます。病院での退院時カンファレンスには、私たちも参加するようにしています。ご本人はもちろん、ご家族にも顔をつないで、退院した日にはケアマネジャーを通して、なるべく早くご自宅を訪問するようにしています。これは、ご自宅の状況を確認するためでもあります。
初回訪問の時には、訪問診療の体制のほかに、患者さんの自宅での過ごし方、残りの時間がそう多くないということ、どのように過ごされたいかなどを、ご家族と時間をかけて話し合います。医師がその際に必ずお話しするのは「家で看取ることを決めたら、まず肩に力をいれず休めるときに休んでほしい。例えば2時間前には呼吸をしていたけど、今来たら呼吸が止まっていた。そんなときには、『家族に迷惑をかけず、苦しまずに旅立った』と思ってほしい。」と声を掛けるようにしています。そして「最期はやっぱり病院に、と心が揺らいでも構わないんですよ」という声掛けもしています。その時々で患者さん、ご家族の気持ちが揺らぐのは当たり前だということです。
グループホームでのケアの実際 看取りの事例
看取りの事例を紹介させていただきます。90歳代の女性は、数年前に認知症と診断されてグループホームにいらっしゃいました。11月に腸閉塞のような症状が出て、大船渡病院を受診しました。腸管の病変を指摘されましたが、経口摂取もできなくなっていましたので、点滴を開始していただき、ご家族の希望によってグループホームに戻りました。グループホームの職員たちは玄関に「おかえりなさい」という看板をつくって待っていてくれました。居室には家族との思い出の写真を、ベッドに横になったときに見える位置に配置してくれました。この方はずいぶんお風呂が好きだったそうですが、機械浴がなかったので、ベッドにブルーシートで即席の浴槽をつくりました。患者さんもご家族も、これには大満足でした。
このグループホームにはほかにも9人の方たちが入居されていましたが、その方たちにも隠すことなく、看取りが近くなった状態でも、お部屋で面会していただきました。この女性は娘さんと一緒にクリスマス会にも参加されました。そのように過ごして、この方は苦しむこともなく、娘さんたちに見守られながら、翌年の1月に静かに旅立ちました。娘さんたちはそれまでの約1か月、グループホームのお母さんの部屋で一緒に過ごしたいということで、お部屋に泊まっていただきました。
亡くなられてから2週間後、ご家族とともに看取りの期間の振り返りを行いました。この方に関わった介護職の感想をご紹介したいと思います。「ご本人へのケアはもちろん、特に力を入れようと思ったのは、ご家族に対するケアでした。ご家族の姿を見てきたからこそ、ご家族にとって後悔のない最期を迎えさせることが本当の看取りだと、それが自分自身の後悔の残らないケアなのだと思いました。私自身が心がけたことは、ご本人に触れることでした。顔を見て声を掛けるだけでなく、顔や頭、手に触れることでぬくもりや生きている感触を感じていました。看取りに関する指針やマニュアルがあっても、それ以上のこと、私が経験してきた知識と、私ならではの目線でのケアを心がけました」
この方のご家族からは、次のようなお話をいただくことができました。「母をグループホームに入れたことに罪悪感のようなものを感じていました。このグループホームで母の最期を見守ることができ、母がいつも食べているご飯や手づくりのおやつもごちそうになりました。とても心がこもっていて温かいと感動しました。家ではこのようなケアはできませんでした。本当にみなさんの温かいケアに感謝です。そして今、私たち家族はこのグループホームに母を入居させてよかったと思っています。」
地域の専門職の連携で患者さんとご家族を支える
患者さんとご家族を支える介護職が連携することで、グループホームでの看取りも可能です。むしろ介護職はその方をよく理解していますので、私たち看護職は教わることがたくさんあります。これからもグループホームでの看取りは医療職の介入によって可能だと、胸を張って言えると思っています。
おうちで看取ることはどういうことか、最期にどんな症状が出るかについて、手作りのパンフレットをつくりました。在宅での看取りが近づいてきたと判断したときに、ご家族が少しでも心穏やかに過ごせるように、その「これからの日々 家で看とること」という小冊子を渡しています。そこには「夜中に静かに眠るように逝かれ、朝ご家族が気づいたというようなこともあります。そんなときには、安らかに旅立ったと思ってください。大切なのは、ご本人にとって苦痛が少ないということです」という一文を入れています。自宅で看取られたご家族から「この冊子を読んで、少し気持ちが楽になりました。家族にも読んでもらって、みんな同じ気持ちで見送ることができました」という感想をいただきました。そう思ってくださるご家族が少しでも増えることが、私たちサポートする側の願いでもあります。
人生の最期をどこで過ごしたいかについて、いろいろな本にも書かれています。日本では年間125万人が死亡して、死因第1位のがんは約36万人だといいます。その多くが病院死で、在宅死は9%に過ぎないそうです。患者さんの8割は在宅死を望んでいるが、現実には難しいと感じている。その理由は、家族に負担をかけるから、また往診などの医療体制が整っていないからということです。気仙でも多くの専門職がケアマネジャーを中心に、少しでも在宅死の希望がかなえられるようなサポート体制をつくってきました。あきらめずに、ご家族とともに一緒に過ごせる時間を大切にしていただきたいと思っています。
在宅療養では医師、看護師、ケアマネジャー、訪問歯科、訪問薬剤師、リハビリ、ヘルパー、ソーシャルワーカーなど多くの専門職が患者さんとご家族を支えていきます。これができるのは、大船渡病院のように何かあったら対応してくださる地域の先生方のご協力があるからで、地域の関係機関との信頼関係が一番大事だと思います。そうした信頼関係を築きながら、患者さんとご家族が家で過ごしたいと思う、家で過ごせるような訪問診療をしていきたいと思っています。