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がん医療フォーラム 岩手 2016/気仙がんを学ぶ市民講座
【フォーラム】我々歯科ができること ―在宅医療において―

熊谷 優志さん(大船渡市国民健康保険歯科診療所/歯科医)
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熊谷 優志さん
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がんの療養における歯科医療の目的

あまり知られていないかもしれませんが、歯科医師もご自宅や病院に訪問して治療をすることができます。

皆さんは歯医者は何ができるとお思いでしょうか。まず思い浮かぶのは、虫歯の治療とか抜歯、あるいは歯槽膿漏や入れ歯の治療といった一般的な治療でしょう。歯科医が目指しているところは、実はこの先にあります。それは、生活の質(QOL)の向上ということです。日本歯科医師会でも「歯科医療の目的は“食べる”、“話す”など、『生きる力を支える生活の医療』である」と提唱しています。つまり歯科医療の目的とは、「歯の治療」から「食べる幸せ」につなげていくことです。

栄養面からみた、食べることの重要性

栄養の面から食べることの重要性をお話しします。このデータは少し古いのですが、入院中の高齢者、あるいは施設入所の高齢者の状態を調べたところ、約4割が低栄養とされています。在宅で介護を受けている場合は、約3割が低栄養といわれています。低栄養では、肺炎が起こりやすく、治りにくくなります。また起き上がることや運動機能が低下していきます。床ずれなど、傷ができやすくて治りにくいということも起きます。さらに低栄養が続くと、うつ状態、あきらめ、孤独感といったことにつながっていくこともあります。

不十分な歯科治療や不十分な口腔ケアが低栄養の原因である場合では、噛めない状態になっています。しっかりよく噛めないことから、食事には食べやすいように、やわらかくしたものを提供することになります。これによって、ますます噛み砕く力が低下します。ここで生じるのが、低栄養と噛む力の低下の悪循環です。この悪循環によって食欲が低下し、さらに低栄養になってしまいます。

フォーラムの様子の写真
フォーラムの様子

生活の質の向上

低栄養が改善されると生活の質も向上します。70歳代の男性の例をご紹介します。この方は、退院して歯科治療を始めた時点では、腰も膝も曲がった状態で歩いていました。2カ月ほど後に歯科治療が終わって、しっかり食べられるようになると、腰も膝も伸ばして歩けるようになりました。さらに1カ月後には、段差のある所もしっかり歩けるようになりました。このように生活自体が変わっていきます。

この方の栄養状態を示す血清アルブミンの値は、入院中は2.4g/dlという非常に低い状態でした。3.5g/dl以下で低栄養とされます。歯科治療を開始したときは3.3g/dlでしたが、3カ月後には4.0g/dlと、栄養状態も改善しました。

口から食べるための歯科治療と口腔ケア

栄養の最良の摂取方法は口から食べることです。食べることを歯科治療や口腔ケアが支えています。栄養を改善することによって運動機能が向上し、肺炎などの合併症の予防にもなります。さらにQOLの向上や、つらさの緩和にもつながっていくと思います。つまり治療は栄養から、そして栄養は口からということになります。

口から食べるためには、噛み合わせも大切です。ある患者さんは、上の歯がまったくなく、下は部分入れ歯の噛み合わせが悪い状態でした。普通食を噛めないので、水分の多いやわらかい食事をしていました。水分が多い分だけ摂取カロリーも少なくなります。上の入れ歯を入れるなどの治療をして、通常の食事が食べられるようになると、摂取カロリーを約200kcal増やすことができました。

歯があるだけで食べられるとは限りません。汚れがついて乾燥してしまったような状態では、食べられない口になっています。こうした場合も口腔ケアによって、食べられる口になります。

がん治療を支える歯科治療

現在では、病院の回診に歯科医師も参加するようになっています。大船渡病院にも気仙歯科医師会の歯科医が参加しています。抗がん剤治療をしている患者さんの場合、薬の副作用によって唇や口の中がただれることがあります。そのような状態でも、丁寧に口腔ケアをすると、入れ歯を入れられるようになります。ある患者さんの場合は、治療から8日後にはほとんど通常の食事をするのに支障のない状態になりました。総入れ歯が入っていたある患者さんは、入れ歯を外してみると、入れ歯安定剤が歯茎についたままになっていて、さらに服用した薬が入れ歯の下に残っていました。こうしたものを口腔ケアで丁寧に取ったら、隠れていた傷がみつかりました。入れ歯が入った状態では、この患者さんが痛いという原因だった傷はわからなかったでしょう。口腔ケアによって発見した傷を治療することで、入れ歯を使って食事ができるようになりました。

もう一つお伝えしたいのは、手術の前には歯科を受診していただきたいということです。口腔ケアや歯科治療は、がん治療を支えています。例えば、がんの手術後に肺炎を起こしてしまうと入院期間が長くなって、回復も遅れてしまいます。手術前にお口の中をきれいにすることによって、合併症を予防できるのです。

歯科医として考えさせられた経験

私の経験をご紹介します。一時退院して自宅に戻られた70歳代の男性は、入院中はほとんど食べることができなかったそうです。そのために体重が大幅に減少して、まったく入れ歯が機能しない状態でした。ご家族から、何とか食べさせたいということで往診の依頼があり、まず入れ歯を安定させるように治療しました。その直後から食べられるようになって、12月でしたので生のアワビを食べられたそうです。この方にとっては、自宅に戻ったときに一食一食、食べられたということが非常に大事なことだったと、考えさせられました。

2人目の方は入院している70歳代の男性、肺がんの方です。病院から差し歯がとれたということで往診依頼があり、伺ってみると、下の前歯6本が一体となっているブリッジが外れていました。このブリッジが外れてしまうと、奥歯に入っている部分入れ歯を使うことができません。さらに上には総入れ歯が入っていたのですが、下の噛み合わせがないと、上の入れ歯も機能しません。つまり、この方にとっては、このブリッジがあるかないかで、食事ができるかできないかが決まるという状態でした。残念なことに、1週間後に亡くなられました。最期まで口から食べられた方でしたので、このブリッジが外れて食べられない状態になるというのは、避けなければならないことだったと、後から強く思いました。

がんの在宅療養において歯科ができること

歯科ができることは、口から食べることを支えて、栄養摂取を支えることです。それによって、生活の質を向上したいと思っています。また手術や抗がん剤治療、放射線治療における口腔ケアも、とても大事なことです。そして、今日ここで話をされるほかの職種の方々とともに、チームの一員となって患者さんやご家族の生活や在宅療養を支えていきたいと思っております。

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掲載日:2017年1月23日
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