日々のスキンケア以上、本格的な外科手術未満。その中間に位置する選択肢として、「糸リフト(スレッドリフト)」が大きな注目を集めています。特殊な医療用の糸を皮下に挿入し、メスを使わずに顔のたるみを引き上げるこの治療法は、「切らないフェイスリフト」とも呼ばれ、美容医療の入り口としても選ばれています。
しかし、その手軽さの裏側で、「思ったような効果がなかった」「すぐに元に戻った」といった声も聞かれます。手軽であるからこそ、その本質を深く理解し、メリットとデメリットを天秤にかけた上で、自分に合った選択をすることが大切です。
このページでは、糸リフトという治療法を、その基本原理からリスク、長期的な視点での付き合い方まで、あらゆる角度から徹底的に解説します。
目次
糸リフトの基本原理|「引き上げ」と「育てる」2つの効果
糸リフトの効果は、即時的な「物理的リフトアップ効果」と、時間をかけて肌そのものを若返らせる「生物学的な肌再生効果」という、2つのメカニズムの組み合わせにあります。
物理的リフトアップ効果:即時的な変化の源泉
施術直後に実感できる変化は、この物理的効果によるものです。糸についている「コグ」と呼ばれる小さな棘が皮下組織にしっかりと引っかかり、医師が糸を引き上げることで、たるんだ組織全体が物理的に持ち上げられます。
加齢によって垂れ下がった皮下脂肪を本来あった位置へと再配置することで、ぼやけていたフェイスラインがシャープになり、ほうれい線などが改善されるのです。
生物学的な肌再生効果:時間をかけて育む美しさ
もう一つの重要な効果は、施術後、数ヶ月かけて現れる肌質の改善です。これは、体内に挿入された糸が引き起こす「創傷治癒反応」に基づいています。
体は、糸を異物と認識し修復しようとする過程で、肌のハリを司る「コラーゲン」と弾力を担う「エラスチン」を産生する線維芽細胞を活性化させます。
糸の周囲に新しいコラーゲン線維が形成され、糸が吸収された後もその組織が「コラーゲントンネル」として残り、肌の土台を支え続けます。物理的なリフトアップ効果が薄れた後も肌の調子が良いと感じられるのは、この生物学的な効果のおかげです。
効果が現れるまでのタイムライン
- 施術直後:物理的な引き上げ効果を即座に実感できます。
- 1〜2週間後:大きな腫れが引き、より正確なリフトアップ効果が見えてきます。
- 1ヶ月〜3ヶ月後:コラーゲン生成が本格化し、肌のハリや質感の変化を感じ始めます。
- 1年後以降:物理的な効果は緩やかになりますが、生成されたコラーゲンにより、たるみの進行が抑制された状態が続きます。
糸の種類と特徴
糸リフトの仕上がりや持続期間は、使用される「糸」の種類によって大きく左右されます。現在主流の、体内で安全に分解・吸収される「溶ける糸」について解説します。
参考ページ:糸リフトの施術方法を解説!施術によるメリット・デメリットも紹介|RosaBeautyClinic
糸の素材による違い:持続期間と特性
糸の素材は主に3種類あり、それぞれ体内で吸収されるまでの期間や特性が異なります。
PDO(ポリジオキサノン)
最も歴史が長く、安全性が高い素材です。約6ヶ月から1年かけて吸収され、コラーゲン生成を強力に促進するため、肌のハリ感を出す効果に優れています。
PCL(ポリカプロラクトン)
最も柔軟性が高くしなやかで、表情によってよく動く部位にも違和感なく馴染みやすいのが特徴です。約2年から3年かけてゆっくり吸収されるため、効果の持続期間が最も長いとされています。
PLLA(ポリ乳酸)
硬くしっかりとした素材で、リフトアップ力が最も強いとされています。重さのある頬のたるみを強力に引き上げたい場合に適していますが、その硬さゆえに挿入には高い技術が求められます。
近年では、これらの利点を組み合わせたハイブリッド素材の糸も開発されています。
素材 | 主な特徴 | リフト力 | 柔軟性 | 吸収期間の目安 |
---|---|---|---|---|
PDO | 安全性が高く、肌のハリ改善に優れる | 中 | 中 | 約6ヶ月~1年 |
PCL | 最も柔軟で持続期間が長い | 中~強 | 高 | 約2~3年 |
PLLA | 硬くリフト力が最も強い | 最強 | 低 | 約1~2年 |
私は糸リフトに向いている?適応の見極め方
糸リフトは誰にでも同じように高い効果を発揮するわけではありません。自身の状態と治療法の特性が合致しているかどうかが、満足度を大きく左右します。
糸リフトが特に効果的な人
- ・年齢層:たるみが気になり始める30代から中等度まで進行した50代が最も効果を実感しやすいとされています。また、20代後半からの「予防美容」として、将来のたるみの進行を遅らせる目的で行うケースも増えています。
- ・たるみの程度:「軽度から中等度のたるみ」に最も高い効果を発揮します。
- ・皮下脂肪の量:適度な皮下脂肪がある方は、糸のコグが組織をしっかりと掴みやすく、効果が出やすいです。
- ・皮膚の質:比較的柔らかく、弾力性が残っている皮膚は、自然で美しい仕上がりになりやすいです。
糸リフトの効果が出にくい、または不向きな人
- 重度のたるみ:皮膚の余剰が多い場合、糸だけでは対応しきれず、外科的なフェイスリフト手術が適応となります。
- 皮下脂肪が極端に多い/少ない:脂肪が多すぎると重さに負けて効果が出にくく、少なすぎると糸が透けて見えたり、頬がこけたりするリスクがあります。
- 医学的な禁忌:活動性の皮膚感染、自己免疫疾患、ケロイド体質、妊娠中・授乳中の方は施術を受けられません。
- 過度な期待を持つ方:糸リフトは自然な変化をもたらす治療です。外科手術のような劇的な変化や永久的な効果を期待すると、結果とのギャップに失望する可能性があります。
施術を受ける前に知っておくべき全プロセス
カウンセリングから施術後のケアまで、一連のプロセスを知っておくことで、安心して施術に臨むことができます。
カウンセリングから施術当日まで
カウンセリングは、医師と患者がゴールを共有し、最適な治療計画を共同で作り上げる最も重要な時間です。信頼できる医師は、あなたの顔を解剖学的に診察し、使用する糸の種類、本数、デザインの根拠を明確に説明します。リスクや費用についても詳細な説明があるはずです。
施術当日は、デザインの最終確認、局所麻酔の後、20〜30分程度で糸の挿入が行われます。
ダウンタイムの真実:症状と期間
メスを使わないとはいえ、一定のダウンタイムは避けられません。
- 腫れ・むくみ:2〜3日後がピークで、大きな腫れは1週間程度で落ち着きます。
- 内出血:1〜2週間かけて自然に消えていきます。
- 痛み:最初の2〜3日がピークで、処方される痛み止めでコントロール可能です。
- ひきつれ感・違和感:糸が組織に馴染むまでの正常な経過で、通常2週間から1ヶ月ほどで気にならなくなります。
ダウンタイム中の正しい過ごし方
推奨されるケア
施術後3日間は患部を優しく冷やし、就寝時は仰向けの姿勢を保つことが重要です。
避けるべき行動
施術後1週間は、長時間の入浴、サウナ、激しい運動、飲酒を控えましょう。また、糸が定着する約1ヶ月間は、顔への強いマッサージや、口を大きく開ける動作(歯科治療など)は避ける必要があります。
糸リフトのリスクと合併症
糸リフトは比較的安全な施術ですが、医療行為である以上リスクはゼロではありません。事前に起こりうる事象を正しく理解しておくことが重要です。
起こりうる合併症と対処法
- ひきつれ・凹凸:1ヶ月以上経過しても改善しない場合、糸の挿入層が浅すぎる、引き上げが強すぎるなどの可能性があります。医師によるマッサージや、場合によっては糸の抜去・再挿入が必要になることもあります。
- 感染:頻度は非常に低いですが、施術部位の赤み、腫れ、熱感、痛みが日を追うごとに悪化する場合は感染の兆候です。直ちにクリニックに連絡し、抗生物質による治療を受ける必要があります。
糸の露出・透見:皮膚が薄い方や糸が浅く挿入された場合に起こり得ます。露出した場合は感染の原因になるため、必ず医師に処置してもらいましょう。
これらの合併症の多くは、医師の技術不足や不適切な適応判断、カウンセリング不足による期待値のズレが背景にあります。
糸リフトの効果が続くのはどのくらい?
糸リフトの効果は永続的ではないため、美しさを維持するには長期的なメンテナンス計画が不可欠です。
効果はいつまで続くのか
効果の持続期間は、使用する糸の種類や個人の体質によりますが、一般的には約1年から2年が目安です。物理的なリフトアップ効果は糸の吸収とともに薄れますが、コラーゲン生成による肌の土台強化の効果はその後もしばらく持続します。
繰り返し施術と組織の変化:瘢痕化(線維化)
効果が薄れてきたタイミングで、1〜2年に1回程度のメンテナンスが推奨されます。しかし、短期間で施術を繰り返したり、一度に過剰な本数を挿入したりすると、皮下組織の線維化(瘢痕化)が過度に進む可能性があります。硬くなった組織は糸リフトの効果が出にくくなるだけでなく、将来的に外科手術を検討する際の妨げになることも報告されています。
糸リフトと他のたるみ治療との比較
たるみ治療には様々な選択肢があります。それぞれの特性を理解し、自分に合った方法を選ぶことが重要です。
治療法 | 主な効果 | 即効性 | 持続期間 | ダウンタイム |
---|---|---|---|---|
糸リフト | 組織の物理的な引き上げ(リフトアップ) | 高い | 約1~2年 | 数日~2週間 |
切開リフト | SMAS層からの根本的な引き上げと余剰皮膚の切除 | 高い | 約5~10年 | 2週間~数ヶ月 |
HIFU(ハイフ) | SMAS層の熱収縮による引き締め(タイトニング) | 低い(徐々に) | 約半年~1年 | ほぼ無し~数日 |
ヒアルロン酸注入 | 失われたボリュームの補充と構造的支持 | 高い | 約1~2年 | 数日~1週間 |
糸リフトと切開フェイスリフトの比較
切開リフトは効果が劇的で持続期間も長いですが、ダウンタイムが長く、費用も高額です。糸リフトはより手軽で自然な変化を求める方に適しています。
糸リフトとHIFU(ハイフ)の比較
糸リフトが「引き上げる」のに対し、HIFUは「引き締める」治療です。HIFUで土台を引き締め、糸リフトでさらに引き上げるという組み合わせ治療は非常に効果的です。
糸リフトとヒアルロン酸注入の比較
糸リフトが組織の下垂を改善する「引き算(再配置)」の治療であるのに対し、ヒアルロン酸はボリュームロスを補う「足し算」の治療です。両者を組み合わせることで、より立体的で自然な若返りが可能です。
後悔しないための糸リフトのクリニック・医師選び
糸リフトの満足度は、「誰に施術を任せるか」で決まります。信頼できる医師とクリニックを見極めるためのポイントを解説します。
信頼できる医師を見極める3つのポイント
1.専門医資格
「日本形成外科学会専門医」や「日本美容外科学会(JSAPS/JSAS)専門医」などの資格は、医師の知識と技術を判断する一つの客観的な指標です。
2.解剖学への深い理解
カウンセリングで、あなたのたるみの原因を解剖学的に説明し、なぜそのデザインで糸を入れるのかを論理的に説明できる医師を選びましょう。
3.症例写真の質と量
症例写真を見る際は、撮影条件(角度、照明、メイク)が統一されているか、ダウンタイムが落ち着いた後の写真があるか、自分と似たタイプの症例で安定した結果を出せているかを確認しましょう。
カウンセリングで必ず確認すべき質問リスト
- 私のたるみの原因は何ですか?
- なぜ私に糸リフトが最適なのですか?他の治療法との違いは何ですか?
- どの種類の糸を何本、どのように入れますか?その理由も教えてください。
- 考えられる全てのリスクと、万が一起きた場合の対応について教えてください。
- 見積もり金額に全ての費用(麻酔代、薬代など)が含まれていますか?
これらの質問に誠実に答えてくれる医師こそ、信頼できるパートナーと言えるでしょう。
糸リフトは未来への投資
糸リフトは、単なる「若返り施術」ではなく、自身の加齢プロセスに計画的に介入し、未来の美しさを育むための「戦略的投資」です。その核心は、物理的な「引き上げ」と、コラーゲン生成を促す「肌を育てる」効果の二重奏にあります。
しかし、この治療は万能ではありません。効果には限界があり、定期的なメンテナンスが必要です。
このページを通じて得た知識が、あなたが医師と対等な立場で対話し、無数の情報の中から真実を見極め、あなた自身の考えに合った、納得のいく決断をするために役立つことを願っています。