靈蘭之室 茶餘酒後

   ……休息している閑な時間

馬肝を食らう

むかし,馬肉を食べるときは,すぐ酒を飲まないと病気になる,と聞いたことがある。まあ,私は桜鍋にしろ馬刺しにしろ,酒無しなんてことはありえないから大丈夫。で,馬のレバ刺しは普通の馬刺しよりもはるかに美味いらしい。そこで,馬肝を食べなければ,馬を食べたことにならない,という言い方もあるらしい。残念ながら確かに食べたという記憶が無い。
で,最近になって『史記』扁鵲倉公列伝を読んでいたら,淳于司馬の診籍に,馬肝をたらふく食って,どうもこの人は下戸だったらしく,酒が出たのをみて,避けて,駆けて帰って,泄して,重い病気になったとある。ひょっとするとこれが,「馬を食ったら,酒を飲め」のもとではあるまいか。もっとも,そうだったら読み間違いで,淳于意は「飽食してすぐ疾走」したのが原因だと言っている。まあ,俗習の大部分はこうした誤解が出発点ですね。
と思ったけれど,でも気になってさらに調べたら,『史記』秦本紀の穆公十四年に次のような記事がありました。
かつて穆公は良馬を失ったが,これは岐下の野人が捕らえて食ったのであって,その人数は三百余人であった。役人が捕えて罰しようとすると,穆公は,「君子は家畜のために,人を害してはならない。わしは,良馬の肉を食って酒を飲まないと人を傷つけると聞いている」と言って,みなに酒を賜い罪を赦した。三百人の者は,秦が晋を撃つと聞いて,みな従軍を願い,穆公が危険になったのを見ると,またみな鋒をおしならべ死を争って,馬を食って赦された徳に報いたのである。
勿論,秦の穆公のほうが,漢の淳于意よりずっとむかしの人です。やっぱり,なにがなんだかわからない。

Comments

神麹斎
『閲微草堂筆記』の翻訳を読んでいたら,注の中に馬肝について,「『漢書』の轅固伝に見える故事にもとづく。馬肉は当時通常の食肉であったが,馬の肝臓には毒があり,これを食べれば死ぬとされていた。だから,馬肉の通だといっても,肝臓の味まで知っていなければならぬ必要はないと言ったのである。学者はすべてを知って,すべてについて議論する必要はなく,馬の肝のように放置しておいてもよいものがあるというたとえ」とありました。
2010/02/17

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