名古屋大学 医学部保健学科理学療法学専攻・医学系研究科リハビリテーション療法学 亀高研究室

研究内容紹介

メンブレントラフィックと運動器の生理

  私達の体を構成している細胞は一個一個がまるで社会のように複雑で、その細胞がお互いにコミュニケーションを取り合い、より複雑な「個体」という生体システムを作っています。細胞の中には機能的に特化した多数の細胞内小器官(オルガネラ)があり、それぞれのオルガネラ間の物質のやりとり(細胞内物質輸送)が盛んに行われています。この細胞内物質輸送は、積荷を入れた脂質膜の小さな袋(輸送小胞)が細胞の中に張り巡らされたレール(細胞骨格)の上をモーター蛋白質の働きで移動するところからメンブレントラフィック(膜交通)とも呼ばれ、個々のオルガネラの機能に必要な分子を正しく配置し細胞の恒常性を維持するだけでなく、個体が高次機能を発揮するためにも重要な働きを担っています(2013年のノーベル医学生理学賞はこの分野の基礎研究を行った研究者に授与されました)。

  亀高研究室では、「メンブレントラフィックが様々な生理現象、特に運動器の生理、病態にどのように関わっているか」という観点に立って、以下のような研究を行います。

1. 筋芽細胞の膜融合過程におけるメンブレントラフィック制御因子の役割の解明

  骨格筋が形成される際には、筋芽細胞がお互いに融合し筋管と呼ばれる多核の細胞をつくることが必要です。この膜融合現象に関わる因子は多数知られていますが、これらの因子がどのようにして細胞膜表面に局在化できるのかは不明な点が多く残されています。既知の細胞内物質輸送の制御因子に焦点を当て、膜融合の調節機構を明らかにしていきます。

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2. SPG遺伝子群の機能解析

  ヒトにおいて、疾患の研究からその原因遺伝子が直接見つかるケースはごく稀であり、遺伝病の家系から明らかになってくる原因遺伝子は、病態と分子(遺伝子)を直接つなぐことができるという意味で大変貴重な情報となりえます。痙性対麻痺は下肢の痙縮(spasticity)を伴う対麻痺ですが、その発症及び病態の分子機序はほとんど分かっていません。
  近年、遺伝性の痙性対麻痺(Hereditary Spastic Paraplegia:HSP)の原因遺伝子であるSPG遺伝子(Spastic paraplegia)群が患者家系のゲノム解析で次々に同定されてきました。興味深いことに、これまでに明らかになったSPG遺伝子の多くが神経細胞における軸索輸送など、メンブレントラフィックと密接に関連していることが示唆されています。機能未知のSPG遺伝子に焦点を当て、メンブレントラフィックとどのように関わりがあるか、そして神経、筋肉の生理機能にどのように関与しているのかを細胞生物学、生化学的に調べ、HSP発症の分子機構を明らかにします。

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3. 脂肪細胞、骨格筋系とカヘキシア 〜がんリハへの臨床応用を見据えた基礎研究〜 

  カヘキシア(悪液質)はがんをはじめとする様々な疾患を原因とし、脂肪量の減少の有無に関わらず筋肉量の減少を特徴とする複合的代謝異常の疾患群です。がん性カヘキシアは骨格筋の萎縮を主症状とし、顕著な体重減少やQOLの低下、そして生存年齢の低下を引き起こしますが、その分子機構は未知の部分が多く最適な治療法は見つかっていません。
  がん性カヘキシアに伴う骨格筋委縮は、腫瘍細胞の増殖により増加した炎症性サイトカインが原因だと考えられていましたが、近年、その炎症性サイトカインにより脂肪組織から放出されるアディポカイン類の影響も伴うことが示唆されました。この筋と脂肪のクロストークに着目し、生体内に近い形でがん性カヘキシアをin vitroで再現することで、がん性カヘキシアに伴う骨格筋萎縮の分子機構を明らかにします。

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4. 筋分化におけるオートファジーの役割の解明

  「オートファジー」は大規模な細胞質の分解機構で、細胞がその性質を大きく変える(この場合は分化)際に細胞内のリモデリングに必要であると考えられています。これまでに培養細胞を用いた筋分化のモデル実験系で、筋分化誘導によりオートファジーが亢進することが示唆されていますが、その生理意義はほとんど分かっていません。筋分化過程におけるオートファジー関連因子の動態を詳細に解析し、オートファジーがどのように筋分化に関わるかを調べます。 (2016年のノーベル医学生理学賞はこの分野の基礎研究を行った大隅良典先生に授与されました)

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