Gene Review著者: Thomas J McGarrity, MD, Christopher I Amos, PhD, and Maria J Baker, PhD
日本語訳者: 箕浦祐子(札幌医科大学大学院医学研究科遺伝医学)、櫻井晃洋(札幌医科大学附属病院遺伝子診療科)
Gene Review 最終更新日:2021.9.2. 日本語訳最終更新日: 2021.11.9
Peutz-Jeghers症候群(PJS)は、消化管(GI)ポリポーシス、皮膚粘膜の色素沈着、がんの易罹患性を特徴とする。PJS型の過誤腫性ポリープは、小腸を好発部位とする(空腸、回腸、十二指腸の順に起こりやすい)が、胃や大腸の他、腎盂、気管支、胆嚢、鼻腔、膀胱や子宮などの消化管外にも発生する。GIポリープは慢性出血や貧血の誘因となり、再燃性腸閉塞や頻回の外科的手術を必要とする腸重積の原因となる。皮膚粘膜色素沈着は小児期に暗青色から暗褐色斑として口唇、眼、鼻、肛門の周囲、頬粘膜上に認められる。色素沈着斑は特に指に高頻度に認められる。これら色素沈着斑は思春期から成人期にかけて消退する。これらの皮膚所見はGIの特徴や症状よりも前に現れるため、特徴的な皮膚症状を認識することは、特にde novo(新規の)病的バリアントに起因するPJS患者にとって重要である。PJS患者は様々な上皮性悪性腫瘍(大腸、胃、膵、乳房、卵巣がん)のリスクが高まる。女性は、輪状細管を伴う性索腫瘍(Sex cord tumors with annular tubules; SCTAT)や、卵巣の良性腫瘍、稀な進行性のがんである子宮頸部の悪性腺腫のリスクがある。男性では時々、大細胞性石灰化セルトリ細胞腫を発症し、これがエストロゲンを分泌するため、未治療の場合、女性化乳房や骨年齢の上昇を引き起こし、最終的に低身長をきたす。
診断・検査PJSは、臨床的所見に基づいて診断される。分子遺伝学検査によってSTK11にヘテロ接合型生殖細胞系列病的バリアントを同定することで診断が確定し、リスクのある血縁者の検査につながる。
臨床的マネジメント
症状に対する治療:
定期的な内視鏡によるサーベイランスとポリープの切除によって、腸重積発症による緊急開腹腸切除の機会を減少させる。小腸の診断には、カプセル内視鏡(VCE)、CTや/またはMRエンテログラフィー(MRE)による腸管撮影などを用いる。バルーンを用いた腸管内視鏡検査によって、小腸深部のポリープを切除できる。時には、大きな遠位小腸ポリープを除去するために、術中の腸管内視鏡検査や腸切開が必要になることもある。腸重積や悪性腫瘍については、標準的な治療をおこなう。
発症予防:PJS患者についての研究はないが、家族歴やその他の臨床的要素に基づいて、乳がんのリスクを下げる予防的乳房切除術を考慮してもよい。同様に、PJS女性では婦人科がんのリスクが上がるが、婦人科領域の予防的手術についても前向き研究のデータは存在しない。
検診:
小児期および思春期:8歳の時に、大腸内視鏡および上部消化管内視鏡検査を実施する;所見がなければ、18歳からフォローアップする。ポリープがあれば、その大きさと数および病理組織像に応じて1~3年ごとに検査する。小腸のMREまたはVCEによる検診は、8歳から開始し、1~3年ごとに実施する。女児に対する思春期早発症の検査は、8歳から1年ごとに実施する。男児の精巣の検査と女性化の検査は、10歳から1年ごとに実施する。
成人期:
大腸内視鏡、上部消化管内視鏡、およびMREまたはVCEによる小腸内視鏡検査は、18歳から開始し、2~3年ごとに実施する;女性では、乳房の臨床的検査は30歳から6ヶ月ごとに実施する;マンモグラフィよび乳房MRIは30歳から1年ごとに実施する;腹部検査および子宮頸部細胞診は18~20歳の間に開始し、1年ごとに実施する。膵臓の診断は、内視鏡超音波検査(EUS)またはMRI/MRCPを用いて、30~35歳の間に開始し、1年ごとに実施する。
リスクのある血縁者の検査:
家系内で病的バリアントが判明している場合、同様のバリアントを持つ家系員においては、早期に診断し、適切なサーベイランスや予防的措置を考慮することで疾病の予防ができれば、有病率や死亡率を減少することができるため、血縁者の分子遺伝学的検査を提案する。家系内のバリアントが未知の場合、早期に治療介入し、適切なサーベイランスを受けるべき人を見つけるために、臨床的診断評価をすべてのリスクのある家系員に対して提案する。
遺伝カウンセリング
PJSは常染色体優性遺伝形式をとる。PJSと診断された患者の多くで、罹患した親を持つ;しかしながら、一見すると孤発例と思われるPJS患者が多い。de novo(新規の)病的バリアントに起因するPJS患者の正確な割合はわかっていない。発端者の親が罹患している/あるいは発端者で同定されたSTK11病的バリアントを保有していることがわかっていれば、同胞が病的バリアントを受け継いでいるリスクは50%である。家系内の罹患者でSTK11の病的バリアントが同定されれば、リスクのある家系員の発症前検査や、出生前診断や着床前診断が可能である。
訳注:日本では,本症に対する出生前・着床前診断は行われない。いずれにしても次世代への遺伝に関しては細心の遺伝カウンセリングが必要である。
PJSが疑われる所見
以下の患者ではPeutz-Jeghers症候群(PJS)を疑うべきである。
PJS型GIポリープ. PJSの診断に欠かせない条件として、消化管の過誤腫性ポリープがある。これは、病理組織学的に、粘膜固有層全体に特徴的な樹枝状分岐(枝分かれ)した特有の平滑筋線維束の増生が見られることを特徴とする。小腸ポリープは、一般的に、有茎性で小葉状の構造を示す。粘膜上皮では異形成が生じることもあるが、通常は起こらない。胃では、PJSポリープは若年性ポリープや過形成ポリープと区別しやすい。大腸では、PJSポリープは粘膜脱ポリープに似ている。小葉状構造やデスミン染色陽性の平滑筋繊維はPJSの診断を支持する [Rosty 2018]。異所性粘膜筋板の間隙からの偽浸潤は、PJS過誤腫の元来の特性であり、細胞の極性におけるSTK11の役割を反映していると考えられる [Tse et al 2013]。
注釈:PJS患者では、他にも多くの種類のポリープが発生する;腺腫性変化を示すポリープが大腸にできることもよくあり、家族性大腸腺腫症と混同されやすい。胃のPJSポリープの組織像は、胃の過形成ポリープと類似していることがあり、ポリープの組織を検討し臨床的背景を知る上で、GIの病理専門家の重要性が強調されている [Rosty 2018]。
診断の確定
PJSの臨床的診断は、発端者において以下のいずれかに該当する場合に確定する [Beggs et al 2010]:
PJSの分子学的診断は、疑わしい所見がある発端者に、分子遺伝学的検査でSTK11にヘテロ接合性病的バリアントが認められれば確定する(表1参照)。
注釈:ヘテロ接合性の臨床的意義不明なSTK11バリアントを同定しても、確定診断や除外診断にはならない。
分子遺伝学検査の手法には、表現型に応じて、単一遺伝子検査やマルチジーンパネル、包括的ゲノム検査などがある。
単一遺伝子検査.STK11の配列解析は、まず小規模な遺伝子内の欠失/挿入やミスセンス、ナンセンス、スプライト部位バリアントの同定から実施する。注:使用する解析手法によって、単一エクソンや複数のエクソン、または遺伝子全体の欠失/重複は同定できない可能性がある。配列解析をしてもバリアントが見つからなかった場合、エクソンや遺伝子全体の欠失/重複を同定するための、遺伝子を標的とした欠失/重複解析を実施する。TAT(結果が出るまでの時間)を短縮するために、配列解析と遺伝子の欠失/重複解析を同時にしてもよい。
注釈:STK11の病的バリアントが認められなかった場合、体細胞モザイクを考慮した別のDNA検体(頬粘膜細胞など)の検査を考慮すべきである[Butel-Simoes et al 2019]。現在までに、7例の体細胞モザイクが確認されている [Jelsig et al 2021]。
STK11と他の関連する遺伝子(鑑別診断を参照)を含むマルチジーンパネルも考慮される。注:(1)パネルに含まれる遺伝子と感度は検査施設によって異なり、経時的に変化しうる。(2)マルチジーンパネルには、このGeneReviewでは言及されていない症状に関連する遺伝子が含まれることが有る。従って、医師は、意義不明なバリアントや根本的な表現型を説明できない遺伝子の病的バリアントの検出を避けながら、症状の遺伝的原因を同定するために最適なマルチジーンパネルを決定する必要がある。(3) 検査施設によっては、臨床医が指定した遺伝子を含む、カスタム設計された施設独自のパネルや、表現型に焦点を当てたエクソーム解析といった選択肢もある。(4)パネルで用いられる方法には、配列解析、欠失/重複解析、他の配列に拠らない手法のすべてまたはいずれかが含まれる。
マルチジーンパネルに関する概要はここをクリック。遺伝学的検査を発注する臨床医向けのより詳細な情報についてはこちらを参照のこと。
PJSの疑いのある患者に対する単一遺伝子検査(および/または、STK11を含むマルチジーンパネル)で診断がつかなかった場合、エクソームシークエンスやゲノムシークエンスなどの包括的なゲノム検査も(実施可能であれば)考慮される。これらの検査では、事前に予測されなかった診断(例えば、類似した臨床症状を引き起こす別の遺伝子の変化)が得られたり、示唆されたりすることがある。
包括的なゲノム検査に関する概要はここをクリック。ゲノム検査を発注する臨床医向けのより詳細な情報についてはこちらを参照のこと。
表1. Peutz-Jeghers症候群に用いられる分子遺伝学検査
遺伝子1 | 検査法 | 各方法で検出される病的バリアント2を有する発端者の割合 |
---|---|---|
STK11 | 配列解析3 | ~80-85%4,5 |
遺伝子標的欠失/重複解析6 | ~15-20%4,5,7 | |
Unknown | NA | <1% 4,8 |
臨床像
Peutz-Jeghers症候群(PJS)は、消化管内(GI)ポリポーシスおよび皮膚粘膜の色素沈着との関連を特徴とする。GIおよび消化管外の悪性腫瘍のリスクが顕著に高まる。良性または悪性の性腺腫瘍や婦人科腫瘍も見られる。一般的に表現型が多様である;例えば、同一家系内のPJS罹患者でも、ポリープだけの場合や口腔周囲の色素沈着だけの場合もある。
GIポリポーシス. PJS型過誤腫性ポリープはGIのいずれの場所でも発生するが、小腸での発生が最も多い。ポリープの発生密度は、空腸が最も高く、次いで回腸、十二指腸である。ポリープは胃や大腸にも発生する。また、腎盂や膀胱、子宮、肺、鼻、胆嚢での発生も報告されている。
腺腫も消化管全体で発生率が高い。
PJS型過誤腫性ポリープの悪性腫瘍化の可能性はわかっていない;しかしながら、ポリープは、頻回の緊急開腹腸切除を必要とする、腸閉塞や直腸脱、二次性貧血を伴う重度の消化管出血などの顕著な合併症を引き起こす。ポリープによる症状が表れる年齢は様々で、生後数年内に症状の表れる子もいる。10歳までの腸重積のリスクは44%、20歳までで50%と推定される[van Lier et al 2011a]。ポリープの大きさが15mm以上になると腸重積のリスクが高まる [Latchford et al 2019]。小規模な単施設の後ろ向き研究では、PJS患者に対するバルーン内視鏡、または必要に応じて腹腔鏡下ダブルバルーン内視鏡を用いた小腸ポリープの内視鏡的管理によって、緊急開腹手術を減少させた [Belsha et al 2017]。
最初にポリープが見つかる年齢は、それぞれの家族間で大きく異なることから、家系内のポリープの自然史によって、子孫の重症度を予測しうることが示唆される。最近では、診断的検査や家族歴に基づいた評価によって、GI症状の若年発症が証明されるケースが増加している。これらのデータから、GIポリープを検出および除去して悪性腫瘍化のリスクを低減させ、腸閉塞の合併症を減少させるために、より若い年齢からのサーベイランスの開始が推奨されるようになった [Wagner et al 2021, NCCN 2021]。PJSの小児におけるBAEおよびポリープ切除の効果と安全性を示す文献が増えてきている。
皮膚粘膜の色素沈着. 生まれた時に色素斑(Melanocytic macule; MM)があることは稀である。多くは5歳までに表れるが、思春期から成人にかけて消失することもある。小児では、口唇や眼、鼻孔の周囲や肛門周辺領域、頬粘膜上に、暗青色から暗褐色の皮膚粘膜MMが表れることがよくある。手指に色素沈着斑があることも一般的である。ある報告では、PJS患者の94%が肛門周辺に、73%が指に、65%が頬粘膜に、21%が他の部位にMMを認めた[Utsunomiya et al 1975]。
組織学的には、表皮と真皮の接合部にメラノサイトの増加が見られ、基底細胞でメラニンが増加している。MMと悪性腫瘍のリスクに関連はない。孤発例では、MMがPJS診断の最初の契機となることがよくある。PJSに特徴的な小斑点のある小児に対して、他の臨床基準の所見がなくても、STK11の分子学的解析をおこなうことが推奨される [Latchford et al 2019]。
性腺腫瘍. PJS女性では、輪状細管を伴う性索腫瘍(Sex cord tumors with annular tubules; SCTAT)や卵巣卵管の粘液性腫瘍のリスクがある。月経不順または月経過多、時に思春期早発などの症状は、エストロゲンの過剰分泌に起因する。散発性のSCTATは、片側性で大きく、20%の悪性腫瘍化リスクを伴うのに対し、PJSに関連するSCTATは、局所的な石灰化を伴う両側かつ多発性の小さい腫瘍で、良性の経過を辿るものが多い [Wagner et al 2021]。
男性では時々、精索細胞に由来する、精巣の大細胞性石灰化セルトリ細胞腫を発症する。この腫瘍はエストロゲンを分泌することがあり、未治療の場合、女性化乳房や骨年齢の上昇を引き起こし、最終的に低身長をきたす。多発性の石灰化は、精巣超音波検査で見られる典型的な所見である。アロマターゼ阻害剤は、女性化乳房の縮小や線形骨成長および骨年齢上昇の緩徐化など、セルトリ細胞腫瘍によるホルモン作用の影響を低減する一助となる [Crocker et al 2014]。
悪性腫瘍.PJS患者では、消化管および消化管外の悪性腫瘍のリスクが上昇する。583例のPJS患者におけるメタアナリシスでは、70歳までのがんのリスクは83%になることが示された [Ishida et al 2016]。PJS患者336例のコホート研究では、60歳までに55%ががんと診断されたと報告している [Chen et al 2017]。
表2. Peutz-Jeghers症候群のがんの累積リスク
がんの部位 | 一般的集団のリスク | Peutz-Jeghers症候群 | |
---|---|---|---|
リスク | 診断年齢中央値 | ||
大腸 | 5% | 39% | 42-46 歳 |
胃 | <1% | 29% | 30-40歳 |
小腸 | <1% | 13% | 37-42歳 |
乳房 | 12.4% | 32-54% | 37-59歳 |
卵巣 (主に SCTAT) | 1.6% | 21% | 28歳 |
子宮頸部 (悪性腺腫) | <1% | 10% | 34-40歳 |
子宮体部 | 2.7% | 9% | 43歳 |
膵臓 | 1.5% | 11-36% | 41-52歳 |
精巣 (セルトリ細胞腫瘍) | <1% | 9% | 6-9歳 |
肺 | 6.9% | 7-17% | 7歳 |
Syngal et al [2015]より
SCTAT=輪状細管を伴う性索腫瘍
大腸がん・胃がんは、PJS患者に一般的にみられる腺腫から発生すると考えられる。50歳を超えるとがんのリスクが増大する。 Chenら[2017]の報告では、PJS患者で最も多いがん種は大腸がんだった(60歳までに28%)。
乳がんはPJS女性で、若年で発症する可能性がある。PJS女性の乳がんリスクは、BRCA1またはBRCA2の病的バリアントを持つ女性に近い。PJSの多くの家系において、乳がんの若年発症が報告されている。
卵巣がん.イタリアの61例のPJS女性の報告では、3例が卵巣がんを発症し、そのうちの1人は悪性のSCTATだった [Resta et al 2013]。オランダの69例のPJS女性の報告では、2例が悪性のセルトリ細胞卵巣腫瘍を、1例が卵巣小細胞がんを発症していた [van Lier et al 2011b]。
子宮頸がん.最小偏倚腺がん(悪性腺腫)は、子宮頸部に発生する稀な高分化型腺がんである。症状としては、出血や粘液状の水っぽい膣分泌物がみられる。小さな病理標本では組織学的診断は難しく、組織生検や子宮頸部掻把術が必要となることが多い。
PJS女性の婦人科がんのリスクは、最近では、50歳までに18~50%と推定されている [Wagner et al 2021]。
精巣がん.セルトリ細胞腫瘍が悪性化することは稀である。64例のPJS男性の研究では、1例の精巣セミノーマが報告されている [van Lier et al 2011b]。
膵がんは、診断後5年生存率が低く、USおよびヨーロッパのがん死の原因の上位に位置する。近年では技術の進歩により、治癒切除が望める早期の膵腺がんを検出できるようになってきたり、超音波内視鏡やMRI/MRCPによる前がん病変の検出が可能になるなど、PJS患者を含むハイリスク集団のサーベイランスが可能になってきている [Korsse et al 2013, Goggins et al 2020]。
遺伝型と表現型の関連
STK11の病的バリアントに関わる遺伝型と表現型の関連についてのデータは、相反しており結論が出ていない。遺伝型と表現型の関連について、これまでに広く検討されてきている [Daniell et al 2018]。
未熟な短縮型タンパク質が予測されるバリアントは、より重度の表現型と関連すると考えらえる。Amosら[2004] は、未熟な短縮型タンパク質が予測されるSTK11の病的バリアントをもつ群と持たない群で、最初のポリープ発症やポリープ切除の年齢は変わらず、ミスセンスバリアントを持つ群では、これらの発症が遅かったと報告している。同様の研究でSallochら[2010]は、未熟な短縮型タンパク質が予測されるSTK11の病的バリアントを持つ群において、GI手術の回数が多く、ポリープの数が多く、最初のポリープ切除の年齢も若かったと報告している。
エクソン7のコードする、タンパク質リン酸化酵素のドメインⅥに影響する病的バリアントは、90%(9/10)のGIポリープの異形成発生に関与していた [Wang et al 2014]。
297例のPJS患者の研究では、STK11の病的バリアントの形式や場所はがんのリスクに影響しなかった [Lim et al 2004]。419例の罹患者に関する検討では、タンパク発現に関わる機能的ドメインにあるバリアントの形式や場所でも、がんのリスクに影響しなかった[Hearle et al 2006a]。小腸重積のリスクは、STK11のバリアントの状態による影響を受けなかった [Hearle et al 2006b]。PJSの表現型は、大規模な欠失とそれ以外のSTK11のバリアントとで、変わりはなかった [Daniell et al 2018]。
浸透率
これまでの報告では、STK11の病的バリアントを持つすべての人が、臨床的症状を示している。
病名
以下の用語もPJSと同義として使用される。
頻度
出生頻度は正確にはわかっていない。推定では、25,000人に1人~280,000人に1人と幅がある [Tchekmedyian et al 2013]。
PJSは、集団や民族に関係なく発症しうる。
遺伝学的に関連する疾患
STK11の病的なナンセンスバリアントを持つ1例で、ゴナドトロピン非依存性思春期早発症と診断された [Massa et al 2007]。 STK11のエクソン1に29塩基の欠失のある別の患者では、大腸若年性ポリポーシス(若年性ポリポーシス症候群を参照)と診断された[Sweet et al 2005]。これらの報告は、ポリープの数や種類が多様であるPeutz-Jeghers症候群の、臨床的不均一性や診断の不完全さを反映している。
表3に Peutz-Jeghers症候群(PJS)の鑑別診断についてまとめた。
表3. Peutz-Jeghers症候群と似たような症状や特徴を示す常染色体優性遺伝形式の遺伝性腫瘍症候群
遺伝子(群) | 症候群 | 臨床的特徴 | |
---|---|---|---|
重複する特徴 | 異なる特徴 | ||
BMPR1A SMAD4 |
若年性ポリポーシス症候群1 (JPS; Juvenile polyposis syndrome) |
通常、20歳までにGIポリープを発症 過誤腫+++;腺腫+ がん:CRC;胃;上部GI;膵 |
JPS:若年性ポリープの組織像はPJSとは異なる:密な間質組織を伴う正常上皮組織の所見を呈し、炎症性浸潤があり、表面が平滑で、粘液に充満され拡張した嚢胞状腺管が粘膜固有層に広がる過誤腫;SMAD4-JPS 3を有するHHT;色素性疾患(MM)・卵巣腫瘍・精巣腫瘍は発症しない |
15q15.3q22.1重複2 BMPR1A SMAD4 |
遺伝性混合ポリポーシス症候群 (HMPS;Hereditary mixed polyposis syndrome ) (OMIM 601228) |
ポリープ: 若年性過誤腫+;腺腫+;鋸歯状+ がん:CRC |
HMPS: 色素性疾患・卵巣腫瘍・精巣腫瘍は発症しない |
PTEN | PTEN過誤腫症候群 (PHTS;PTEN hamartoma tumor syndrome) |
ポリープ:過誤腫+++;腺腫+;神経節細胞腫+ がん:乳房;CRC |
PHTS:異なる色素性疾患-陰茎亀頭の小斑点、角化症;腸管ポリポーシスよりも顕著な消化管外症状:外毛根鞘腫、脂肪腫、巨頭症、乳房線維症、甲状腺がん、腎臓がん、子宮内膜がん |
PRKAR1A | カーニー複合(CC; Carney complex) | ポリープ:±腺腫 色素沈着性病変:顔+;粘膜+ がん:大細胞性石灰化セルトリ細胞腫 |
CC:心臓・皮膚・乳房・中咽頭・女性生殖器の粘液腫、甲状腺結節、先端巨大症、甲状腺がん、原発性色素性結節性副腎皮質疾患、神経鞘腫 |
APC | 家族性大腸腺腫症(APC-関連ポリポーシス参照) | ポリープ:腺腫+++ がん:CRC;GI |
FAP:デスモイド腫瘍、骨腫、CHRPE、脳腫瘍;卵巣腫瘍・精巣腫瘍は発症しない |
EPCAM MLH1 MSH2 MSH6 PMS2 |
Lynch症候群 | ポリープ:腺腫+ がん:CRC;胃;卵巣 |
Lynch症候群:脂腺腫、子宮内膜・腎盂・尿管などその他のがん;精巣腫瘍は発症しない |
CHRPE= congenital hypertrophy of the retinal pigment epithelium先天性網膜色素上皮肥大;CRC =大腸がん; FAP= familial adenomatous polyposis家族性大腸腺腫症; GI = gastrointestinal消化管;HHT= hereditary hemorrhagic telangiectasia遺伝性出血性末梢血管拡張症;MM=melanocytic macules色素斑
先天性のMMR欠失(CMMRD) - MLH1、MSH2、MSH6、PMS2の両アレル性の病的バリアントに起因する稀な小児期のがん易罹患性症候群 – もPJSの鑑別診断として考慮するべきである。PJS同様、CMMRDも大腸ポリープや十二指腸・胃がんに関連する。PJSと異なるのは、CMMRDは、小児期および思春期の多様な悪性腫瘍スペクトラムやT細胞リンパ腫性神経膠腫、神経線維腫症Ⅰ型に類似する色素沈着(ほぼすべての罹患者でカフェ・オ・レ斑がみられる)に関与する(Lynch症候群およびLynch症候群の亜型を参照)。
原因不明の過誤腫性混合型ポリポーシス . Sweetら[2005]による、原因不明の過誤腫性混合型ポリポーシス49例の血縁関係のない症例の研究では、22%に様々な生殖細胞系列病的バリアントが検出された。
口腔内の色素沈着病変. 口腔の色素沈着病変についての鑑別診断は、以下の通り:
稀な腫瘍. PJSにみられる稀な腫瘍についての鑑別診断:
最初の診断後の評価
Peutz-Jeghers症候群(PJS)と診断された患者の、臨床的フォローアップの必要性と疾患の程度を確定するために、表4にまとめた評価が推奨される(診断時の評価として実施していない場合)。
表4.Peutz-Jeghers症候群と診断された人に対して推奨される最初の診断後の評価項目
器官関連事項 | 評価 | 備考 |
---|---|---|
消化管ポリープ/がん |
|
8歳から、症状があればそれより早開始 |
乳がん(女性) | 臨床的な乳房検診 | 18歳から開始 |
乳房MRIおよびマンモグラフィ | 30歳から開始 | |
婦人科がん(女性) | 思春期早発症の検査 | 8歳から開始 |
|
18~20歳から開始 | |
精巣がん(男性) |
|
10歳から開始 |
膵がん | できれば専門的な施設での、超音波内視鏡またはMRI/MRCPによる膵臓の評価 | 30歳から開始 |
遺伝カウンセリング | 遺伝の専門家による1 | 医学的および個人的な意思決定のために、患者およびその家族にPJSの性質、MOI、および自然史を伝える。 |
MOI=遺伝形式; MRCP = MR胆管膵管撮影; MRE = MRエンテログラフィ; VCE =カプセル内視鏡; SCTAT=輪状細管を伴う性索腫瘍
症状に対する治療
ポリープ.消化管ポリープが内視鏡や画像評価で認められれば、1cm以上のポリープに対して、予防的ポリープ切除を実施する。この手法には2つの目的がある:
管腔ポリープに関連する合併症は小児期に発症するのに対し、PJSのがんは一般的には成人期にみられる。定期的な内視鏡検査と検査中に発見されたポリープ切除により、緊急開腹腸切除の回数を減少できることが、いくつかの研究で示されている。内視鏡によるサーベイランスを実施した51例の罹患者が登録されているSt Mark PJS登録によると、緊急の外科的介入はなく、消化管腔のがんと診断された人もいなかった [Latchford et al 2011]。18歳からの内視鏡によるサーベイランスでは、17/28例で1cmより大きい十二指腸または大腸ポリープがみつかった。これらの研究により、PJSにおける内視鏡的サーベイランスおよびポリープ切除は、安全で効果的であることが示された。
最近まで、従来の内視鏡では届かない遠位小腸ポリープの管理は困難であった。過去には、バリウムを使用した上部GIから小腸にかけた造影検査が推奨されていた。しかしながら、近年の技術的進歩により、開腹術の必要なく、事前のCTスキャン撮影による放射線被ばくを減少させる、小腸ポリープの診断および切除が可能となってきた。
注釈:(1) VCEの結果は個人差があり、MREよりも大きなポリープを多く検出した [Urquhart et al 2014]。(2)MREでは3例で、VCEで検出できなかった15mmより大きいポリープを検出した[Gupta et al 2010]。
腸重積は、標準的な手法により治療される。
悪性腫瘍は、標準的な手法により治療される。男性も女性も性腺腫瘍は保存的管理が適当である。
の組織団体は個々の患者やその家族に各種情報、各種支援、他の罹患患者との交流に関する情報を提供してくれる。
主な症状に対する予防
PJS女性に特化した研究ではないが、家族歴やその他の臨床的要因に基づいた乳がんリスク管理のために、予防的乳房切除を考慮することがある。女性における、婦人科悪性腫瘍の予防のために、予防的子宮全摘術や両側卵管卵巣摘出術も考慮してもよい。悪性腫瘍のハイリスクな疾患(Lynch症候群など)では、こういった手法が支持されている[Schmeler et al 2006]。サーベイランスおよび予防的切除の利点が確立していないため、すべてのPJS女性は、研究や登録の枠組みの中で、専門的な施設で乳房と婦人科の専門的なケアを受けるべきである。
サーベイランス
PJSのサーベイランスガイドラインが考案されている。収集された臨床データによると、若年PJS患者におけるポリープ関連合併症の発生頻度が高く、内視鏡の専門家や小児用サイズの内視鏡が充実してきたことから、内視鏡サーベイランスは8歳から開始する傾向になってきた。5歳からのサーベイランスを推奨する意見もある[Goldstein & Hoffenberg 2013, NCCN 2021]。
表5a. Peutz-Jeghers症候群の小児および思春期までに推奨されるサーベイランスガイドライン
器官関連事項 | 検査 | 頻度 |
---|---|---|
消化管ポリープがん | 大腸内視鏡 & 上部消化管内視鏡 |
|
MREまたはVCEによる小腸検査 |
|
|
婦人科がん | 女性の思春期早発症検査 | 8歳から開始し、1年ごと |
精巣がん |
|
10歳から開始し、1年ごと |
表5b. Peutz-Jeghers症候群の成人に推奨されるサーベイランスガイドライン
器官関連事項 | 検査 | 頻度 |
---|---|---|
消化管ポリープがん |
|
18歳から開始し、2-3年ごと1 |
乳がん (女性) |
臨床的な乳房検診 | 30歳から開始し、年2回 |
乳房MRIおよびマンモグラフィ | 30歳から開始し、1年ごと | |
婦人科がん |
|
18-20歳から開始し、1年ごと |
膵がん | できれば専門的な施設での、超音波内視鏡またはMRI/MRCPによる膵臓の評価 | 30-35歳から開始し、1年ごと |
肺がん | 症状や禁煙についての教育を提供する。その他の推奨事項はなし。 | |
精巣がん | 臨床所見があれば精巣超音波検査 | 10歳から開始し、1年ごと |
NCCN [2021] および Wagner et al [2021]から改変
MRCP = MR胆管膵管撮影; MRE = MRエンテログラフィ; VCE =カプセル内視鏡; SCTAT=輪状細管を伴う性索腫瘍
避けるべき化学物質および環境
PJS患者に対して、ポリープや悪性腫瘍のリスクを増大させる化合物は、これまで報告がない。
PJS患者において、子宮頸がん、肺がん、膵がんのリスクを高めるため、喫煙は避けるべきである。
リスクのある血縁者の評価
治療や予防的措置を開始することで益のある人をできるだけ早く見つけるために、一見無症状のリスクのある血縁者の評価は、上の世代、下の世代ともに、実施することが望ましい。
家系内で病的バリアントが判明していれば、リスクのある血縁者に対して、その家系のSTK11病的バリアントの分子遺伝学的検査を提供することが適切である。
家系内で病的バリアントが判明しない場合、以下の事項を提案することが望ましい:
遺伝カウンセリングを目的としたリスクのある血縁者の検査に関わる問題は、遺伝カウンセリングの項を参照のこと。
現在研究中の治療
広範な疾患や症状の臨床研究に関する情報は, アメリカでは ClinicalTrials.govを, ヨーロッパでは EU Clinical Trials Registerを参照のこと。注:この希少疾患に対する臨床試験はないと思われる。
その他
STK11ノックアウトマウスを用いて、様々なPJSの動物モデルが樹立されている[Wei et al 2005]。STK11+/-マウスにおける消化管過誤腫性ポリープは、特有の平滑筋の樹枝状分岐を持つヒトのPJSポリープを模していた。これらの動物モデルでは、ポリープ組織のシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現上昇が示された[Rossi et al 2002]。ヒトPJSにおける過誤腫性ポリープおよびPJS関連がんにおけるCOX-2の発現上昇も検出されている [McGarrity et al 2003, Wei et al 2003]。Celecoxibの投与でCOX-2の発現を阻害したマウスでは、ポリープの発育を抑えるとの報告がある [Udd et al 2004]。ポリープの発生したSTK11(Lkb1)ヘテロ接合性ノックアウトマウス(+/-)に、Cox阻害剤であるCelecoxibを投与したところ、86%のマウスでポリープが減少した。
選択的COX-2阻害剤は、前がん病変としての腺腫形成を抑制するために用いられている。しかしながら、これまでのところ、USでは、PJS患者に対するポリープ形成を抑制するCOX-2阻害剤の効果を検証する臨床研究は行われていない。選択的COX-2阻害剤には、心血管および脳血管イベント発生が増加するという副作用があるため、これらの使用は限定的である。
遺伝性過誤腫症候群や様々ながんにおいて、mTORの過剰活性がみられるため、PJSの管理にmTOR阻害剤が有用である可能性が示唆された [van Veelen et al 2011]。STK11+/-マウスにおいて、rapamycinの投与により、投与しないマウスと比較して、顕著な腫瘍減少が認められた [Wei et al 2009]。ポリポーシス発症前に投与を開始すると、発症後に投与する場合と比較して、劇的な減少を認めた。STK11+/-マウスにrapamycinを経口投与した別の研究では、腫瘍だけではなく、ポリープの微小血管の発育が抑制された[Robinson et al 2009]。
さらに、2つの小規模な結節性硬化症のヒトに対する臨床試験では、rapamycin投与により、星細胞腫を退行させ [Franz et al 2006] 、顔面線維性血管腫を減少させることが示された [Hofbauer et al 2008]。rapamycinがPJSのポリープの増殖を抑えるかどうかは、ヒトを対象とした研究では示されていない。mTOR阻害剤であるeverolimusにより、PJS患者の膵がんを一部退行させた。大腸ポリープにおけるアポトーシスの誘導も報告されている[Klümpen et al 2011]。これらの結果から、mTOR阻害剤はPJSのポリポーシス管理のための研究の選択肢になりうることが示唆された。ユタ州とオランダで、everolimusの化学的防御を検討するために、15名の参加者を募って第Ⅱ相試験が始まった。この試験は、2例の参加者しか集められず、参加者の少なさとeverolimusに対する忍容性の低さから、中止となった [de Brabander et al 2018]。
Poffenbergerら[2018] は、T細胞でSTK11を選択的に欠失させると、マウスでPJSの表現型が再現されることを示した。ヒトおよび実験用マウスのPJSポリープは、免疫細胞に激しく浸潤し、炎症性サイトカイン(インターロイキン6)を増加させ、STAT3シグナルを増強することを特徴としており、PJSに対する新しい治療標的となる可能性がある。「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
Peutz-Jeghers症候群(PJS)は常染色体優性遺伝形式をとる。
患者家族のリスク
発端者の両親
発端者の同胞
端者の同胞のリスクは両親の臨床的/遺伝学的状況に依存している。
発端者の子
他の家系員.その他の家系員のリスクは発端者の第一度近親者の遺伝学的状況に依存する。血縁者がSTK11病的バリアントのヘテロ接合体または症状のある場合は、彼または彼女の家系員にはリスクがある。
発端者の他の家族
その他の家系員のリスクは発端者の第一度近親者の遺伝学的状況に依存する。血縁者がSTK11病的バリアントのヘテロ接合体または症状のある場合は、彼または彼女の家系員にはリスクがある。
遺伝カウンセリングに関連した問題
早期診断と治療を目的とした、リスクのある血縁者の評価に関する情報は、マネジメント、リスクのある血縁者に対する評価の項を参照のこと。
無症状の家系員に対する発症前診断では、家系内に事前に生殖細胞系列STK11 病的バリアントが同定されている必要がある。STK11 病的バリアントを持つリスクのある人を早期に同定することは、医学的管理-特にサーベイランス(表4参照)-に影響するため、リスクのある人に対する検査は、(親の同意を得た上で)小児期に検討することも有益と考えられる [NCCN 2021, Wagner et al 2021]。
親は、病的バリアントを受け継いでいない子の不必要な処置を避けるために、スクリーニングを開始する前に、遺伝学的状態を確かめたいと希望することが多い。遺伝学的検査を実施する前の、小児およびその両親に対する教育には特別の配慮が必要である。両親およびその子に、どのように結果を伝えるか、事前に計画をしておくべきである。
がん発症リスク評価とカウンセリング.
分子遺伝学的検査を用いる場合や用いない場合の、がん発症リスク評価によるリスクのある個人の同定に関する医学的、心理社会的、倫理的な様々な問題の包括的な説明は、「がんの遺伝的リスク評価とカウンセリング―医療従事者用」 (Cancer Genetics Risk Assessment and Counseling – Health Professional Version) (国立がん研究所のPDQ®の一部)を参照のこと。PJSの診断が家族計画や生活の質(QOL)に与える影響については、限られたデータしかない [van Lier et al 2010b, van Lier et al 2012]。
その他に考慮すべき点.
PJSの分子遺伝学的検査を依頼する医師および受検を希望する患者は、検査機関に検体を送る前に、検査のリスクや利点、限界を理解することが勧められる。また、検査を通常業務として請け負っている施設や遺伝カウンセラーに紹介することが推奨される。
遺伝的不均一性.
PJSと臨床的に診断され、STK11 病的バリアントが同定されなかった患者は、STK11 以外の遺伝子に病的バリアントがあって、STK11 関連PJSとは異なる形式で遺伝する疾患である可能性がある(鑑別診断を参照)。PJSと診断され、STK11 病的バリアントが同定されなかった25例のうち、1例にMUTYHのヘテロ接合性病的バリアントが見つかっている[Alhopuro et al 2008]。留意点として、MUTYHの病的バリアントは通常、常染色体劣性遺伝形式の大腸腺腫性ポリポーシスの原因となる。
家族計画
DNAバンキング .
検査法や遺伝子、バリアント、疾患に関する理解は将来改善すると思われるため、分子学的診断のついていない(つまり、原因となる遺伝学的変化が未知の)発端者のDNAの保管について考慮すべきである。
出生前診断と着床前診断
罹患した家系員にSTK11病的バリアントが同定されたなら、PJSに対する出生前診断と着床前診断を受けることが可能である。
医療の専門家の間や家族内においても、出生前診断に対する考え方の相違が存在しうる。ほとんどの施設では出生前診断を行うか否かの決断は両親に委ねているが、この問題に関しては議論することが適切である。
(訳注:日本ではPTEN過誤腫症候群における着床前診断および出生前診断は行われていない)
GeneReviewsのスタッフは、患者とその家族の便宜を図るため、以下の疾患特異的、包括的な支援機関、レジストリーを選択した。GeneReviewsは他の組織が提供する情報に関して責任を負わない。選択の基準についてはこちらを参照のこと。
分子遺伝学およびOMIMの表の情報はGeneReviewの他の情報と異なることがある. 表にはより最近の情報が含まれていることがある. -ED.
Table A.
Peutz-Jeghers症候群: 遺伝子およびデータベース
遺伝子 | 染色体座位 | タンパク質 | 遺伝子座位特異的データベース | HGMD | ClinVar |
---|---|---|---|---|---|
STK11 | 19p13.3 | セリン/スレオニンタンパク質リン酸化酵素 (Serine/threonine-protein kinase STK11) |
STK11データベース | STK11 | STK11 |
データは以下の標準的参照資料をもとに作成した。遺伝子はHGNC、染色体座位は OMIM、タンパク質は UniProtを参照した。リンクが提供されたデータベース(遺伝子座位特異的データベース、 HGMD,ClinVar)の記述についてはこちらを参照のこと。
Table B.
Peutz-Jeghers症候群に関するOMIMの情報(全ての情報はOMIMを参照のこと)
175200 | PEUTZ-JEGHERS症候群; PJS |
602216 | セリン/スレオニンタンパク質リン酸化酵素11; STK11 |
分子遺伝学的病因
STK11は、アポトーシスや細胞周期停止、細胞増殖、細胞極性およびエネルギー代謝に関与し、様々な働きをする腫瘍抑制因子である、セリン/スレオニンタンパク質リン酸化酵素(STK11)をコードする。
Peutz-Jeghers症候群において、300以上のSTK11病的バリアントが報告されている。ミスセンスバリアントから全遺伝子欠失まで、すべてのタイプのバリアントが報告されている。
疾患発症メカニズム. 機能欠失
がんと良性腫瘍
非小細胞性肺がん.STK11の散発性の病的バリアントは、非小細胞性肺がんの3分の1にみられる;STK11はp53、KRASに続く、3番目に変異の多い遺伝子である。人口統計学的には、肺がんのSTK11バリアントは、北部ヨーロッパに祖先を持つ男性の喫煙者に多く見られ、低分化腫瘍と関連する。加えて、STK11病的バリアントは活性化したKRAS病的バリアントと同時に観察されることが多い。このような2遺伝子のバリアントは、KRAS病的バリアント単独の場合に比べ、予後が悪い[Pécuchet et al 2017]。非小細胞性肺がんでSTK11病的バリアントの頻度が高いことは、STK11に病的バリアントを持つ患者では特に喫煙が有害であることを示唆している。このタイプのがんでSTK11病的バリアントがあると、予後の悪い、喫煙者で多くみられる進行性の腫瘍の徴候である可能性がある[Pécuchet et al 2017, Wang et al 2020]。
子宮頸がん.STK11の散発性の病的バリアントは、子宮頸がんの少なくとも20%でみられる[Wingo et al 2009]。腫瘍でみられるバリアントのうち、半分は一塩基置換または小規模な挿入欠失で、残りの半分は、片方のアレルまたは両アレルの大規模断片の欠失である。初期の子宮頸部腫瘍におけるSTK11の不活性化は、疾患の進行を促進する。これらの結果から、STK11は散発性がんにおける主要な子宮頸部腫瘍の抑制因子であることが示唆される。
Gene Review著者: Thomas J McGarrity, MD, Christopher I Amos, PhD, and Maria J Baker, PhD
日本語訳者: 箕浦祐子(札幌医科大学大学院医学研究科遺伝医学)、櫻井晃洋(札幌医科大学附属病院遺伝子診療科)
Gene Review 最終更新日:2021.9.2. 日本語訳最終更新日: 2021.11.9[in present]