脳外科手術
頭蓋底手術は侵襲の大きな手術です,できればしない方がいいです
必要以上に頭蓋底手術が行われているのが現状です
患者さんは,頭蓋底手術を提案されたら,しばし考える,そして普通の開頭で手術ができる脳外科の先生をまず探しましょう
若い脳外科の先生は,頭蓋底手術という大掛かりな手術をしないでもいいような洗練された手術方法を学びましょう
cadaver head を使うのは古の女性も脳神経外科医もということ
左の写真は,Pittsburgに福島孝徳先生が作られたcadaver disection labratory (臨床解剖研究室)で,私が頭蓋底手術を開発研究させていただいた時のものです。茶色い固まりが人の頭部です (;¬_¬) 何十体もの貴重な献体を使わせていただきました。朝の6時から夜の10時まで毎日,屍体の頭部とずーーと向き合っていた記憶があります。福島先生に指導していただいて共同で困難な手術に関する何編かの英語の論文を書きました。
脳外科医がとても難しい手術を会得したり新たな手術方法を開発するのに,実際の患者さんでそれを行なってはいけません(人体実験に近いものになります)。アメリカや欧州ではたくさんの人々のご好意で献体が集まり,外科医に修練と研究の機会が提供されています。日本では医学生が人体解剖を学習するのに献体を使わせていただいているのですが,臨床外科医にそのチャンスはほどんどありません。
私の実感ですが,献体を使った臨床解剖で手術を研究することによって,今までできなかった手術ができるようになったり,できていた手術の正確さと早さが格段に上昇します。これは最後には実際の患者さんに還元されて,多くの人を救うことになるのです。でも,たくさんの資金とたいへんな労力が必要ですし,社会的なコンセンサスも必要です。でも,自分がしたことのないとても難しい頭蓋底手術を初めて患者さんですることは誤ったことですから,日本でも臨床外科解剖ができる体制が望まれます。
福島先生はその後ノースカロライナへ移り,Duke大学で同じような研究室を作って日本からの留学生を受け入れておりました。しかし,残念ながら2024年3月19日永眠されました。世代を代表する一人の天才脳外科医が旅立ちました。
頭蓋底外科とは
頭蓋底外科というのは,頭蓋底の方向から手術をするという意味です。左の写真は頭蓋骨を底面から見たものです。頭蓋底は骨ばっかりですね。この骨の中にはたくさんの血管(動脈,静脈),神経,筋肉,蝸牛や三半規管などなどが入っていて,容易なことでは開けたり見たり削ったりすることはできません。特殊な外科解剖の知識が必要なのです。血管を傷つければ脳に血液が流れなくなって命が危ないこともありますし,顔面神経を傷つければ顔面麻痺に,蝸牛や三半規管を損傷すれば耳が聞こえなくなりますし,迷走神経を傷つければご飯が飲み込めなくなります。
上の図の骨を全部とってしまうと,脳の底面がこんな風に見えます。頭蓋底外科の技術がないとこの脳の底面には到達することができないのです。脳の中心部(脳幹部)へ行くには,上の方から脳を分けていくか,頭蓋底の骨を削って下から見上げるしか方法がありません。脳を損傷しないように,その代わりに頭蓋底の骨を削って病気のある部分へ到達するというのが頭蓋底外科の考え方です。頭蓋底外科というのは特に,臨床外科解剖で技術と腕を磨かないととてもできないような複雑な領域を手術するものです。
左側は頭蓋骨の外から見た腫瘍(みどり色),真ん中は骨を外して動脈(赤)と静脈(青)を残して腫瘍を見たところ,右側は腫瘍の周囲の血管のくっつき方をみた画像です。頭蓋底腫瘍の周りには,脳や神経だけではなくたくさんの重要な脳血管が絡んでいます。
どのような病気を頭蓋底外科の技術で手術するのか
主として髄膜腫です。他のページにメニンジオーマ・ギャラリーというのがありますから見て下さい。頭蓋底の巨大な髄膜腫にもっとも頻回に応用します。他には,小児の顔面頭蓋骨奇形,神経鞘腫,頭蓋咽頭腫,脊索腫,骨軟骨腫瘍,神経芽細胞腫,傍神経節細胞腫(パラガングリオーマ,グロームス腫瘍),原発性頭頸部癌(扁平上皮癌など)さまざまな頭蓋底性腫瘍,脳幹部病変,脳底動脈瘤などなどなどです。逆に,聴神経腫瘍はどんな大きなものでも頭蓋底手術はしません。入っていく方向と場所(到達法)でいうと大まかに分けて次のような呼ばれ方をします。
- 前頭蓋底 anterior fossa
- 中頭蓋底,側頭窩下 middle fossa, infratemporal fossa
- 海綿静脈洞 cavernous sinus
- 斜台 clivus
- 側頭骨(錐体骨) temporal bone, petrous bone
- 頚静脈孔 jugular foramen
- 頭蓋頸椎移行部 craniovertebral junction
- 上深頸部,傍咽頭部 deep high cervical, parapharyngeal space
最近の頭蓋底外科の勘違い
脳の底部にある腫瘍を摘出すると,頭蓋底手術だという先生がいます。真の頭蓋底手術というのはほとんどありません。極めて稀な術式です。
これは斜台錐体骨部髄膜腫 petroclival meningioma (もしくはテント錐体骨縁髄膜腫)です。この腫瘍を見ると,ほとんどの脳外科の先生は,頭蓋底手術でも最もややこしい複合錐体骨法 combined petrosal approach という手法を選びます。私はよくよく考えて,外側後頭下開頭 lateral suboccipital approachでできないか,かなり悩みました。結果的に,複合錐体骨法を選んで横浜市立大学の山本哲哉先生と一緒に夜までかかって手術しました。
問題はこのような髄膜腫でもほとんどが,外側後頭下開頭で摘出できるということです。可能であれば錐体骨法は選択しない。
斜台腫瘍でも頭蓋底腫瘍はしない
上位斜台から中位位斜台にある脊索腫類似腫瘍です。小さな外側後頭下開頭で摘出できます。斜台後面腫瘍というのは錐体骨法ではなく,外側後頭下開頭の方が良くみえるのです。ほとんどの脳外科医が勘違いしているようです。
脳外科の先生のために難しい手術のことも書き加えていく予定
完成はいつになることやら (^_^;)
文献
錐体骨尖部への内視鏡を応用した側頭下小開頭前方系錐体骨到達法 ndoscopic subtemporal keyhole anterior transpetrosal approach
顕微鏡手術でのanterior petrosal approachには非常に繊細な技術と経験が必要です。しかし,大きな侵襲を伴う手術法と言えます。大阪市立大学のグループは,2022-2024年に10例の錐体骨尖部髄膜腫 6,三叉神経鞘腫 3,るい表皮のう胞 1の手術を内視鏡を応用した小開頭手術で行いました。旧来とは異なり厚膜内側頭下からのアプローチです。錐体骨尖部と上部はドリルで削除していますから,ドリル操作ができ内視鏡が入る空間が必要で,著者はkey holeと記述していますが嘘で,小開頭です。
10例中8例で全摘出ができました。平均手術時間は4時間です。脳神経の完全損傷はなく,術後の患者さんの状態も良かったと報告されています。
『危惧』症例を重ねるとLabe静脈損傷例が出るかもしれません。リスクが高い手術です。