(せんこう preference)
あるものを選び、それを欲求すること。 「選択」に比べると、 「あるものを別のものより好んで選ぶ(prefer)」 という含意が強いと思われる。 また、ある人の選好を叶えることを、 「選好の充足(preference satisfaction)」という風に言うが、 このように、 選好は「選択」と「欲求」が合わさったような意味を持つ。 選好功利主義の項を参照。 (06/18/99?)
「選好」と「選択」の関係について補足。 選好は、ふつう、選択によって「顕示reveal」される。 たとえば、ある人がナスとベーコンカレーよりもベジタブルカレーを 選好している場合、その選好は、 実際にメニューを見て(ナスとベーコンカレーではなく) ベジタブルカレーを注文するさいに顕示される。
また、選好を測るものさしとして --つまり、「どのくらい好きか」を測るために-- 効用が用いられる。 ちょうど、「暖かさ」を測るために「温度」 というものさしが用いられるのと同じである。
外的選好の項も参照せよ。
(11/25/99)
[16/Feb/2003追記] 選好は大きく実際の選好(actual preference)と 理想状況での選好(idealised or [fully] informed preference)に区別される。 前者は文字通り人々が実際に持つ選好であるが、 後者はより理想化された状況(具体的には、必要な情報がすべて正確に得られており、 自分の欲求について十分に考える時間もあるような状況)において、 人が持つであろう選好のことである。
選好の充足(満足)というときにこのどちらを充足させようとするかは大きな問題で、 前者を充足させても、本人の利益にはならないことがある。 たとえばB・ウィリアムズの「ジントニックを作るつもりで、 間違ってガソリンとトニックを混ぜあわせた人は、それを飲む合理的理由を持つか」 という話があるが(こだまによる要約を参照)、 本人の実際の選好はこの飲み物(?)を飲むことであるが、 これを充足させてやることによって本人が利益を得るとは言えない。
他方、後者の理想状況での選好を満足させようとすると、 本人は実際には選好していないのに、「本人の利益になるから」という理由で 本人がやりたくない行為を押しつけなければならない可能性が出てくる。 もちろん、上のジントニックの例では本人に「あなた、それガソリンですよ」 と言ってやれば本人は納得して飲まないだろうが、 シートベルトは絶対に必要がないと信じている人に、 「あなたの選好は不合理で、理想的な状況ではあなたはシートベルトをつけたい と思うはずだ」と説得するのは難しいかもしれない。 この意味で理想状況での選好を満足させようとすることは、 パターナリズムの問題と、 (それに関連するが)「本人以外の人の方が、 当人の理想的な選好を知ることができるかどうか」 という認識論的な問題を生みだす。 これは、選好充足ではなく「ニーズ」とか「当人の(真の)利益」 とか言う場合にも生じる問題である。