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がん在宅療養フォーラム 2025 東京
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納得して選択したい ~医療情報との向き合い方~

轟 浩美さん(認定NPO法人希望の会 理事長)
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轟 浩美さん

皆さん、こんにちは。そして、オンラインで参加している方もよろしくお願いいたします。私は胃がんの患者家族会認定NPO法人「希望の会」理事長、そして全国がん患者団体連合会(全がん連)理事の轟浩美と申します。私自身はスキルス胃がんで夫を亡くした遺族の立場になります。

胃炎の診断から1年後、告知された夫のスキルス胃がん

私のプロフィールです。私は実は30年間、私立の一貫校の教員をしておりました。そして、2013年に対策型検診で夫のスキルス胃がんがわかり、その時すでにステージIVでした。この夫のがん告知を機に人生が大きく変わりました。今、申し上げた理事長、そして、全がん連の理事のほかに、さまざまながん対策推進協議会の委員、またはガイドラインの作成、そしていろいろな団体の理事などを拝命しております。

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これは夫の経緯です。2012年に対策型検診で「要再検査」になりました。胃カメラを受けたのですが、その時の診断は「胃炎」でした。その後、不調を訴え続けましたが、どの病院でも「バリウムも胃カメラもしているのだから、精神的なもの」と言われました。今から思うと、この時に訴えていることを受け止めてもらえていたら、夫の人生は変わっていたと思うし、多くの方が生存できるがんの中に胃がんが入っておりますが、私どもも胃がんの中に、一部にはやはりこのように治療法が確立されていない、早期発見が難しいがんがあるということを知っていたら、自分たちからも聞けたのではないかと思っております。
1年後に言われたのは、「手術は不適応。治療の目的は延命です」という言葉でした。人はいつか死ぬということと死が現実のものとなって現れるのはまったく違います。ものすごい衝撃でしたし、絶望を感じました。

「治療開始前に知りたかったこと」を発信

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これはもうご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、スキルス胃がんの説明です。実はこの絵は私の夫が描いたものです。夫は弁理士をしておりましたので、こういう図を描くこともありましたし、希望の会が発行している『もしかしたらスキルス胃がん』という本の中に載せる際には医療者にきちんと目を通していただいて、「この図を載せましょう」ということで現在も載っております。
スキルス胃がんは、ほとんど粘膜上の変化がないまま、砂にまるで水がしみ込むように胃壁全体に広がっていくこと、そして、15歳~39歳のAYA(Adolescent and Young Adult[思春期・若年成人])世代という若い方たちの罹患(りかん)が多いことが特徴です。これは一般的な胃がんとは違います。ですから、早期発見が難しいのです。
夫が何よりもしたかったのは、「このことをきちんと発信したい」ということでした。ですから、患者会として最初に行ったのは、『もしかしたらスキルス胃がん』という冊子を国立がん研究センターの先生方、また日本胃癌学会の先生方と共に発行したことであり、そのサブタイトルにある「治療開始前に知りたかったこと」というのが心からの願いでした。

相談の場につながらず、世間の偏見により孤独感を抱く

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これは国立がん研究センター情報サービスにあるものを一部、私が手を加えて改変して載せているものです。がんと言われた時に多くの人が全人的苦痛を感じると言われています。一つは身体的苦痛です。または経済的なこと、仕事をどうしたらよいのかなどの社会的苦痛、また不安、いらだちなどの精神的苦痛、スピリチュアルペイン、これらのものが一度に押し寄せます。大きくうろたえていて、冷静な判断は難しい状況です。
この心の痛みですが、特に胃がんの場合、「食事に気を付けていたのか」「ストレスがあったのではないか」「検診を受けていたか」「ピロリ菌はどうだったのか」「胃がんは切れば治るのではないか」「どうしてここまで放っておいたのか」。これはやはり世間の誤解です。偏見です。そのことによって、私たちは人と話すことがとても嫌になってしまいました。そして、社会から切り離される孤独感を抱きました。
そして、この時点で「がん診療連携拠点病院」と「がん診療連携拠点病院」ではない病院があることも知りませんでした。対策型検診からつながった病院は、がん診療連携拠点病院ではありませんでした。そこに相談室がありましたが、相談室に行っても「ここはがんのことを相談する所ではない」と言われてしまいました。調べれば調べるほど「予後の悪いがん」という数行の情報しかありませんでした。

病や治療を理解するための正確な情報に接することが大切

私がいつも思うのは、医療者と患者さんの間には言語の大きな隔たりがあると思っています。専門家である医療者の言葉はまるでネイティブの英語のようで、中学生(今は小学生)、英語の習い始めの人と、それぐらいの差があると思っています。
人は病に限らず、どのようなことも自分の経験からの選択肢しか持てません。そして、常に最適な選択をしているのかが不安です。見通しを持てないまま流されていきます。つまり、この一番不安な時に、この段階で病や治療を理解する情報に接することができるかが分かれ目であり、先ほどお話にあった「ランタン」のようなものがここでつながれば、大変大きな力になると思っております。
私は「ランタン」もありませんでしたし、世界のどこかに夫を助けてくれる人がきっといるはずだと思って、インターネットの検索窓に「がん・治る」「がん・消える」と言葉を重ねて入力してしまいました。労を惜しまず調べれば、たどり着いた情報が夫を助けてくれると信じていたのです。
しかし、これが落とし穴でした。もし「がん」だけだったら、もっと正確な情報につながっていました。でも、重ねてしまったのです。よく言われることは、実は学歴の高い方のほうがこのような情報に惑わされていくのだそうです。やはり努力をし、言葉を重ねられる力を持っている人のほうがどんどん科学的根拠が乏しいものに引き入れられていくということも言われています。また、冷静になれておりませんから、「広告」というものが横に付いている情報が上に掲載されていても、それを見極めることはできませんでした。

情報には誤ったものも含まれることを自覚する

WHO(世界保健機関)は誤った誤解を招くような情報も含んで、大量の情報が氾濫している状況に対して、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するフェイクニュースなどが拡散されてしまうことをinformation(情報)とepidemic(流行)を組み合わせた造語で「インフォデミック」と称しました。今のフェイクはものすごく巧妙です。例えば大統領や首相の写真、誰が見ても本物に見えるものが実はフェイクであることがあります。ですから、このような世界に私たちは生きているということを、まず自覚することが大事で、医療情報にもこのインフォデミックは昔からあるのではないかと思っています。

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科学的根拠が乏しい情報にも医師が関わっていました。必ず関わっています。無意識の認知バイアス(アンコンシャスバイアス)がこの情報取得に影響していきました。まず医師免許を持っている人を信頼してしまうのです。そして、ドラマや映画で命を救う医者は体制から大体外れています。ですから、担当医より優れた医師を検索で見つけられたのだと私は思っていきました。
そして「標準治療」という言葉は普段から耳なじみがありません。お寿司屋さんに行って「標準」と言えば、大体「並」です。ですから、並の治療だと思ったのです。がん保険でもパンフレットに、皆さん、「先進医療特約」という言葉を見たことがないでしょうか。そのため、私は標準治療より高度な高額医療を受けるために、この先進医療特約はあるのだと思っていました。
「アンコンシャス」とは、「無意識」ですから、どのような人にでも無意識の認知の偏りがあることを、まず認識することも一つの情報取得に大事なことだと思います。
私は、図書館にある本は信頼できると思っていました。それから皆さん、どうでしょう。「自然」や「天然」と言われたら体によさそうだと思いませんか。報道などで「専門家」の方たちがよくおっしゃいますが、「この立場の人は専門家なのだから、この人が言うことは確かだろう」と思ってしまうこともあると思います。

「やさしい」情報に引かれて正しい理解から遠のく

私の場合は、自分にとって優しいことを言ってくれる「kind」と、自分でも生活の中で取り入れられる「easy」というこの2つのやさしい情報に引かれていきました。でも、この思い込みで選択することで標準治療の理解から遠のいていき、本来得られたはずの治療の機会・効果を逃してしまう可能性があることを、今、ここにご参加の皆さまに私の失敗から心を込めて伝えたいと思います。夫の場合は、これが治療の機会の邪魔になってしまいました。
病になった時に、私は誰もが1年生と同じだと思っています。うろたえて何をしたらよいかわからない、どこに誰がいるかわからない状態です。ですから、この時点で伴走者が必要なのではないでしょうか。さまざまな医療スタッフもそうですし、今回の「ランタン」がやはりこの時の伴走者になればよいと心から願っております。
また、医療従事者と患者さんの対話が不足していると思います。そもそもネイティブと英語の習いたてのような状態ですから、会話が成り立たないのです。私の夫の場合は、やはり治療に苦慮するスキルス胃がんでしたので、治験に参加することも一つの選択肢でした。治験に参加したことで医療者との対話が増えました。医療者と対話したことでようやく気持ちや症状も細やかに聞いてもらえましたし、私にとってはようやく病と治療の理解につながったのです。「ああ、そういうことだったのか」。この体験は治験に参加しなかったら、私たちの場合は得られませんでした。

より適切な治療につながるために何でも医療者に伝えていく

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このことをきっかけに、生活の中で感じていることはデータには表れないので、自分にしかわからないことはより適切な治療につながる情報なのだと思って、「ためらっている場合ではない。自分たちからも情報を伝えよう。何でも言ってみよう」と思ったのが最初でした。そこから、やはり整理しないとよく伝わらないと思ったので、メモを持参しました。そして、だんだんコツがわかってきたので、「○○できないくらい痛い」「こうすると苦しい」「これはできているけど、これができないと困る」などのようなことを言うようになりました。つまり、ここにいくまでに1年かかりました。でも、これができるようになったことで、生活の質(クオリティー・オブ・ライフ:QOL)は大きく向上しました。医療との向き合い方がわかるというのは非常に大事なことだと思います。
また、冊子の作成もそうですが、やはり自分たちの体験だけで病気のことを語るのは非常に無責任です。ですから、医療者と共に必ず語ることを心掛けて、10年間、患者会をやってきました。日本胃癌学会のガイドラインの先生と共に「全国胃がんキャラバン」を開催したり、その時に臨床試験の話を必ず含めていただいたり、また、COVID-19のまん延後からは動画なども使用しています。
そして、このことがきっかけで、お互いによかれと思うことがずれていることがよくわかりました。2004年から発行が途絶えていた『患者さんのための胃がん治療ガイドライン』が19年ぶりに2023年に発行されたのは、やはりこの対話があったからだと私は思っています。

持ち得る選択肢を全て知ったうえで価値観に合うものを選択

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最適な治療につながるには、私は専門家である医療従事者、研究などによるエビデンス、そして患者さんが背景や人生観を話していくことによって、この集合の真ん中にあるのがそれぞれの最適であり、最適は一人ひとり違うと思っています。その際に、やはり医療を受ける側は開示すべきであるし、医療従事者、研究者は矜持(きょうじ)をもってそれに向き合うことが必要なのではないかと思っています。
情報を見極める根拠を普段から知る機会は、やはりあまりないです。情報が多過ぎます。今、YouTubeなど、いろいろなものを見るといろいろな情報があります。その時に、やはり人は感情でその情報を選んでいます。ですから、公正な立場からの正確な発信はどこにあるのかを知るのが非常に大事で、その役割を「ランタン」が担うことができたらよいと心から思っています。
人はよかれと思ってシェアやリポスト(リツイート)もします。ただ、シェアやリポストも発信と同じです。ですから、それにもやはり責任を持って、発信の重みを自覚しながら慎重にやるべきだと思っています。
また、一拍置いて考えることが非常に大事なのではないかと思います。なぜこれを信じようと思ったのか、なぜこの人はこういうことを言っているのかを一拍置いて考えてみることが大事です。そして、なぜそう思うのかを違う意見の人と話してみることが、正しい情報や正確な情報につながるために大事なことだと思っています。
情報はいろいろあります。でも、私が願うのは、自分たちが持ち得る選択肢を全て知りたいということです。そして、全て知っても、どの選択肢にも100%ということはありません。必ず長所と短所があります。ですから、選択肢それぞれの長所・短所を自分の価値観に合わせて、どれが自分の価値観に合っているものなのか選択していくことができたら、それは納得につながるでしょうし、その時、勝手に自分で決めてしまうのではなくて、やはり専門家の人たちからの発信や対話によって決めていけるとよいと思います。

患者さん・ご家族はチーム医療の一員

「患者中心の医療」、Patient Centricityという言葉があります。最近、私は海外の学会にも参加しておりますが、そこで言われているのはPatient Centered Careです。
医療はやはり生きる日々を支えるものだと思っています。Patient Centered Careは、皆が患者さんの周りを囲んで行うのではなくて、患者さん・ご家族もチームの一員なのだという意識を持って取り組むことだと思います。ですから、やはり医療を受ける側もどこに正確な情報があるのか、それに対して自分たちはどう思うのかを、与えられるだけではなくて自分たちで考えていくことが必要だと思います。私はあまり「患者力」や「賢い患者になりましょう」という言葉が好きではないのですが、やはり自分たちにしかわからないことがあることを知るのは大きいと思います。
私が最後に言いたいのは、「患者さんのために」と行われていることは、患者さんが与えられていることに過ぎません。ですから、医療者と患者さんが共に考えていく世界に向かって進んでいけば、きっとどれだけたくさんの情報があっても自分たちの最適に近づけるのではないかと思っております。どうもご清聴、ありがとうございました。

渡邊:轟浩美さん、ありがとうございます。それでは続いて、佐藤修さんです。在宅がん療養財団のシステムエンジニア(SE)でいらっしゃいます。先ほどからご紹介いただいています「『ランタン』の可能性」についてご発表いただきます。よろしくお願いいたします。

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掲載日:2025年03月17日
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