がん医療フォーラム 2023 活用しよう!相談と支え合いの場
【第1部】基調講演
医療記者、そしてがん当事者として
前立腺がんと診断されてがんの当事者に
読売新聞編集委員の山口と申します。本日は寒い中をお越しくださりありがとうございます。また、たくさんの方がオンライン視聴してくださっているようで、本当にありがとうございます。
タイトルにありますように、医療記者として、そしてがんの当事者として、今日はお話をさせていただきます。最初にお断りしておきたいことが2つございます。1つ目は、これからお話しすることはあくまで私個人の体験だということです。病状や治療方針は個々の患者さんで違いますので、これからお話しすることをそのままご自分に当てはめることなく、主治医の方あるいは担当医の方によくご相談していただけたらと思います。もう1つは、私は25年間、四半世紀医療を取材してきましたので、少し普通の患者さんとは違うということです。そのため、参考にならない点もあるかもしれませんが、それでもいくつかは皆さまの参考になることがあるのではないかと思っております。では、始めたいと思います。
私は、前立腺がんと診断されたのが2020年9月で、その3か月後に読売新聞の朝刊の「医療ルネサンス」という連載記事で、治療選択に至る経緯や葛藤について5回の連載を載せました。翌年治療を受けまして、「前立腺がん治療報告」という7回の連載を掲載いたしました。これ1本でも読んだことがある方、手を挙げていただけますか。ありがとうございます。これから、記事に書いたことですが、経緯をお話しいたします。
がんが見つかったきっかけ
3年前の2020年7月に会社の健康診断で、男性は、50歳以上は皆受けられるので、前立腺がんを見つける特異的な血液検査(PSA[prostate specific antigen]検査)を受けました。 8月に結果が届いて、再検査を促す通知が届きました。結構グレーゾーンの数値なのです。ただ、一応基準値を上回っているので、「専門医を受診されますようお勧めします」という通知でした。私は、胃がんや食道がん、泌尿器では膀胱(ぼうこう)がんは取材したことはありましたが、前立腺がんは取材したことがなかったのです。ただ一応知っていたのは、PSAの数値が高いということは、前立腺がんか、前立腺肥大でも数値が上がることもあるということで、がんではないかもしれないと思いました。
前立腺は、膀胱の真下に尿道を取り囲むようにあります。クルミ大の大きさといわれています。女性にはありません。
そこで、この大手町から比較的近い東京都内のクリニックで、ロボット手術の経験豊富な泌尿器科医が週に数回診察しているという情報を得て、早速受診しました。直腸診といって医師が指を肛門の中に入れて、直腸越しに前立腺を触って硬さや形を診ます。かなりベテランの泌尿器科医であれば、それだけで前立腺がんではないかというのがよくわかるのです。続いて超音波検査をして、これも肛門の中に検査器具を入れて超音波を当てて診るのですが、その両方の検査結果から「前立腺がんの疑いがあります。特に右側が大きくて硬いです」と言われました。
がんになると、かなりショックを受ける、頭が真っ白になる、などとよく聞くことがありますが、私はそういうショックはありませんでした。先ほどのお話にもあったように、日本人の2人に1人が生涯に一度はがんになる、男性の場合3人に2人ががんになるということで、「そうか、自分もがんになってしまったか」と冷静に受け止めました。しかも前立腺がんは10年生存率が90%以上で、比較的おとなしい良いがんだという、そのくらいの知識は私もあったので、意外と本当に冷静で、ショックはそれほど受けませんでした。
病理検査などの精密検査の結果は「高リスクの限局がん」
翌日、そのクリニックで針生検といって、肛門の中に器具を入れて、ピストルのようなものでばね仕掛けの針がバチンと出て、それで前立腺の組織を採取し病理検査をしました。すると、12本のうち3本や5本、8本からがんが見つかる人が多いのに、私は12本全部からがんが見つかったのです。病理医が顕微鏡でその組織を見るわけですが、がんの顔つきが良いか悪いかで見る「悪性度の指標(グリソンスコア)」が、私は一番悪い9でした。前立腺がんの場合、高リスクという言い方をするのですが、再発するリスクが一番高いということです。ただ、その時の泌尿器科医からは、数字は見せていただきましたが、こういう詳しい説明がなく、すぐに治療の話に移りました。ただ、転移しているかどうかは非常に大事な話なので、CT検査と骨シンチグラフィー検査(骨にがんが転移しているかどうかを、放射線を発する物質によって全身にわたって調べる検査)を受けたら、幸い転移は見つかりませんでした。診断としては「高リスクの限局がん」、限局=前立腺にとどまっているがんという診断でした。
治療法の選択は命にかかわる大事なこと
その泌尿器科医は、「放射線治療もありますが、私はロボット手術をお勧めします。できれば私にやらせてほしい」とおっしゃいました。その時に、放射線治療の詳しい説明はなかったです。私はその時に、「このまま手術をお願いしようか、前立腺を取ってしまったほうがすっきりするし」と思いました。しかもアメリカのがん専門病院で何年か経験を積んで、ロボット手術の経験も豊富で、はきはきとお話しされるその口調からは大変自信が感じられ、非常に信頼できそうな印象を受けたのです。
しかし、私はここで思いとどまりました。これまで医療記者をやってきて、「賢い患者になりましょう」という記事を何度も書いて、時々こういう市民公開講座のような講演の機会をいただきお話ししてきたのですが、その中では、結構このように言ってきたのです。「家を買う時は複数のハウスメーカーを回って、話を聞いてじっくり検討するのに、なぜ大事な命にかかわるがんの治療では、セカンドオピニオン、2番目の医師の意見を聞かないのでしょうか」と。とはいえ、いざ自分が患者になると結構言いにくいものです。「印象として大変よい先生だったし、何か申し訳ない」と、そういう患者さんの気持ちが本当によくわかったのですが、それでも「セカンドオピニオンを聞きたいのですが」と言いました。すると、「ぜひ聞いてください」とおっしゃるのです。その時に、「この方はアメリカでの治療経験も多いし、向こうではセカンドオピニオンは当たり前なので、やはり自分の腕に自信があるのだ」と、さらに信頼感が増しました。しかも、「私が泌尿器科医だから、セカンドオピニオンは放射線治療医がよいかもしれません」とまでおっしゃってくださいました。
セカンドオピニオンで前立腺がんに対する認識が変化
慈恵医大病院でセカンドオピニオンを聞くことになって、放射線治療部に行きました。教授の青木学先生は、イラストを描きながら、非常に丁寧に説明してくださいました。私は手術について背中を押していただくつもりだったのですが、先生は「あなたのがんの場合、うちの大学では基本的に手術はしません」とおっしゃったのです。その理由として、高リスクの前立腺がんでは見えない転移、CTなどには写っていなくても、見えない微細ながんが広がっている可能性があるというお話でした。
手術を受けて、「PSA再発」といってPSAの値が上がることがあるのですが、さらに放射線治療を受けて治ればよいけれども、「もし再発を繰り返したら、70歳までは生きられても、80歳まで生きるのは難しいかもしれない」とおっしゃいました。私は、来月61歳になりますが、当時誕生日前で57歳でした。57歳で10年生存率が100%として、確かに10年は生きるけれども12~13年目に亡くなる可能性もあるということを、この時初めて認識しました。結構前立腺がんは大丈夫ながんだと思っていたのに、そうではなかったので、最初の告知の時よりはかなりショックを受けました。
手術ではなく「トリモダリティ」を推奨される
その時勧められたのが「トリモダリティ」です。3つの治療法という意味ですが、前立腺に直接針を刺して内部から照射するのと、あと外から照射する外部放射線治療、さらにホルモン療法、この3つを組み合わせる治療法を紹介されました。
せっかく慈恵医大病院に来たのだから、放射線治療部の先生だけではなく泌尿器科の教授にも話を聞こうと思いまして、聞きに行きました。穎川晋(えがわ・しん)先生は、2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を担当していらっしゃいました脚本家の三谷幸喜さんの主治医です。穎川先生は、腹腔(ふくくう)鏡手術が大変上手で、手術も得意な先生です。その先生が、やはり手術は勧めなかったのです。高リスクのがんは、手術や放射線などの単独の治療で治すのは不可能だというお話でした。「敵はそれほど甘くないので、複数の治療法を組み合わせた集学的治療が必要です」と、青木先生と同じトリモダリティを推奨されました。
精囊への浸潤が確認され「超高リスクがん」に
その時に穎川先生に指摘されたのは、MRIの検査をまだ受けていないことでした。「精囊(せいのう)への浸潤を確認するには、MRIの検査が絶対に必要です」とおっしゃいました。
それで最初の泌尿器科医の先生に、慈恵医大病院の穎川先生からMRIを撮るように言われた旨を連絡して、そこのクリニックではMRI検査をやっていなかったので、ほかの医療機関のMRI検査を予約していただき検査を受けたら、案の定といいますか残念ながら、がんは右側の被膜を破って精囊にも進んでいました。
すると、ステージはT3aではなくT3bと、より進んだがんになり、グリソンスコアが9で精囊に浸潤していれば、「超高リスクがん」に分類されます。精囊に浸潤しているということは、一応まだ限局がんですが、医師によっては「転移がんに近い」とおっしゃる方もいます。したがって、かなり悪性といいますか、前立腺がんの中でも超高リスクの、よくないがんなのです。
それで、私はもうその段階で、「これはもう手術で前立腺を摘出するだけでは治らない」と思いました。精囊に浸潤しているということは、もしかしたら見えないレベルの微細ながん細胞が前立腺の外に出ている可能性もあるので、取りあえず押さえていた手術をキャンセルしました。その時は、最初の泌尿器科医とメールでやりとりができていたので、「キャンセルさせてください」というメールを送ってキャンセルしました。
治療法について専門医数人に相談するも意見はばらばら
では、どうするか。トリモダリティ治療を受けるのか。しかし、もしかしたらやはり手術が正しいかもしれない。結局、「さらにほかの専門医の意見を聞かなくては」と、少しここから先は一般の患者さんは難しいと思うのですが、私が懇意にさせていただいているがん専門病院の先生、あるいは私は知らなくても、私の古巣である医療部の記者や元上司の知り合いの、いろいろな大学病院の泌尿器科教授などに直接、または間接的に、私のこれまでの経緯や診断結果をメールで送って、意見を聞きました。
すると、「手術単独でよい」「ホルモン療法のあとに手術」「手術はやらずにホルモン療法のあとに放射線治療」、あるいは「ホルモン療法と最初から抗がん剤治療をやってそのあとに手術」と、見事に勧める治療法がばらばらで、つまりエビデンスのある標準治療がないのです。
自ら情報収集し患者会にも入会
私は、どうすればよいのかと頭を抱えました。こうなったら自分で情報収集するしかないと思い、私は英語がそれほど得意ではないので、Google翻訳を使っていろいろな海外の論文を訳して読んでみたり、日本泌尿器科学会の「前立腺癌診療ガイドライン」を読んだりしました。ガイドラインは、10月に2023年版が出たばかりですが、当時は2016年版が最新でインターネットに掲載されており、無料で全部読めました。また、市販の本を購入して読んだり、先ほどご紹介いただいた読売新聞の「病院の実力」コーナーに掲載された、前立腺がんの手術件数、放射線治療件数などのアンケート調査の結果を見たりしました。
そして、今日のテーマに一番即していると思うのですが、武内務さんとおっしゃる方が、やはり前立腺がんの患者さんで、医療者ではないのに非常に勉強していらっしゃって、学会にも出席されて、最新版の「前立腺癌診療ガイドライン」作成委員会のメンバーにも入っている方で、その方が立ち上げた患者会の「腺友倶楽部(せんゆうくらぶ)」に入会しました。 この方が書いていらっしゃるのですが、「お医者さんが説明される百の理屈よりも、今、自分と似たような病状の人間が、元気に目の前に居る!というその現実のほうが、大きなインパクトを与え、勇気が湧いてくるんでしょうね。これがピアサポートの強みであり、患者会が必要とされる原点でもあるのでしょう」(ピアサポート:がん体験者ががん患者さん・ご家族を支援すること)。患者会の役割がまさにそうだと思います。 サイトでは、過去のイベントの専門医による講演ビデオも自由に見ることができます。「前立腺がんガイドブック」という、かなりわかりやすいガイドブックも掲載されています。トリモダリティのことも書いてあります。
患者会の交流の場における情報が役に立つ
それから、「腺友サロン」という、オンラインで患者さん同士が話し合える場もあって、最初に少し誰かがお話をして、私も1回話したことがあるのですが、その後、ステージごとの小部屋(ブレイクアウトルーム)に分かれて自由に話し合います。これも非常によい場だったと思います。
また、メーリングリストがあって、メーリングリストの書き込みには、自分のステージやリスク分類などを開示してアドバイスを求める人や、それに対して一般論でアドバイスする人、あるいは自分が受けた治療法や名医を積極的に勧める人がいます。あまりにもそれを押し付ける人がいると、武内理事長がいさめるので、その辺はきちんとバランスが取れています。
あと、海外の論文で見つけた最新の治療法を紹介する人、副作用や後遺症について相談する人、それに対してアドバイスをする人がいます。副作用や後遺症について医師はあまり詳しく話してくださらないので、患者会の情報は大変役に立つと思います。それから、医師が勧めるがままに、ほかの治療法を検討せずに治療を受けて、再発して後悔しているという方は結構多いです。
最終的にトリモダリティを選択
最終的に私は慈恵医大病院でのトリモダリティを選択しました。ベストかどうかはわかりませんが、手術単独よりはよいだろうし、私のがんに対して理にかなっているということと、慈恵医大病院は泌尿器科と放射線治療部の連携がよく、説明にも納得がいきました。
まず、術前のホルモン治療を受けて、最初の内照射では、前立腺に直接針を刺して放射線源を強力に照射します。私の場合、21本刺しました。泌尿器科医と放射線治療医が本当によく連携しているのがわかりました。
これが終わったら、1か月後ぐらいから今度は放射線の外照射です。これは通勤前に10時ぐらいから慈恵医大病院に行って、照射自体は数分で終わります。その前後の時間もあるのですが、計25回受けました。照射が終わったら11時過ぎに会社に行って、普通に仕事をしましたので、仕事にも支障はなかったです。
その後2年ぐらい、またホルモン治療を継続しました。半年間、男性ホルモンを抑える効果が続く注射なので、半年に1回の注射を打ち続け、それが2023年2月に最後の注射が終わって半年たったので、一応私の治療は取りあえず終わりました。あとは3か月ごとの経過観察です。
治療法選択のための情報が容易に得られる仕組みづくりを
最後にまとめ、言いたいこととしましては、メーリングリストを見ますと、やはり私のような患者さんよりも、「ショックを受けて頭が真っ白になった」「告知を受けて夫婦そろって泣きました」などと書き込む患者さんが結構多いです。そういうふうに病気で心と体、特に心が弱っている患者さんが、なぜこれほど苦労して自分で情報を集めなければならないのか、本当に疑問を感じます。
そこは、やはりプロフェッショナルである医療者、あるいは行政などが、きちんとそういうシステムをつくるべきではないかと思います。
後悔しないようにできるだけ情報収集した上で治療法を選択する
ただ、それでもやはり自分の体ですから、自分の健康は自分で守るという意識を持って、できる範囲で情報を集めたいと思います。
これまで出てきましたように一般向けの書籍や、国立がん研究センターのサイト「がん情報サービス」、本当にこれは信頼できますので、まずそれを見て、それからそれぞれのがんの診療ガイドラインから情報を得ます。
今は患者さんのガイドラインもできつつあって、以前からあるところもあります。前立腺がんはこれまでなかったのですが、患者さん向けのガイドラインをつくることになって、私も作成委員会のメンバーに入れさせていただいて、一昨日初顔合わせのオンライン会議を行ったところですが、そういう患者さん向けのガイドラインというのは非常にわかりやすく書いてあるので、それがもしあれば参考にしたほうがよいと思います。
それから、もちろんがん相談支援センター、患者会、セカンドオピニオン、これは必須だと思います。