がん医療フォーラム 2018 がんを知り、がんと共に生きる社会へ
【第1部】基調講演「地域とつなぐ、社会とつながる」
患者さんとご家族の「生きる」を支える ~がんの在宅療養プロジェクトの展望~
渡邊 清高さん
がんについての情報を届ける仕組みと、連携づくり
こんにちは。私は、普段は大学病院で、がんの治療に携わっています。手術療法、放射線療法、薬物療法というがんの3大治療のうちの、抗がん剤による治療、薬物療法を主に担当しています。一方で、がんに関するさまざま情報発信をしています。信頼できない情報も多くあるなかで、「何が信頼できる情報か」「正しい情報をどう見極めていくか」といったお話をさまざまなところでさせていただいています。
このがん医療フォーラムのテーマは、「がんを知り、がんと共に生きる社会」です。「がんを知り」というのは正しい情報や信頼できる情報をもとに知る、ということで何となく分かる気がしますが、「がんと共に生きる社会」というのはどんなことだろう、と感じられるかもしれません。そこでまず、がんに関する情報づくり、それを届ける仕組みを含めた「がんの在宅療養」プロジェクト(地域におけるがん患者の緩和ケアと療養支援情報 普及と活用プロジェクト)についてお話をさせていただきたいと思います。
がん医療の進歩と、社会的な視点での新たな課題
日本では、年間86万人の方が、新しくがんと診断されています。そして、年間37万人の方が「悪性新生物(がん)」で亡くなっている状況です。よく耳にされる「2人に1人ががんになる」というのは、生まれてから亡くなるまでの間に、何らかのがんになる確率(生涯累積罹患リスク)が、2014年データでの推計では男性が62%、女性ですと47%です。がんは特別な病気だとか、限られた方がなる病気だ、というわけではないのです。むしろこれからは、がんになることを前提として備えていく、病気になった方をどう支えていくのか、病気との向き合い方をどう考えるか、ご家族を支えるにはどうすればよいか、生活や就労なども含めて考えていくことが必要になってきています。
診断と治療が進歩するというのは、とても良いことです。今まで治らなかった病気が治るようになってきました。痛みがしっかりコントロールできるようになったので、ずっと入院をしているわけではなく、普段どおりの生活を維持しながら治療を続けることができるようになってきました。胃がん、大腸がん、乳がんなどでの、5年生存率(5年間生存している患者の割合)は、70%を超えています。病気や症状をコントロールできるということはとても良いことですが、一方で、仕事を続けたり、ご自宅で過ごしたり、社会に復帰される方をどう支えていくのか、明確な答えはまだありません。「がん患者さん、がんを経験した方(サバイバー)をどう支えていくのか、社会でどう対応していくのか」という新しいい課題が生まれてきたといえます。
対話に基づく医療の必要性
これまでは、がん治療の選択肢は多くありませんでした。ある治療が医師から勧められたら患者さんは受け身の「お任せ医療」が一般的でした。情報源や選択肢も限られていたことが、背景としてあります。現在では、診断・治療・その後のケアを含めてさまざまな選択肢があります。医療者が提案する、ある組み合わせについて、患者さんが別の選択を希望するということも、決して珍しいことではありません。インターネットや口コミなど、さまざまな情報源をもとに、ご自身がどう過ごしたいか、どう治療したいか、という思いを口にされることも、最近ではよくみられます。そのなかで、医療者と患者さんがどうコミュニケーションをとるか、対話をしていくのか、ということが大切になっていると言えると思います。
がん治療の考え方の変遷
がんの3大治療とは、手術、放射線療法、薬物療法(抗がん剤治療)です。それぞれ進歩している部分があります。たとえば、手術に関して言えば、体の負担を少なくする目的で、内視鏡手術や、腹腔鏡手術、ロボット手術などが行われるようになりました。放射線では、がんをやっつける部分と、がん以外の部分をきちんと分けて治療することで、副作用が少なく治療効果が高くなる治療があります。抗がん剤では、2018年のノーベル医学・生理学賞でも話題になりました、免疫チェックポイント阻害薬が現れ、さらにがんのゲノム医療という分野で研究が進めば、それが患者さんの手元に新しいお薬や、治療法として届くことになります。
一方で、がんの痛みやつらさや不安、がんの治療による副作用や後遺症を和らげるための緩和ケアとか支持療法といわれるものも、がんの治療と同じように、場合によってはそれ以上に大切になってきており、どんどん進歩しています。
がん治療の位置づけの変化
かつて、がんの治療に関して、「早期がん」「進行がん」「末期がん」という呼び方をしていました。今は「末期がん」という言葉は使われなくなっています。進行したがんの場合は、「高度進行がん」と呼ばれ、何もできないということはなく、症状や痛み、つらさを和らげる治療を積極的に行うこと、これにはがんに対する治療や医療用麻薬を含めた緩和治療を行うこと、副作用を和らげるための支持療法を行うことも含める、という考えが一般的になっています。
先ほどお話しした手術、放射線、抗がん剤などの治療を、状態に応じて組み合わせる治療を「集学的治療」と呼んでいます。なるべく治療効果が高いものをどんどん患者さんに届けながら、副作用・後遺症をしっかりコントロールして延命や症状を和らげることを期待することになります。そして、つらい症状を抑え、和らげ、痛みをきちんとコントロールすることで、自分らしい生活を続けることが可能になっています。今日はいくつか情報のヒント、信頼できる情報源についてご案内をしたいと思います。
標準治療:科学的根拠に基づく、ベストの治療
「標準治療」という言葉をご存じでしょうか。標準治療というと、何か上・中・下とあって、その真ん中でもっと良いものがありそうなイメージを持つ方がいらっしゃるかもしれません。がん治療の標準治療というのはスタンダードとなる治療なのですが、まずはきちんとその治療を受けていただきたい、というものが、「標準治療」です。「科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療である、ベストの治療」ということになります。
ではなぜ、「科学的根拠に基づいて」と言えるのでしょうか。実は、多くの同じような状況の患者さん、同じがんで同じくらいの進行度の患者さんを、ある治療をする、あるいはその治療をしないで、継続的に比較しながら診療していく「臨床試験」を行っているからなのです。その結果を検証、評価して、治療の効果や副作用などの安全性を検討した上で、「この治療は効果がある」と証明されたものが、標準治療なのです。
「カリスマのお医者さん」や「有名人」の発信した情報は記事になりやすく、皆さんが目にしやすいのですが、個人の意見や経験談は、その内容が別の方に当てはまるかどうか分かりません。情報の信頼性という観点では、実際同じような状況の多くの患者さんで検証された治療のほうが、お勧めできるということになります。標準治療という言葉をぜひ知っていただき、多くの情報源の中から、正しい情報を見極める手がかりにしていただきたいと思います。
信頼できる情報をもとに、話し合う
「がんの在宅療養」のプロジェクトは、がんを知り、話し合うということができるといいなという思いの中で、ずっとやってきました。がんという病気はとてもつらい病気です。それでも、「自分らしく過ごしていきたい」という思いを持つ患者さんやご家族がいらっしゃり、それを支え、寄り添う医療者も、同じことを考えています。このフォーラムではそういった点についても触れていきます。そこでまずは、がんの情報について正しく知っていただくことが重要になります。
情報を活用するには、知るだけではなくて、それを理解する必要があります。「あの言葉の意味はそういうことだったんだ」とか、「あの診察のときの医師の話は、このことを話していたんだな」とか、「標準治療というのはこういうことだな」というように受けとめていくことが重要です。その上で、それを正しい行動につなげることが大切だと思います。
信頼できる情報源を活用する
信頼できる情報源としてご紹介したいものとして、「がん情報サービス」というサイトがあります。国立がん研究センターがん対策情報センターが運営しています。がんの種類に応じた情報、生活の支援に関する情報や、国が指定した質の高いがん医療が提供できる病院として、お近くのがん診療連携拠点病院を一覧で見ることができます。
また、患者さんが、がんと診断されたときに手に取っていただきたい情報をまとめたものとして、『患者必携 がんになったら手にとるガイド』 というガイドブックがつくられています。これは、書籍としてもインターネット上でも読むことができます。医療者と良い関係をつくるために、診察や面談のときにメモを取る方法があります。この中には、メモを取るときに参考になるリストもあるので、活用してみるのも良いかと思います。
さらに、近くの病院や相談窓口の場所といった、より身近な情報を取りまとめたものとして、『地域のがん情報』という資料もあります。これは、患者さんを支える仕組みとして、同じような悩みを抱えていらっしゃる患者さん、ご家族に情報を届けていくためのプロセスがとても大切なのではないかと考えてつくられています。それぞれの地域ごとに、必要な情報が広がり、行き渡っていくツールになればうれしいと思っています。この『地域のがん情報』は、以前各県と連携しながらつくってまいりまして、現在38道府県で公開されています。改訂版も含めれば約100冊作成されています。これらの冊子はインターネットでご覧いただくことができます。実際に患者さんの支援に関わっている現場の方や、患者さん当事者の方のアイデアを取り入れるかたちで、年々更新されています。
在宅療養に役立つ情報づくり
プロジェクトに関連するものとしては、『ご家族のための がん患者さんとご家族をつなぐ在宅療養ガイド』(2024年に新版を発行しました)という書籍があります。患者さんが家で過ごしたい、地域で暮らしたい、自分らしく過ごしたいと希望したときに、必要な情報をご覧いただけるような情報をまとめ、書籍だけでなくインターネットでもご覧いただけるようにしました。患者さんが在宅での生活を考えたときに、必要な情報、役立つ情報、あるいはそれを支える医療者、介護福祉関係者が伝えたい情報、ぜひ知っておいていただきたい情報を取りまとめるかたちで、つくりました。さらに、このガイドについてアンケートを行ったときに、「ただ情報があるだけではなくて、実際にそれを届けることが大切」というアドバイスをいただいたことから、在宅療養を考えるときに役に立つ情報を普及させる、という取り組みをしています。例えば、お金のことで困ったとき、最寄りの役所で相談できるといいとか、図書館にこういった情報が置いてあって、いつでも読めるといいとか、そのようなご意見を反映して、手に取れるところに置いていただいています。
情報を「届ける」「つながる」仕組みづくりの提案
また、普及のために、多くの地域でフォーラムを実施しました。東京で何年か開催した後、仙台市や岩手県大船渡市、島根県出雲市、千葉県柏市、そして沖縄県と、さまざまな職種の方が集まり、地域の課題を持ち寄って話し合うという機会をつくることができました。インターネットでの発信では、特に療養生活に関する情報にはアクセスが多く、最近では、在宅での看取りも含めた生活をご家族で一緒に過ごすことや、一人暮らしでも自分らしい生活を続ける、といった話題に関心を持つ方が多くいらっしゃることを実感しています。
チームで患者さん・ご家族・周囲の方を支える
現在、高年齢化が進み、認知症や高血圧などさまざまな病気(併存疾患)を持った上でさらにがんを発症されるという方も多くなってきています。そういった方に対する支えていく方法として、多職種からなるチームによって対応することが重要と考えられています。それは医療関係者だけではなく、介護・福祉職の方、行政の方、近くにお住まいの地域の方、ボランティアの方などを含めたチームで、手を取り合って支えられるような仕組みが広がっていくことが大切だと考えています。
「がん対策基本法」という法律があります。この中には、医療者や国、行政の責務が示されていますが、その一方で、「国民の責務」というのもきちんと書かれています。この中には、「予防について関心を持ちましょう」「きちんと検診を受けましょう」「がん患者さんについての理解を深めましょう」といったことが書かれています。こういった内容が法律として定められていることが象徴するように、患者さん自身、国民、すなわちがん患者さんでない方も含めて、一緒に関心を持って取り組んでいく必要性が示されているのです。
「がん相談支援センター」 という相談できる窓口が地域ごとに、がん診療連携拠点病院の中にあります。先ほどご紹介した「がん情報サービス」にリストがあります。がん患者さんやご家族の方は、心配ごととか悩みごとがあったらがん相談支援センターを利用して相談したり、情報探しを手伝ってもらったりすることができます。拠点病院を受診していなくても利用できますので、活用していただけたらと思います。
「がんと共に生きる社会」をどうつくるか
今日は、がんの在宅療養、緩和ケアに加えて、がんの治療、予防とか検診、情報の探し方などに関心のある方に集まっていただいています。これから講演やさまざまな立場の方からの話をお聞きいただきますが、情報を聞くだけではなく、それをどうつなげていくのか、がん患者さんやご家族、周りの方、さらには一般の方も含めて、どうやって「がんと共に生きる社会」をつくっていくのか、今日のフォーラムでご一緒に考えていきたいと思います。