がん医療フォーラム 出雲 2017/がん患者さんと家族を支える在宅療養について考える
【基調講演】出雲市の在宅医療の現場から
花田 梢さん
在宅診療部を立ち上げ、高齢者をフォローできる体制づくり
すぎうら医院は循環器内科とリウマチ科の一般外来のクリニックとして1995年に開院しました。その後、長年、通院していた患者さんが高齢化して通うのが難しい方がちらほらと出てこられ、そのような方でもフォローできる体制づくりが必要だということになりました。また外来に来られた患者さんに最期まで関わりたい、家庭で「人生の最終段階」に関わる大切な仕事がしたいということで、杉浦弘明先生が中心となって在宅診療部を立ち上げられました。
訪問診療の経験のある医師を新たに採用して、2013年4月から本格的に訪問診療を開始しました。すぎうら医院の在宅診療部は機能強化型在宅療養支援診療所と在宅緩和ケア充実診療所という届け出をしています。医師は常勤3名、非常勤1名の計4名、看護師6名、訪問管理栄養士が2名です。患者数としては常時100名前後の方を在宅診療で診ております。
在宅診療部では毎朝のカンファレンスで複数の医師と看護師、管理栄養士、事務員による情報共有をしています。基本的には主治医制をとっていますが、24時間365日往診の体制を整えているので、主治医でない医師も患者さんのことを知っておくことで、診療の均てん化を図っています。
在宅診療の現場
訪問診療にはITを活用しています。ノートパソコンを持ち歩いて、電子カルテが見られます。またポケットWi-Fiを用いてVPN(Virtual Private Network)に接続しています。一般のインターネットにはつながらないように、セキュリティが強化されたネットワークです。訪問先でも、院内の中央サーバーから処方箋、検査のオーダーも可能です。このほかに院内にもデスクトップパソコンがあり、そのパソコンからは全県下の医療情報ネットワークの「まめネット」にもつながるようになっています。
訪問診療、往診圏は半径16km以内と決まっているので、すぎうら医院から半径16km圏内にお伺いしています。といっても海沿いもあれば、出雲市内でも都市部とされる所もあれば、山間部も含まれています。
訪問先は患者さんのご自宅に直接伺うほか、居住系施設、主にサービス付高齢者住宅や有料老人ホームといった所に訪問診療をしています。施設は高齢者の方が単身あるいは夫婦の世帯で入居できる所で、ヘルパーサービスや生活相談サービスや食事の提供などを備えています。
在宅診療の患者さんの背景と介護度
在宅診療部が訪問している療養者の疾患は、がんの方とがんではない方に大きく分けられます。がんでない方は、脳梗塞など脳血管障害の後遺症、認知症、誤嚥性肺炎を繰り返す慢性呼吸不全、急性憎悪を繰り返す慢性心不全の方。あとはちょっと特殊な神経変性疾患、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や進行性核上性麻痺、パーキンソン病などの方です。がんの方は、末期を含む、肺がん、膵臓がん、胆のうがん、肝臓がんなどさまざまです。
在宅患者さんの疾患別内訳などを2017年6月時点で調べてみました。在宅の患者さんが102人おられて、自宅訪問の方が52人、施設訪問の方が50人でした。疾患別では悪性疾患の方が11人、がんではない方が91人で、だいたいがんの方が1割、がんでない方が9割で推移しています。がんではないといっても、HOT(在宅酸素療法)をしている方が8人、神経疾患の方が8人、中心静脈栄養の方が2人、胃ろうの方が7人、気管切開をしている方が2人など、濃厚な医療的ケアが必要な方の所に行っています。
在宅患者さんの介護度は「要介護3」以上の方がほぼ半数でした。「要支援」の方はほとんどおられません。訪問診療を受けられる方は、基本的に何らかの事情で通院して受診するのが難しい方が対象になっていますので、当然と言えば当然ですが、介護度の高い方が多かったです。
訪問診療の実際
病院の病棟でできる検査は、たいてい訪問診療でもできると思っていただいていいと思います。一般的な採血から、血液ガス分析という酸素濃度を調べたりする検査もできますし、熱が出たりしたときには血液培養検査もしています。処方では点滴を含む院外処方がほとんどですが、院内処方もやっています。点滴は水分補給のための補液や、熱が出たときの抗生剤の点滴もしていますし、栄養がたくさん入っている中心静脈栄養を在宅ですることもできます。医療的な処置としては、床ずれなどの創傷処置、おしっこの管の交換。ちょっと特殊ですが、気管切開のカニューレ交換とか胃ろうチューブの交換をしている方もいらっしゃいます。
当院の在宅診療の特徴として、モバイルエコーシステム、モバイルレントゲンシステムを揃えていて、ご自宅におられてもお腹や心臓のエコーの検査もできますし、レントゲンを撮ることもできます。そのエコーやレントゲンを用いて、お腹の水(腹水)や胸の水(胸水)を抜くこともしています。
各種医療用麻薬による、注射も含む鎮痛も積極的にやっています。がんの患者さんに対する在宅PCA(Patient Controlled Analgesia : 自己調節鎮痛法)は、基本的に皮下注射で医療用麻薬を使うことによって、痛みだけでなく呼吸困難や強い不安や不眠にも対応が可能です。医療用麻薬にはのみ薬や坐薬もありますが、末期の方になってくると錠剤がのみ込めなかったりする方が多いのですが、皮下注射なので錠剤をのみ込めない方でも投与できます。1時間あたり0.2ml~0.5mlという少ない量での投与が可能です。
PCAの一番の特徴は、痛みが強いときに患者さんご自身あるいはご家族がポンブのボタンを押すことで、1時間分の薬液を早送りされるような設定ができることです。ボタンを押せば速やかに痛みから解放されるのです。ボタンを何度も押したら過剰投与になるのではないかと心配になりますが、そうならないように、一度ボタンを押した後に一定時間はボタンを押しても薬が投与されないロックアウト時間を設定できますので、自宅でも安全に自己調節鎮痛ができます。
医療機関の連携による在宅療養支援
基本的なところに戻りますが、訪問診療と往診の違いをご存知でしょうか。予定日に訪問することを訪問診療と言います。基本的に日時をお約束して、その日に伺う。ご本人の調子がよくても悪くても、その日に訪問します。これに対して往診は、ご本人の調子が悪くなったときに、ご本人かご家族からの要望に従って伺います。すぎうら医院は往診に24時間365日対応していますが、その間ずっと待機していなければなりません。お医者さんはたいへんではないかと思う方もいらっしゃると思いますが、私たちは6か所の診療所の連携で24時間365日の往診体制をとっています。
さきほど機能強化型在宅療養支援診療所の届け出をしていると言いましたが、正確には連携型の機能強化型在宅療養支援診療所という届け出をしています。連携型とは、2医療機関以上がチームを組んで24時間365日の往診体制を整えているということです。出雲市の6医療機関による「チーム尊(みこと)」は、「いのち」と「患者さん」「チームの医療の仲間」を尊ぶということから、チーム名をつけました。またメンバーである須佐クリニック院長が第79代のスサノオノミコトの子孫で、そのことにも由来しています。
それぞれの医療機関の医師はメンバーのクリニックに非常勤医師として登録しており、例えば私が待機しているときにメンバーのクリニックの患者さんに呼ばれた場合は、そのクリニックの非常勤医師として訪問するという形になります。このように平日の夜間と土日祝日の待機当番を連携しています。またメンバーの6医療機関で電子カルテを統一して、お互いのクリニックにログインできるように設定していますから、それぞれのクリニックの患者さんのカルテを直接見て診療することができます。例えば、どのような薬を服用されているのかといったこともカルテで確認できますので、とても安心感があります。
実際の呼び出しの回数は、平日の夜でだいたい5日に1回といった程度で、土日祝日は1日あたり1回ほどです。意外と少ないと思われるでしょうが、出雲圏域の訪問看護師さんや薬局の方々が頑張っておられて、土日とか夜間に呼ばれないように平日の日中に対応ができているので、時間外の呼び出しが少なくなっているということで、非常にありがたく思っています。待機当番というのは、呼ばれなかったとしても緊張で眠れなかったりとか、遠出ができなかったりということがあるので、このように連携していると安心して休むことができます。
また「チーム尊」では患者さんからの夜間と休日の電話は、看護師さんが対応するコールセンターを使っています。看護師さんが相談内容を聞き取って、一回電話を切って、すぐに当直の担当医に連絡してくれます。担当医はコールセンターの情報と電子カルテの情報で患者さんのことを理解した上で、患者さんに直接電話をしてから伺いますので、たとえ初めての患者さんでもあってもスムーズな対応がとれます。待機の医師がお風呂に入っているといったことで連絡が取れないことがありますが、コールセンターからは何回かかけ直してくれるので、とても安心できます。伝言など、緊急性がなくて翌日の対応で可能である場合はコールセンターが対応してくれますので、当直担当医には緊急対応の必要な電話だけかかってくるというシステムです。
講演の様子
地域の健康を支える栄養支援:訪問管理栄養士の取り組み
すぎうら医院には昨年から訪問管理栄養士が2名います。当院では在宅NST(栄養サポートチーム)を推進するプロジェクト「出雲おうちの食支援プロジェクト」を島根県の医療連携推進事業として2015年11月から立ち上げています。このプロジェクトから島根県で初めて誕生した訪問管理栄養士が当院の2人です。訪問管理栄養士の仕事はたくさんあるのですが、今日はその一部をご紹介します。
まず病院および施設とご自宅をつなぐ栄養支援ですが、病院の場合は退院カンファレンスに出席して栄養サマリーによる引き継ぎを行っています。例えば病院で「五分粥、きざみ食、とろみ剤使用」という方が退院になった場合に、この食事を誰が家でつくるのか、どのようにつくるのか、その方に本当に合った嚥下調整食かというのが、ご家族だけでは調整が難しい場合があります。そういうときは、退院前に訪問管理栄養士がご自宅に伺って、必要に応じて食事をつくってストックしたりします。そうした準備をすることで、病院から在宅へのシームレスな栄養支援を実現しています。
またご自宅での医療を支える栄養支援で、末期がん緩和ケアの栄養支援については、QOLを重視した栄養摂取が求められますし、身体的・精神的な症状にも配慮しなければいけません。「何かしてあげたい」と望むご家族を援助する必要もあります。ある患者さんは消化管閉塞があって中心静脈栄養の末期がんで、栄養サマリーでは原則、「絶食」と病院から言われていました。この方の所にうかがったときには、「食べられないのに、なぜ訪問管理栄養士が来るのか」と言われましたが、よくよくお話を伺ってみると、山に山菜を採りに行ったり、川ガニを採って食べたとか、食にまつわる思い出がたくさんある方だとわかりました。この方は水分でしたら少量の経口摂取が可能でしたので、モクズガニの濃い出汁をとってみそ汁をつくり、「おいしい」と言ってもらえました。原則、絶食と病院から言われていた方から「おいしい」という言葉が聞けたことは、私たち医療者にとってとてもうれしいことでした。 こういった支援を続けることで、「地域の健康」を地域で支える栄養支援の実現や、「本人の思い」「家族の思い」を形にして援助する在宅緩和ケアの実践が可能になっています。
在宅チームによる生活援助による看取りを迎えた事例から
在宅チームによる食支援を含めた生活援助により、在宅で最期を迎えた末期がんの女性の例についてご紹介します。この方は70歳代の女性でがんの末期の状態で、集合住宅の2階で精神発達障害のある娘さんと2人暮らしでした。別居の息子さんが勤務後に介護に寄るという形をとって、10日間の自宅療養ののちに自宅でお看取りをしました。自宅療養中の希望として、「痛みがなく過ごしたい」「食べられるものを食べたい」、そしてご本人もご家族も「最期まで自宅にいたい」ということでした。
病院での食事は嚥下調整が必要でした。排泄はおしっこのカテーテルがある状態です。痛みがありましたが、痛みの管理は退院時にPCAポンプに切り替えてもらいました。娘さんは食事の介助はできるかもしれないけれど、おしっこの管理やおむつ交換は難しそうでした。訪問管理栄養士が食事介助の様子を退院前に病院に見に行った後に退院されました。在宅療養での食事の援助では、水分のとろみのつけ方を指導したり、栄養士がヘルパーさんに指導して一緒に食事をつくって冷凍ストックしました。
そのほかは口腔ケア、週3回の点滴、PCAポンプによる疼痛コントロールを行いました。栄養士とヘルパーさんが一緒にご自宅の台所で調理をして、赤飯やお粥など、いろいろなメニューをつくって飽きがこないようにしていました。
そうしているうちに、休日中にPCAの薬液がなくなる可能性が出てきました。さきほどお話した全県の医療情報ネットワーク「まめネット」の在宅医療版、在宅医療介護連携支援システム「在宅まめネット」というのがあります。これで訪問看護ステーションの方が休日の対応をうまくしてくださいました。ボタンを押した回数と薬液の残量の情報を、訪問看護師が「在宅まめネット」で報告し、それを関わっている薬局の薬剤師さんが見ていて、「休み明けまでに薬液が足りなくなるかもしれない」と知らせてくださいました。休みの当番医の先生に連絡して、針の交換をせずに薬液だけ交換してくれました。こういうツールを使うことで、休日でも痛みのコントロールを切れ目なくできました。
次の日には新聞を読んでおられました。「家が落ち着くわね」とご本人が言われて、娘さんは「よく話し、私にあれしろ、これしろと言います」と話されていました。すごくいい笑顔で穏やかに過ごしておられましたが、3日後に呼吸苦が出現しました。それでも次の日にはシャンプーも受けられて、お昼ご飯も食べられました。亡くなる当日も傾眠傾向でしたが水分の経口摂取は可能な状態で、娘さんが見守られる中、ご自宅で穏やかに永眠されました。
このように、がんになっても自宅で過ごすために在宅療養を地域で支えるサービスがいろいろとありますので、一人で抱え込まないで、まずは情報を集めて専門家に相談しましょう。