がんの在宅療養ガイド 研修会 沖縄 2016
【リレートーク & ワークショップ】がん患者さんが安心してわが家で過ごすために
テーマ3 人生の最期をともに生きる 家族と支える、チームでの療養支援
コーディネーター: | 喜納 美津男さん(きなクリニック 医師) 福地 泉さん(アドベンチストメディカルセンター 医療ソーシャルワーカー) |
喜納 美津男さん
第3章の「人生の最期をともに過ごす 心と体の変化に寄り添うには」のまとめの部分を、一部ご紹介します。
- 在宅療養で一番大切なのは、本人のQOL。最後まで“自分らしく”過ごせるように支援する
- 身体が衰弱していくに伴い、自分の意志を明確に伝えていくことが困難になる
- 本人が意志表示できるうちにどんな療養生活を送りたいかについて話し合い、在宅支援チームと共有する
ご本人のQOL、自分らしくということは、心身ともに満足した療養生活ができるということです。在宅療養の目標として、このことを最優先していかなければいけない。医療や介護のさまざまな支援が、実際にQOL、自分らしさを支えているのか、常に検討しながら行っていく必要があります。独りよがりや勝手な思い込みで、本人のQOLが下がったり、自分らしいところから離れていったりすることが、ときどきあります。金城さんは「わかったと思い込んでは駄目だ」といわれましたが、まさにその通りです。
本人やご家族の意向は、病状の経過によって変化することがしばしばあります。がんは特に病状の変化が早いので、意向が変わったときの対応を迅速に行わなければいけません。しかし、病状が進行していくと意思表示が困難になるかもしれません。あらかじめ療養の意向について可能な限り確認しておく、いわゆるアドバンス・ケア・プランニングです。早い時期にご家族と本人に、ケアチームがうかがっておく必要があります。それは決定ではなく話し合うプロセスです。これを経験しておくと、そのあとのカンファレンスの機会をもちやすくなります。患者さんとご家族を含めたチームで話し合う状況に慣れるので、早い時期にそういう機会をもって、本人やご家族の意向の確認する必要があるのではないかと思います。
在宅支援チームは多職種になって、チームが大きくなればなるほど、情報を共有する必要があります。訪問医療、看護、介護をはじめ、薬剤指導、リハビリや栄養指導など、多様な職種が関わるようになると、連携する作業がとてもたいへんになります。今後は、ICT(情報通信機器)が必要になってくるかと思います。情報漏れなどに対するセキュリティ面を強化して、携帯電話やスマートフォンを活用し、メーリングリストを利用するといったことです。また、チームのスタッフで集まって、ケアの内容について早めに共有していくことが大事だろうと思います。
患者さん本人の心理的な変化に寄り添う
- 今までできていたことができなくなっていくことは、患者さん本人の喪失感や無力感を招く
- イライラしたり、怒りっぽくなったりすることがある
- 無理に元気づけようとせずに、いつもと同じように接することを心がける
- 不安や悲しみがずっと続く、家族への負担が大きいと思ったときは、すぐに在宅支援チームに相談する
がんは種類や進行の早さなどで、病状に影響があると思います。どうしても体が衰弱してくると、今までできたことができなくなると、最期が近づいてくることを意識せざるを得なくなります。それによって気持ちがふさぎ込んだり、感情が不安定になったりすることがあります。
例えばイライラしたり、どんどんやせたり、自分に引きこもりがちになったりするかもしれません。精神的な、あるいはスピリチュアルな不安に襲われてきます。「在宅療養ガイド」に例示されているように、強い不安を感じたり、死んでしまいたいといった気持ちが強い方、あるいは介護するご家族がとても疲れているとか、もういやだというようなことがあれば、早急な対応が必要になります。そのサインを見逃さないようにすることが、とても大事です。そのためには、まめに声掛けをしたり、お話をしたりして、本人やご家族の意向とか気持ちをわかり合う機会を持つ必要があるのではないかと思います。
痛みやつらさなどの症状を、積極的にコントロールする
- がんの痛みは我慢しない。緩和ケアを受けることで、積極的に取り除くことができる
- 医療用の麻薬は、適切に使用すれば安全かつ効果的に痛みを緩和することができる
- 医療用麻薬を適正に使えば、中毒や依存症になることはない
- 不快な症状について、十分にケアできるように医療スタッフに相談する
がんの進行に伴って、さまざまな症状がみられます。緩和ケアを経験されている医師や看護師、薬剤師であればそれぞれに対応するスキルを持っていると思います。医療用麻薬、そのほかの補助薬などさまざまな薬を使うことがあります。気をつけなければいけないのは、痛みをとることが逆に優先されてしまって、QOLをおろそかにしてしまうという点です。痛みを早くとってあげたほうがいいから、とにかく注射にしましょうと。医療側からすると、皮下注射や点滴は普段から行う処置ですが、意識がしっかりしている患者さんにとっては、点滴とか注射、チューブにつながれていること自体がQOLを落としてしまいます。いやだという気持ちになってしまう。経口摂取ができる方には、経口で薬を出す。経口摂取が難しい場合は貼付剤や坐薬も利用できます。坐薬は体を動かしてもらわねばならないので、家族の介護のストレスもありますから、そうした点も考慮しながら使う。皮下注射や点滴注射などは状況をみながら慎重に行うべきではないかと思います。
在宅療養の患者さんに限らず、病状の進行に伴い、その患者さんにとって初めての薬を使うことが多くなります。すると、どんな薬なのか、今まで使ったことがないなど、患者さんやご家族の不安がどうしても生じます。血圧やコレステロールの薬といった馴染みのある薬もありますが、新たに抗けいれん薬とか副腎皮質ホルモン薬が出たときなどは、不安が募ってきます。まず薬について正確な情報をお伝えして、できるだけ不安を解消していく必要があるでしょう。また、どのような症状であっても、早めに相談してほしいと伝えることが重要かと思います。
家族が行えるケアや介助を知っておく
- 無理のない範囲で、家族が日常的なケアや介助を行うことができる
- どこまで介助するかは、本人の意思を尊重する
- ケア・介助のコツや方法を在宅支援チームから教えてもらう
- 本人に声をかけながら介助を行う
在宅療養では、チームの中で患者さんに寄り添うご家族は心強いスタッフです。同時に、ご家族は不安を抱える当事者でもあります。妻、夫、あるいは娘、息子、孫であり、そして介護スタッフ、医療スタッフでもあるのです。ご家族をしっかりサポートして、必要なことは教えてあげる。そして本人が満足することがご家族の満足にもつながります。多くのご家族は、介護、医療のスキルはほとんどありません。ご家族には不安の強い方とか、むしろ本人よりも怖がっているような状況が実際にあります。そういうところをしっかりサポートしてあげる必要があります。不安を取り除いて、必要なケアを指導して、関わってもらうことが大事ではないかと考えます。本人の意向を汲みながら「できる範囲でしてください」ということが大事だと思います。ご家族をチームで補っていくような体制づくりが大切なのではないでしょうか。ケアマネジャーの力量が問われるところではあると思います。
がんの末期になると、日ごとにケアの負担が大きくなっていきます。また家族としての不安も強くなっていきます。介護度でいうと、数か月で自立から要介護5までいくことも珍しくないので、必要な介護支援の手配を迅速に行うことが、とても大事になってきます。支援するケアチームは機動性がたいへん重要です。
福地 泉さん
本人と家族の心のケア
「本人の言葉に耳を傾け、心を開いて語り合う」ことについて、「在宅療養ガイド」では3つのポイントを挙げています。
まず一つ目に、難しさを抱える中にあっても、可能なかたちで本人と心を通い合わせることがお互いを支える鍵であるということです。二つ目に心を開いて語り合うためのポイントとして、本人の言うことや行うことを受けとめ、辛抱強く相手の言いたいことや考えていることを理解しようと思う姿勢が大切であるとしています。三つ目は、心を通わせるためには身体的苦痛をいち早くキャッチすることで、在宅支援に相談する必要があります。
心を開いて語り合う、心を通わせることがお互いを支えることを実感した例をご紹介します。
病気を患う夫を支えてきた妻がホスピスを訪ねてきました。ご自身ががんを疑われ、限界を感じて、病気や姑との問題について子どもたちに打ち明けたところ、驚くほどしっかりとした態度で彼女を温かく支えてくれたそうです。子どもたちに正直に向き合って、心を開いて、心を通わせて話したことによって、自分が大切にされていることを実感して、心が強く支えられたそうです。「主人にもそんな思いを味わってほしいと願っているのですが、どうしたらいいでしょうか」と相談されて、「お子さんを信頼して向き合ったようにご主人を信頼して、手を握って泣いたり、笑ったり、大切に思っている気持ちを表現してみたらどうでしょうか」と提案しました。すると「主人は我慢強い人でしたから、自分の気持ちを表現してこなかったんですよね」と言いながら、さまざまな話を始めました。ご主人の人となり、最近のなげやりな言葉など。元気なときからご主人は子どもたちに、「父さんがいなくなったら、母さんをちゃんとみてくれよ」と言っていたようです。そういった話をして振り返ることによって、その言葉が実は妻への信頼と愛情表現であったことに気づいていかれました。
「なぜそんなことを言ったのか聞いてみたことはありませんが、もっと主人と語り合わなければいけないと思いました」と目を輝かせて帰っていかれました。この方は心を開いて語り合い、心を通わせることで思いが受容され、自分を受容される経験をされました。自分が大切にされていることや、かけがえのない存在であることを関係性の中で気づき、たとえ絶望の中にあろうとも、温かさや希望を感じることができるのだと実感しました。
このような時期に本人と心を通わせるコツとして、2つのポイントが挙げられています。
- これまでの生活に近い環境を保てるとよい。なるべく自然体で接する
- 本人と一緒に家族の活動をするのもよい
家族が残された時間を不本意に終わらせたくないと望んでいても、なかなかよい展開にならないことに対して、「在宅療養ガイド」では、実は本人がつらい気持ちを上手に表現できず、うまく伝えられていない可能性を指摘しています。これについて3点が述べられています。一つ目は、楽しい気持ちを分かち合うのと同じように、不安や悲しみについても率直に、可能な限り語り合うこと。二つ目は、率直に語り合うのが難しい場合にも、本人の気持ちを受けとめているという姿勢をみせることで、本人に前向きな気持ちを与え、本人の気持ちに寄り添うということが大事だということです。さらに三つ目として、精神的に不安定になりやすい時期だからこそ、とりつくろうことをせず、率直に語ることを勧めています。これについて私が関わってきた事例をご紹介します。
ある女性がホスピスに来られました。「私は主人に『人間』として死んでほしい。このまま流されて死んでほしくないと思っています。一生懸命生きてきた人生ですから」、元気なときは頑張り屋だったご主人を「取り戻してほしい」ということでした。病状が進むにつれ、ご主人は大事にしていた3匹の猫に乱暴な言葉遣いをしたり、気晴らしに散歩に誘ってものってくれなかったりということでした。そして、食べることに喜びを見いだすようになり、本人の楽しみを共有することで、二人の関係性を少しずつ取り戻しているということでした。その女性は「振り返ればとても苦しかったけれど、私がこうしたほうがいいと思うのではなく、こうだったらいいのにと思うように決めました」とおっしゃいました。「それは自分の気持ちを横に置くということですか」と尋ねると、「そんな感じです。これからは本人に聞いて、本人に決めてもらうようにします」と清々しい笑顔をみせました。
この事例では、本人のささいな喜びを大切に共有することは、本人の心が柔軟になるきっかけになり、本人だけでなく、妻の心にも同じような変化をもたらしました。相手の気持ちを受けとめて、よかれと思う自分の思いを明け渡し、不本意と感じられることにさえ希望をみつける大切さも教えてくれました。
全人的な自己喪失を抱える方と家族が向き合うことは、とても難しいことですが、実は元気なときに見失っていた自分らしさを取り戻す機会でもあるのではないかと思っています。本人とご家族が心を開いて語り合えるように、その方々に伴走する私たちにできることについてご意見を聞きたいと思います。
ワークショップの様子
人生の最終段階の患者さんとご家族をどう支えるか
けいれんで入退院を繰り返している方の在宅療養では、支援チームとして予想される状況の対応策を細かく検討して準備して、奥様の日記で患者さんの状態をチームで共有しました。ご本人は在宅でもがん治療の先生の受診を希望されたので訪問看護と介護のメンバーで介入して、「病状に急変などがあった場合は、訪問診療の先生もお願いしましょう」とお話しし、変化に応じて情報を共有しながら対応しました。
本人のストレスがたまってきて奥様につらく当たるようなケースもありました。入院中にリハビリテーションのスタッフと仲がよかったということで、訪問リハビリもその方に代わっていただき、いろいろ話をされるなかで、奥さんの辛さを本人も察知してお互いのことを考えられるようになりました。そのリハビリのスタッフがレスパイト入院について説明し、利用したことで奥さんの負担も軽減され、穏やかに過ごせるようになりました。
本人とご家族が心を開いて語り合うためにできること
難しいテーマでいろいろな意見が出ました。一つは、関わるスタッフが、正直な気持ちを引き出せるような環境や場所を設定して、本人とご家族にストレスも含めて率直に語り合っていただく。また、スタッフ自身が自分の気持ちをご家族や本人に伝えられるような環境、たとえばカフェ風の雰囲気をつくって、話し合いができるといいのではないか。私たちが入ることによって、心を開いて話ができる場をつくることができるのではないかと思います。
本人にとってつらい話が出たときに、それを受け入れられるかどうか。本当は聞きたくないと思われる話が出たときの対応など、悩みもあります。本人の生きてきた人生、生い立ちなどをご家族とスタッフが一緒に聞くと、奥さんも知らなかったことがあったりして、「たいへんだったのね」とか普段の会話になります。がんで闘病していると、普段の会話ができなくなる場面が多いようにも思いますが、少しでも日常的な会話ができれば徐々に心が開く方向になるだろうと思い、おしゃべりをしています。非常に難しい問題ではあるので、試行錯誤していくしかないと思います。
人生の最終段階の時期を支えるケアチームとして
具体的な意見を出し合いました。食事が食べられなくなると、本人は食べたくないけれど家族は食べさせたいという気持ちのずれがあることが多いです。食べたくないのに食べさせようとすると、本人もストレスですし、食べてもらえない家族もストレスになります。本人と家族の心が、病状の進行によってずれていくところを、ストレスがないようにフォローしてあげることが、最期に向かっていくときに大事ではないかと思います。また、痛みのコントロールがきかなくなったときに、本人もご家族もきつい最期になってしまいます。本人もご家族も、関わっている私たちも、「できなかったこと」ではなくて、「できたこと」を数えていくようにしたい。よかったことを見つけてあげて共有することで、亡くなった後も後悔がないようにすることが大事だという話が出ました。
がんの末期に出るいろいろな症状すべてに対応するのはたいへんなことだと思います。また、本人の意向を確認して共有することはとても大事だと感じました。病院側から見れば、在宅を希望される患者さんは主治医も在宅医へと考えてしまいがちですが、実はこれは押しつけです。病院では医療とベッドがセットになっていますが、在宅ではセットではありません。それまでの主治医に診てもらいたいのであれば、できるうちは主治医の所に通い、いよいよ通院が難しくなったときに在宅医へのバトンタッチを考える。本人の意向に添ったやり方として、それでもいいと思います。それから、家族の方にレスパイト環境をつくってあげることも重要だと思いました。
また、本人やご家族と正直に話ができるような環境をつくっていくことが大事だと思います。いろいろ精神的な面に対応するのは難しいところではありますが、本人がリラックスできる生い立ちや趣味の話をすると、けっこう打ち解けるような感じがします。雰囲気をつくってあげるとき、チームの中に盛り上げるような人がいたらいいのかもしれませんね。
在宅療養ガイドにも最終段階の時期の食事について、「本人が食べられるだけ食べればよい」と書かれています。ご家族に、ガイドを通して説明してあげるとよいでしょう。あるいは、元気がないから点滴をしてくれというご家族もけっこういらっしゃいます。必ずしも点滴がよいわけではないことも、しっかり理解していただく必要があると思います。