靈蘭之室 茶餘酒後

   ……休息している閑な時間

阿斗

 蜀の後主の劉禅は、社稷をむざと献じたということですこぶる評判が悪い。しかし、劉禅だって自分が親父の劉備のようにはいかないことくらいは知っている。ましてや関羽も張飛も諸葛亮もいない。だったら、蜀の民のためにもさっさと降参するのが賢い。正義を振りかざしてぼろぼろになるのは、格好いいかも知れないけれど、かなりはた迷惑なはなしだ。
 洛陽での宴会でのふるまいを、当時はまだ晋公だった司馬昭に「こんな阿呆では諸葛亮が生きていたって補佐しきれなかったろう」とあきれられたというけれど、じゃあどうふるまえばよかったというのだろう。下手をすれば警戒されて誅殺されたかもしれない。阿呆をよそおった、あるいはちょいと誇張してみせたのだとしたら、案外くえぬおとこだったかも知れない。少なくとも、鼻毛を伸ばしてみせた百万石の殿様よりは、やることが上品である。

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