靈蘭之室 茶餘酒後

   ……休息している閑な時間

女将

 『三国演義』の関羽には、史実にはいないらしい関索という三男坊が唐突に登場し、これがメチャクチャに強い。まあ架空の人物で、強いのを登場させたかったんだから当然だけどね。他に『花関索伝』というのも有って、そこには出生譚も載っているんだけど、これもメチャクチャ。先ず劉備と関羽と張飛が桃園で義兄弟の契りを結んだ時、関羽と張飛は後顧の憂いを断つために、互いの家族を殺すことにしたんだそうです。でも、張飛は関羽の妻を殺すに忍びないで見逃してやった。それが実家に逃げ帰って生んだ子供が関索というわけです。関羽が張飛の家族をどうしたかは知らない。
 で、成長した関索は親父の関羽を尋ねて旅に出るんだけど、途中の鮑家荘の入り口に「鮑三娘は自分と戦って勝った者を夫とする」と記してあった。美人で豪傑というやつです。首尾良く生け捕りにして娶る。次いで通りかかった蘆塘塞とかいうところにも、王桃と王悦という姉妹の豪傑がいて、これとも戦って次妻にする。勿論、二人とも美人です、小説なんだから。ね、いい気なもんでしょう。
 でも、これは「自分と戦って勝った者を夫とする」という古典的なパターンです。中国の俗文学には、この上を行くやつが有る。『楊門女将』、日本ではあまり馴染みがないけれど、中国では『三国演義』に匹敵するか、ひょっとするとそれ以上の人気が有る。私も京劇の舞台では何度も観た。宋朝のために戦いに明け暮れる楊業とその一族の物語です。その楊業の孫の宗保の話がすごい。穆桂英という女山賊を退治にいって逆に生け捕りにされて、でも彼の美貌を惚れた穆桂英に求婚される。勿論、穆桂英だって美人なんですよ、小説なんだから。この夫婦の間に生まれた文広というのも、女山賊の杜月英に奪われた宝物を取り返しに行くんだけど、彼女は文広の美貌を前もって知っていて、生け捕りにして結婚するつもりでいる。ところがうっかりと義姉妹のこれも女山賊の竇錦姑というのに話したので、横取りされる。当然、杜月英はむくれる、喧嘩になる。で、どうするか。仕方がないので両方とも女房になる。さらにもう一人女山賊の鮑飛雲というのにも生け捕りにされて、やっぱり求婚される。勿論、三人とも美少女なんですよ、小説なんだから。楊文広だってそんなに弱いわけはないんです、何たって楊家の跡継ぎなんだから。でも、つぎつぎと美少女に負けて、生け捕りにされて、逆に惚れられて求婚される話にした。つぎつぎに生け捕りにして女房にする、妾にするでもよかったろうに。古典的なパターンのパロディのつもりなのか、行き着くところまで行ってしまう大衆文学のパワーなのか。

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