太素新新校正
- 医経
- by shenquzhai
- 2009/02/23
古文献そのものを,一般以上の水準で研究しようとするのなら,最善の資料に拠るべきことは当然である。『太素』について言うならば,せめて影印本を手に入れる。絶版とはいえ,古書店を熱心に探せば手に入らないでもない。高価であると言っても,天文学的な値段というわけではない。そのうえで,なろうことなら真物を視たいし,せめて鮮明なカラー写真が手にはいらないかと努力する。
しかし,その他に,『素問』、『霊枢』の医学を学ぶについて,『太素』の文章に拠りたい,大過ない『太素』のテキストが欲しいという人たちがいるのも,また無理のないところだろう。
人にはそれぞれ登攀したい峰が有る。途中までに巴士や索道を利用したからといって,馬鹿にされるべきいわれはない。泰山に歩いて登る人も,麓まで歩いていくわけじゃない。
正直なところ,この種の作業が絶対に大丈夫という境地にたどりつくことなぞはありえない。単純な入力ミスもさぞかし多かろう。長期にわたる翻字作業において,『素問参楊』や『黄帝内経太素九巻経纂録』によった旨の注記が脱落した箇所も,あるいは有るかもしれない。ご寛容を願いたい。幸い日本内経医学会が百部の作成費用を計上してくれたので,百人の賢明なる視線にさらすことができる。少しは大丈夫に近づくことができるだろう。
言わずもがなではあるけれど,この新新校正には新校正を主編した銭超塵教授へのhommageという意味がふくまれている。
しかし,その他に,『素問』、『霊枢』の医学を学ぶについて,『太素』の文章に拠りたい,大過ない『太素』のテキストが欲しいという人たちがいるのも,また無理のないところだろう。
人にはそれぞれ登攀したい峰が有る。途中までに巴士や索道を利用したからといって,馬鹿にされるべきいわれはない。泰山に歩いて登る人も,麓まで歩いていくわけじゃない。
正直なところ,この種の作業が絶対に大丈夫という境地にたどりつくことなぞはありえない。単純な入力ミスもさぞかし多かろう。長期にわたる翻字作業において,『素問参楊』や『黄帝内経太素九巻経纂録』によった旨の注記が脱落した箇所も,あるいは有るかもしれない。ご寛容を願いたい。幸い日本内経医学会が百部の作成費用を計上してくれたので,百人の賢明なる視線にさらすことができる。少しは大丈夫に近づくことができるだろう。
言わずもがなではあるけれど,この新新校正には新校正を主編した銭超塵教授へのhommageという意味がふくまれている。
2009年3月23日
面目ないけれど,案の定まちがいが有りました。今のところいずれも『素問』『霊枢』における所在の標記です。そもそもどこにもことわってなかったけれど,Sは『素問』,Lは『霊枢』で,その後の数字は篇次です。こんなのは誰でもわかる。
まず,9ページのL39はS39の誤り,170ページのS32はL32の誤りです。266ページのS44はS14の誤りです。
それと複数の篇に相当する経文が有る箇所について,詳細をかいていました。
12ページの「肝色青」から「皆辛」までは,S22の他にL56にも有ります。
111ページの「夫人之常數」以降はS24にも有ります。
216ページの「女子手少陰脉動甚者,妊子」はL74にも有ります。
358ページの「歧伯曰:耶氣客於風府」以下はL79にも有ります。
405ページの「五耶入」云々と「五發」云々はL78にも有ります。
所在の標記にミスが多いというのは,関心の所在はそこではなかったということです。だから,最終の校正で注意がおろそかでした。それにしても,面目ない,お恥ずかしい。
南京の沈澍農教授に1冊贈呈したところ,丁寧に読んでいただき,いくつかのコメントをいただきました。
P20の「三紙」の意味をおたずねでした。これは少々説明をはしょりすぎました。御存じのように巻子本は何枚もの紙を継ぎ合わせてできています。この巻第八における一枚の紙の行数から考えるに,現に仁和寺に蔵されるものに缺けている分量は三枚分であって,一枚の紙の半ばで裂けているというようなことは無いだろうという注記です。江戸末期に再発見した人が,こっそりはぎ取って自分のコレクションにしたのではないかとほのめかしたつもりです。
p24末から次ページにかけては,楊注によって「陽之汗,以天地之雨名之;人之氣,以天地之風名之」と校正して良いのではないかとのご提案です。同意します。
P63②の「干祿辭書」は「干祿字書」とすべきである。全くそのとおり,単なる校正ミスです。
p80②の「𥇀」字について,沈教授の『中医古籍用字研究』の中で,「䀮」字との異体字関係をすでに説明しているとのことです。私もそれには全く同意します。ここで言いたかったのは,楊上善の誤りの可能性です。『漢字古音手冊』(郭錫良・北京大学出版社)によると,荒はhuang,莫はmoまたはmu,郎はlangです。楊上善は「莫郎反」と言っていますから,「音荒」の「䀮」とは違う文字と考えていたのではないかと言ったつもりです。
P105⑥の「陰氣」と「陰器」の問題は,中文でも同音だから,「日本漢字音」とわざわざ言う必要はないとご指摘です。その通りでした。
沈教授は,外出に携えて出て,とりあえず147ページまで読んだとのことです。影印と突き合わせができたら,さらに残り部分を読んだら,再びコメントをいただけるかと思います。その時はまたここに紹介します。
2009年3月28日
沈澍農先生からのコメントの追加です。
偶然發現大作P15負3行脫了一字:“所謂泣汗涎唾等”一句中漏了”涕“字,當補。特告。
2009年4月01日
p380「病始足胻者,先取足陽明而汗出」は,S32にも類文が有る。
2009年4月03日
P126の「在肘外輔曲骨之中也」,「輔」を「補」と入力ミスしています。
2009年5月22日
p3の「不可順欲而致其所苦」の「其」字を落としてました。
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