靈蘭之室 茶餘酒後

   ……休息している閑な時間

花甲寿菜単

「私の著書は古くさくて,黴が生えてゐるので今の若い人には向かないらしい」とは,青木正児『中華飲酒詩選』再版の序である。昭和三十九年の初秋である。
私は比較的若い頃から好んで読んでいる。と言っても,一番好きな文章は陶然亭であるとばらしてしまえば,単に酒徒の端くれというに過ぎない。
で,これに劣らず好きなのは,昭和二十二年二月の還暦自祝の一文である。名づけて花甲寿菜単。そこに当時の家族の様子が載っていて,「四男喬十二歳,小学生」とあるのに,つい最近まで気付かなかった。『華国風味』の著者と『中国の食譜』の編訳者が父子だったということです。

さて,その菜単の内容は:
 瑞雪鱠=大根なます 氷魚酢漬 九年母薄切
 松柏拌=壬生菜の芥子あえ
 吉旦餅=鮭と葱入りの鶏卵焼
 蓬莱鍋=魚団 干海老 貝のむき身 椎茸 豆索麺
     牛蒡 人参 春菊 里芋 酸茎
 晩霞飯=小豆飯
 梅竜餻=小豆入り青豆羊羹 干柿
 天福果=金柑 銀杏
 固歯豆=鉄蚕豆 塩打大豆
 煉金丹=雲丹 烏賊の塩辛 山葵粕漬 寒漬大根 落花生
 鸞鳳玉涎=銘酒玉鳳

よく見れば時節がら大したことはない,などと思う人が有ったら,迷陽道人からは酒徒としての及第点がいただけまい,と思う。

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