1831年 | Freiherr Justus von Liebig(1803〜1873, ドイツの化学者)、 Eugene Soubeiran(1797〜1859, フランス)、Samuel Guthrie(1782〜1848, 米)が、それぞれ別々に同年に、クロロホルム↓1を発見した。 |
1834年 | Jean-Baptiste-Andre Dumas(1800〜1884)が、クロロホルム↑2の組成を明らかにした。 |
1847年 | Sir James Simpson (1811〜1870, エディンバラの産婦人科医) は、エーテル↑10で分娩を行ったが、必ずしも満足すべきものではなかった。Simpsonは、クロロホルム↑3を初めて吸入麻酔薬として使用し、外科手術に新紀元を開いた。しかし、無痛分娩は、カルビン派の牧師によって批判されていた。 |
1853年 | Simpsonの成功に刺激されて、麻酔の専門医が英国に誕生した。その第一号となったJohe Snow(1811〜1870, イギリス人医師)が、Prince Leopoldの出産に際し、Queen Victoriaにクロロホルム↑4麻酔を施行し、無痛分娩を行ったので、全身麻酔が急速に欧米に普及した。これらの功績により、Snowは、「最初の麻酔科専門医」と言われるとともに、ロンドン市街に下水道
を導入する事をビクトリア女王に提言すると、ロンドンからコレラの蔓延を防ぐことができたので、「公衆衛生の父」とも呼ばれている。 |
1857年 | P. von Meerdevoort(オランダ海軍軍医)から、日本に、クロロホルム↑5の麻酔が紹介される。 |
1861年 | 伊東玄朴(シーボルトの弟子)が、桜井由次郎(吉原の幇間(ほうかん)桜川善孝の子)の脱疽の右足切断にクロロホルム↑7麻酔を行った。本邦初のクロロホルムの麻酔である。クロロホルムはPompe↑がオランダから取り寄せた。 |
1862年 | Joseph T Clover(1825〜1882, 英国)が、クロロホルム↑7と空気のパーセンテージを調節できる新しいクロロホルム吸入器を開発した。 |
1881年 | A. Crombll(インド)が、クロロホルム↑8麻酔に先立ち、モルヒネによる前投薬を行った。 |
1882年 | S. J. Hayes(米)が、エーテル↑15 ークロロホルム↑9麻酔器を開発した。 |
麻酔の用語
AD1C | Pedanius Dioscorides (AD40〜90, シシリー生まれのギリシャ人、ネロ皇帝の軍医、薬物学の祖)は、感覚の喪失として、"anaesthesia"という用語を使っていた。 |
1835年 | 奥田万里の骨折治療書「釣玄四科全書には、「麻睡湯」という用語が使用されている。「マスイ」 命名の先駆け? |
1846年 | Oliver Wendell Holmes(Mortonの友人)は、Mortonの実験を見て、「Anesthesia」という用語をはじめて使用した。 |
1872年 | Mortonの実験を見た Holmesが、1846年から、「Anesthesia」という用語を使っていたにもかかわらず、なかなか日の目を見なかったが、Bailey 's 1721 Dictionary Britannicumに登場し、それ以後今日まで使われるようになった。 |
1850年 | 杉田成郷の「済生備考」で、はじめて「麻酔」というという用語を使ったが、1835年に「釣玄四科全書にはすでに、「麻睡湯」という用語が使われていた。 |
1905年 | Heinrich Braun (1862-1934, ドイツライプチッヒ)が、「局所麻酔」に関する教科書を出版した。 |
1922年 | レイバット(アメリカ)が「区域麻酔学」を著した頃には、ほとんどの局所麻酔法は確立されていた。 |
麻酔器
1846年 | William Thomas Green Morton(1819〜1868, アメリカの歯科医、Wellsの弟子の)とJohn Collins Warren(マサチューセッツ総合病院の高名な外科医)は、新しくデザインしたエーテル麻酔器にLetheonと名づけて、アメリカ合衆国の特許を取得しようとしたが、うまくいかなかった。Letheonは、ギリシャ神話で、その水を飲むと、生前の痛みの記憶を忘れるという忘却の川River Letheに因んでつけた。 |
1869年 | Trendelenburgが気管内挿管(経気管切開下)を始めた。 |
1867年 | Ferdinamd Adalbert (Ethelbert) Junker von Lamgegg(1828〜1902, 英国籍Leipzig大学の外科医、府立医大)は、ユンカーの麻酔器を発明した。吸入法 insufflation methodeにより、2連球で、空気を送って、ガラス瓶の中のクロロホルムあるいはクロロメチルを気化し、金属マスクで吸入させる。 |
1887年 | F. W. Hewitt(英国)が、一定濃度に調節可能の笑気↑11ガスと酸素の混合麻酔器(吸入器)を製作した。 |
1889年 | G. H. Hurd(米国)笑気↑12・クロロホルム9↑麻酔器を開発した。 |
1895年 | 神翁金斉が、笑気↑15ガス麻酔器を米国から輸入した。 |
1921年 | 中川小四郎(東北帝国大学杉村外科)が、「アルコールによる経静脈的点滴麻酔法」(独文)を発表した。 |
1924年 | Jay Albion Heidbrink (1875〜1957, Minneapolisの麻酔科医)が、麻酔バッグの圧による作動開閉弁と笑気↑17、エチレン、炭酸ガス、酸素にそれぞれ2基の hanger yoke とエーテル↑20気化器を備えた Lundy-Heidbrink 型麻酔器を開発した。 |
1954年 | Foregger の麻酔器が日本に輸入された。 |
1976年 | Evansらによって,最初のPCA専用機器が開発・市販された。 |