日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会への意見書救急医療・情報研究会、CoSTRおよび関連資料翻訳ボランティアグループ・代表 越智元郎 (2006年1月16日、3月3日)
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日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会への意見書(要約)救急医療・情報研究会、CoSTRおよび関連資料翻訳ボランティアグループ 代表 越智元郎 (連絡先:〒796-8502 愛媛県八幡浜市大平1-638 市立八幡浜総合病院麻酔科 TEL 0897-43-6161、FAX 0897-41-2900、e-mail: gochi@m.ehime-u.ac.jp
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今回、日本救急医療財団心肺蘇生法委員会に「日本版救急蘇生ガイド
ライン策定小委員会」が設置され、ガイドライン策定に当たられること
は、現行の指針を策定されたのが日本救急医療財団心肺蘇生法委員会であ
ったこと、現に関連団体が委員を派遣され実効的な意見集約とガイドラ
イン策定作業が可能な体制が整えられていることから、妥当な流れと考
えております。しかし一方で、以下のような問題点も無視できません。
すなわち、これまでわが国が日本蘇生協議会(JRC)を窓口として国
際蘇生連絡協議会(ILCOR)に訴えてきた、ILCORへの加盟に影がさす恐れ
があります。ご承知のように、ILCORが求める加盟組織の要件として、
1)少なくとも1国の心肺蘇生法指針を決める権限を持つ組織である
こと、2)非政府組織であること、3)単に1国のみでなく、複数の国ある
いは地域をカバーする蘇生関連団体であること、の3点が上げられていま
す。JRCは2004年3月に会の定款を定め、(非政府的な)任意団体として
の組織形態を整えました。JRCはまた昨年、アジアの複数の蘇生関連団
体とともにアジア蘇生協議会(RCA)を発足させ、上記
の3)がかなった形です。あとは国内の心肺蘇生法に関する指針を策定す
る権限を有する組織であることを示す必要があります。
今回の日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会にはJRCを構成する関
連団体が委員を派遣しておられ、実質上JRCが直接、策定作業を行うこ
ととほとんど違いはありません。あとは小委員会委員に立場上「JRCから
派遣された委員」を加え(あるいは名目を変更し)、JRCの指導と委託に
よって日本救急医療財団の心肺蘇生法委員会の場で指針策定を行うという
形を整えていただきたいと思います。
そのような配慮なしにはJRCのILCOR加盟が危ぶまれ、一方、これまで
JRCがILCORの準加盟組織として窓口となってきたのでありますから、JRC
以外の組織(例えば日本救急医療財団)がILCORの科学的勧告資料を活用
用することにも(例えば著作権上の)制限が生じる恐れもあります。以下に述べるように、わが国
がILCORに加盟し、その一構成組織として世界の蘇生科学の発展に寄与
し、ひるがえってILCORの成果を国内での心肺蘇生法の普及と実践のため
に活用することを、心肺蘇生に関するわが国の根幹とすべき
だと思います。そう考えれば、今回のガイドライン策定作業にも自ずか
ら、整えるべき流れが明らかになって参ります。
特に、今後のCoSTR/Guidelines改定作業などの将来を見据えますと、
単にILCORへの加盟のみならず、加盟後の国外事情と国内事情の架け橋として、
特に科学的側面においては、JRCが財団法人日本救急医療財団に対する上位団体とし
ての位置づけを明確にしておく必要があります。日本救急医療財団が
JRCの新指針のための協議の場を提供し、さらに政府機関をはじめとする
国内諸団体への普及に御協力下さることにより、JRCと日本救急医療財団による
国内の心肺蘇生の方針が強固かつ一貫したものになるのではないでしょうか。
1-b)日本の新ガイドラインが原則として、蘇生科学に関するILCORの2005年合意(CoSTR)に基づくべきあること
世界の人々が進歩した交通・通信手段を用いて互いに密接に交流する21世紀に
あって、こと人命や緊急事態にかかわる心肺蘇生法において、国ごとあるいは地域
ごとに差があることは好ましくありません。またわが国が海外のいずれかの国と歩調を合わせる
としても、それが特定の国あるいは地域との協調にとどまるとすれば不十分であります。
幸い心肺蘇生に関しては、国際蘇生連絡協議会(ILCOR)という国際的かつ専門性
を横断的に結びつけた組織が確立され、全地球的な科学知見の集積や治療指針など
の確立に尽力しています。
わが国が現在、ILCORに加盟できていないことは大きな問題ですが、ILCORによる2005年科学的合意事項(CoSTR)が発表され、各国・各地域においてそれぞれの心肺蘇生法指針が策定されつつある現在、ILCORにオブザーバ参加して得た情報を
もとに、わが国の指針改訂を早急になし遂げる必要があります。その際、同じCoSTRを土台に
策定された米国、欧州連合などの新指針にどのような差異があるのか、またわが国
がわが国の特性に配慮してどのような特徴を新指針に織り込むべきなのか、それが
今回の新指針策定作業の重要な論点となる筈です。
1-c) ILCOR加盟に向けて今回の指針策定作業に織り込むべきこと
わが国が今後、ILCORの正式メンバーとして心肺蘇生に関する国際協調をはかる上で、今回の新指針策定のプロセス・その内容においては、ILCOR加盟を推進す
ることができるよう、細心の配慮が必要です。
その第1点としては上述のごとく、今回の策定作業の主体が任意団体である
日本蘇生協議会(JRC)であり、その指導・委託により日本救急医療財団の心肺蘇生法委員会
を協議の場として新指針策定にあたっていることを明確にする必要があります。
第2に、
JRCがアジア蘇生協議会(RCA)の中心組織として、アジア各国が国内の蘇
生治療や教育の現状を調査し、それを発表・交換し、アジア全体のデータとしてまとめることができるよう、統計処理・用語の整理などをはかる必要があります。このような努力はすでに
ILCORが全世界規模で行って来たことでありますが、わが国をはじめアジアにおいては
「ウツタイン様式」を蘇生に関する調査の中心に置くことにすら、国内外の合意が得られて
いません。またアジア各国で行われている蘇生教育の規格は様々であり、例えばAEDの使用法
を含む一次救命処置教育を受けた一般市民が人口の何%を占めるかといった比較をする
ことも容易でありません。蘇生臨床および教育に関するアジアにおけるデータ蓄積の
第一歩として、まずは日本国内におけるデータ蓄積の統計的基本、用語定義などを
今回の新指針に織り込むべきであると考えます。
わが国の新ガイドラインの文書化の手順ですが、前回のわが国の指針は、アメリカ心臓協会
(AHA)のガイドライン2000刊行後に日本救急医療財団の心肺蘇生法委員会において協議が行われ、
策定された指針が以下のような書籍として刊行されました。それらは「救
急蘇生法の指針(一般市民のために)」「指導者のための救急蘇生法の指針(一般市民の指導者
用)」、「救急蘇生法の指針(医師用)」などです。また2004年7月1日の、医師および救急救命
士以外の人々の自動体外式除細動器(AED)使用に関する厚生労働省の通達(医政発第0701001号)が
発表された後には「AEDを用いた救急蘇生法の指針(一般市民のために)」や「指導者の
ためのAEDを用いた救急蘇生法の指針(一般市民の指導者用)」が策定・刊行されて
います(http://www.qqzaidan.or.jp/qqsosei/relation.htm)。
今回策定される新しい指針は、一般市民あるいは医療従事者による蘇生処置を対象と
したもの、そして一次、二次救命処置、AED使用を含むものなどに分類されます。そしてこれら
はすべて医師用の指針の中の記載に含まれるため、まず「救急蘇生法の指針(医師用)」の改定案
を作成することが今回の指針改訂の手順になるものと思います。このような手順は2001年の指針
策定作業においても取られたとお聞きしています。
一方で、2001年の改訂版指針刊行の数ヶ月前、「2000年心肺蘇生法ガイドライン(G2000)
に基づく修正7項目として、市民による成人の心臓マッサージの主な変更点が先行アナウンス
されました(http://www.qqzaidan.or.jp/qqsosei/relation.htm)。このような配慮は新指針
の早期定着を促す意味できわめて有用であったと思います。今回も後述のように、JRC、日本救急医療財団や関連学会のウェブに収載するなどして、重要な変更点について早期にアナウ
ンスすることが重要であろうと思います。今回、先行アナウンスの内容については市民が
実施する一次救命処置に限らず、二次救命処置に関する変更点なども含む必要があります。その内容として、例えばERCの「Summary of the Changes of the Guidelines」などは、
わが国の心肺蘇生法改訂に関する先行アナウンスのための資料として(アミオダロンに関する記載などを除き)非常に参考になるものです。
わが国の平均寿命の高さや乳児死亡率の低さは世界でもトップレベルであり、
一方で欧米よりかなり低い医療費(国民1人当たり)により国民の健康がこのように高い
レベルで達成されていることが知られています。こうしたわが国の特性は
一つには人種的素因などに基づく疾病構造の違いによる可能性があり、また
栄養指導などを含む予防策が奏功しているのかも知れません。一方、
急性心停止(sudden cardiac arrest)の発生頻度は欧米より低く、心停止患者
中の初期心電図が心室細動を呈する者の割合も低率であるとされています。この
ようなわが国の特徴を考えるとき、ILCORの蘇生指針をそのまま踏襲すること
が、欧米と同様の社会的メリットを生むとは限らないという考え方が成り立ち
ます。
わが国において、食生活の欧米化により虚血性心疾患の罹患率が上昇し、急性
心停止が増加しつつあるという推測に対しては、遺伝的素因を共有する日系
アメリカ人との疫学的比較などが必要になって来るでしょう。餅を原因とした
窒息(気道異物)という他のアジア各国からみても際立った特徴に関しては、
その対応により重きを置く必要があり、その対応法(例えば気道異物の除去法)
や効果についてのデータが乏しければ、ガイドラインの中でその分野の研究を鼓舞する
記載が必要になるものと思います。そのような重み付けの違いこそが、同じCoSTRから
派生する各国のガイドラインの、許容されるべき差異の源になるものと思います。
他方、CoSTR や AHA・ERCの新ガイドラインとは異なる方針を織り込む場合、
その理由、予想されるメリット、科学的裏付け(データ)を明記する必要があり、また
次回の指針改訂の時までにその効果等を検証するための調査研究を開始する
必要があると思います。
2001年に発表されたわが国の現行の指針には以下のような相違点がありまし
た。
第1に、心拍再開後の心肺蘇生の終了基準として、撓骨動脈における充実した脈拍の触知を
求めました。これは1993年に発表された前指針の記載を引き継ぐものであり、
蘇生処置の開始基準(頸動脈の脈拍消失あるいは循環のサインの消失)と
その終了基準が異なるという、憶えにくい指針であったと言えます。欧米の
指針では心拍再開後の心肺蘇生の終了基準として明記はされて来ませんでしたが、
末梢動脈の拍動触知を求めるものはなく、蘇生の開始基準の裏返し(頸動脈の脈拍
再開あるいは循環のサインの再開)が終了の目安とされて来たと思います。この
ような不一致は、国内で開催されるAHAの心肺蘇生法コースやこれをもとにした
ICLSコースにおける指導内容と、蘇生現場における実践が食い違うという現象を
引き起こしていました。
第2に、一般市民が行う気道異物除去処置に関する不一致があります。AHAガイドライン2000
では、一般市民が気道異物除去処置を行う際、傷病者の意識・反応がなくなれば
ハイムリック法は行わず胸骨圧迫を実施することとなっています。わが国では
ハイムリック法などとともに側胸下部圧迫法が記載され(このこと自体には
異論はありません)、さらに一般市民が傷病者が意識を失った後にも側胸下部圧迫法
を実施できるとしたのです。このことはガイドライン2000が目指した処置の流れ
の単純化、胸骨圧迫がもたらす異物除去効果の重視(胸骨圧迫は蘇生処置とも重なる
処置であり、一般市民が心肺停止にすぐに気付かない場合にも遅れずに蘇生処置
に移行できる)などを考慮しない指針となっています。
第3に、これは指針の不一致ではありませんが、JRCの協力のもとにAHAが発行した
ガイドライン2000の日本語版に、1回の人工呼吸(呼気吹き込みやバックバルブマスクで
の送気)にかける時間を「2秒以上」と記載されました。これは「どの位の時間
をかけて」の意の前置詞「over」を「〜以上」と取り違えたことに由来しますが、
この「2秒以上」という誤解が、ガイドライン2000の解説論文や消防関係の公的な
業務手順など、各所に伝染する結果となっていました。このことはわが国において
、実際に行われる心臓マッサ−ジの回数を減らし、心臓マッサ−ジの中断を長引かせる
ことに「貢献」したかも知れません。
非常に遺憾なことに、上記のようなILCOR、AHAなどと異なる
方針を選んだ理由が全く記載されず、また翻訳の誤りや指針への異論として
学会や学術誌上で述べられた意見に対して、指針策定者からの返信・解説等は全
く無かったのです。
今回の指針策定において、CoSTR や AHA・ERCの新ガイドラインと異なる
方針に関しては、指針の中でその理由や予想されるメリットなどについて十
分に解説をする必要があると思います。またその影響等を
検証するための調査研究を計画していただきたいと思います。特に上に述べた
2点(心肺停止の中止基準、市民による意識のない傷病者への異物除去処置)
については今回はCoSTRなどの記載に一致させていただきたいと思います。
指針のみならず、CoSTRやAHAガイドラインの解説書など関連の情報に関しても
意見や訂正を受け入れることができるよう、JRCや日本救急医療財団
と国内の関係者との間の双方向的な交流を可能とするような窓口を設ける必要が
あると思います。
われわれの平成11年度自治省消防庁委託研究報告書(2000年ERC第5回学術集会で発
表、http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/00/kajiti.htm)
によると、わが国における気道異物による死者発生率は米国における発生率の30倍に及んで
いました。また気道異物による窒息(非心停止例を含む)の発生率は初期リズムとして心室細動を
呈する心原性突然死の発生率を大きく上回っていました。そして一般市民による気道異物除去努
力が、患者の転帰に最も強い影響を及ぼしていました。
気道異物による窒息は「餅による窒息」という他国に余り例をみない事故例が多い
こととあいまり、その予防および対処法の確立はわが国の重要な課題であります。
われわれの調査でも、わが国で様々な気道異物除去法が実施されていましたが、いずれかの
方法が他よりも著しく優れているというような結果ではなく、一般市民によって何らかの
気道異物除去努力が行われることが重要であると考えられました。これとは対照的に、救急隊
員の処置により病院外で異物除去に成功することが必ずしも患者の転帰を改善していません。
ILCORの科学的合意(CoSTR)におきましても、胸部押上げ法、背部殴打法、 腹部押上げ法はそ
れぞれ意識のある成人および1歳以上の小児に効果があるものの、最初にどの方法を使うべきか
を決定するにはエビデンスが不充分とされています。
わが国では意識レベルや嚥下能力に問題のある高齢者などにも、「ハレ」の日の
食物として「餅」が供される傾向にあります。窒息のリスクのある人には「餅」を
食べさせない、小さく切って食卓に出す、食事中を通じて異物除去訓練を受けた人が監
視をする、窒息を来したら即座に除去処置を実施するといった配慮を強調する必要があ
ると考えます(指針の欄外に、あるいは注釈として記載される形でもよい)。また、通信指令が
異物除去に関して行う口頭指導についても、積極的に推奨していただきたいと思います。
3-b) 初期応答者の体制整備を推奨
欧米では1990年代から消防士や警察官など、現場に先着する可能性のある
職業の人々による、AEDを用いた除細動を含む救命処置が実施されて来まし
た(first responder defibrillation)。事前に訓練を受けたこれらの人
々による除細動の成果に関する今回の評価では、一部否定的なデータもあり
ますが、有用であるとの見解が勝っています(CoSTR Part3中の「Use of
AED」)。
わが国では2004年7月の厚生労働省の関連通達により、医師・救急救命士以
外の医療関係者や一般市民に
よるAEDを用いた除細動の重要性が強調されるようになりました。しかし、
欧米で過去10年にわたって実施されてきた、消防士や警察官など現場に先
着する可能性のある職業の人々による対応体制や訓練についてはその
整備(特に警察官の活動に関して)が非常に遅れています。今回の指針中
には、病院外心停止患者に対してAEDを用いた除細動を含む心肺蘇生法を早期
に実施するための体制整備の方策の一つとして、消防士や警察官、さらには交通
機関・宿泊施設・商業施設・学校のなど多数の人が出入りする施設の職員を含め、
心肺停止の現場に先着する可能性のある職業の人々による対応体制(初期応答者体制
の整備)について記載し、推奨していただきたいと思います。
3-c) わが国における蘇生関連薬剤に関する記載
抗不整脈薬アミオダロンをはじめとして、CoSTRでその有用性が認められ
ながら現在、わが国では使用が認められていないものがあります。現状では
リドカインなどの代替薬を使用する他はなく、わが国で用いる二次救命処置のアルゴリズム
については使用が認められているもののみを用いて記載する必要が
あります。しかし、CoSTRで高いレベルで推奨されている薬剤については、新指針中
でも記載し(注釈などの形で)、さらには早期の承認に向けての配慮を関連機関に求める必要が
あります。
すでに承認されている薬剤にも、蘇生時の用法・用量などが認められていない
ものがあります。例えばアドレナリン製剤の添付文書にはその用法・用量として、
以下の記載があります。
[気管支喘息および・・・(中略)に伴う急性低血圧またはショック時の補助治療、心停止の補助治療]
エピネフリンとして、通常成人1回0.2−1.0mg(0.2-1.0ml)を皮下注射または筋肉内注射する。なお、年齢、症状により適宜増減する。蘇生などの緊急時には、エピネフリンとして、通常成人1回0.25m(0.25ml)を超えない量を生理食塩水などで希釈しできるだけゆっくりと静注する。なお、必要があれば 5-15分ごとにくりかえす。
添付文書は医師に対して必ずしも強制力を持つものではありませんが、CoSTRをはじめ
これまでの世界の蘇生臨床で行われてきたアドレナリンの用法・用量について
このようにかけ離れた記載があるということは、添付文書が民事上の損害賠償
請求訴訟での判断資料として重要な価値をもつと考えられていることと併せ考えると、
蘇生治療への障害となる恐れがあります。今回、新
指針中に(欄外への記載などの形で)、製薬会社がアドレナリンの用量や用
法(気管内投与や骨髄内投与も含めて)に関する添付文書を改めるよう促して
いただきたいと思います。
同様にバソプレシンの心肺蘇生時における使用に関して、その用法・用量の追加記載を促していただきたいと思います。
3-d) 国内における蘇生に関するデータの集積
冒頭で述べたごとく、JRCがILCORの構成組織となるア
ジア蘇生会議(RCA)の中心として、アジア各国が国内の蘇生治療や教育の
現状を調査し、さらにそれを発表・交換しアジア全体のデータとしてまとめるこ
とができるよう、統計処理、用語の整理などをはかる必要があります。その
最初の一歩として、病院外心停止事例の記録を統一するための国際的な推奨
ガイドラインであるウツタイン様式を採用するべきであります。消防本部の
活動記録やメディカルコントロール協議会による検証においては、ウツタイ
ン様式による記録が可能となるような記録形式を整え、また最終転帰に関す
る情報など、病院側からも情報提供が可能となるような体制を整える必要が
あります。
ウツタイン様式による情報共有をはかる上で整えておくべき、用語の問題
について述べます。
覚知時刻はウツタイン様式においては、救急医療システム(EMS)の
応答時間(レスポンスタイム)算出の起点となる、コアデータの一つであり、
最初のオペレータが通報を受信した時刻とすべきであると記載されていま
す。しかし、これまでわが国の多くの消防本部では覚知時刻を、傷病を把握・確認し
た時刻(現実的には受信終了時刻が当てられている)として来ました。この結果、
ウツタイン様式の定義による覚知時刻とは1〜2分以上の差を生じる場
合が少なくありません。
また、119番通報が最初のオペレータから他に転送
された場合、最初の受信時刻を覚知時刻とするというウツタイン様式の定義も、わが国では
必ずしも定着していません。一方、独居老人家
庭などに消防本部への緊急通報用端末を配備する試みが広がっていますが、端末から
の通報の第1報が民間業者に入り、その後消防本部に転送される地域もあります。
このような場合でも(受信が「民間」委託されていても)、緊急通報の第1報受信
を覚知時刻とする必要があります。このように覚知時刻を世界的な定義に合わせることは、
蘇生に関するデータ蓄積の第1歩であると思います。
さらには、ガイドライン2000の「科学から救命
へ」の章で強調されていますように、救急活動においてどのようにして重要な
イベントの時刻を正確に記載するか(できれば秒単位で)という課題は、プレ
ホスピタルケアを科学的に分析する上できわめて大きな問題です。それゆえ、電波時計、ボイスレコーダなど様々な機器、機材の進歩を活用して、正確な時刻記載に努める必要があることを、新指針中にぜひご記載いただきたいと存じます。
3-e) 心肺蘇生に関する用語統一の問題
2001年1月、私共は日本救急医療財団 心肺蘇生法委員会への提言書:心肺蘇生に関する用語・定義の統一について(http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/00/kcyougo2.htm)
を送付し、心肺蘇生法に関する用語の整理について提案させていただきました。私共の提案書はその後の AHAガイドライン日本語訳などに生かしていただきましが、日本救急医療財団や日本蘇生協議会として正式な用語集などを作成されることにはつながりませんでした。
現在、心肺蘇生に関するいくつかの学会がそれぞれ用語集を刊行しておられますが、心肺蘇生法に関する用語には使用法が一致しないものが少なくなく、また日本救急医学会の「医療機関に来院する心肺機能停止に関する用語」
(日本救急医学会雑誌 6: 198, 1995、http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/99/CPA1.htm)のように長く改訂されていない定義もあります
。私共は各学会や日本赤十字社、行政など、心肺蘇生に関連する組織を横断的に結びつける日本救急医療財団やJRCが心肺蘇生法に関する用語統一をはかられるのが最も適切であると考えています。今回、わが国の新しい心肺蘇生法指針やILCORの科学的合意文書(CoSTR)の翻訳に当たるに際し、正式な統一用語集を作成して下さることを希望致します。
紙数の都合上、問題となる用語について個々に述べることはできませんが、ここでは典型的な例として「胸骨圧迫」、「アドレナリン」、「・・式除細動器」、「プロトコル」などの用語を挙げさせていただきます。
最初に今回のILCORの科学的合意文書(「CoSTR」)の以下のタイトルの和訳について提案させていただきます。
私共のCoSTR翻訳ボランティアグループでも「2005 International Consensus
」と「with Treatment Recommendations」の掛かり方を色々検討致しましたが、訳を正確にしようとするとタイトルが長くくどいものとなってしまいます。結果として、わずかに意訳と省略を入れる形になりますが「心肺蘇生と心血管緊急治療における科学と治療推奨の2005年国際コンセンサス」が最も、原題の趣旨を反映しかつ簡潔な訳ではないかという結論に達しました。小委員会におかれましてもご検討いただきたいと存じます。
今回のILCOR合意において、成人に対する chest compression のための手掌基部を置く場所の確認法として、“肋骨縁(rib margin)”法を用いて時間を費やすより、胸の中央に両手を置くように教えることが推奨されていますが、これは単位時間あたりの十分な chest compressionの回数を確保するための配慮によるものです。そして一般市民に適切な圧迫の場所を記憶させる用語としては、「心臓=左側、胸の左側を圧迫」という誤解を避ける
上で、敢えて「胸部の中心にある『胸骨』という骨」という医学用語を使用して、「胸骨圧迫」とするのが最も確実ではないかと考えます。「胸骨圧迫(式)心臓マッサ−ジ」という用語は以前よりわが国で用いられており、医療関係者にも抵抗なく受け入れられるものと考えます。
今回のILCOR-CoSTRや AHA、ERCの新ガイドラインをみて気付くことですが、ERCが関与した「Resuscitation」誌上の資料ではすべて「アドレナリン」が用いられ、AHAに関連する「Circulation」誌上ではすべて「エピネフリン」が使われています。わが国の心肺蘇生テキストなどでは「エピネフリン」が主に使われてきたという経過があります。
この「アドレナリン」の発見者はわが国が誇る高峰譲吉博士であり、関係者によりわが国で「アドレナリン」を用いるべきだという主張がなされてきました。そして2006年3月末の薬局方改正により、わが国では「アドレナリン」が正式用語となります。このことから今回のわが国の新しい心肺蘇生法指針や翻訳版CoSTRなどにおいては、「アドレナリン」を用いるべきであろうと考えます。
各種の除細動器の名称については、その呼称の原則が定まっていません。例えば、長く使われて来た「半自動式除細動器」に対して、AEDは「自動体外式除細動器」と言い慣わされています。一方で、「手動式除細動器」に対し「自動式除細動器」と称するのが通常です。
私共の案として、
以上より、以下のように表記するのが妥当であると考えます。
*なお、私共は「CoSTRおよび関連資料の翻訳グループ」として、約60名の
ボランティアによりこれらの資料の翻訳に当っています。この翻訳資料には関連資料の蘇生に関する用語統一のための用語集も添付する予定です。私共の用語集につきましても、新指針や日本語版CoSTR刊行の参考にしていただけましたら幸いです。
3-f) 国内における蘇生訓練プログラムの分類とこれに関するデータ収集
わが国では近年、以前から実施されて来た消防機関や日本赤十字社の心肺蘇生法コースや受講認定制度、日本蘇生学会の認定医制度などに加え、日本救急医学会や
日本医師会のICLSコースや認定制度、そしてAHAの一次、二次救命処置コースなどが入り交じる形で実施されています。また国内外
において、一般市民や企業、病院職員などを対象に有償で応急処置教育を行うプログラム
(Medic First Aid、Life Supporting First Aidなど)もあります。このように、様々な系列の認定制度(プロバイダあるいはインストラクタ認定など)が
混在し、活発に活動している状況はある意味で好もしいものです。しかし
さらにわが国の蘇生教育の発展をはかるためには、各指導コースを分類・整理
し、できれば様々な系列の講習会を受けた受講者数を把握することを可能にする
ことなどが望まれます。
先に述べた「国内における蘇生に関するデータの集積」
という観点でも、心肺蘇生法の訓練を受けた市民あるいは専門家の数を把握する
ことは、市民による蘇生処置の実施率や病院外心停止患者の救命率への影響
を分析するために非常に重要です。そして様々な団体によ
る講習を、指導内容、指導時間、インストラクタ資格の内容などから判断して、
ある程度共通化した講習単位として評価することには大きな意義があると考えます。
ERCはその新ガイドライン文書の中で、「第9章.蘇生における訓練
の原則」として、欧州で実施される心肺蘇生法コースについて解説し、明確に規定し
ています。JRC・日本救急医療財団におかれましても、今回の指針策定
作業と平行して国内の指導コースの位置づけをはかり、指針文書中に記載していただ
きたいと思います。
本提案書において細部にわたる規定をすることは困難ですが、以下 基本線となる
提案をさせていただきます。
A-1)一次救命処置・基礎コース
原則として、講習内容に気道管理、人工呼吸、胸骨圧迫心臓マッサ−ジおよびAEDを用いた
除細動を含むものとし、講習時間は3時間以上、少なくとも受講者12人に1体以上(できれば
4〜6人に1体)の訓練用マネキンを準
備し、インストラクタ数は受講者12人に1人以上)とする。想定する傷病者の
年齢層、受講者の職種や追加される講習内容により、さらに幾つかのコースに分類
することができる。
A-2)一次救命処置・上級コース
基礎コース受講者の知識・技術更新のための再履修者用コースとし、講習時間は6時間以上、少なくとも受講者12人に1体以上(できれば4〜6人に1体)の訓練用マネキンを準
備し、インストラクタ数は受講者12人に1人以上とする。同様に想定する傷病者の
年齢層、受講者の職種や追加される講習内容により、さらに幾つかのコースに分類できる。
B. 二次救命処置
B-1)二次救命処置・基礎コース
原則として、講習内容に心停止患者に対する一次救命処置、AEDおよび手動式
除細動器を用いた除細動、高度気道管理、薬物治療を含むものとし、講習時間は6時間以上、少なく
とも受講者12人(できれば6人以内)に1台以上の訓練用マネキン・二次救命処置シミュレータと1人以上のインストラクタとを準備する。想定する傷病者の年齢層により、以下のコースに分類することができる。受講対象は医療関係者とする。
B-2)二次救命処置・上級コース
基礎コース受講者の知識・技術更新のための再履修や基礎コース指導
資格を得るための講習とし、基礎講習の内容に加え、切迫心停止期の不整脈に対する治療、脳卒中への対応などを含むものとする。講習時間は9時間以上、少なくとも受講者12人(できれば6人以内)に1台以上の訓練用マネキン・二次救命処置シミュレータおよび1人以上のインストラクタとを準備する。想定する傷病者の年齢層によ
り、以下のコースに分類することができる。受講対象は医療関係者とする。
上記のコース分類と現行のコースとのおおよその対応は以下のようになります。
なお、指導者養成と認定のための基準、受講者や指導者・指導プログラムなどの評価法(試験や外部評価などを含む)などについても情報収集が必要になってきますが、これらのことを含め、各団体の蘇生コースに関する情報共有のための小委員会を組織し、継続的に検討してゆく価値があると考えます。ただし、新指針文書への記載は、検討の時間が十分とれない可能性があり、今回は枠組み的な考え方を示すに止めざるを得ないかも知れません。
今回、日本救急医療財団によるわが国の新指針に「Circulation」誌上の
CoSTR文書にある、これらの章の内容を含むかどうか決める必要があります。
脳卒中(特に虚血性脳卒中)に関しては、AHAのガイドライン2000の刊行後、
わが国においてその認識や搬送のあり方、早期再灌流療法の重要性などへの意識が高
まり、蘇生関係者の中で関心が高まっています。また、これ
までのわが国の応急手当のテキストの中で、出血への対応をはじめとして、
心肺蘇生法以外の項目についてもカバーされて来ました。それゆえ、CoSTR
の準文書に含まれる「脳卒中」や「応急処置(ファートエイド)」についても、わが国の
新指針の中で記述されるのが適切と考えます。
昨年11月、ILCORの科学的合意文書(CoSTR)が発表されるのと全く同時に、AHA
およびERCはそれぞれの新ガイドラインを
ウェブ上に公開しました。これらはいずれも電子文書の形をとり、その全文
を世界のどこからでも入手できる形となっています。これにより、米国や欧
州連合の各国においては、蘇生教育に関する変更には時間の遅れがやむを得
ないとして、日常の蘇生臨床においてはILCORの新しい科学的合意を念頭にお
き、新ガイドラインに沿った治療を行うことのできる体制となっています。
翻ってわが国では、前回の AHAガイドライン2000刊行後、わが国の新しい
指針が印刷物として刊行されるまでに半年以上を要しました。新指針に関す
る先行アナウンス(http://www.qqzaidan.or.jp/qqsosei/relation.htm)
がなされたとは言え、G2000刊行からこのアナウンスまでに4ヶ月以上を要
しています。このような時間差は通信手段(インターネットなど)の発達した昨
今においては容易に短縮することができます。蘇生臨床における海外との時
間差を縮め、消防本部の活動要領やメディカルコントロール協議会のプロト
コル変更などを早期に開始するために、できるだけ早く新指針に関する情報
を電子情報の形で共有できるようにして発信していただきたいと思います。
小委員会の新ガイドライン策定のタイムテーブル
(http://www.qqzaidan.or.jp/qqsosei/plan.htm)を拝見しますと、本年3
月中旬の第6回小委員会で最終案の完成し、3月下旬に心肺蘇生法委員会新指針を
公表される予定となっています。この資料はぜひ、電子情報の形で日本救
急医療財団などのウェブに発表いただきたいと存じます。また、この情報に
はCoSTRの日本語版(できればERCやAHAの新ガイドラインの日本語版も)をも
添付していただけますと、一般の理解を助ける上できわめて有用ではないか
と考えます。
なお、私共は上述のごとく、多数の翻訳ボランティアの協力によりCoSTRや
ERC、AHA新ガイドラインの翻訳にあたっています。日本救急医療財団やJRC
としてこれらの資料の日本語版を刊行される場合には、ぜひ私共の訳を叩き台としてご使用いただきたいと存じます。
さらに、4月以降にはテキスト「救急蘇生法の指針」改訂作業を開始され、6月下
旬に一般市民用の指針、10〜12月には医療従事者用の指針が完成(刊行?)
するとお聞きしています。これらについても AHA、ERCの新ガイドラインに
ならい、電子情報の形で早急にご発表いただくことを強く希望致します。この
事はその後に印刷物として刊行されるのを止めるものではありません。
5-b)ビデオ教材の共同出版について
心肺蘇生法に関する一般市民や医療関係者の理解を助ける上で、ビデオ教材
はきわめて有用です。またこのビデオ資料が「watch then practice」と
いった手法で活用され、昨今の心肺蘇生法講習会においても重用されています。
AHAガイドライン2000刊行後、様々な組織などが心肺蘇生法普及のための
ビデオ教材を刊行しました。しかしいずれも1本4000円を越える高価なもの
であり、また新指針刊行後かなりの時間差で発行されることとなりました。
これに対しAHAのビデオは、例えば私共は「CPR for Family and Friends」
を15ドル余りの価格で米国から取り寄せることができましたし、ビデオ資料
の豊富さもわが国の比ではありませんでした。
今回の指針策定後に関連学会、関連団体などが協力して、共通の普及用ビ
デオ教材を早急に製作することには大きな価値があると考えます。またもし
何らかの財源を確保できれば、日本救急医療財団やJRCが監修し
て作成する共通ビデオをインターネット上で無償で配布するなどして、新し
い心肺蘇生法指針に関する情報を安価にかつ迅速に発信していただきたいと
思います。
ただし、「心肺蘇生にかかわる質の高い研究論文」とは直ちに世界に通用
する普遍的な知見である必要はないと考えます。まず必要なのはわれわれ自
身についての分析、すなわち日本やアジア
の現状、人口あたりどの位の病院外心停止が発生しているのか、どの位の市
民CPRが行われているのか、初期心電図が心室細動を呈する例はどの位か、波
形ごとの転帰はどのような状況かなどに関するデータであります。わが国の
新しい心肺蘇生法指針は標準化された治療の指針を提供するとともに、今後
のわが国の蘇生指針のさらなる改善のためのデータ収集の方法論(方法論自体は
世界で共有する必要があります)をも提供する必要があると思います。
ILCORはアジアやわが国におけるそのような努力を歓迎するでしょう。そし
て、その結果を携えてわが国の次回のILCORのエビデンス
評価会議に(できれば正式メンバーとして)参加し、世界の次の指針策定に
も貢献できることを期待しています。
救急医療・情報研究会、CoSTRおよび関連資料翻訳ボランティアグループ・代表 越智元郎 (2006年 3月 3日)
日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会 委員長 丸川征四郎殿
日差しが少しずつ春らしくなって参りましたが、日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会委員の諸先生方におかれましてはますます御清祥のことと御慶び申し上げます。またこのたびの新ガイドライン策定にあたりご尽力をいただいておりますことに感謝申し上げます。
さて、2006年1月16日、私共は日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会への意見書をまとめ、送付させていただきました。
さらに、現時点で私共にとって懸念されることを3点取りまとめ、私共の先の意見書への追加事項として送付申し上げます。ガイドライン発表まで1ヶ月足らずと迫っておりますが、御検討いただけましたら誠に幸甚と存じ上げます。
最初に、日本救急医療財団から出されました「新たに策定される日本版救
急蘇生ガイドラインへの移行について」のアナウンスによりますと、新ガイ
ドラインへの移行の流れは以下のようになっています。
上記に沿って、新ガイドラインによる実践と教育に切り替えてゆくにあた
り、以下の3点について明確にしておく必要があると考えます。
CoSTR、ERC・AHAの新ガイドラインのいずれも、成人に対する胸骨圧迫にお
いて、手掌基部を置く場所の確認法として、“肋骨縁(rib margin)”法を
用いて時間を費やすより、胸の中央に両手を置くように教えることが推奨さ
れています。この「胸の中央」がどのような部位であるか、一般市民に厳密
な定義を示す必要はないのかも知れませんが、指導者の間では共通の解剖学
的認識を持つ必要があるのではないでしょうか。
心肺蘇生法の指導にあたる者は胸骨圧迫の際の圧迫の中心をどこと考えれ
ばよいでしょうか。まず左右方向の「中央」とは「胸骨上で左右にずれない
部位」であることは広く合意が得られるものと思います。「心臓マッサ−ジ」
が胸骨を圧迫するものであることは、適切な効果を得、また合併症を防止す
る上で不可欠であります。
一方、胸骨上で上下(頭側尾側)方向には、どの部位を圧迫の中心と考え
ればよいでしょうか。これについては明快には定められていません。一つの
表現として「胸骨の下半分(lower half of the sternum)を圧迫」するとい
うものがあります。これは“肋骨縁”法を用いて救助者が胸骨上に置く手掌
基部が剣状突起基部にかからないように修正しさえすれば、安全かつ有効に
胸骨圧迫を実施できる方法です。しかし、時間節約のために“肋骨縁”法を
用いない場合には、必ずしも適切な表現方法ではないように思います。
すなわち「胸骨の下半分を圧迫」するという表現は救助者の手の大きさや
傷病者の胸骨の大きさ(長さ)を考慮していないからです。「胸骨の下半分
を圧迫」する場合、圧迫の中心は胸骨切痕(胸骨上窩をなぞって知る)から
胸骨下端(剣状突起基部をなぞって知る)までの長さの、胸骨切痕からみて
3/4の位置となります。私共が自らの身体で上記の位置を中心に自分の手掌
基部を置くとき、その小指側は剣状突起基部に近いかそれにかかる場合もあ
るように思います。すなわち“肋骨縁”法を用いない場合に、「肋骨の下半
分」を圧迫点(胸骨の上端から3/4が圧迫の中心)とすることは剣状突起を
折り内臓損傷を招く恐れがあると思います。
胸骨圧迫の部位として、これまで「胸骨の下半分」以外には「胸骨の下1/3
の部を圧迫の中心に」という教え方もありました。この方法では胸骨の下1/4
を圧迫の中心に置く「胸骨の下半分を圧迫」する方法よりも、剣状突起損傷
は起こりにくいように思います。また、「胸骨の上下の中心」(胸骨切痕か
ら1/2の部)をそのまま「胸の真ん中」と考え、この部を圧迫することでも大
きな誤りはないと考えられます。
なお、傷病者の胸部を十分確認できる場合には、両側乳頭を結ぶ線(ニッ
プルライン)の中点や、女性傷病者の胸の膨らみの中央を圧迫する方法など
は引き続いて有用であろうと思います。いずれにしても心肺蘇生法を指導す
る者の間で、圧迫部位に関する解剖学的な共通理解がないことには上記のよ
うな工夫も定着しないのではないかと考えます。
新ガイドラインには、指導者に対する解説として、胸骨圧迫部位に関する
具体的な記載をお願いしたいと思います。また一般市民が適切な胸骨圧迫の
部位として、「胸の真ん中」を把握する方法に関する研究を推奨していただ
ければ幸いと存じます。
心停止の認識に関して、CoSTRでは頸動脈での脈拍触知については記載せず、
一方AHA新ガイドラインにおいては医療関係者にとっても頸動脈の脈拍触知が
難しいことを認めながらも、医療関係者には10秒までの脈拍触知を指導する
方針です。このように世界の主要なガイドラインに不一致がみられることは、
わが国の蘇生臨床および教育において大きな問題であろうと思います。
この件に関し、わが国においてはやや折衷的なERCの方針を採用するのが適
切であろうと考えます。ERC新ガイドライン「4b. In-hospital resuscitation」
(S43)において以下の記載があります(日本語訳)。
すなわち医療関係者はすべて頸動脈の脈拍触知が必要と固定的に記載せず、
とすることを提案させていただきます。
以上、ご検討をいただきたく、よろしくお願い申し上げます。
(2006年 2月13日)
CoSTRでは「心停止の初期処置においては、早期の認識することがキーステップである。心停止に対
する正確な診断方法を決定づけるためには早期の認識が重要である。....(中略)....頸動脈の
チェックは、循環の有無を確認するには不正確な方法である。しかし、動き、呼吸、咳のチェック
(つまり"循環のサイン")が診断的に優れているというエビデンスもない。....(中略)....患者
の意識がなく(反応がなく)、動かず、呼吸をしていなかったら、救助者はCPRを開始すべきであ
る。」としています。ERCも心停止の徴候に脈触知を入れていません。CPRの開始が容認できなくな
るほど長くなる可能性が高いからです。
AHAだけが医療従事者はすべて、脈を触れることを求めていますが、これは我が国の蘇生現場・蘇生
教育の現状に馴染みません。欧米では小学生から心肺蘇生の教育がなされているのに対して、日本
人は心肺蘇生の教育を受けていません。文化そのものが異なります。心肺蘇生が身に染みついてい
ない民族であると言えます。日本人には複雑なアルゴリズムは受容されないと考えます。その意味
でAHAの方法を我が国に持ち込むことには無理があると感じます。日本ではACLSやBLS/AED、ICLSの
教育に携わっている人を除いて、多くの医師・看護師にとって、私達でさえ、咄嗟の時には難しい
脈触知をできるか?と考えると、これはもう時間の無駄使いの怖れが多いと感じます。
むしろ、ERC方式にして、生命のサインがなければレスキューブリージングなしで、心肺蘇生は心臓
マッサージから開始としてしまうのが、すべての医療従事者に受容されると感じます。
なお、我が国では心停止とならば、
真っ先に気管挿管を行おうとする医師が大半であります。院内心停止の現場では、延々と心マを止
めて挿管操作に没頭する光景が余りにも多い現状を踏まえて、気管挿管は"考慮"に留まっているこ
とを明記して頂きたいと思います。CoSTRには「気管チューブは一般に心停止時の気道管理に最適な
手段であると考えられてきた。しかし適切な訓練と経験なしには、気づかれない食道誤挿管といっ
た合併症の発生率が容認できないほど高いことを示すエビデンスがある。(中略)最良の気道管理
方法は、心停止現場状況の詳細と救助者の能力で決定される。」と記載されていますが、ここはも
う少し、強調して記載して頂きたいと思います。
『気管チューブは一般に心停止時の有力な治療手
段であると考えられてきた。しかし、気管挿管は十分な訓練と経験なしに行ってはならない。常に
心臓マッサージが最優先されることを肝に銘じ、心停止現場状況の詳細と救助者の能力で決定され
るべきである。具体的には十分な訓練と経験を積んでいない救助者が、気管挿管を選択した場合、
容認できない程、心臓マッサージの中断が長い。心拍が再開するまで、気管挿管を待ってもよい。
気管挿管を行う者は何度も練習するとともに、それらについての知識や技術を維持しなければなら
ず、心臓マッサージの中断を10秒で施行できるだけの技能を有する者以外は試みない方がよい。
従って、救助者はBVMの使用方法について十分な訓練を行っておく。BVMやフェイスマスクは医師や
認定を受けた救急救命士でなくとも(看護師や通常の救急救命士等)、十分な訓練を積んでおけ
ば、実施が可能な重要な手技である』であって欲しいと思います。
"少なくとも"が入るのと、入らないのでは読む人、教えられる人の受け取り方は、随分違うと思い
ます。5cmくらいの胸骨圧迫をしている人に対して、AHAの推奨に従いますと、「十分押せています
よ」という指導になりますが、CoSTRの推奨に従いますと、「それ位でも良いですけど、もうちょっ
と強く押した方が良いですよ」ということになります。AHA G2005では"力強く押せ、速く押せ"と書
きつつも、毎分約100回の速度で、深さは1.5〜2インチ (約4〜5 cm)と記載しており、G2000の推奨
と変わっていないのは矛盾を感じます。なぜ、CoSTRの"少なくとも"をAHAが削除したのかは判りま
せんが、本邦でも、不十分な心臓マッサージしか行われていない現状を考えますと、しっかりとし
た胸骨圧迫を行って欲しいというCoSTRの精神を受け継いだわが国の新指針であって欲しいと考えま
す。インストラクターとして指導する場合も、"少なくとも"が入るのと、入らないのでは、大違い
ですので、今回の提言をさせて頂きました。
胸骨圧迫深さに関するエビデンス
胸骨圧迫の頻度(テンポ)に関して
■1.はじめに
■2.ガイドラインの内容
■3.わが国の指針に独自に織り込むべき内容について
*参考ウェブ(救急医療・情報研究会交信記録:覚知時刻統一の問題)
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/03/n1p-time.htm
「除細動器」の中には「自動式除細動器」と「手動式除細動器」とがあり、
前者の中には「植込み型(埋込み型、体内型)除細動器(ICD)」(「植込み式(埋込み式、体内式)」も可)、「自動体外式除細動器
(AED)」、「半自動式除細動器」がある。なお、「半自動式除細動器」は
「自動体外式除細動器」と「手動式除細動器」の両機能を併せ持つもので、
自動モードでは「自動体外式除細動器」として、手動モードでは「手動式
除細動器」として用いることができる。
参考ウェブ:国際蘇生連絡協議会(ILCOR)の2005年国際コンセンサス(CoSTR)および関連資料(http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/05/CoSTR.htm)
A:一次救命処置コース
A-1)一次救命処置・基礎コース=消防本部の普通救命講習(AED訓練を含むもの)
=日本赤十字社の普通救命講習(AED訓練を含むもの)
=日本医師会や学会主催のコース(現在なし)
=Medic First AidやLife Supporting First AidのBLS・AEDコース
・成人一次救命処置コース(一般向け、医療関係者向け)
・小児一次救命処置コース(一般向け、医療関係者向け)
・新生児一次救命処置コース(医療関係者向け)
A-2)一次救命処置・上級コース=消防本部の上級救命講習(AED訓練を含むもの)
=日本赤十字社の上級救命講習(AED訓練を含むもの)
=日本医師会や学会主催のコース(現在なし)
=AHAのBLSおよびAEDコース、PALSコース
=Medic First AidやLife Supporting First AidのBLS・AEDコース
・成人の一次救命処置コース(一般向け、医療関係者向け)
・小児一次救命処置コース(一般向け、医療関係者向け)
・新生児一次救命処置コース(医療関係者向け)
B. 二次救命処置コース
B-1)二次救命処置・基礎コース=日本医師会、日本救急医学会のICLSコース
・成人の二次救命処置コース
・小児の二次救命処置コース
B-2)二次救命処置・上級コース=日本医師会や学会主催のコース(現在なし)
=AHAのACLSコース、PALSコース
・成人の二次救命処置コース
・小児の二次救命処置コース■4.脳卒中あるいは応急処置(ファーストエイド)に関する記載を新指針に含むかどうか
■5.新ガイドライン発表と普及の方法について
■6.終わりに
日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会への意見書(続)
救急医療・情報研究会、CoSTRおよび関連資料翻訳ボランティアグループ
代表 越智元郎
(連絡先:〒796-8502 愛媛県八幡浜市大平1-638 市立八幡浜総合病院麻酔科
TEL 0897-43-6161、FAX 0897-41-2900、e-mail: gochi@m.ehime-u.ac.jp
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/06/q1-iken.htm■1.新ガイドラインへの移行について具体的に必要とされる配慮
■2 胸骨圧迫心臓マッサ−ジの圧迫部位について
■3.心停止の認識(医療関係者による脈の確認について)
日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会への意見書
大阪医科大学附属病院救急医療部 小林正直
■意見1:心停止の認識(医療関係者による脈の確認について
■意見2:AEDの置き位置について
■意見3:心停止のアルゴリズムと気管挿管の位置づけ
■意見4:胸骨圧迫の深さ、頻度(テンポ)について