顔面麻痺の手術治療

まず最初に,手術を必要としない末梢性顔面麻痺の方が多いこと

  • 何の理由もなく生じる顔面神経麻痺のほとんどは,ウイルス感染性神経炎(末梢神経障害、ベル麻痺)です
  • 特に風邪の時の口の周りの水疱や口内炎をおこす単純ヘルペスウイルスか,水ぼうそうや帯状疱疹をおこす水痘帯状疱疹ウイルスが原因となっています
  • ベル麻痺とかハント症候群と診断されるものです
  • これらの麻痺は自然にあるいは外来治療で良くなっていく病気ですから手術の必要はありません
  • 外来での通院治療法は,北海道大学病院耳鼻咽喉科顔面神経外来のページに詳しいので見てください

顔面麻痺の時に自分でできること(ここをクリック)

顔面けいれんはここをクリックすると見えます


ここからは顔面神経麻痺の外科治療のページです
surgical reconstruction of paralyzed face 

顔面神経の外科手術は,脳神経外科,耳鼻咽喉科,形成外科が担当しています。私がここで書いているのは,とても重い顔面神経麻痺の外科治療です。このページの大半は専門家向けの記述になっていますが,最初の部分は一般の方にも分かりやすいと思います。

はじめに

頭蓋底外科の発達によって,それまで到達が困難であった深部の病変や手術不能とされていた後頭蓋窩や頭蓋底を広範に侵す病変の治療が可能となってきました。しかし一方で,この様な手術の最中に脳神経が損傷される,また場合によっては,手術の目的に従って意図的に切断されるために,術後に顔面神経麻痺を残すことは依然として少なくありません。なかでも,顔面神経麻痺は,咀嚼や飲水などの機能障害や,著しい顔貌の変形をきたすため,患者さんの精神的苦痛は計り知れないものがあります。時に顔面神経麻痺は,半身麻痺に匹敵するほどの苦痛であると表現されますし,これは同時に術後の社会復帰にも大きな障壁となるため,傷害された顔面運動筋の機能再建は極めて重要な意義をもちます。

実際には聴神経腫瘍の手術や耳下腺腫瘍の手術で顔面神経麻痺になる人が多いのですが原因はいろいろです。顔面神経麻痺はとてもつらい病気ですが,それを治す手術はいろいろありますし,まちがえないで最も適切な治療法を選ぶことはとてもむずかしいので「顔面神経麻痺」に詳しい脳外科医か形成外科医に相談する必要があるでしょう。ここでは顔面神経のそのものを再建する方法を説明しますが,この手術に慣れている外科医は少ないことを知っておいて下さい。

顔面神経麻痺の評価法(ここをクリックすると見えます)

どの程度の麻痺なのかを把握する重要なポイントです

顔面神経再建術の選択

代表的な顔面神経再建術には以下のようなものがあります。大別して,麻痺のある顔と同じ側の顔面神経との再建,同側の舌下あるいは副神経からの再建,対側顔面神経との間の再建ですが,今では1と2しか実際には行われません。副神経との吻合は副作用が大きく、反対側の顔面神経からの交叉移植術は成功率が低いのです。

同側顔面神経間再建

1) 切断端吻合

2) 同側顔面神経間隙大耳介神経移植

舌下神経顔面神経吻合(新しい澤村の手術というのがあります)


副神経顔面神経吻合

対側顔面神経からの交叉移植術

顔面神経再建術のいろいろ

麻痺がある側の顔面神経の中枢断端と末梢断端を吻合する方法は,手術操作中に顔面神経が損傷されたと分かった場合に,その術中に行うことが多いです。直接吻合するのが最も望ましいのですが,神経中枢断端と末梢断端に距離がある場合には,大耳介神経,腓腹神経などを用いての神経移植術を行います。私は,同一の術野から採取可能で,かつ顔面神経と断端外径の適合する大耳介神経を好んで使用していますしそれが最善です。機能改善の速やかさ,顔面表情筋の随意性で他の術式に比べて,最も優れています。しかし,過度の筋緊張や同側顔面表情筋間での共同運動(動きすぎ)が出現することがあります。

かつて舌下神経顔面神経吻合術は顔面神経再建術として繁用されてきましが,舌下神経を切断するため術後に舌下神経麻痺を生じました。顔面神経麻痺に同側の舌下神経麻痺が加わると,嚥下・咀嚼・発声などに新たな障害を加えることになるので,最近では舌下神経機能を温存しながら顔面神経機能再建を図る澤村の手術を用いています。

1996年に澤村(私)は,半切した舌下神経本幹と顔面神経末梢端とを直接吻合する方法を開発しました(この論文は英語ですが米国脳神経外科学会の機関誌に発表しています)。充分な長さの末梢側顔面神経を確保するために顔面神経管を開放し,舌下神経に直接端側吻合する術式です。これまでの経験からは,満足すべき顔面筋の緊張の改善が得られ,未だに舌下神経機能障害を来した症例を認めていません。私の報告後に,AtlasらやDarrouzetらによっても,本術式を用いた結果が発表されて,良好な舌下神経機能の温存と顔面神経の機能改善が確認されています。

この他に神経再建術としては,健側の顔面神経からの顔面神経交叉移植術などがありますが,現在では多用される術式ではありません。以下に大耳介神経移植術および舌下神経顔面神経端側吻合術について解説します。

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ここからは専門家向けです。

手術適応

大耳介神経移植による同側顔面神経間再建術

損傷された顔面神経の中枢断端(proximal stump)が確保できる場合に適応となる。また,そのような時には,第一選択法として考慮されるべき手法である。ただし,5 mm程度の顔面神経断端が脳幹側に残っていることが,適応の条件となる。小脳橋角部槽で一見,中枢断端が残っている様に見えても,この部位の顔面神経は,脳幹から2〜3 mm位離れる処まで,中枢性髄鞘(乏突起膠細胞)に覆われており,ここで吻合を行っても,軸索再生は期待できない。従って,末梢性髄鞘(シュワン細胞)に確実に移行していると考えられる部分の,顔面神経中枢端の確保ができなければならない。

著者らの経験からは主として,手術操作中に意図的にあるいは誤って顔面神経を損傷した時,神経断端どうしの直接吻合が不可能な場合に,術中に直ちに行うことが多い。術後に,予期せぬ顔面神経麻痺が出現し,期間をおいて再建術を行う場合は,1回目の手術の皮膚切開の段階で,大耳介神経が切断されていることがあるため,充分な長さの移植神経が採取可能かどうか術前に検討する必要がある。しかしこの場合でも,胸鎖乳突筋の上面を背側に向かって剥離すれば,3〜5 cmの大耳介神経中枢側は確保できる。大耳介神経が採取できないときには腓腹神経を用いる。

舌下神経顔面神経端側吻合術

損傷された顔面神経の中枢断端(proximal stump)が失われている症例,もしくは橋内部の顔面神経核で障害された症例で,かつ同側の舌下神経機能が正常である場合が適応となる。また,たとえ顔面神経中枢端が残っていても,その確保が容易でないと判断される場合にも,第一選択として推奨される再建術である。顔面神経損傷からおよそ1年くらいであれば,この術式を用いることができる。

小脳橋角部や側頭骨の手術後,顔面神経麻痺が出現してから6カ月以上経過している場合は,術前にevoked EMGを行い,遠位側顔面神経および顔面表情筋がviableである事を確認しておいた方が良い。しかし,耳介下部刺激による顔面神経誘発電位がほとんど認められない症例でも,顔面筋の委縮が高度でない時には,手術を行ってよい。2年以上経過した症例でも,患者が積極的に顔面筋のリハビリテーションを行っていれば,顔面表情筋は完全な委縮に陥っていないこともあり,著者らの経験においても手術成功例はある。

しかしながら実際に,1年以上,完全な顔面神経麻痺(House & Brackmann Grade VI9))が継続している症例での手術適応の判断は難しい。再建手術の遅れは,そのまま手術効果の低下となり,また,再建術後の顔面筋緊張の再発現時期が遅れる結果となる。神経再建が遅れた症例では,顔面神経吻合の後,1年ほどの経過観察でようやく満足すべき手術効果を認めることも少なくない。ここで考慮すべきは,顔面神経麻痺が患者にとって耐え難い後遺障害であることと,著者らの紹介する舌下神経顔面神経端側吻合術が舌の機能障害を招来しないことである。新たな神経障害を生じないのが,この術式の大きな利点であり,患者本人との慎重かつ十分な話し合いによって,再建が困難と予想される場合でもこの手術を試みる場合もある。


舌下神経‐顔面神経側端吻合術のための外科解剖

(浅岡克行,澤村 豊)

はじめに

顔面神経麻痺は閉眼・発語・飲水などに際して機能障害を起こすだけでなく著しい顔貌の非対称をきたすため、患者の精神的苦痛は計り知れず、その機能再建には患者の社会復帰のためにも大きな意義がある。顔面神経再建法には様々な術式があるが、顔面神経の中枢端が確保できない場合には舌下神経‐顔面神経吻合術が繁用されてきた。しかしながら、従来の術式では舌下神経を切断し、顔面神経と端々吻合するため、術後の舌下神経麻痺は避けられなかった。

近年、舌下神経‐顔面神経吻合術において舌下神経機能を温存することを目的として、半切した舌下神経をドナーとして用いるいくつかの術式が報告されている。1991年、Mayらは半切した舌下神経と顔面神経末梢端との間にiterpositional nerve graftを置いて顔面神経機能を再建する術式を報告した1)。また1994年にCusimanoら2)、1995年にAraiら3)は舌下神経を半切した後、中枢側へ向かって長軸方向に裂き、その断端と顔面神経末梢断端を吻合する手術手技を報告した。しかしながら、Mayらの方法では軸索が再生していく際の障壁となる吻合部位が2ヶ所になってしまい、Cusimanoら、Araiらの方法では舌下神経を長軸方向へ裂く際に神経束内を蛇行する軸索を損傷する短所がある。そこで我々は半切した舌下神経と顔面神経を直接吻合する術式を開発し、これらの欠点を解決し、良好な顔面神経機能再建と舌下神経機能温存を得ている4)5)6)。我々の報告後に、Atlasら7)、Darrouzetら8) によっても、本術式を臨床に用いた結果が発表され、同様の成績が得られたとされている。

本術式は半切した舌下神経と顔面神経垂直部末梢端を,第一頚椎あるいはそれ以上の高さで吻合するため、脳神経外科医に通常馴染みのない高位深頚部の解剖知識が必須となる。本稿では本術式を行うために必要な外科解剖を詳述する。

本術式の解剖学的背景

この術式の妥当性を検討するために我々はいくつかの組織形態学的検討を行った4)。まず、舌下神経が単神経束(mono-fascicular nerve)であることを確認した。つまり、舌下神経は解剖学的に長軸方向に裂くことは不可能であり、もしこの操作を行えば神経束内を蛇行する軸索を損傷してしまうことになる。

神経吻合の成否を握る要素の一つにドナーとレシピエントの径の一致があげられる。我々は解剖遺体から摘出した舌下神経とexternal genuで切断した顔面神経末梢端の断面積を比較した。すると顔面神経(平均0.95mm2)は舌下神経(1.54mm2)のおよそ60%の断面積であった。しかしながら、この術式を適用した患者から神経断端のトリミングの際に採取した、麻痺に陥った顔面神経末梢端は正常に比べ明らかに萎縮しており(平均0.66mm2)、舌下神経の半分以下の面積であった。従って、半切した舌下神経断端は顔面神経との吻合に適合する。

神経吻合を成功させるもう一つの要素は吻合部にかかる張力を避けることである。本術式において顔面神経を移動させる際の係留点(anchoring point)になるのは耳下腺内で分枝する鵞足(pes anserinus)と呼ばれる部位である。Pes anserinusからexternal genuまでの距離は平均30.5mm、また同部から舌下神経までの最短距離は平均17.3mmであり、前者は常に後者より長かった。これは本術式においてtensionless nerve communicationに十分な顔面神経が確保できることを意味する。

術式・外科解剖

1)体位

体位は仰臥位で、手術側の肩と骨盤の下にクッションを入れて体全体を健側へわずかに回転させ、患側の上肢を軽く曲げて腹部に乗せる。頭部は健側へほぼ水平になるまで回転させる。いわゆる半側臥位に近い体位をとる。

2)皮膚切開

皮膚切開は,耳介後方で直線に近い緩い弧状切開とする。耳介より一横指ほど後方の位置の乳様突起上端部から始め,乳様突起先端部(mastoid tip)を通り,胸鎖乳突筋前縁に沿って下顎角(mandibular angle)の高さまで切りおろす。皮切線の中央あたりの皮下に大耳介神経があるが,これは剥離してある程度の長さを確保してから切断した方がよい,万一過って,顔面神経幹を損傷してinterpositional graftが必要となった場合に応用できるからである。

皮下に存在する胸鎖乳突筋膜を露出し、乳様突起前半部への付着部を鋭匙などを用いて剥離、後方へ翻転する。特に前方への剥離を十分に行って、乳様突起外側面の前2/3を露出させる。この時、後の顔面神経確保のため、乳様突起前縁を確実に露出することが重要だが、乳様突起の前方に存在する外耳道後壁を損傷しないよう留意する。

3)高位深頚部へのアプローチ及び舌下神経の同定

高位深頚部へは胸鎖乳突筋前縁、耳下腺後縁、乳様突起先端部で形成される狭いスペースからアプローチする。耳下腺の後面を保ちながら、これを前方へ翻転するように剥離を進めると、血流の豊富な耳下腺からの出血に悩まされることなく深部へ到達することが可能である。乳様突起先端の下内側に顎二腹筋後腹(posterior belly of the digastric muscle)が認められる。乳様突起に付着する前半分を二腹筋溝(digastric groove)からはずし筋の可動性を得る。次いで,頚部軟部組織の中で二腹筋の後腹全長にわたって剥離する。この後腹を背側へ引いて、その筋腹側よりさらに深頚部へ剥離をすすめるが,この時に,極めて細い顔面神経の二腹筋枝を腹側で切断することになる。顎二腹筋の直下には後頭動脈(occipital artery)が背側上方へ平走しているのが確認できる。

顎二腹筋を背側に引くと,指でC1の横突起に触れることができる。その前方に内頚静脈(internal jugular vein)が認められる。通常C1横突起よりやや下のレベルで、副神経(accessory nerve)が内頚静脈の表面を背尾側へ斜走するのが確認できるが、これは25%程度の頻度で内頚静脈の下面を走行するので注意を要する。内頚静脈剥離の際にこの副神経を損傷しないように十分注意する必要がある。

以下の操作は,実際には耳下腺内部の顔面神経を露出してからでないと困難であり,内頚静脈と茎状突起・茎状舌骨筋の間からの剥離操作であることに留意されたい。すなわち,内頚静脈の腹側を剥離して背側へ引くとその内側(下面)に,3本の脳神経,舌下神経(hypoglossal nerve),迷走神経(vagus nerve)と副神経が頭尾方向へ走行するのが認められる。舌下神経と迷走神経は高位深頚部では並走するため、本術式で通常神経吻合が行われるC1の高さでは各々の神経を同定することは難しい。舌下神経同定のためには神経の走行を末梢へ追い、頚神経ワナ(ansa cervicalis)への下行枝(descending branch)を分枝し、その後、内・外頚動脈の表面を横断して顎下面へ向かうことを確認する必要がある。もしくは,舌下神経を電気刺激する方法があるが,過って迷走神経を刺激する可能性があるのでこれは避けた方がよい。

4)頭蓋外顔面神経の同定

乳様突起の前端部と耳下腺後縁との間を剥離すると、乳様突起の外側表面より約15mmの深さで茎乳突孔(stylomastoid foramen)から頭蓋外へ出た直後の顔面神経本幹を見つけることができる。しかしながら本アプローチを用いた場合、稀に顔面神経が乳様突起先端の背側深部あたりから出るように見えることもあり、同部での顔面神経本幹の同定は熟練していないと必ずしも容易ではない。

より確実なのは顔面神経本幹から分枝している小さな神経枝を見つけ、これを中枢側へ追うことによって神経本幹を探し出す方法である。代表的なものとしては、顎二腹筋後腹の内側面から入り、これを支配する顎二腹筋枝(digastric branch)と後耳介筋(posterior auricular muscle)、後頭筋(occipital muscle)を支配する後耳介神経(posterior auricular branch)が挙げられる。これらの小神経は上記の操作を慎重に行えば軟部組織の中で発見することができる。しかし,きわめて細い。本幹を同定した後、耳下腺後葉を部分切除しながら顔面神経が耳下腺の中で枝分かれする部位であるpes anserinusを露出する。Pes anserinusは神経吻合に際し、顔面神経中枢側を切断して舌下神経上まで移動させる時のanchoring pointとなるので、十分に露出しておく必要がある。Pes anserinusでの顔面神経の分岐は,3本の事が多いが,大きく2分枝することもある。

5)顔面神経垂直部の確保

顔面神経管(fallopian canal)内を走行する顔面神経垂直部(descending portion of the facial nerve)は乳様突起削除術(mastoidectomy)によって露出する。同部は顔面神経乳突部(mastoid portion of the facial nerve)とも呼ばれる。本術式においては顔面神経垂直部を露出させることが目的であり、半規管(semicircular canals)やS状静脈洞(sigmoid sinus)を出す必要がないので、乳様突起前尾側のみの乳様突起部分削除術(partial mastoidectomy)で十分である。この部分乳様突起削除を最低限にするためにも,頭蓋外顔面神経本幹をあらかじめ同定しておいた方が,骨内走行を予想するために有利である。ただし熟練すれば,乳様突起内の顔面神経を見つけてから茎乳突孔部とその更に末梢の頭蓋外顔面神経を同定することもできる。

乳様突起外側面の骨皮質をhigh-speed drillで削除後、乳突蜂巣(mastoid air cells)を除去していく。顎二腹筋の付着部であるdigastric grooveを乳様突起内側から見るとdigastric ridgeと呼ばれる硬い骨皮質の隆起となっており、これを被う脆い乳突蜂巣を削除して行くに従ってdigastric ridgeは自然に残る。Digastric ridgeは,弧状を描いて腹頭側深部へと続き,fallopian canalの骨皮質へと自然に移行しており,乳様突起内部の顔面神経管を見つ出すための最も重要な起点となっているので,この操作を決しておろそかにはしない。

Digastric ridgeを前方(腹側)部分でdrill outすると顎二腹筋の付着部の内側にある骨膜が現れ、これを前方、やや頭側へ追うと茎乳突孔周囲の結合織に移行する。この解剖学的位置関係は茎乳突孔を見つけ出す際のlandmarkとしてよく知られている。茎乳突孔の位置が確認されたら頭側へdrillingを進め、慎重に顔面神経管を露出していく。顔面神経を損傷しないためには,薄い骨皮質を顔面神経周囲に残すことが重要であり、またdrillingにより発生する熱によって神経組織が障害されないよう、持続的に水で洗浄、冷却しながらdrillingを行う必要がある。顔面神経管の壁が十分に薄くなると、中に存在する顔面神経の結合織膜と血管が薄いピンク色に透見される。

顔面神経垂直部の中央部あたりから鼓索神経(chorda tympani)が前頭側方向へ中耳に向かって斜走するのが認められるが、これは切断する。顔面神経垂直部をexternal genuまで薄い皮質骨を表面に残しながら露出する。External genuとは顔面神経が垂直部から曲線を描いてtympanic portionへと移行する部分を示す。このExternal genuを完全に露出しようとすると頭側で水平半規管(horizontal semicircular canal)が開放されるが、本術式が適応となる患者はほぼ例外なく第8脳神経の機能が失われているため、ほとんどの場合問題とならない。むしろ、顔面神経の前方、垂直部と鼓索神経の間に存在するfacial recessを開ける際に鼓膜や外耳道を損傷しないよう留意する。聴力が保たれている症例に本術式を行う場合は水平半規管直下までの露出にとどめるし,external genuの下端部の位置で顔面神経を切断しても,ほとんどの場合,吻合に足る長さの神経を確保できる。

この後、microdissectorを用いて顔面神経表面に残存する薄い骨皮質を剥離除去し、顔面神経を最近位部でメスを用いて鋭的に切断する。次いで顔面神経を顔面神経管内側壁の骨より剥離していくが、この間とくに裏面には強固な結合織性癒着があるので神経組織を損傷しないよう注意する必要がある。骨から神経へと入る細い顔面神経栄養血管も切断する。最後に頭蓋内外の境界部にある茎乳突孔周囲の厚い結合織膜を切り離すが,顔面神経を取り巻くこの部位の結合織は極めて硬く頭蓋底結合織と強固に癒着しており,この操作は容易ではない。ここで,顔面神経はpes anserinusをanchoring pointとして舌下神経方向へ移動可能となる。留意点として,顔面神経を包む周囲結合織膜は厚く血管に富んだ組織であるが,これを過って取り除き脆弱な神経組織を剥き出しにしてしまわないことである。

我々のcadaver studyの結果より,顔面神経は舌下神経とのtensionless nerve communicationに十分な長さが上述の手技で確保できることが分かっている。

6)神経吻合

神経吻合は, pes anserinusから最短距離にある舌下神経上の点で行う。これは通常,ほぼ第一頚椎レベルあるいは更に高位の深頚部となる。吻合に十分なworking spaceが確保できない場合は茎状突起(styloid process)を基部で骨折させ、これに付着する3つの筋肉である茎状舌骨筋(stylohyoid muscle)、茎状舌筋(styloglossal muscle)、茎状咽頭筋(stylopharyngeal muscle)とともに尾側へ翻転することによって術野を広げることが可能である。しかし、舌下神経を十分剥離し、rubber sheetなどを用いて神経を持ち上げれば吻合可能であり、ほとんどの場合この操作は不要である。舌下神経の確保は,できうる限り頭蓋底に近い方がよい。この部位で舌下神経は,舌下神経管出口へと向かうため,迷走神経と副神経より更に深部へと走行していくのがわかる。

顔面神経の末梢断端を吻合前にトリミングする。顔面神経は厚い結合織で覆われており、一見すると舌下神経とほぼ同じ径に見えるが、この結合織を剥くと実際の神経組織断端は非常に細い。剥いた顔面神経周囲結合織は切り取ってしまわずに,後の操作のために温存する。麻痺に陥った顔面神経の断端は舌下神経の半分もしくはそれ以下の径しかない。

次に、神経吻合を行う高さで舌下神経の背側、つまり頚神経ワナへの下行枝を出す側を顔面神経断端の径に合わせて鋭的に切る。これは,頚神経ワナへの運動神経線維をなるべく利用し、舌下神経本幹の神経線維を温存することを意図した工夫である。しかし、顔面神経との吻合に舌下神経本幹の随意運動神経線維のみを利用した方が良いか否かは明らかになっていない。少なくとも我々の経験上、上述の方法で術後の顔面神経機能回復に問題はなかった。

顔面神経のトリミングした末梢断端を舌下神経の中枢半切断端へ向けて置く。このとき顔面神経と舌下神経半切断端の径が一致していることが重要である。まず、両者の神経上膜(epineurium)同士を10-0 ナイロン糸で4-6針結節縫合する。縫合の際、糸を締めすぎると脆弱な顔面神経の神経上膜が裂けるので注意を要するし,難かしい操作であることを認識しておく。さらに吻合部にかかる張力を緩和するために,必ず,トリミングの時に剥いておいた顔面神経周囲の結合織膜を舌下神経の神経上膜に6-0,8-0もしくは10-0ナイロン糸で強固に縫合して神経吻合が完成する。

閉創では,深頚部での縫合を要しない。剥離した胸鎖乳突筋を耳介後部の結合織に縫い付けて,広頚筋,皮下,皮膚の縫合を行う。体位を取るにあったって,頚部を健側に向かって回旋させているので,顔面神経は吻合時点で最も伸展された位置関係にあり,術後の頚部の動きで吻合部が離開することはない。

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