解 説
・ 聴神経腫瘍の手術には、明らかにラーニングカーブがあります。
以下に示す手術成績は小生が聴神経腫瘍の手術をはじめた1例目からの総成績ですが、
50例を越えたあたりからは、やはり成績は明らかに上がっています。100例、さらに200例を越え、
毎週2-3件の手術を行っていると、ほぼ毎回自分の納得できる手術結果が得られるように
なりました。最近では手術直後からほとんど顔面麻痺は起こっていません。
・ 聴神経腫瘍の手術が難しい理由は、腫瘍に必ず最低4本の脳神経 - すなわち顔面神経・
蝸牛神経 (聴神経)・上前庭神経・下前庭神経 - と極細い1本の中間神経 (味覚に関係)
がからみついているからです。
聴神経腫瘍が大きくなればさらに、三叉神経・下位脳神経群 (舌咽・迷走・副神経)・外転神経など
も腫瘍に接触してきます。したがって、他の部位の腫瘍と違って、ただ切除すればよいので
はなく、各神経の機能を守りながら手術しなければならない点が難しいのです。腫瘍が
大きくなるほど顔面神経は薄く広がっています。したがって、聴神経腫瘍が15mm未満の
場合は別としても、30mmを越えてくれば、かなりの確率で顔面神経の一部分には、再発しない
程度に腫瘍を残す可能性が出てきます。もちろん、顔面神経の走行が比較的直線状であれば
全摘を目指して実際には30mmを越える聴神経腫瘍でも数例で全摘+顔面麻痺なしの成績を
あげられた経験もあります。「神の手」福島孝徳教授も小生に、「大きい聴神経腫瘍は全部
取ったらダメですよ」と強調されておりましたので、良性腫瘍である聴神経腫瘍は、「再発
しない程度の切除と顔面神経機能の温存」は大きな腫瘍には正当な考え方と言えます。
小生の考え方をまとめますと、15mm未満の聴神経腫瘍に対しては、全摘を目指しますが、
それ以上の大きさの腫瘍では、チャンスがある限りは無論全摘を目指すものの顔面神経の
走行によっては顔面神経上に、再発しない程度に腫瘍を残すことをやむなしとする考えです。
術中モニタリングを駆使して、顔面麻痺が生じないギリギリのところまでを切除することこそが、
プロフェッショナルの仕事と考えています (下図)。したがって、聴神経腫瘍に対して、何が何でも
全摘を目指す姿勢の術者の成績は公表されれば多分目を覆うような惨憺たるものと確信します。
ただし逆に、最近言われ始めた、聴神経腫瘍の真ん中だけくりぬいておいてガンマナイフという
安易な考え方には賛成しかねます。なぜならはじめから2つのことなった治療を計画的に行うという
ことであり、本来であればどちらかひとつの治療で済む確率の高い疾患に、患者さんに2回の
リスクと経済負担を強いるからです。大きな聴神経腫瘍に対して、腫瘍の残りが多かったり、再発
傾向を示すようであればその時点でガンマナイフをはじめて追加することを考えるのが本筋と
思われます。
・ 最後の総括でも述べるように、聴神経腫瘍の大きさが小さいほど手術成績は良好であり、
若い患者さんや、増大傾向が確認されている聴神経腫瘍に対しては、腫瘍がなるべく
小さいうちの手術をお勧めしている根拠でもあります。
術前 術後
35mmの聴神経腫瘍に対して97%切除を行い、顔面麻痺は全く生じなかった患者さんの例。
術中神経モニタリングを適切に駆使して切除を行えば、通常このような結果は得られています。
手術成績は、バッターの打率のように常に変動するものですので、その点、ご了承下さい。
経験手術数 (R6年7月31日現在)
小脳橋角部腫瘍 2598例 * 小脳橋角部腫瘍の解説はここです。
聴神経腫瘍 1872例
その他の神経鞘腫 254例 * 顔面神経鞘腫・三叉神経鞘腫・頸静脈神経鞘腫・
舌下神経鞘腫など
頭蓋底髄膜腫 290例
その他 182例 * 類上皮腫、グロムス腫瘍 など
* 最近は毎週2-4件、1ヶ月に8-12件 のペースで小脳橋角部腫瘍を手術しています。
小脳橋角部腫瘍の最も代表的な聴神経腫瘍は約72%を占めています。
手術方法についてはここを、その使い分け方についてはここをご参照ください。
聴神経腫瘍の手術成績 (H29年 11月24日時点)
2004年以降の手術中、術後1年未満・術前から顔面麻痺のあるケース・他院で手術をすでに受けている
ケース・放射線治療後のケースを除いた967例で算出。
当科は、高い専門性を持っているため、手術適応に関してはかなり厳密であり、
基本的にはどの脳外科医が見ても手術適応であろうと考えられるケースに限って手術をしております。
したがって、「患者さんが若くて腫瘍が大きい」場合がほとんどであり、小さい腫瘍を手術する場合には
通常は聴力保存を目的としています。
内耳道部分を除いた脳槽部の最大腫瘍径の平均は26.0mm(脳幹を圧迫する大きさです)で、
患者さんの平均年齢は44.1歳と極めて若いのが特徴です。
若い患者さんに対しては、残存腫瘍が多ければ将来に再手術や放射線治療の追加をしなくては
ならないこととなりますので、きちんと腫瘍を切除する必要があります。
また、聴神経腫瘍の手術は、腫瘍が大きければ大きいほど、さらに難しいものとなります。
総合しますと、ほとんどが手術が難しい大きな聴神経腫瘍に対して、顔面機能を保ちながらきちんと
腫瘍を切除しているという、きわめて特殊な条件下で以下のような極めて良好な結果が得られている
ことをご理解ください。
施設によっては、小さい腫瘍(比較的易しい)を多数手術しているところも多く、顔面神経機能温存率や
聴力温存率を高く表示していることも見受けられますが、当科の場合には全く患者さんの背景が違うことを
書き添えさせて頂きます。
顔面神経機能温存率
解剖学的温存率 99.5%
機能的温存率 (House&Brackmanのgrade 1と2) 98.0%
House&Brackmanのgrading system
Grade 1: 顔面神経麻痺なし
2: 非常に軽度の顔面神経麻痺
3: 中等度の顔面神経麻痺
4: 重度の顔面神経麻痺
5: わずかに動く程度
6: 完全な顔面神経麻痺
腫瘍の大きさで分類しますと (注参照)
・ 内耳道内-5mm未満 (n=14)
・ 5-14mm (n=119)
・ 15-29mm (n=475)
・ 30mm以上 (n=359)
注) 聴神経腫瘍の大きさの計測方法
内耳道内の部分は計測しないで、脳幹側に出っ張っている部分の最も長い長径で表す。
の場合、 内耳道内の腫瘍は計測せずに
赤矢印かピンク矢印の長い方を
採用しています。
有効聴力温存率
(手術前に有効聴力が保たれており、脳槽部15mm未満の腫瘍で明確に聴力保存を企図した84例につき算出)
注) 有効聴力とは
一般的には純音聴力が平均で50dB以内かつ語音明瞭度検査で
正解率が50%以上を指します。
有効聴力温存率 63.1%
腫瘍切除率
(この概念はこれまでほとんど顧みられてこなかったジャンルです。
学会の発表でも明らかにされてこない分野です。今回はあくまでも、
術者の印象と術後のMRI所見から推定した切除率を用いますが、
今後は手術前後のMRI上のボリュームをコンピューター上で計算して
正確な数字を出していく予定です。)
平均腫瘍切除率 96.9%
総 括 (2023.12.31時点)
・ 小脳橋角部腫瘍の手術件数は2513例、聴神経腫瘍は1811例。
・ 平均腫瘍切除率は約97%で、解剖学的顔面神経温存率は99.5%、顔面神経機能温存率は
98%、有効聴力温存率は63%。
(当科で手術しているのは、ほとんどが大きい腫瘍ばかりであり、極めて難しいケースが
集まっている条件の中でこの手術成績を出しております。小さな腫瘍を多く手術している病院の
成績とは条件が全く異なります)。
・ 聴神経腫瘍の大きさ別に手術成績を検討すると、平均腫瘍切除率、顔面神経機能温存率、
有効聴力温存率すべてにおいて腫瘍が小さいほど良好な結果が得られました。
聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍関連のメニュー
「聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍の説明」
聴神経腫瘍の他、顔面神経鞘腫・三叉神経鞘腫・頸静脈孔神経鞘腫などの
小脳橋角部腫瘍について解説。
「聴神経腫瘍の手術適応」
東京医大 脳神経外科の手術適応。
「聴神経腫瘍、小脳橋角部腫瘍の手術方法の特徴と解説」
聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍に対する種々の手術アプローチの利点と欠点を
はじめとして特徴を解説。
「聴神経腫瘍、小脳橋角部腫瘍の手術方法の使い分け
聴神経腫瘍に対する種々の手術アプローチの使い分け方、小脳橋角部腫瘍の
種類に合った手術方法につき解説。
「聴神経腫瘍手術の実際」
患者さんが手術のイメージを理解しやすいよう、イラストで説明
「聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍のモニタリング」
聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍を手術する際に用いられる術中神経モニタリングにつき解説。
「聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍・頭蓋底腫瘍の診療実績」
東京医大 脳神経外科 河野の診療実績。
河野道宏 (東京医大 脳神経外科)の
聴神経腫瘍の手術成績