聴神経腫瘍




                                                                                         
 

   聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍手術における術中顔面神経モニタリング
        Intraoperative facial nerve monitoring during removal of acoustic neuromas
               and other cerebellopontine angle tumors


            河野 道宏1)、谷口 真2) 

       
1) KOHNO Michihiro   東京警察病院 脳神経外科部長・脳卒中センター長
              
Derector, Department of Neurosurgery & Stroke Center, Tokyo Metropolitan Police Hospital


      2) TANIGUCHI Makoto  都立神経病院 脳神経外科部長
                
Derector, Department of Neurosurgery, Tokyo Metropolitan Neurological Hospital

     著者連絡先: 東京警察病院 脳神経外科・脳卒中センター   

                           164-0001 東京都中野区中野4-22-1   TEL: 03-5343-5611  FAX: 03-5343-5612          
            
Department of Neurosurgery & Stroke Center,
Tokyo Metropolitan Police Hospital, Nakano, Tokyo
                 mkouno-nsu@umin.ac.jp

[サマリー]
・聴神経腫瘍・小脳橋角部腫瘍の手術においては、各脳神経の機能温存をいかに図るかが 
 ポイントとなり、特に術中顔面神経モニタリングは重要である。
・術中顔面神経モニタリングにはフリーラン・随意刺激・持続刺激の3種類があり、この
 うち持続刺激顔面神経モニタリングは、操作の最中にも警告を受け取り得る、真の神経機能
 モニタリングと考えられ、ルーチーンに行うことにより、良好な成績をあげることが可能である。


     Key words:  聴神経腫瘍、術中顔面神経モニタリング、筋電図、前庭神経鞘腫、小脳橋角部腫瘍

[はじめに] 
  小脳橋角部とは、小脳と脳幹によって構成される後頭蓋窩の一部分で、同部には多数の脳神経が
錯綜している。このため、小脳橋角部に腫瘍が発生すると、腫瘍と多数の脳神経が接触すること
となり、この点が腫瘍切除の際に問題となる。
小脳橋角部腫瘍の手術は、腫瘍の切除に加えて、
顔面神経機能温存、さらには聴力温存といった機能温存が求められるために、脳神経外科領域で
最も難しい手術の一つである。特に小脳橋角部に最も高頻度に発生する聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)
の場合には、腫瘍と顔面神経・蝸牛神経・上下の前庭神経・中間神経がくも膜を介さずに直接接触
しているために、これらの神経機能を温存することは、他の小脳橋角部腫瘍よりも難しい。
聴神経腫瘍の発生母地は前庭神経であるために、前庭神経機能を温存することは困難であるが、
最近は、顔面神経機能の温存ばかりではなく、聴機能の温存を企図する手術も一般的に行われる
ようになってきている。これらの機能温存に決して欠かすことのできないのが、術中脳神経モニタ
リングである。本稿では、手術者の立場から、臨床に即した形で具体的に我々の方法を紹介する。


[手術ポリシー]
 まずはじめに、我々の手術のポリシーについて述べる。腫瘍切除の原則は全摘であるが、小脳
橋角部腫瘍の大部分は良性腫瘍であり、全摘よりも神経機能温存を優先させることも1つの治療戦略
である。我々は、極力全摘を目指すようにしているが、聴神経腫瘍の場合には、顔面神経機能や
聴機能の温存のために顔面神経や蝸牛神経上にわずかに腫瘍を残存させることもある。その際には、
腫瘍の再発を防ぐために、腫瘍の発生起源である内耳道内には腫瘍を極力残さないように努めている。
また、これから述べる術中神経モニタリングに加えて、内視鏡を適宜用いて術者からみて腫瘍の
裏面に存在する顔面神経の走行と広がりを把握しながら摘出率を上げている(
1)。

[手術実績と成績]
 20085月の時点で小脳橋角部腫瘍の自験手術例は369例で、そのうち聴神経腫瘍は278例であり、
聴神経腫瘍の手術成績は顔面神経の解剖学的温存率は
99%、機能的温存率 (House&Brackmann grade(2)
III)95% (1年後)、有効聴力温存率は64%、平均腫瘍切除率は97%である。

[術中脳神経モニタリングの種類]
 当科では、顔面神経機能保存を目的としてフリーランの顔面筋電図・随意刺激顔面筋電図・持続
刺激顔面筋電図の
3種類の顔面神経モニタリングを行っている。聴力温存のためにはABR (auditory
brainstem response
・聴性脳幹反応)CNAP(compound nerve action potential・蝸牛神経上の活動電位)
蝸電図
(ABRI波に相当)を加えることもあるが、基本的にはABRを主として用いている。この他に
三叉神経の確認や保存には随意刺激の咬筋の筋電図、脳幹を圧迫する小脳橋角部腫瘍に対しては
SEP
sensory evoked potential)をルーチーンに行っている。頸静脈孔神経鞘腫・舌下神経鞘腫・頸静脈球
型グロームス腫瘍・頭蓋頸椎移行部髄膜腫など、下位脳神経群と密接な関係を持つ腫瘍の切除に
際しては、咽頭・胸鎖乳突筋・舌にも記録電極を刺入留置している。

[術中顔面神経モニタリングの種類と意義]
 前述のようにフリーラン・随意刺激・持続刺激の3種類の顔面神経モニタリングを用いているが、
それぞれの具体的方法と意義について述べる。

 フリーランは、顔面表情筋の表面筋電図をアンプで増幅してオッシロスコープ上に表示または
スピーカーで音声化して観察する方法で、麻酔安静下では通常筋電図には何の活動も見られない。
手術操作等の理由で、顔面神経が刺激を受けて興奮した場合に、それを筋電図活動を介して観察する
ことが出来る。
顔面神経の随意刺激については、自作のボールペン型の刺激電極(図1A,Bあるいは
電気化した剥離子(
図2)を用いて顔面神経を電気刺激しており、主として顔面神経の位置を探したり、
顔面神経を同定したり確認する作業に用いられる。当科における刺激条件を
Table 1に示す。持続刺激
顔面神経モニタリングを行っていなければ、顔面神経機能のチェックは随意刺激によって行われること
になるが、この方法の欠点は操作中の顔面表情筋の反応の変化を見ることができないことである。
剥離子に通電する具体的方法は、剥離子を部分的に絶縁し(
図2A)、剥離子の後端の部分に小児用
頭皮クリップを利用して自作した通電クリップ(
図2B)を噛ませる(図2C)。通電剥離子を用いた
方法の利点は主に内耳道内で顔面神経を同定しながら腫瘍を能率よく剥離できることにある。自分の
好みの剥離子を刺激電極として使える点で優れているが、剥離子の絶縁コーティングや通電クリップ
が必要となる。

 前2者のフリーランやボールペン型電極による随意刺激による顔面神経モニタリングは広く一般的に
用いられているが、次に述べる持続刺激顔面神経モニタリングについては未だに認知度が低いのが現状
である。持続刺激顔面神経モニタリングの具体的方法は、釣り鐘型電極
(江松社製)図1C,D)を顔面
神経起始部に留置し(
図3A,B)、それ以後は1Hzで持続的に電気刺激を行うものである。意義としては
手術操作中の顔面神経の反応の変化をチェックできる利点を有し、臨床上きわめて有用である。
刺激条件は
Table 1における刺激頻度を1Hzに変えて用いている。
  この方法の問題点としては、1) 腫瘍が非常に大きく、顔面神経の起始部そのものが腫瘍によって
脳幹に押しつけられている場合には設置できないか、あるいは電極を置けたとしても、腫瘍切除の
最終段階ということがあり得る、
2) 脳幹を見に行くために、一時的に小脳の牽引が強くなること、
3
) 少しの反応の変化も見逃せないため、医師または臨床検査技師が操作中は常駐し、常にモニターから
目を離すことなく観察しなければならない、
4) 電極がずれたり、術野の中でコードを引っかけない
ような工夫が必要、などが挙げられる。

  

 図1:随意刺激用のボールペン型刺激電極 (A,B)      図2:剥離子の電気化の方法。中央部を絶縁
    持続刺激用の釣り鐘型刺激電極
(C,D)           コーティングした剥離子 (A)の後端に自作の
                                通電クリップ (B)を噛ませて電気化する (C)。



   
     図3:左聴神経腫瘍手術における、持続刺激用電極を挿入留置する際の術中写真
(A)イラスト (B)
        顔面神経
(VII)を確認後、電極を神経に密着させて留置する。  VIII:8脳神経

[術中顔面神経モニタリングの実際]
 前述のように顔面神経モニタリングとして、フリーラン・随意刺激・持続刺激の3種類を使い分けて
いるが、約
3cm径の聴神経腫瘍を例にとって、我々の典型的な顔面神経モニタリングの方法を紹介したい。
 電極設置は全身麻酔導入後に行い、針電極を用いて前頭筋・眼輪筋・口輪筋に加えて三叉神経運動根
のモニタリングとして咬筋に記録電極を設置し、
referenceは対側の頬部に針電極を留置している。
顔面表情筋の収縮による
action potentialはモニター画面上に表示するだけでなくスピーカーを介して
音声によって術者自身も変化を把握できるようにしている。

 東京警察病院では臨床検査技師が2-3名常時手術室内にいて、顔面神経モニタリングだけでなくABR
SEP
の監視にも対応している。誘発電位測定装置(Neuropack8・日本光電社製)を2台用い、1台は顔面
神経モニタリング専用とし、もう1台で
ABRSEPを適宜切り替えてモニタリングを行っている。臨床
検査技師用のビデオモニターを誘発電位測定装置に近接して設置し、手術顕微鏡を用いた操作を確認
しながら波形のチェックを行ってきたが、最近では、誘発電位測定装置の画面内にビデオモニターを
出力して手術操作を確認することが可能となっている。

  我々は聴神経腫瘍に対して通常は後頭下到達法を用いているが、まず開頭を終え、硬膜を切開して
髄液を排出した後に小脳を牽引して腫瘍を露出する。まず、ボールペン型電極を用いて副神経脊髄根を
電気刺激して胸鎖乳突筋や僧帽筋の収縮による体動を得ることによって、電極および電気刺激システムが
正常に作動し、かつ筋弛緩が解除されていることを確認する。次に腫瘍上のくも膜を剥離して腫瘍表面を
露出し、ボールペン型電極にて
0.6-3.0mAで刺激して腫瘍の表面側に顔面神経が走行していないことを確認
する。随意刺激時には、
0.2mA以下で反応が出れば神経そのもの、0.3-0.4mAで出ればクモ膜越し、0.6mA
膜状の腫瘍越しを意味し
(3)、顔面神経を探す時には0.6-2.0mAの間の刺激を効率よく用いる。腫瘍表面に
切開を入れ、腫瘍を内減圧してボリュームを減らした上で脳幹の顔面神経起始部を視認できたら、
ボールペン型電極にて
0.1-0.4mAで直接刺激して顔面神経であることを確認する。釣り鐘型の持続顔面神経
刺激用の電極をなるべく顔面神経起始部に密着するように留置し
(図3)、反応が安定して得られる最小限
の強さ
(通常は0.2-1.0mA)1Hzの頻度にて持続刺激する。持続刺激顔面神経モニタリングを開始するに
あたって、刺激を上昇させて得られる顔面表情筋の筋電図反応の最大振幅(
M-max)を記録し、前頭筋・
眼輪筋・口輪筋の各筋について振幅を計測しておく。持続顔面神経刺激による顔面筋電図の波形が変化
したり、振幅が低下した場合には、神経障害によるものか電極のずれによるものであるかの鑑別が必要と
なる。この場合、
M-maxを再度計測し、ほぼ同等の振幅が得られれば、電極のわずかなずれと判断され、
電極の位置を調整するか、あるいは多少電気刺激強度を上げて反応を安定させた上でそのまま操作を続行
する。脳漕部の腫瘍がある程度摘出できたところで、内耳道の腫瘍の摘出に移行する。内耳道後壁の骨は
十分に削開し、内耳道内の操作を余裕のある術野で行うようにしている。内耳道内の腫瘍切除の開始に
あたっては、先述の電気化した剥離摂子を用いて
0.1-0.4mAで随意刺激して顔面神経の同定を行いながら
腫瘍を剥離・摘出する。随意刺激と持続刺激は同時に行うことはせず、そのつど切り替えを行うため、
顔面神経の位置を確認するのか(随意刺激)顔面筋電図の変化を監視するのか(持続刺激)を、腫瘍切除
の場面場面での目的に応じて使い分ける必要がある。腫瘍摘出の全過程において、フリーランの情報を
参考にしている。

  腫瘍の摘出を終えた時点で、最終のM-maxを計測し、持続刺激顔面神経モニタリング開始時と比較する。
これまでの経験から、少数の例外を除いては、最終の
M-maxがはじめの40%以上が確保されているか、
その絶対値が
800マイクロボルト以上あれば、顔面神経麻痺は術直後から全く起こらないか、生じても
すぐに回復する程度のごく軽度のものにとどまるようである。逆に、このような条件を下回りそうに
なった時点で腫瘍摘出を終了とする場合もある。


[考察]
 持続刺激顔面神経モニタリングは1998年に谷口が報告している方法(3)である。この方法は顔面神経
の電気刺激による顔面筋電図を持続監視できる利点を有する。剥離中に反応の落ち際を捉えられるという
強みがあり、反応が低下した警告を受けた段階で剥離を中止して手を休め、反応の回復を待って剥離方法
や剥離部位を変更することが可能となる。従来の随意刺激による誘発顔面神経モニタリングでは、
剥離操作の後に反応低下が判明することとなり、顔面神経損傷がすでに完成している可能性があり、
腫瘍剥離中の情報が得られないのが欠点であった。持続刺激顔面神経モニタリングは、操作の最中に
警告をもらえるという意味では「真の神経モニタリング」と言える。

  また、剥離子に通電して顔面神経を電気刺激しながら剥離を行う方法は、1986年にSilversteinが発表して
おり
(4)、また、市販ベースで同様のセットも存在するが、いずれも剥離子は限定され、選択の幅は
限られる。当科のシステムは基本的に自作であり、術者に合った剥離子を先端部と後端部を除いて
絶縁コーティングを行い、小児用頭皮クリップを介して電気化している。

[まとめ]
 聴神経腫瘍の手術を中心に、小脳橋角部腫瘍に対する我々の顔面神経モニタリングについて報告した。
従来から用いられてきた、フリーランや随意刺激による顔面神経モニタリングに加えて、持続刺激顔面
神経モニタリングをルーチーンに行うことにより、安定した良好な成績をあげることが可能である。
電気化した剥離子を用いて、刺激を行いながら剥離を行うと腫瘍摘出の能率が上がり、手術時間の短縮化に
有用である。

[最後に]
  術中モニタリングに関わっている東京警察病院の臨床検査技師・臨床工学技士・当科医師スタッフに
感謝する。本稿の内容の一部は
200612月の第36回日本臨床神経生理学会学術大会 (横浜)にて発表した。

[文献]
1)  河野道宏、唐沢康暉、内田賢一ほか:聴神経腫瘍の手術における内視鏡の有用性.
 脳腫瘍の外科、黒岩敏彦編、pp 279-286、メディカ出 (大阪)2007
2)  House JW, Brackmann DE: Facial nerve grading system.
    Otolaryngol Head Neck Surg 93:146-150, 1985
3)  谷口 真:聴神経腫瘍手術時の顔面神経温存のためのモニタリング.
    臨床脳波40:553-558, 1998
4)  Silverstein H: Microsurgical instruments and nerve stimulator - Monitor for retrolabyrinthine
    vestibular neurectomy.   Otolaryngol Head Neck Surg 94: 409-11, 1986

Table 1:  持続刺激時の刺激条件(持続モニタリングは刺激頻度が1Hz)

        Trigger Stim. Rate: 5Hz Duration: 0.2msec
          Mode: Recurrent    Delay: 0 msec
   
       Lo-cut: 50Hz    Hi-cut: 1kHz    AC Filter:  ON
















  当科では、聴神経腫瘍の手術中に3人のモニタリング担当の技師さんたちが手術中付きっ切り
で術中神経モニタリングを行っています。もちろん術者は、手術中すべてのことに気を配り、
全責任をもって、手術にあたっています。この術中神経モニタリングこそ、経験と慣れが必要
なのであり、年間に3例手術する術者と30例手術する術者で手術成績が違ってくるのは至極
当然のことなのです。
当科の手術成績についてはこちらをご参照下さい。 


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手術中の神経モニタリングを徹底して行い、また、さまざまな手術方法を患者
さんによって使いわけて、最新の治療により良好な成績をあげております。
気になる症状等ございましたら、お気軽にご相談いただければ幸いです。


   ご質問等ございましたらお気軽にご相談ください。 。。

        


       
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