聴神経腫瘍




                                                                                         
             小脳橋角部 類上皮腫 ( 真珠腫 )について

          ー 手術適応と聴力を温存するための手術方法 ー
                       

        
                               

類上皮腫は、胎生期の遺残組織から発生する良性腫瘍で、表皮に由来するために扁平上皮のみが
分化発育したものです。腫瘍の本体は膜様の構造物ですが、内部にケラチンという角化物質を含む
ために、ゆっくりと増大傾向を示して脳の構造物を圧迫してゆきます。
手術の際に観察すると、真珠のように白く光って見えることから、「真珠腫」とも呼ばれます。
放射線治療や薬剤による化学療法は無効で、基本的には手術するか経過観察する以外に方法はありません。


発生部位は様々ですが、特に小脳橋角部にできたものに対しては、治療に際して十分な注意が必要です。

その理由を以下に挙げます。

 ・手術で顔面麻痺や失聴を起こし得ること。
 ・きちんと膜構造を切除しなければ、将来再発を起こし得ること。

[解説]
 ・三叉神経痛などで発症した小さい小脳橋角部類上皮腫に対しては、通常の脳神経外科的な手術方法
  で十分に良好な成績をあげられますが、大きなものに対しては要注意です。
  大きなものに対しても、通常の小さな開頭でアプローチしても十分対応できると考えている脳外科医が
  多いですが、本当に良好な成績を出すためにはこの考え方は危険です。
  通常は顔面神経と蝸牛神経は腫瘍の後ろ側を走行しており、腫瘍を取るためにはこれらの神経越しに
  操作を行うことになります。
  小さなものに対しては、それでも技術を駆使して、顔面麻痺も聴力低下も来さずに通常の外側後頭下
  到達法で対応できます。しかし、大きなものに対して無理に剥離・摘出を行えば顔面麻痺・失聴は十分
  起こり得ますし、実際に他院で手術を受けた患者さんが当科に相談に見える中で、しばしばこのような
  合併症を起こしているケースを見かけます。
  いくら画像上できちんと取れていても、顔面麻痺や失聴が起こっていてはいい治療とは言えません。
  したがって、当科では、きちんと取れていてなおかつ聴力低下や顔面神経麻痺を起こさないという最良
  の結果を求めるためには、大きな腫瘍に対しては頭蓋底の手術アプローチを用いることが必須と考えて
  います。
  しかし、実際には頭蓋底の手術アプローチを用いることができる施設は全国でも限られていることが
  もう一つの大きな問題です。

総括しますと、手術に際しては、腫瘍の分布や進展具合によっては、頭蓋底アプローチが必要で、
顔面神経機能や聴力を温存するにあたっては術中神経モニタリングも重要です
すなわち、小脳橋角部腫瘍や頭蓋底腫瘍を常に手術している専門施設での手術が望ましい腫瘍であると
と言えます。

当科の経験 (以前のもの) 現在は69例となっています (2022年3月)。


  手術を施行した小脳橋角部類上皮腫 (基本的には脳幹を強く圧迫している大きなものが対象):
      14例 (全国的にも屈指の手術件数です)
  
  男性 9例  女性 5例   年齢は15-66歳(平均39.5歳)
  
  1例で聴力を喪失している以外は全例聴力は正常範囲でした。
  
  手術アプローチ
    
     外側後頭下到達法(通常の脳外科の方法)     4例
     中頭蓋窩経由のアプローチのみ            1例
     中頭蓋窩+外側後頭下到達法             4例
     中頭蓋窩+経乳突洞アプローチ            5例                  

          *赤字は頭蓋底の手術アプローチを用いたものです。

  手術結果
   
     ・全例で十分な嚢胞内容の除去と嚢胞被膜の切除ができました。
     ・術前に聴力正常であった13例全例で有効聴力が温存できました。
     ・術前に三叉神経症状を呈していた8例全例で症状の改善が見られました。
      2例で術後に一過性に三叉神経症状が出現しましたが消失しました。 
     ・この腫瘍に特徴的と言われている無菌性髄膜炎は3例に経験しましたが、
      1週間以内に治癒しました。

 それでは、それぞれの手術アプローチの使い分けについてご紹介します。
 まずは、ほとんどの脳外科施設で行われている「外側後頭下到達法」です。
     
  

    これらのような、比較的小さめの腫瘍で、三叉神経痛を起こしているような場合には、
    通常の「外側後頭下到達法」で十分に良好な成績があげられます。

    次に、同じく、小さな腫瘍で三叉神経症状が出ている患者さんで、メッケル腔というスペースに
    腫瘍が入り込んでいる場合には、通常の「外側後頭下到達法」ではメッケル腔内が処理しにくい
    ために、頭蓋底アプローチの一つである「中頭蓋窩経由のアプローチ」を用います。

  


    次に脳幹を強く圧迫しているような大きな腫瘍に対する手術方法です。
    ほとんどのケースが顔面神経・蝸牛神経は腫瘍の背側(後ろ側)に走行しています
    (写真の中で
赤線で示しています)。
    この状況で、後方からアプローチする通常の脳外科の手術方法で手術を行いますと、
    顔面神経・蝸牛神経の腹側(前方)に食い込んだ部分が取りにくいだけでなく、
    顔面神経麻痺や聴力低下を起こしやすくなります。
    このために、きちんと腫瘍を取り去り、なおかつ顔面神経麻痺や聴力低下を避けるためには
    頭蓋底アプローチを組み合わせて用いる必要性があると考えています。
    沢山取り残してもよいという考え方であれば、通常の手術方法でも手術可能ですが、
    再発を防ぐ意味からも、そのような手術では、手術の意味が半減します。
    手術をするのであれば、きちんと再発を心配しないですむような切除(腫瘍の被膜も含めて
    ほとんど全摘)を、顔面神経麻痺や聴力低下を起こさないで手術する、というものであるべき
    だと考えています。なぜなら、この手術をお勧めする対象は、ほとんどが、将来が永く期待される
    若年者であるからです(例外として三叉神経痛を起こしているような小さい腫瘍は高齢者でも
    手術対象となります)。

    大きな腫瘍に対して頭蓋底手術アプローチを用いる際には、当科では、患者さんの条件で
    2つの方法を使い分けています。
    ・横静脈洞-S状静脈洞の左右差が極端でない場合には、「中頭蓋窩+経乳突洞アプローチ」
     を用います。
     この手術方法は頭蓋底外科の究極のアプローチで最も難しいものですが、普段からこの
     アプローチを用いている頭蓋底の専門施設であれば、むしろこの方法が、最もよい結果を
     出せるものと確信しています。このアプローチの経験の少ない施設では、むしろトラブルを
     起こす原因となり得ますので、避けた方がよいかもしれません。

    ・横静脈洞-S状静脈洞の左右差が極端で、患側のみが発達している場合には、「中頭蓋窩+
     外側後頭下到達法」を用いています。
     これは、万一、そのメインの静脈洞にトラブルが起こると、患者さんの具合が悪くなると予測
     されるため、静脈洞のトラブルの可能性を回避する意味で、経乳突洞アプローチを行わずに
     通常の外側後頭下到達法と中頭蓋窩アプローチを組み合わせたものです。
     この方法では、開頭部が2カ所となり、皮膚切開も大きくなり、術者としても、手術中に位置を
     大きく移動しなければならないため、やや大がかりな手術方法となってしまうのが難点です。

    


    


以下に具体例を挙げます。
    顔面神経・蝸牛神経が腫瘍の後ろ側を走行している(赤線)ため、「中頭蓋窩+経乳突洞アプローチ」
    を用いて腫瘍を被膜まで全摘し、顔面神経麻痺を起こさず、聴力低下も最小限ですんだケースです。

  術前  
 
         術後    


   次は、中ぐらいの大きさの腫瘍だったため、通常の「外側後頭下到達法」でアプローチしましたが、
    手術中の所見から、やはり中頭蓋窩法を組み合わせなければ、聴力低下を起こすと判断し、
    結局は「中頭蓋窩+外側後頭下到達法」を用いることになったケースです。
    顔面神経麻痺や聴力低下は起こりませんでした。

   術前 


   術後  



 [まとめ]

  小脳橋角部類上皮腫は、
きちんと切除して顔面神経麻痺や聴力低下を来さないようにするには、
  本当に技術的に難しい疾患
と考えるべきです。
  したがって、担当の先生から、「簡単な手術です」あるいは「脳外科の通常の手術方法だけで取れます」
  と説明を受けた場合には、慎重な対応が必要です。
  腫瘍が小さい場合には、その説明は適切ですが、腫瘍が大きい場合には必ずしも適切な考え方では
  ありません。
  担当の先生が、超エキスパートであれば、外側後頭下到達法だけでも顔面神経麻痺や聴力低下を
  来さずに全摘ができるかもしれません。
  しかし、そうでない場合には、「経験が少ないためにその難しさを理解されていない」のか、
  「全摘をはじめから念頭に置いていない」あるいは「顔面神経麻痺や聴力低下はある程度仕方がない」
  と考えられている可能性があります。 
  類上皮腫は、腫瘍の内部の角化物質は柔らかいために吸引管で吸引できたり、摘出しやすいので、
  「簡単です」と説明されやすいのですが、内容物を取っただけでは切除したことになりません。
  被膜が腫瘍の本体であり、この被膜を如何にとるかが問題なのです。
  この認識は脳外科医すべてが持っているとは限りません。むしろ持っていない脳外科医の方が多いと
  思われます。

  手術の対象は、ほとんどが若年者となります。なぜなら、高齢者であれば、大きな腫瘍があっても、
  かなりゆっくり育つ類上皮腫が生命を脅かすところまでゆく確率は少ないと考えるため、手術を行う
  意味合いがないということになります。前述のように、高齢者や、腫瘍が小さい場合でも、三叉神経痛
  を起こしていて、患者さんが治療を望まれた場合には、手術の適応は出てきます。
  したがって、
大きな腫瘍が脳幹を強く圧迫している若年者に対して、将来のことを十分に考慮した上で、
  人生計画の一つとしてきちんと治す
というスタンスで手術を望まれる場合に手術が行われることになります。
  その際に、再発をおこすような取り方であったり、顔面神経麻痺や聴力低下を起こすような手術であれば、
  とても理想的なものとは言えません。
  当科の主張は、
若年者に行う大きな小脳橋角部類上皮腫の手術は、目的を遂行するためには技術的に
  非常に難しいものであり、頭蓋底手術が可能である施設で取り扱うべき疾患
である、というものです。




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「神の手」福島孝徳教授とのセミナー
       リーフレット



当科では、聴神経腫瘍をはじめとして小脳橋角部腫瘍の手術を専門的に行っており、
手術中の神経モニタリングを徹底して行い、また、さまざまな手術方法を患者様に
よって使いわけて、最新の治療により良好な成績をあげております。
気になる症状等ございましたら、お気軽にご相談いただければ幸いです。


   ご質問等ございましたらお気軽にご相談ください。
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