研究について臨床研究
口腔顎顔面外科・矯正歯科では、医療機関として病気の治療だけではなく、研究機関として病態の解明や医療技術の発展に努めております。その一環として臨床研究にも積極的に取り組んでおります。当科では、東京大学保健・健康推進本部やイートロス医学講座等と連携し、口腔顎顔面領域における病態研究や治療技術の開発、基礎研究から得られた成果を臨床応用しています。
口腔顎顔面領域にとどまらず、全身的な健康への寄与および患者のQOLの向上を目指しております。ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。
研究項目および代表的な研究成果
インプラント型再生軟骨
口唇口蓋裂の鼻修正治療のためのインプラント型再生軟骨の開発
(医師主導治験および企業治験終了、販売承認申請中)
当科では、耳の軟骨組織から効率よく細胞を増殖する方法を確立し、足場素材と組み合わせて、十分な強度と3次元形態を有する3次元再生軟骨を作製する技術を開発しました。東大病院で臨床導入を行い、口唇口蓋裂を有する患者さん3名の鼻変形の修正に応用しました。さらに作製法に改良を加えて保存期間を14日間に延長させ、製造機関から遠隔地にある医療機関でも使用できるようにしました。この長期保存型の再生軟骨について医師主導治験を実施し、安全性や有効性の評価を行いました。今後は製品化を目指していきます。
人工知能、コンピュータビジョン、拡張現実を用いた手術支援システムの開発
外科手術には三次元的な空間認識能力が求められ、医療の完成度は術者の技量に大きく依存することから、医用画像データから構築する術前のコンピュータ等を用いた高精度な手術支援技術は大変重要となります。術野カメラを用いたコンピュータビジョン(人間の視覚システムが行うことができるタスクを自動化する技術)により画像認識でマーカーを用いずにコンピュータ断層撮影装置(CT)等の画像(コンピュータ空間)と患者位置(現実空間)の空間的対応関係を求める処理(レジストレーション)を行う拡張現実(AR)技術「手術ナビゲーションシステムおよび手術ナビゲーション方法並びにプログラム」を開発しました。また、人工知能(AI)を使用した自動手術計画「自動手術計画システムおよび手術計画方法並びにプログラム」の実用化を目指しています。
自己脂肪由来間葉系幹細胞を用いた顎関節症治療に関する臨床研究
顎関節症に対しては、認知行動療法、物理療法、運動療法、スプリント療法、薬物療法などが行われますが、症状の改善が見られない例が存在します。変形性関節症を呈するIV型顎関節症においても、様々な治療に対して反応せず、疼痛や開口障害を訴える難治の患者さんも存在しており、摂食、構音など、日常生活の根本にかかわる障害に苦しんでいます。
間葉系幹細胞は、長期にわたる抗炎症効果や、変性・損傷組織の修復を促す働きを利用して、様々な疾患の治療に応用されています。例えば、高齢者に多く見られる変形性膝関節症に対し、間葉系幹細胞を注入する治験が海外において行われています。治療の結果、臨床スコアが改善し、高い安全性が示されています。
顎関節は関節包と関節円板から成り、その軟骨基質内のコラーゲン成分に違いはあるものの、膝関節と類似した組成および構造を持ちます。また顎関節症は、終末像として軟骨変性を来し、変形性膝関節症と類似した病像を呈します。そのため、間葉系幹細胞注入治療は顎関節症IV型(変形性関節症)の症状改善にも効果があると予想されます。
本臨床研究では、IV型顎関節症の患者さんで、既存の治療法を用いても症状の改善が不十分な対象者に対し、自己脂肪由来間葉系幹細胞を顎関節内投与し、第一に、その安全性を確認し、第二に、疼痛改善効果と顎関節部の組織修復を検討することを目的とします。
口腔内疾患と全身の健康の関わりについての研究
口腔内疾患と全身の健康の関りについて、さまざまな臨床研究を行っています。
1. 歯周病と全身の健康
歯周病は口腔内疾患に留まらず、心疾患、糖尿病、リウマチ、呼吸器疾患なと、様々な全身疾患・生活習慣病と関わっていることが知られるようになりました。歯周病やそれらの疾患が顕在化するのは成人期以降、特に中高年であり、そのため、若い世代では、あまり注目されておりません。しかし、20歳未満(17~19歳)の大学生の36.5%が歯周病の初期症状である歯肉出血を訴えていることがわかりました。さらに、歯肉出血を訴える学生は呼吸器疾患(喘息)や耳鼻科疾患(中・外耳炎)の罹患率が高いことが明らかになりました。生活習慣病など、中高年に多い疾患と歯周病との関わりも青年期に既に始まっている可能性があります。
2. 歯磨きと歯周病リスク 〜歯周病予防の重要性〜
歯磨き回数および歯磨き時間と歯周病との関与を調べました。歯磨き回数が1日に1回以下と少ない人は、3回以上の人に較べて歯肉出血のリスクが2.4倍高いことがわかりました。また、歯磨き時間が1回につき1分以下と短い人は,4分以上の人に比べて歯肉出血のリスクが1.6倍高いことがわかりました。歯肉炎予防には,小まめに、時間をかけてブラッシングを行うことが重要であることが示されました。また、性別(男性)もリスク因子(1.3倍)であることがわかりました。歯周病の予防・管理は,歯と歯周組織の健康のみならず、全身の健康と関わっています。若い頃から口腔衛生・健康意識をもつことが大切です。
3. 歯並び・咬み合わせと全身の健康
歯並び・咬み合わせと全身の健康の関わりについての研究を行っています。咬み合わせが悪い(よく噛めない)と感じている人は、アレルギー性鼻炎、喘息、不整脈が多いことがわかりました。顎口腔領域においては疾患のみならず機能的な不具合が全身の健康と関わっている可能性が示唆されました。
イートロス
『イートロス』とは食べられない状態が続くことです。
イートロス医学講座は、人が生きる根幹である『食べる』を支えるため、東京大学医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能医学講座口腔顎顔面外科学(当科)を母体とし、株式会社伊藤園のご協力の下、2020年に開設された社会連携講座です。
本講座では、フレイルやサルコペニアなどの加齢性変化における病態を口腔領域からアプローチし、イートロスに関する診断/予防/治療を学問として体系化し、多くの国民が健康寿命を全うできるよう研究、教育、臨床を実践することを目指しています。イートロスは、医学・歯学にまたがる病態であり、医科歯科連携が重要です。特に今後の口腔医療(歯科医療)では、齲蝕および歯周病治療に加えて、イートロスを如何に予防し、早期発見・早期治療に繋げるかが、一つの役割となると想定しています。現在ともにイートロス医学を確立する仲間を募集中です。
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