[Synonyms:Goltz症候群,Goltz-Gorlin症候群]
Gene Reviews著者: Bret Bostwick, MD,Ignatia B Van den Veyver, MD,and V Reid Sutton, MD
日本語訳者: 佐藤康守(たい矯正歯科)、水上都(札幌医科大学医学部遺伝医学)
GeneReviews最終更新日: 2016.7.21. 日本語訳最終更新日: 2022.6.29.
疾患の特徴
巣状皮膚低形成(FDH)は、皮膚、骨格系、眼、顔面を中心に、複数の器官系に障害が現れる疾患である。
出生時にみられる皮膚症候としては、皮膚の萎縮性ないし低形成性領域、皮膚欠損、軟らかく黄色ないしピンク色の皮膚結節として現れる真皮内の脂肪結節、色素性変化などがある。
後の段階になると、皮膚・粘膜の疣状乳頭腫がみられることもある。
爪は、稜があったり、異形成ないし低形成であったりする。
毛髪は疎ないし欠損することがある。
四肢の奇形としては、乏指ないし合指、裂手裂足などがある。
眼の発生の異常としては、無眼球ないし小眼球、虹彩や脈絡網膜のコロボーマ、鼻涙管奇形などがある。
頭蓋顔面症候としては、顔の非対称、鼻翼の切れ込み、口唇口蓋裂、尖ったオトガイなどがある。
時にみられる症候としては、歯の先天異常、腹壁の欠損、横隔膜ヘルニア、腎奇形などがある。
精神運動発達は正常であることが多いものの、認知機能障害を伴う例もみられる。
診断・検査
巣状皮膚低形成の診断は、典型的な皮膚症候や特徴的四肢奇形を有する例については、臨床症候をもとに行うことが可能である。
分子遺伝学的検査は、こうした例の診断の確認を行う上で有用なことがあると同時に、臨床症候だけでは診断の確定に至らない例について、診断を確定させる目的でも用いられる。
臨床的マネジメント
症状に対する治療:
疼痛や痒みを伴い、易感染性を示す糜爛性病変に対し、皮膚科医による管理を行う。
胃食道逆流症(GERD)の原因となりうる喉頭/気管・食道の大きな乳頭腫の評価や管理を目的として、耳鼻咽喉科医ないし消化器専門医に紹介を行う。
手足の奇形に関して、理学療法/作業療法士や手の外科医に紹介を行う。
眼・腎の器質的異常や、横隔膜ヘルニア、腹壁欠損の管理については、標準プロトコルに従って行う。
二次的合併症の予防 :
術前評価として、耳鼻咽喉科医の手で、下咽頭ないし口蓋扁桃の乳頭腫に関する評価を行う。
定期的追跡評価 :
皮膚科医による定期フォロー、特に肋椎分節異常を有する例について脊柱側彎に関するルーチンの評価、栄養面での介入が必要かどうかを判断するための成長や体組成に関する定期的モニタリング、定期的な眼の検査、認知・情緒・行動・適応の問題に関する定期的スクリーニングを行う。
遺伝カウンセリング
巣状皮膚低形成は、X連鎖性遺伝を示す。
女性(罹患者全体の90%を占める)は、PORCNの病的バリアントをヘテロないしモザイクで有し、生産男児(罹患者全体の10%を占める)は、PORCNの新生の病的バリアントをモザイクで有する。
モザイクでないヘミ接合の男性については、生存不能と考えられている。
巣状皮膚低形成を有する女性の約95%は、新生の病的バリアントに起因するものであり、片親からの継承例は5%以下である。
ヘテロ接合の女性罹患者からPORCNの病的バリアントが子に伝達されるリスクは50%であるが、PORCNの病的バリアントを有する男性胎児の大多数は自然流産に至ると考えられている。
したがって、分娩の段階での子の男女比は、非罹患女児が33%、罹患女児が33%、非罹患男児が33%であると思われる。
PORCNの病的バリアントをモザイクで有する女性罹患者の場合、女児にその病的バリアントが継承される確率は、生殖細胞系列に存在するモザイクの比率次第ということになり、最大で50%になる可能性がある。
家系内に存在する病的バリアントの内容が既知の場合は、高リスク妊娠に備えた出生前検査や着床前遺伝子検査を行うことが可能である。
本疾患を示唆する所見
巣状皮膚低形成は、皮膚、骨格系、眼、顔を中心に、多系統に影響が現れる疾患で、次のような臨床症候を有する例については、これを疑うべきである。
大症候
外胚葉の症候
外胚葉の症候として特徴的なものは、以下の通りである(図1参照)。
これは皮膚の萎縮性ないし低形成性領域の形で現れる。
しばしばBlaschko線に沿って現れ、ピンクないし白色の陥没を呈し、しばしば線維性を思わせる質感を示す。
注:Blaschko線は、胚や胎児における皮膚の発生過程における細胞遊走の経路に一致して現れる線である。
皮節と同様、Blaschko線は、四肢においては線状、体幹においては円周状に現れる。
ただ、皮節と異なり、Blaschko線は神経支配のパターンとの一致はみられない。
これは、多くBlaschko線に沿う形で現れる。
これは、皮膚上の黄色からピンク色の柔らかい結節(本態は真皮内に形成される脂肪性の結節)の形で現れ、体幹や四肢に多くみられる。
これは、顔、体幹、四肢にみられる。
図1:さまざまな形で現れる皮膚の症候。
黄色味を帯びたピンク色の脂肪ヘルニアの部位(白△)、限局性の皮膚無形成(黒▲)、Blaschko線に沿った高色素沈着/低色素沈着部位(黒→で境界部を示す)、多型皮膚萎縮の低色素領域(○囲み)。
爪の表現型は、縦方向の稜がみられるもの(1)から低形成のもの(2)までみられる。
四肢の奇形
特徴的な四肢の奇形[Smith & Hunt 2016]としては、次のようなものがある(図2,図3参照)。
2本以上の指趾に骨性ないし皮膚性の合指が生じる。
四肢のうちの1つだけにこれが現れることもあれば、複数の四肢に出現することもあり、多様である。
四肢のうちの1つだけのこともあれば、複数に現れることもある。
指趾の数が4本以下になる状態。
片方の手足にのみ生じることもあれば、両手足に生じることもある。
第3指趾に最も多く生じる。
欠手症、半肢症を含め、手、手首、前腕、肘といった部分より遠位の部分が先天的に欠損した状態。
1つないしそれ以上の四肢の長骨の低形成ないし短縮。
図2:合指(黒→)、左手は指が4本しかない乏指で裂手奇形(黒▲)を呈する。
なお、左手は、一部、外科的修復がなされ、外観がいくぶん変化している。
図3:大きな多様性を示す四肢の奇形。
足に、合趾(黒→)、裂足(黒▲)、乏趾(3,6,7,8,10,11,12)、横断型遠位四肢欠損(13)などが現れる。
Bostwickら[2016]より引用。
小症候
診断基準には含まれないものの、頻繁に出現し、診断の裏づけとなりうるその他の症候としては、以下のようなものがある。
外胚葉の症候[Breeら2016,Wrightら2016]
眼の症候[Gisseman & Herce 2016]
診断の確定
巣状皮膚低形成の診断は、典型的な外胚葉症候や特徴的四肢奇形を有する例については、臨床所見を基に下すことができる。
分子遺伝学的検査は、上記のような例において確認用として行われることがあり、また、臨床所見だけでは診断がつきにくい例について、診断を確定させる目的で行われることもある。
男女とも、発端者における巣状皮膚低形成の診断は、以下のような臨床所見、ないし分子遺伝学的所見を確認することで確定させることができる。
臨床所見
巣状皮膚低形成の診断は、3つ以上の外胚葉の大症候を有することに加え、1つ以上の四肢奇形の大症候を有することをもって、臨床症候のみで確定させることができる[Bostwickら2016]。
注:(1)皮膚の症候については、Rothmund-Thomson症候群でも同様の表現型がみられることから、先天性にこれを有することが条件となる。
(2)小症候しか有しない場合は、臨床症候を基にした診断確定には不十分であるものの、巣状皮膚低形成の疑いが強まる要素にはなる。
分子遺伝学的所見
女性については、生殖細胞系列におけるPORCNの病的バリアントないし欠失のヘテロ接合を同定することで、男性については、体細胞におけるPORCNの病的バリアントないし欠失のヘミ接合のモザイクを確認することで(表1参照)、典型的臨床所見を有する例の診断の確認、ならびに、臨床所見が曖昧であったり確定的でなかったりといった例の診断の確定が行われる。
注:現在のところ、罹患男性はほぼすべて、PORCNの病的バリアントのヘミ接合を体細胞モザイクで有する例である[Grzeschikら2007,Wangら2007,Lombardiら2011]。
ただ、注目すべき例外があり、それは、それまでに報告例のないタイプのPORCNのミスセンスバリアントを親から継承したヘミ接合の2人の兄弟例である[Bradyら2015]。
このミスセンスバリアントは、おそらくhypomorphic変異アレル(訳注:正常遺伝子産物のもつ機能を完全に失わせてしまうような変異ではなく、機能を部分的に損なうようなものをいう)であったものと思われる。
分子レベルの検査は、単一遺伝子検査(配列解析、ならびに遺伝子標的型欠失/重複解析)、染色体マイクロアレイ解析(CMA)、マルチ遺伝子パネル、網羅的ゲノム検査といったものを組み合わせながら、順を追って段階的に進めることになる。
第1段階の検査
血液サンプルを用いて、PORCNの配列解析を行う。
そこで病的バリアントが検出されなかった場合は、PORCNを含む大きな欠失/重複を検出するためのCMA(もしそれまでに行っていないようであれば)を行う。
あるいはまた、CMAで問題がみつからないということであれば、PORCNの遺伝子標的型欠失/重複解析を行う。
ただし、この方法で遺伝子内の欠失が検出された例は、これまでほとんど報告されていない(表1参照)。
注:(1)女性罹患者の一部、ならびにほぼすべての男性罹患者が、PORCNの病的バリアントないしPORCNの欠失を体細胞モザイクで有する。
したがって、配列解析を行うにあたっては、モザイクの可能性を頭に入れておく必要がある(「第2段階の検査」を参照)。
(2)47,XXYの核型をもつ男性で、2本のX染色体の一方のみにPORCNの病的バリアントがみられるヘテロ接合の1例が報告されている[Alkindiら2013]。
第2段階の検査
第1段階の検査でPORCNの病的バリアントないし欠失が検出されなかった場合は、体細胞モザイクの検出感度が上がるようなサンプル、例えば、唾液や罹患組織(皮膚,乳頭腫,外科的切除標本)を用いて、配列解析と欠失/重複解析を行う[Maasら2009]。
検討すべき検査
第1段階の検査でも第2段階の検査でもPORCNの病的バリアントや欠失が検出されなかった場合は、下記の検査も検討対象になろう。
注:(1)パネルに含められる遺伝子の内容、ならびに個々の遺伝子について行う検査の診断上の感度については、検査機関によってばらつきがみられ、また、経時的に変更されていく可能性がある。
(2)マルチ遺伝子パネルによっては、いま本章で取り上げている状況と無関係な遺伝子が含まれることがある。
したがって、どのマルチ遺伝子パネルを用いれば、重要性の不確かな変異や現状の表現型と無関係な病的変異の検出を抑えつつ、いま問題にしている疾患の遺伝的原因を特定できる可能性が高いかという点について、臨床医の側であらかじめ検討しておく必要がある。
(3)検査機関によっては、パネルの内容が、その機関の定めた定型のパネルであったり、表現型ごとに定めたものの中で臨床医の指定した遺伝子を含む定型のエクソーム解析であったりすることがある。
(4)ある1つのパネルに対して適用される手法には、配列解析、欠失/重複解析、ないしその他の非配列ベースの検査などがある。
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こうした検査を行うことで、もともと候補として念頭になかった診断名(例えば、これとよく似た症候を惹起するPORCNとは別の遺伝子の変異)が浮上してくる可能性がある。
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表1:巣状皮膚低形成で用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 手法 | その手法で病的変異2が検出される発端者の割合3,4 |
---|---|---|
PORCN | 配列解析5 | 91%以内6 |
欠失/重複解析3(ゲノム全体) | 9%以内6,7 | |
遺伝子標的型欠失/重複解析8 | 稀6,7 |
臨床像
巣状皮膚低形成は、主として皮膚、四肢、眼、顔の中胚葉・外胚葉性組織に発生異常が生じる多系統疾患で、その表現型の幅は非常に広い。
症候は罹患者によって異なり、本疾患の特徴的症候をすべて有するといった例はほとんどみられない。
巣状皮膚低形成罹患者の90%を女性が占める。
その表現型は、モザイクのため、男女ともきわめてばらつきが大きい。
どういうことかと言うと、女性についてはX染色体に無作為な不活性化(機能的モザイク)がみられ、一方、男性の場合は、ほぼ全例が接合後に生じた体細胞モザイクだということである。
女性罹患者
外胚葉症候
巣状皮膚低形成で最も特徴的な症候は、皮膚の症候である(図1)。
皮膚の症候は、Blaschko線に沿う形でみられることが多く、限局性の無形成/低形成、皮膚の高色素/低色素沈着、結節状脂肪ヘルニアといった形で現れる。
Blaschko線は、細胞遊走経路に基づく線で、四肢では線状、体幹では円周状に現れる。
その形状は、上部脊椎直上ではV字形、腹部では横S字形、胸から上腕までの間は逆U字型とよく形容される。
皮膚症候は、ふつう、出生時には明らかにみられるものの、分布状況や重症度については、経時的変化がみられることがある。
体の半側のみに症候が現れた例の報告もみられる[Tenkir & Teshome 2010,Maaloufら2012,Asanoら2013]。
その他の外皮系の異常としては、針金状の毛髪、疎な毛髪、頭皮の部分性脱毛、爪の異常などがある。
爪については、欠損(無爪症)、矮小(小爪症)、時に縦方向の稜・亀裂を伴う低形成ないし異形成、V字欠損などがみられる[Breeら2016]。
乳頭腫症
通常、乳頭腫や毛細血管拡張は出生時にはみられず、年齢とともに出現する。
喉頭に大きな乳頭腫ができると、麻酔の際の換気障害や閉塞性睡眠時無呼吸の原因になることがある。
食道や喉頭に乳頭腫が生じると、重度の胃食道逆流症の原因ないし増悪因子になるようなこともある。
歯の異常や眼の症候は、どちらも外胚葉付属器の発生異常に起因するもので、これらについては別に後述する。
四肢ならびに骨格の症候
巣状皮膚低形成罹患者の大多数は、出生時に、合指趾、乏指趾、裂手裂足奇形などの四肢奇形を呈する(図2ならびに図3)[Gorlinら1963,Goltzら1970]。
こうした奇形は、経時的に変化していくことがなく、中には機能障害を伴うものもある。
これに加え、下肢長の不均衡から橈骨/尺骨あるいは脛骨/腓骨の横断型遠位四肢欠損に至るまで、さまざまな程度の長骨短縮型欠損が多くみられる。
これより少ない四肢奇形で、出生時からみられて機能障害をもたらすものとしては、屈指症(指趾の拘縮型変形)や短指(指趾の短小化)などがある。
癒合肋骨、二分肋骨、半椎、蝶形椎など、肋椎骨の分節異常が出生時から存在したとしても、こうしたものは診察では発見できないことが多く、胸部ないし脊椎のX線写真を撮って初めて確認が可能となる。
こうした奇形は、乳幼児期には特段問題にならないことが多いものの、成長とともに脊柱側彎を引き起こしていくようなことがある。
脊柱後彎や脊柱後側彎は罹患者の約10%にみられる[Smith & Hunt 2016]。
ただ、こうした分節異常があっても、健康上、特段の問題を引き起こさないことのほうが多い。
恥骨結合離開、これは恥骨結合が異常な形で分離するものであるが、これはたまたま発見されることもあれば、思春期や成人期に痛みが生じて明らかになるといったこともある。
左右恥骨間の間隙は、妊娠していない成人で平均4-5mmである。
これが1cm以上になると異常とされ、時に、左右の骨の配列が少し揃わない状況に至る。
巣状皮膚低形成罹患者の中には、恥骨結合離開により、歩行時に痛みがあったり、恥骨結合部、下肢、鼠蹊部、下腹部に痛みを覚えたりする例もみられる。
部位や年齢を問わず、線維性骨異形成(髄骨が、線維マトリックスの中に貯留液を内包する嚢胞が存在する形の線維骨梁に置き換わる疾患)が生じることがある。
そうした骨は、X線写真では透過像として現れ、典型例では「すりガラス様」外観と表現されるような状態を呈する。
線維性骨異形成は無症状で経過することもあるが、病的骨折を起こして初めてその部位に線維性骨異形成があることがわかるといったこともある。
長骨の類巨細胞腫が時に報告されている。
これは小児期、思春期、成人期のいずれかに発生する。
これが存在する部位に病的骨折が生じて初めて、その存在が明らかになるというのが一般的である[Selzerら1974,Joannidesら1983,Tanakaら1990]。
この腫瘍は、報告数は少ないものの、現在のところ悪性化した報告はない。
線状性骨症(単純X線写真で多数の線条がみられる状態)が多くみられる。
これは小児期、思春期、あるいは成人期にみられる。
これを示す罹患者が、全身の骨粗鬆症に関して高リスクであるかどうかという点に関しては、今のところよくわかっていない。
注目すべきものとして、巣状皮膚低形成の1例で、骨粗鬆症に関連して膝蓋骨に自然骨折が生じた報告がある[Altschulerら2012]。
眼の症候
眼の発生異常が多くみられ、それは出生段階で明瞭に認められる。
視力については、症候の重症度により、20/20(訳注:日本で言う1.0のこと)から、光を感知できないものまで、幅がみられる。
報告されている眼の異常としては、無眼球/小眼球、小角膜、虹彩・脈絡網膜・眼瞼のコロボーマ、鼻涙管の異常、白内障(皮質白内障や嚢下白内障)などがある[Gorlinら1963,Goltzら1970]。
乳児期に明確な視覚障害があるような例については、斜視や眼振がみられることがある。
頭蓋顔面の症候
顔面の症候には幅がみられ、具体的には、顔の非対称、鼻翼の切れ込み、尖ったオトガイ、小さく折れ曲がりの少ない耳輪などがある。
こうした顔の特徴は、出生時にははっきりと認められないことが多いものの、経時的に明らかになっていく(図4)[Gorlinら1963,Goltzら1970]。
口唇口蓋裂がみられることがあり、その場合、摂食障害につながることがある。
より重度の顔面裂を有する例になると、摂食障害、呼吸障害、視覚障害だけでなく、美容的問題も大きな懸念材料になる[Aschermanら2002]。
口腔や歯の症候
口腔の症候は罹患者の過半数にみられ、硬軟両組織に異常が生じうる。
最も多くみられる問題はエナメル質形成不全で、これがあると齲蝕罹患性が高まることになる。
その他の症候としては、部分性無歯症、過剰歯、叢生(これが乳歯列、永久歯列の両方について咬合異常の一因となる)、歯の縦方向の裂溝形成、矮小歯、タウロドント(台状根)、癒合歯、歯根形態異常などがある[Balmerら2004,Tejaniら2005,Murakamiら2011]。
また、本症罹患者は歯の萌出状況や、萌出位置に問題が生じることもある。
1例の出生歯の報告がみられる[Diasら2010]。
口腔軟組織の異常としては、広範性歯肉炎、口腔内に生じる脂肪腫や乳頭腫などがある。
消化器系ならびに栄養関連
体重増加不良(罹患者の77%)、低身長(65%)、口腔運動機能障害(41%)、胃食道逆流症(24%)、胃不全麻痺(35%)、便秘(35%)などの問題がみられる[Motilら2016]。
牛乳、大豆、貝類を中心とした食物アレルギーが、罹患者の12%にみられる。
それ以外の発生異常は、消化器系では稀であるが、中には重大な結果を引き起こすものがある。
腹壁欠損や横隔膜ヘルニアがそれである(「先天性横隔膜ヘルニア概説」のGeneReviewを参照)。
乳児期、小児期に重度の胃食道逆流症(GERD)がみられ、嘔吐の頻発、不快感/苦痛を伴う摂食障害をきたした例の報告がみられる。
GERDは、食道の乳頭腫に起因して生じるものである可能性が高い[Brinsonら1987]。
腎ならびに泌尿生殖器系
女性罹患者の大多数に陰唇の低形成がみられる[Adeyemi-Fowodeら2016]。
双角子宮を含むミューラー管奇形を有する罹患者の報告が時にみられる[Reddy & Laufer 2009,Lopez-Porrasら2011]。
腎の器質的異常はそれほど多くはないものの、過去に、片側の腎無形成、腎低形成、融合腎/馬蹄腎、嚢胞性異形成腎などの報告がみられる。
こうしたものがある場合、反復性尿路感染や尿管逆流を引き起こす可能性がある[Suskanら1990]。
認知面ならびに心理面
多くの罹患者については、認知面、心理面の発達や知能は正常である。
これまでに、知的障害(罹患者の15%-20%)、行動面の問題(20%近く)、情緒不安定(40%-50%)、引きこもり行動(65%)などの報告がみられる[Deidrickら2016]。
情動障害、行動障害、適応障害、知的障害を有する例について言うと、その重症度のばらつきの幅は非常に大きい。
脳の器質的異常や二分脊椎の報告[Goltzら1970,Almeidaら1988]もみられるものの、こうしたものはそれほど多くはない。
癲癇の報告もみられる[Kanemuraら2011]。
その他
混合性難聴の報告が時にみられる。
家系内における最初の罹患者である女性よりも、その後の世代の罹患女性のほうが症候の現れ方が重度であるような場合[Wechslerら1988,Kilmerら1993]は、最初の罹患女性がPORCNの病的バリアントをモザイクで有しているか、もしくは、X染色体不活性化の偏りがあるかのどちらかである可能性が高い。
別の説明として、重度の症候を有する女性は生殖能力が低下し、自然と、症候の軽度な女性にのみ子どもが生まれるといったことも、可能性としては考えられる。
図4:尖ったオトガイ、小さな右耳といった顔の症候に注目されたい。
男性罹患者
男性罹患者の報告は比較的少ないため、男性の「典型的な」症候を示せるだけの包括的なデータは存在しない。
男性罹患者には、女性罹患者に現れるいずれの症候も、出現の可能性がある。
具体的には、典型的皮膚症候、疎で脆い髪、爪の形成不全、小眼球、合指、裂手裂足奇形、肋椎分節異常、線状性骨症、恥骨結合離開などがある[Wangら2007,Bornholdtら2009,Maasら2009,Lombardiら2011,Lasockiら2011,Vreeburgら2011,Yoshihashiら2011]。
男性罹患者はPORCNの病的バリアントを体細胞モザイクで有するため、一般的には女性罹患者より症候が軽度である[Grzeschikら2007,Wangら2007,Lombardiら2011]。
巣状皮膚低形成の父親は、娘より軽症である[Burgdorfら1981]という報告は注目に値する。
この違いは、男性がモザイクであることに起因する。
重度の症候が現れるタイプについて
巣状皮膚低形成でみられるさまざまな表現型について、以前は別々の症候群である、あるいは、同一アレル内の変異内容の相違によって生じたものであると考えられた時期もあったが、現在では、すべて巣状皮膚低形成のスペクトラム内のばらつきであると理解されるようになってきている。
蛇行性血管腫は、当初、巣状皮膚低形成と同一のアレルに起因する別疾患であろうと考えられていた[Blinkenbergら2007]。
その後、この疾患とされる1例でPORCNの欠失が報告された[Hougeら2008]が、この症例の判断には後に異論が唱えられ、この例は蛇行性血管腫ではなく、巣状皮膚低形成であるとの見方が提唱されている[Happle 2009]。
Van Allen & Myhre [1991]は、Van Allen-Myhre症候群について、巣状皮膚低形成の重症型であるか、もしくは、巣状皮膚低形成と同一アレルに起因する疾患であろうと述べている。
この見方は、後にVan Allen-Myhre症候群の1例[Hancockら2002]にPORCNの病的ばりあんとが同定されたことで、その正しさが確認された[著者自身が確認;Wangらの手で症例報告がなされている]。
これまでに、Cantrell症候群の五徴、あるいはlimb-body wall complex(訳注:重度の腹壁欠損、頭部奇形、四肢奇形のうちの2つを有する複雑型先天奇形であるが、適切な訳語が見当たらなかったため、原文のままとした。羊膜索症候群の一部と考えられている)のスペクトラム内にある腹壁閉鎖不全を有する巣状皮膚低形成の例が報告されている[Hancockら2002,Maasら2009,Scottら2009,Smigielら2011]。
こうした例の中には、PORCNの病的バリアントが検出された例も存在する[Maasら2009,Lombardiら2011,Smigielら2011]。
PORCNの病的バリアントにより、こうした形で症候が限局した疾患が生じうるかどうかという点については、現在まだ確認がとれていない。
病理
皮膚の病理組織学的、超微細構造病理学的研究により、以下のようなことが判明している。
こうしたものが、菲薄化真皮への脂肪ヘルニアであるのか、それとも、異形成を示す真皮内に現れた脂肪の異所性凝集であるのかという点は、まだ明らかになっていない[Howell & Freeman 1989]。
疣状乳頭腫は、ヒトパピローマウイルス感染でみられる特徴的形態を欠き、また、Epstein-BarウイルスRNA染色も陰性である[Rosen & Bocklage 2005]。
・Blaschko線類似の縞から採取した生検にて、真皮乳頭層の血管の増加、真皮の厚みの減少、真皮内の高い位置に存在する脂肪細胞といった所見がみられるときは、巣状皮膚低形成の診断が強く示唆される[Koら2016]。
遺伝型と表現型の相関
巣状皮膚低形成の遺伝型-表現型相関に関する情報は少ない。
今あるデータからは、(家族性の)症例によっては、X染色体不活性化の程度と表現型の重症度との間に相関があるのではないかということが窺われる[Grzeschikら2007,Wangら2007]。
注:PORCNの欠失を有する女性はすべて、極端に偏ったX染色体不活性化を示すが、1塩基の変異を有する女性については、X染色体不活性化がランダムに生じるものもあれば、偏りがみられるものもあるといったことがあるようである[Grzeschikら2007,Wangら2007,Lombardiら2011]。
現在までに罹患が確認された男性のほぼすべてが、PORCNの病的バリアントの体細胞モザイクである。
そのため、一般に、男性のほうが女性より症候の現れ方が軽微である。
しかし、一部、重度の症候を示した男性の例が報告されている[Maasら2009,Bornholdtら2009,Lombardiら2011]。
注目すべき例外が1つ存在する。
それは、これまで知られていなかった新規のPORCNのミスセンスバリアントを継承し、これに起因して症候群性の小眼球が生じたと思われるヘミ接合の2人の兄弟例である[Bradyら2015]。
この兄弟と同じ変異を有していた女性血族の表現型は、軽度から無症候までの間にあった。
この例は、おそらくhypomorphic変異アレルであったものと考えられる。
浸透率
女性における巣状皮膚低形成の浸透率はかなり高いように見受けられるものの、時に、X染色体不活性化の偏りにより表現型が軽くなることがありうる。
男性は、ほぼすべて、PORCNの病的バリアントのヘミ接合の体細胞モザイクであり、そのため、成人に達するまで特段の医学的注目を引くこともないような軽症例にとどまることも多い。
命名法について
巣状皮膚低形成には、次のような別名がある。
注:母斑性基底細胞癌症候群の別名として、Gorlin-Goltz症候群という呼び名があることに注意が必要である。
巣状皮膚低形成といっても、必ずしも全例に皮膚の低形成領域がみられるわけではないことに注意が必要である。
発生頻度
巣状皮膚低形成は、これまでの全世界での報告が約300例と、稀少な疾患である[Goltz 1992,Tadiniら2015]。 そのため、正確な発生頻度は不明である。
線状皮膚欠損を伴う小眼球症(MLS)(訳注:MIDAS症候群と呼ばれることが多いようである)
MLSは、巣状皮膚低形成類似の皮膚症候、眼症候を呈することがあるものの、四肢や骨格に症候が現れることは稀である。
MLSは、HCCSの欠失や変異に起因して生じる[Wimplingerら2006]。
MLSはX連鎖性遺伝を示し、男性では通常、致死性であるため、罹患者は主として女性である。
色素失調症(IP)
IPは、皮膚、毛髪、歯、爪、眼、中枢神経系に影響が現れる疾患である。
次の4段階で表される特徴的な皮膚病変がみられる。
(Ⅰ)小疱形成(出生から生後4ヵ月まで)
(Ⅱ)疣状突起形成(数ヵ月間)
(Ⅲ)渦状の高色素斑形成(生後6ヵ月以内から成人期にかけて)
(Ⅳ)線状の低色素斑形成
脱毛症、部分性無歯症、歯の形態異常、爪の形成不全がみられる。
網膜の新血管形成が一部の罹患者にみられ、これが網膜剥離の素因となる。
時に、認知機能の遅れや知的障害といった神経学的症候がみられることがある。
IP関連遺伝子として確定しているのは、今のところIKBKG(NEMO)のみである。
IPはX連鎖性の遺伝様式を示し、男性の多くは致死性である。
TP63関連疾患
TP63関連疾患は、四肢奇形(裂手裂足奇形,合指趾)、外胚葉症候(皮膚の糜爛、乳房の低形成、皮膚の低色素沈着、爪の形成不全、脱毛症、歯の異常)、がさまざまに組み合わさった形で現れるのが特徴である。
ただ、皮膚症候は基本的にBlaschko線に沿った分布ではなく、眼のコロボーマや小眼球がみられることはほとんどない。
この疾患群はTP63の病的バリアントのヘテロ接合によって生じ、罹患者は男女両性に及ぶ。
眼-大脳-皮膚症候群(oculocerebrocutaneous syndrome)(OMIM 164180)
この疾患は、小眼球/無眼球、眼窩嚢胞、皮膚の線状色素沈着、皮膚の低形成を特徴とする。
この疾患は、主として男性が罹患し、前頭葉の多小脳回、脳室周囲結節状異所性灰白質、脳梁無形成などの特徴的脳奇形がみられることで、巣状皮膚低形成と鑑別することができる[Moogら2005]。
この疾患を引き起こす遺伝子は、今のところ同定されていない。
Rothmund-Thomson症候群(RTS)
RTSは、多型皮膚萎縮、疎な毛髪・睫毛・眉毛、低身長、骨格や歯の異常、白内障、がんリスク(特に骨肉腫)の上昇といった特徴を有する。
皮膚は、ふつう出生時は正常であるが、生後3-6ヵ月になると、顔面の紅斑、腫脹、小疱といった形で疹が生じ、後にそれが臀部や四肢に拡大する。
疹は、数ヵ月から数年の期間を経て、網状の低色素沈着/高色素沈着、点状萎縮、毛細血管拡張といった形の慢性パターンへと変化する。
これらは、総じて「多型皮膚萎縮」と称される。
罹患者の約3分の1に角化性病変が現れる。
骨格の異常としては、異形成、骨の欠損や形成障害(例えば橈骨欠損)、骨減少症、骨の形成遅延といったものが現れる。
RTSはRECQL4の両アレルの病的バリアントによって引き起こされ、常染色体潜性遺伝の遺伝様式をとる。
その他
生殖器・肛門領域の乳頭腫は、広く一般にみられる。
最初の診断に続いて行う評価
巣状皮膚低形成と診断された罹患者については、疾患の範囲やニーズを把握するため、以下のような評価を行うことが推奨される。
皮膚の無形成や糜爛を調べるための皮膚科医による評価。
こうしたものがある場合は、ドレッシング材やローションによる治療が有益なことがある。
これがあると、閉塞性睡眠時無呼吸を引き起こす可能性がある。
肋椎分節異常や横隔膜ヘルニアを調べるための胸部X線写真。
虹彩コロボーマ、脈絡網膜コロボーマ、眼振、斜視、白内障を調べるための眼科検査。
奇形が生殖能力に及ぼす影響を考慮し、生殖器官の画像検査を検討する。
聞き取りの評価。
臨床遺伝医ないし遺伝カウンセラーとの面談。
症候に対する治療
皮膚
皮膚無形成の面積が広い例については、皮膚科医による定期管理を行う。
糜爛は痛みや痒みが強く、また感染も起こしやすいため、閉鎖ドレッシングや抗生剤のクリームを用いることが二次感染の予防に役立つことがある。
痒みの強い糜爛に対してローションが有用との報告もみられる。
余剰肉芽組織への対処には、パルス色素レーザー、その他の光線力学療法が一定の成果を収めている[Alster & Wilson 1995,Liuら2012]。
難治性の外方増殖性肉芽組織を有する例について、搔爬術と光線力学療法とを組み合わせて用いることが有効であったとする報告がみられる[Mallippediら2006]。
多発性皮膚基底細胞癌を有する成人罹患者の1例が報告されている。
巣状皮膚低形成にこれが多いかどうかという点については、今のところ不明ではあるが、これに対する監視の強化や適切な治療が必要になるようなこともあろう[Patriziら2012]。
乳頭腫症
疣状乳頭腫は、呼吸障害(喉頭や気管に乳頭腫がある場合)やGERDの症状(食道に乳頭腫がある場合)といった、重大な病的状態を引き起こす可能性がある。
こうした例は、乳頭腫の位置に従って、できるだけ耳鼻咽喉科医や消化器医に紹介すべきである。
症状を伴う食道の乳頭腫については、内視鏡下での切除術[Kashyapら2011]、あるいはバルーン併用ラジオ波焼灼術[Bertaniら2014]による除去が可能である。
気道(下咽頭、扁桃、気道)の乳頭腫については、手術やレーザー治療で対処する。
骨格
合指、乏指、裂手裂足奇形に起因する機能障害については、作業療法、補装具、外科手術といったものにより改善する可能性がある。
橈尺骨や脛腓骨といった長骨の横断型遠位四肢欠損については、適応になるようであれば補装具で対応がなされることになる。
屈指症については、理学療法、作業療法で改善できることが多い。
肋椎分節異常に伴って二次性に脊柱側彎がみられる罹患者については、整形外科医に紹介して、定期的なモニタリングや管理を行うようにする。
恥骨結合離開に起因する疼痛については、抗炎症薬の処方、理学療法といった対応で、多くの場合、改善が得られる。
こうした対応が奏功しない例については、整形外科医に紹介する。
眼
眼瞼のコロボーマについては、眼専門の形成外科医によって修復できる可能性がある。
虹彩コロボーマについては、カラーコンタクトレンズを使用して瞳孔が円形に見えるようにする審美的対応が可能である。
虹彩コロボーマに伴ってしばしば生じる羞明に関しては、サングラスを使用して低減を図ることができる。
網膜のコロボーマについては、網膜剥離から失明に至ることがあるため、いかなる形であれ、視覚に急激な変化がみられるときは、眼科医へ即座に紹介して評価してもらう必要がある。
小眼球の患者については、義眼技工士の手で補綴的介入を行うことで眼瞼裂を大きくすることが可能な場合がある。
それに加えて外科的治療を行うか否かという点については、眼専門の形成外科医と話し合って決めることになる。
視覚に障害をもつ罹患児については、視空間認知機能の発達を促すための早期介入プログラムの一環として、視覚教材その他の視覚的資料が有益な場合がある。
歯
齲蝕のリスクを最小限に抑える上では、歯科医師による定期的ケアと口腔衛生の向上に向けた取り組み、摂取する食物に関する指導、積極的な小窩裂溝予防塡塞に向けた検討といったことが重要である[Tejaniら2005,Murakamiら2011]。
歯に器質的、数的異常があると、咬合異常や歯列の審美障害の原因になることがある。
咬合異常がみられるときは、矯正治療の適応となろう。
異常のみられる歯の審美性を改善する上では、コンポジットべニアその他の審美処置が行われることになろう[Tejaniら2005,Murakamiら2011]。
その他
以下のような点の相談(紹介)を行う。
腎臓に器質的奇形を有する罹患者については、尿路感染症のリスクを低減するための標準治療が行われることになる。
知的障害や発達遅滞を有する例については、作業療法、言語療法、理学療法などの早期介入を行う必要がある。
二次的合併症の予防
全身麻酔に先立って、下咽頭や扁桃の乳頭腫に関する耳鼻咽喉科医による術前評価が必要となる[Rheeら2006]。
気管内挿管の障害となりうる乳頭腫については、事前に切除しておくか、あるいは麻酔科医に連絡しておくことが必要となる。
注:乳頭腫の状態は時々刻々変化することが考えられるため、評価は、処置の直前数ヵ月以内に行う必要がある。
乳頭腫は、脆く易出血性のことがある。
そのため、乳頭腫が存在するときは、気道の取扱いを可能な限り丁寧に行う(具体的には、直達喉頭鏡ではなく、ファイバー気管支鏡で挿管を行うといったこと)ようにしなければならない[Rheeら2006]。
定期的追跡評価
巣状皮膚低形成の罹患者に対する日常的医療ケアの一環として、以下のようなことを検討する必要がある。
一般的皮膚トラブルを予見しつつ管理していくことを目的として行う皮膚科医による定期的フォローアップ。
特に肋椎分節異常を有する罹患者については、脊柱側彎の評価を目的として、定期的な診査や脊椎のX線写真撮影を行う。
定期的に歯科検診を行う。
避けるべき薬剤/環境
皮膚に重度の症候を有する罹患者の中には、乏汗症(すなわち、耐暑性低下に関し高リスク)を示す例があるため、酷暑環境を避けるための注意が必要である。
リスクを有する血縁者の評価
リスクを有する血族に対して行う遺伝カウンセリングを目的とした検査関連の事項については、「遺伝カウンセリング」の項を参照されたい。
妊娠に関する管理
罹患女性について言うと、妊娠に関する管理は、巣状皮膚低形成で生じうる合併症を頭に入れつつ、産科の標準的原則に則って行うべきである。
ただ、罹患女性の中には、脊柱側彎や恥骨結合離開を有する例があり、分娩管理が変わってくる可能性もある。
明らかな脊柱側彎を有する女性については、呼吸状態の評価や、硬膜外麻酔を行えるかどうかといった評価を行うことが有益である。
巣状皮膚低形成の女性の生殖器領域にみられる疣状乳頭腫は、ウイルス由来である可能性が低いことから、経腟分娩によって新生児を感染させてしまうリスクはないという点を、産科医は押さえておく必要がある。
研究段階の治療
さまざまな疾患・状況に対して進行中の臨床試験に関する情報については、アメリカの「Clinical Trials.gov」、ならびにヨーロッパの「EU Clinical Trials Register」を参照されたい。
注:現時点で本疾患に関する臨床試験が行われているとは限らない。
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
巣状皮膚低形成(FDH)は、X連鎖性の遺伝様式を示す。
FDH罹患者の90%を女性が占める。
罹患女性は、PORCNの病的バリアントをヘテロもしくはモザイクで有する。
男性はFDH罹患者の10%程度である。
生産男児で分子遺伝学的検査済のほぼ全例が、PORCNの病的バリアントをモザイクで有する[Lombardiら2011]。
非モザイクのヘミ接合男性は、生存不能と考えられている。
家族構成員のリスク
発端者の両親
そうした女性罹患者は、母親よりも表現型が重度であることもあれば、同程度、あるいは軽度であるようなこともある[Wangら2007,Shimaokaら2009]。
比較的稀ながら、PORCNの病的バリアントをモザイクでもつ父親から病的バリアントを継承して罹患する女性も存在する[Wangら2007]。
その場合、一般に、父親のほうが娘より表現型が軽度である[Burgdorfら1981]。
一見したところ家族歴が陰性のように思われる場合でも、きちんとした評価を行うまでは、家族歴陰性の確認はできない。
- 女性発端者にPORCNの病的バリアントが検出された場合は、両親のうちFDHの症候を有している片親について、分子遺伝学的検査を行うのが適切である。
- もしも、両親ともにFDHの臨床症候を有していないということであれば、両親とも分子遺伝学的検査の検討対象とすべきである。
その理由は、
(1)両親のいずれかが、低レベルのモザイクである可能性があること。
(2)母親のほうに好ましい形でX染色体不活性化の偏りが生じたために、ヘテロ接合であるにもかかわらず表現型が軽度に収まった可能性があること。
男性の生産児は稀であり、ほぼ全例が、おそらく接合後変異と思われる新生変異の体細胞モザイクを有する。
その場合、母親について、FDHのごく軽微な症候がみられないか、診査を行う必要がある。
Hypomorphicな病的変異であったことに加え、好ましい形でX染色体不活性化の偏りが生じたために無症候になったものと考えられる母親から、2人のヘミ接合の男児が生じた例が報告されていることから、母親についてはぜひとも検査が必要である[Bradyら2015]。
発端者の同胞
女性発端者の同胞の有するリスクは、父や母の遺伝子の状態によって変わってくる。
男性同胞については、父親からその病的変異を継承するリスクはゼロである。
分子レベルの研究や臨床報告の結果から、生産男児については、ほぼ全例が、接合後に生じた病的バリアントのモザイクであることがわかっているので、男性罹患者の同胞の有するリスクは、一般集団の有するリスクと同程度ということになる。
発端者の子
FDH罹患女性の子の有するリスクを論じるにあたっては、男性胎児が妊娠中に死亡すると思われる点を頭に入れておく必要がある。
ただ、PORCNの病的変異を有する男性胎児の大多数は、自然流産に至るものと考えられる。
そのため、分娩の段階で子に生じると予想される比率は、非罹患女児が33%、罹患女児が33%、非罹患男児が33%である。
巣状皮膚低形成の男性は、PORCNの病的バリアントを体細胞モザイクで有している。
他の家族構成員
発端者の母親もPORCNの病的バリアントを有していた場合、その女性血族にあたる人は、症候を伴う場合も伴わない場合も含め、すべてその病的変異を有するリスクをもつことになる。
また、発端者の母親の父親にあたる人は、その病的バリアントをモザイクで有するリスクをもつことになる。
関連する遺伝カウンセリング上の諸事項
家族計画
DNAバンキング
検査の手法であるとか、遺伝子・病原のメカニズム・疾患等に対するわれわれの理解は、将来、より進歩していくことが予想される。
そのため、分子診断での確定にまで至っていない(つまり、疾患を引き起こす病原のメカニズムが不明な)発端者のDNAについては、保存しておくことを検討すべきである。
出生前検査ならびに着床前の遺伝子検査
家系内に存在するPORCNの病的バリアントの内容が確定した場合は、FDHのリスクを有する妊娠に備えた出生前検査や、着床前遺伝子検査を行うことが可能となる。
GeneReviewsスタッフは、この疾患を持つ患者および家族に役立つ以下の疾患特異的な支援団体/上部支援団体/登録を選択した。GeneReviewsは、他の組織によって提供される情報には責任をもたない。選択基準における情報については、ここをクリック。
分子遺伝学
分子遺伝学とOMIMの表の情報はGeneReviewsの他の場所の情報とは異なるかもしれない。表は、より最新の情報を含むことがある。
表A:巣状皮膚低形成:遺伝子とデータベース
遺伝子 | 染色体上の座位 | タンパク質 | Locus-Specific データベース |
HGMD | ClinVar |
---|---|---|---|---|---|
PORCN | Xp11.23 | タンパク質-セリンO-パルミトレイル転移酵素ポーキュパイン | PORCN @ LOVD | PORCN | PORCN |
データは、以下の標準資料から作成したものである。
遺伝子についてはHGNCから、染色体上の座位についてはOMIMから、タンパク質についてはUniProtから。
リンクが張られているデータベース(Locus-Specific,HGMD,ClinVar)の説明についてはこちらをクリック。
表B:巣状皮膚低形成関連のOMIMエントリー(閲覧はすべてOMIMへ)
300651 | PORCUPINE O-ACYLTRANSFERASE; PORCN |
305600 | FOCAL DERMAL HYPOPLASIA; FDH |
遺伝子構造
PORCNは15のエクソンから成り、このうちの14がコーディングエクソンである。
そして、選択的スプライシングを受けて5つの転写バリアントができる。
遺伝子とタンパク質の情報に関する詳細は、表Aの「遺伝子」の項を参照されたい。
病的バリアント
PORCNの病的バリアントとしては、ナンセンスバリアント、フレームシフトバリアント、ミスセンスバリアント、ならびに遺伝子の部分欠失、全欠失によるものなどがある。
欠失が隣接遺伝子群にまで及ぶ例がみられるものの、それによって生じる新たな臨床症候というものは別段報告されていない[Grzeschikら2007,Wangら2007]。
今日までに報告されている男性罹患者はほぼすべて、PORCNの病的変異を体細胞モザイクで有している[Grzeschikら2007,Wangら2007,Lombardiら2011]。
正常遺伝子産物
PORCNは、ショウジョウバエポーキュパインのヒトホモログをコードしている[Caricasoleら2002]。
その遺伝子産物であるタンパク質-セリンO-パルミトレイル転移酵素ポーキュパインは、選択的スプライシングにより5つのアイソフォームを産し、幅広い組織で発現する。
生物モデルにて、ポーキュパインは、WNT産生細胞で作られる大多数のWNTタンパク質について、その分泌やシグナル伝達に不可欠であることがわかっており[van Amerongen & Nusse 2009,Chenら2012,Clevers & Nusse 2012]、WNTタンパク質のレベルを微調整する役割を演じているものと考えられている。
WNTシグナル伝達は、大多数の器官の発生誘導、増殖、形態形成、維持に必要なものである。
WNTタンパク質は、分泌型モルフォゲンとして重要なもので、標的細胞上にある受容体や共受容体と相互作用を行う。
WNT経路の活性化は、正常な発生の上で重要であり[Clevers & Nusse 2012]、他の非古典的Wntシグナル伝達を活性化する上でも必要なものである可能性がある[Proffitt & Virshup 2012]。
Porcnが不活性化されると、Wnt-3aは培養細胞の小胞体内に留まることになる[Takadaら2006,Clevers & Nusse 2012]。
異常遺伝子産物
巣状皮膚低形成は、PORCNの機能喪失型変異ならびに欠失により発生する。
マウス細胞やショウジョウバエにおけるオーソログに機能喪失が生じると、WNTタンパク質がWNT産生細胞の小胞体から分泌されなくなり、その結果、下流のWNTシグナル伝達に異常をきたす[Tanakaら2000,Takadaら2006]。
マウス胚においてPorcnの不活性化は、胚初期における死亡という結果になることから、原腸胚形成や中胚葉・外胚葉由来構造物の正常な発生に、これが不可欠であることが判明している[Barrottら2011,Biecheleら2011,Liuら2012]。
発生中の皮膚においてPorcnを条件特異的に不活性化すると、毛包が形成されないため脱毛症が生じ[Liuら2012]、発育中の四肢では、FDH罹患者でみられるような骨格の欠損が生じる[Barrottら2011,Liuら2012]。
このマウスモデルは、将来、ポーキュパインの正常な機能をより深く理解する上で、また、進行性の症候や生後すぐに現れる症候に対応する新しい治療法の可能性を検証していく上で有用なものであろう。
Gene Reviews著者: Bret Bostwick, MD,Ignatia B Van den Veyver, MD,and V Reid Sutton, MD
日本語訳者: 佐藤康守(たい矯正歯科)、水上都(札幌医科大学医学部遺伝医学)
GeneReviews最終更新日: 2016.7.21. 日本語訳最終更新日: 2022.6.29.[in present]