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色素失調症(ブロッホ・サルツバーガー症候群)
(Incontinentia Pigmenti)

[Synonym: Bloch-Sulzberger Syndrome]

Gene Review著者: Angela Scheuerle, MD, FAAP, FACMG and Matilde Valeria Ursini, PhD.
日本語訳者: 河合美紀、大江瑞恵、倉橋浩樹(藤田保健衛生大学・総合医科学研究所・分子遺伝学研究部門)
Gene Review 最終更新日: 2010.10.28 日本語訳最終更新日:2014.9.23

原文 Incotinetia Pigmenti


要約

疾患の特徴 

色素失調症は、皮膚、髪、歯、爪、目、中枢神経に症状が現れる疾患である。特徴的な皮膚病変は、次の4段階で進行する。第1期 水疱期(出生時から4ヶ月まで)、第2期 疣状発疹期(数ヶ月)、第3期 渦巻状色素沈着期(生後6ヶ月から成人まで)、第4期 線状色素消退期である。脱毛、歯牙欠損、歯牙形態異常、爪の栄養障害を呈する。網膜の血管新生が一部の罹患者に見られ、網膜剥離を起こしやすい。神経における所見では認知能力の遅れ、知的障害が見られることがある。

診断・検査 

色素失調症の診断は、臨床的所見と、色素失調症に関係することが知られている唯一の遺伝子であるIKBKG遺伝子(かつてはNEMO遺伝子と呼ばれていたもの)の分子遺伝学検査による。IKBKG遺伝子のエクソン4からエクソン10の欠失が、罹患者の約80%にみられる。

臨床的マネジメント 

対症療法 :水疱と皮膚感染症への標準的な治療をする。網膜剥離のリスクを下げるために網膜の新生血管へは、凍結療法やレーザー光凝固術を行う。網膜剥離へは標準的な治療をする。小頭症、痙攣発作、筋痙性、局所神経障害に対する神経学的評価を行う。神経学的機能異常や網膜の新生血管をみるためには脳のMRI検査を行う。小児歯科医による歯の診療を行う。必要に応じて小児期のインプラント治療を行う。歯の異常が咀嚼や発語に困難をもたらしているときは言語聴覚士や小児栄養士による診療が必要である。精神発達遅滞があるときは、発達支援プログラムや特別教育が必要である。

二次的合併症の予防  :視力低下や斜視が現れたり、頭部を外傷したときは、網膜剥離の評価を行う。

経過観察 :生後4カ月までは1ヶ月に1回、生後4カ月から満1歳までは3ヶ月に1回、1歳から3歳までは半年に1回、3歳以降は1年に1回の眼科検査を行う。神経機能の評価は、小児科、小児神経科、発達小児科による定期検診時に行う。小児歯科または歯科では定期的に評価を行う。

リスクのある血縁者の評価   罹患者が眼科の定期検査を受けることができるように、罹患者の血縁の小児へは身体的診察や網膜検査を行って、幼いうちに罹患者を発見する。

その他発疹の初期段階の局所的、全身的ステロイド使用は効果がない。

遺伝カウンセリング 

色素失調症はX連鎖遺伝形式により遺伝する。多くの男児では胎生致死的である。誕生した罹患男児は、共通したIKBKG遺伝子欠失を持った47,XXYの核型であるか、体細胞モザイクである。罹患女児はIKBKG変異を母親から受け継いだか、新生突然変異である。親は臨床的に罹患しているか、非罹患で生殖細胞モザイクのいずれかである。女性罹患者が妊娠において、IKBKG遺伝子の変異アレルを伝える確率は50%である。 しかしながら、機能喪失型変異IKBKG遺伝子をもつ罹患男児は流産する。したがって、生誕する児のおよそ33%が非罹患女児、33%が罹患女児、33%が非罹患男児であると予測される。家系内でこの疾患を引き起こす変異が同定されれば、リスクの高い妊娠に対する出生前診断が可能である。


診断

臨床診断

色素失調症には厳密な診断基準はない。皮膚、歯、毛髪、爪の色素失調症に特徴的な臨床所見により診断が確定する。

色素失調症の臨床診断は、下記の大基準のうち少なくともひとつの項目に当てはまるものがあれば診断される。

小基準にあてはまるものがあれば、臨床診断を支持するものとなる。小基準に当てはまるものが全くなければ、その診断に疑いが生じる [Landy & Donnai 1993]。

X連鎖遺伝の家族歴、または複数回の流産の既往も診断を支持する。

大基準(乳児期から成人期までに生じる皮膚病変)

小基準

検査

末梢血
特に第1、2期において白血球増多症が生じ、その65%までもが好酸球である。好酸球増加の原因は不明である。

皮膚生検

分子遺伝学的検査

GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとする. GeneTestsは研究機関から提出された情報を検証しないし,研究機関の承認状態もしくは実施結果を保証しない.情報を検証するためには,医師は直接それぞれの研究機関と連絡をとらなければならない.―編集者注.

遺伝子 IKBKG遺伝子 (かつてはNEMO遺伝子と呼ばれていたもの)は色素失調症に関係することが知られている唯一の遺伝子である。

臨床検査

表1 色素失調症に用いられる分子遺伝学的検査の概要

遺伝子記号 検査方法 検出された変異 検査法1による、検出される変異の頻度
罹患男性 罹患女性
IKBKG 標的変異解析 共通した
~11.7kbの欠失
3/18(16%)2 ~65%3
シークエンス解析 4、5 シークエンスバリアント6 不明
(1167insC)7
~8.6%3
  1. 当該遺伝子にある変異を検出するのに用いられる検査方法の能力
  2. 18人中3人は、11.7kb欠失の体細胞モザイクの男性罹患者 [Fusco et al 2007]
  3. Fusco et al [2008]
  4. ゲノムDNAのシークエンス解析は、女性のX染色体のエクソンまたは遺伝子全体の欠失を検出できない。
  5. シーケンス解析に先だって行うPCR法において増幅がみられなければ、男性罹患者のX染色体でエクソンまたは遺伝子全体が欠失していることが推定される。共通した欠失の標的変異解析や、欠失や重複を分析する追加の検査での確認が必要である。
  6. シーケンス解析で検出された変異は、遺伝子内の微小な欠失や挿入、ミスセンス変異、ナンセンス変異、スプライス部位の変異を含む可能性がある。
  7. Chang ら [2008] は、c.1167dupC (1167insCとしても知られる)変異を持つ男性患者を報告している。この罹患者は、HED-ID(無汗性外胚葉形成不全と免疫不全症)と色素失調症の皮膚所見とを示す唯一の罹患者として知られている。

検査結果の解釈

検査方法

男性女性それぞれの発端者の診断を確定するために

色素失調症男性罹患者へは下記の追加的検査を検討する。

リスクのある女性親族への検査

色素失調症の臨床所見がほとんどない、または全くない女性へは、下記の検査を行う。

リスクのある妊娠への出生前診断と着床前診断(PGD)には、罹患している家族に病因となる遺伝子変異が同定されている必要がある。

遺伝子レベルでの関連疾患

IKBKG遺伝子変異に関連する他の表現型

注意:無汗性外胚葉形成不全免疫不全症と大理石骨病リンパ浮腫無汗性外胚葉形成不全は、EDA遺伝子の変異や欠失によって引き起こされるX連鎖外胚葉形成不全とは異なる(外胚葉形成不全の項参照)。

その他のIKBKG遺伝子に関連する表現型


臨床像

自然経過

色素失調症は、皮膚、眼、中枢神経に症状を示し、主に罹患者は女性でまれに男性もいる。女性罹患者は、出生時またはその直後に紅斑水疱性の発疹がみられる。発疹は時間をかけて徐々に進行し、疣状、色素沈着、萎縮という経過をたどる。成人では、線状に色素が消退する。脱毛、歯牙欠損、歯牙形態異常、好酸球増加による白血球増多症、網膜の血管形成異常、その他の眼の所見がみられる。ときどき、骨奇形、痙攣発作、知的障害もみられる。

色素失調症の女性罹患者700人と男性罹患者60人に関する最近の報告では、上記の疾患の症状を支持し、さらに詳しく報告している [Hadj-Rabia et al 2003, Phan et al 2005, Ardelean & Pope 2006, Kim et al 2006, Pacheco et al 2006, Badgwell et al 2007, Fusco et al 2007, Fusco et al 2008]。
これらの最近の報告では、標準化された診断基準に基づいて報告されており、他の疾患と診断が下される患者を含む可能性が以前の報告より少ない。今まで、1200人もの色素失調症罹患者が報告された。しかしながら同一人物が複数回報告されているか否かは未確認である。
また、多くの報告では分子遺伝学的確認は含まれていない。

皮膚(図1,2,3参照)
色素失調症は、各段階が連続的に進行する。初発と各段階の期間は、個人によって違い、罹患者すべてが、前掲の4段階に進行するのではない。各段階を規定している皮膚異常は、ブラシュコ線と呼ばれる胚から胎児へと皮膚が発達する方向を示す線に沿って現れる。ブラシュコ線は、胚発生の時期におこる細胞移動や成長経路に一致している。皮節と同じく、四肢では線状で、体幹では円周状である。ブラシュコ線は、皮節とは違い、神経支配の分布パターンや脊髄レベルとは一致しない。


fig1

図1 色素失調症罹患女児 第1期 水疱期
注意 水疱は必ずしも線状とは限らない。

fig2
図2 色素失調症罹患女児 第3期 色素沈着期

fig3
図3 網目状色素沈着の成人

毛髪

脱毛症は頭部におこるが、体幹、四肢にもおこる。頭髪の斑状脱毛する部分は、第1期の水疱の瘢痕に一致するが、頭皮に第1、2期の病変がなかった罹患者でも起こる。脱毛は、第4期の皮膚変化の一部としての色素消退が起こった場所に起こる。小児期は、頭髪は細くまばらである。毛髪は、光沢がなく、針金状で、ごわごわしており、頭頂部ではしばしば「羊毛状母班」を呈する。脱毛した部分が非常に小さいと罹患者自身も気が付かず、特に他の部分の頭髪に覆われてしまえば発見するのが困難である。睫毛と眉毛がまばらになる事例も報告されている。

胸部

乳房組織の異常には、乳房形成不全から副乳までにわたるいろいろなものがある。Badgwell ら [2007] は、副乳、無乳頭、乳頭の非対称などを、対象罹患者の11%に発見したことを報告しているが、他の3つの大規模な罹患女性の調査では、乳房組織異常は報告されていない [Hadj-Rabia et al 2003, Phan et al 2005, Kim et al 2006]。ただし、後の2つの研究は思春期前の子どもを対象にしたものである。

歯牙欠損(歯の数が少ない)、小歯症、歯牙形態異常(円錐歯、副咬頭)、萌出遅延、歯牙埋伏がある。エナメル質と歯の強度は普通である。Wu ら [2005] は、2人の罹患者に、歯冠部が長く、歯根部が短い、チューリップ形の上顎中切歯の永久歯があったことを記している。3人の罹患者に高口蓋が記されている [Minic et al 2006]。

爪の栄養障害(線の入った、凹んだ、脆い)がある。これらの変化は、爪の真菌感染症にしばしば似ている。爪の栄養障害は第2期に最も共通して起こる。爪の変化は一過性のこともあるが、単一の慢性の縦の隆起は、ある研究によると罹患者の28%に見られた [Phan et al 2005]。

中枢神経

歴史的には、痙攣発作、知的障害、その他の中枢神経異常は、色素失調症罹患者の30%に及ぶと報告されてきた。しかしながら、遺伝子検査が利用される以前の事例では、色素失調症という診断が適切であったかどうか不明である。最近の罹患者の研究では、中枢神経異常の有病率は以前よりも低い。色素失調症男性罹患者は、女性罹患者よりも、神経異常になりやすい。

中枢神経所見は、下記の4つの後方視的研究で示されている。

診断時にMRI検査を受け、また臨床経過によって再度検査を受けた12人の罹患者についての前方視的研究で、Pascual-Castroviejo [2006] は以下の通り結論付けた。

Triki ら [1992]、Wolf ら [2005] は、脳炎のような症状を示し、特徴的な広範囲な皮質壊死を起こした新生児について報告した。1例は、生後2日目に無呼吸を起こした罹患者にMRI検査で変化があった。生後5カ月に再びMRI検査をすると、嚢胞性病変、委縮性基底核、髄鞘形成不全がみられた。Abe ら [2010] は、生後2ヵ月に痙攣発作、脳症をおこした罹患者の脳MRI検査をしたところ異常があったと報告した。

網膜

色素失調症の罹患者は網膜剥離のリスクが増す。網膜剥離のリスクが最も高い時期は乳児期から幼児期である。6歳以降ではほぼ起こらない。網膜剥離の前に、網膜周辺部の血管新生がおこり、網膜剥離のあとは滲出や線維化する。散大した瞳孔への倒像眼底検査によってそれらの変化がわかる。

患者30人を対象にしたある研究では、77%に何らかの眼科的所見があり、43%に視力を脅かす問題があった [Holmstrom & Thoren 2000]。深刻な所見では、網膜剥離、眼球萎縮、網膜隆起、重度の近眼、視神経萎縮、斜視があった。軽度の所見では、網膜色素上皮異常と角膜混濁があった。この研究ではそれまでの報告よりも眼科の問題の発生率が高いことを示している。

眼科所見は、4つの後方視的研究によって示される。

Pascual-Castroviejo ら [2006] は、眼科異常は、構造的脳病変のある罹患者に限られると記した。

知能

色素失調症罹患者の多くは、男女ともに知能は正常である [Hadj-Rabia et al 2003, Phan et al 2005, Kim et al 2006]。色素失調症の診断基準に達する男性罹患者の知的障害や発達遅滞の発症率は、そのような所見を明確に報告した研究においては、およそ25%-35%である [Scheuerle 1998, Ardelean & Pope 2006, Fusco et al 2007]。男女ともに、重度の視力低下を引き起こす眼球異常が、二次的に精神運動の発達に影響を与える。男性罹患者においては、同時に47,XXYの核型であることが、色素失調症の知能表現型に影響する。

その他

好酸球増多症はどの臨床症状とも一貫して関係しているわけではなく、典型的には自然に消失する。

重度の原発性肺高血圧症の3人の女児は、他の心臓血管の異常はなかった [Triki et al 1992, Godambe et al 2005, Hayes et al 2005]。3人とも脳に病変があり、1人は右手に横断性四肢末端欠損があった。3人とも肺高血圧の合併症で死亡した。推定される原因は、肺の微小血管異常である(2人は病理解剖を断られ、1人は肺所見が記されていない)。

IKBKG遺伝子には炎症と免疫反応を制御する役割があるため、この遺伝子が変異を起こすと、これらの片方または両方の経路が阻害される。色素失調症男性患者では、免疫調節異常は表現型の重要な特徴のようである。女性罹患者の免疫不全も報告されている。女性が、免疫不全にならないのはX染色体不活化の偏りによって保護されているのかもしれない。疾患の診断基準が流動的であるため、免疫制御異常がある女性は色素失調症ではないかもしれないと議論されている。

色素失調症の男性

色素失調症は「男性致死的」な疾患とされているが、60人以上の色素失調症診断基準に達する男性が報告されている。男性が生存するのは下記3点のうちのどれかの働きによる。

平均寿命

新生児期や乳児期の重篤な合併症がない罹患者の平均寿命は通常と同じである。

生殖適応度

色素失調症の女性は、流産のリスクが普通よりも高い。男児の胎児の生存率が低いことに関係していると推定される。色素失調症の女性が複数回の流産を経験することはよくあり、流産は妊娠3ヵ月から4ヵ月ごろが多い。それ以外の妊孕性は損なわれていない。病気でない胎児を妊娠した場合は、妊娠、出産時に合併症を伴わないと考えられている。

病態生理学

IKBKG遺伝子変異が微小血管系に異常をもたらすという証拠は、中枢神経の機能障害は一過性の虚血性発作や本格的な出血性脳卒中を引き起こす血管障害の二次障害であるという考え方を支持している [Fiorillo et al 2003, Hennel et al 2003, Shah et al 2003]。しかしながら、これ以外の研究では、脳の異常と血管形成の関係を示すことはできていない。

IKBKG遺伝子がコードするタンパク質は、免疫経路で機能する。従って免疫不全は色素失調症の表現型のひとつであるということになる。しかしながら、色素失調症の免疫系異常は、今まで十分に研究または実証されていない。色素失調症女性罹患者に免疫異常が起こらないことは、血液細胞のX染色体不活化の偏りの結果である可能性が高い。

色素失調症で男性が致死的であることの理由は、変異IKBKG遺伝子のあるX染色体をもつ男児の胎児では、生存に必要な正常のタンパク質が欠損するからである。男性が致死的であることの正確な機序は、不明である [Hatchwell 1996] が、マウスの実験では肝不全が関与していることが示唆されている [Rudolph et al 2000]。

遺伝子型と表現型の関連

IKBKG遺伝子の主にエクソン10の微小な変異(ミスセンス変異、1塩基の挿入や欠失によって引き起こされるフレームシフト変異、ナンセンス変異)は、色素失調症女性罹患者の軽症型の表現型に関係していて、男児の胎児の流産のリスクが低い。実際に、これらの変異では、無汗性外胚葉形成不全と免疫不全症(HED-ID)と、無汗性外胚葉形成不全と免疫不全症と大理石骨病とリンパ浮腫(OL-HED-ID)の男性が生存することができる(「遺伝子レベルでの関連疾患」の項参照)。これらの変異ではNF-kappaBシグナルが低下するが消失しない [Fusco et al 2008]。

浸透

色素失調症は、浸透率が高い。色素失調症のほとんどの罹患者は、生後数ヶ月以内に表現型を示す。

しかしながら、表現度は非常にさまざまである。加えて、皮膚所見は時が過ぎると消失し、年齢とともに他の皮膚疾患と区別できなくなる。さらに、歯、毛髪、爪の異常は美容的に目立たなくすることができるので、罹患女性は診察において臨床的に明かな診断所見がないかのようになりうる。

命名

X染色体構造異常がある人では、たとえその構造異常がIKBKG遺伝子座(Xq28)を含んでいなくても、渦巻状の色素沈着が現れることがある。このことは、Xp11の遺伝子座に変異を持つ、色素失調症I型という別の病態を定義することにつながった。詳細な研究では、Xp11との一貫した連鎖や、一貫した表現型について実証できていない。従って、色素失調症I型というのは、不適当であると考えられている [Happle 1998]。

X染色体構造異常のある罹患者の色素失調症と部分的に重なる臨床症状は、特定の遺伝子の変異によってというよりも、X染色体が物理的に破壊されていること(欠失、転座)それ自体から生じたX染色体不活化によって引き起こされている可能性が高い。

頻度

色素失調症の頻度は不明である。色素失調症は、「稀な」「珍しい」といわれる。およそ900-1200人の罹患者がこれまで医学文献に報告されている。大規模な後方視的研究のデータの合算であるため、報告されたそれぞれの事例が別々の罹患者であるかどうかは不明である。IKBKG遺伝子の変異が原因であることが発見されて以来、700人の女性が確認のために分子遺伝学的検査を行った。


鑑別診断

本稿で扱われる疾患に対する遺伝学的検査の実施可能性に関する最新情報は,GeneTests Laboratory Directoryを参照のこと.―編集者注.

罹患者が(神経学的障害の二次症状以外の)骨格病変、重度の神経学的障害、重度の脱毛、非定型色素沈着、重度の色素消退があるときには、色素失調症以外の診断が検討される。身体の部分的非対称性は色素失調症に普通は関係しない。しかしながら、横断性の四肢末端欠損がある色素失調症罹患者が1名報告されている [Hayes et al 2005]。

色素失調症の皮膚症状の鑑別診断は症状の段階によって変化する。色素失調症の児童は感染症を合併しやすいことから、たとえ色素失調症であっても、感染症に一致する所見はそれに応じて評価されるべきである。

一般的に最も混同して診断されるのは、同じ「渦巻状の」色素沈着を示す伊藤母斑症である[Happle 1998]。色素失調症と伊藤母斑症との最も明らかな違いは、色素失調症罹患者では色素沈着の部位が異常だが、一方、伊藤母斑では色素消退が典型的であるが局所的な色素沈着の部位も観察されることである。伊藤母斑はしばしば染色体モザイクによって発症する。染色体モザイクの罹患者には、知的障害や脳異常を含む先天性奇形があることが多い。色素失調症でありながら、伊藤母斑でもある罹患者が報告されていることで、大規模な研究と比べて、色素失調症の罹患者に知的障害と中枢神経異常を発症する確率が高いことが説明でき [Scheuerle, unpublished]。伊藤母斑の所見を示す罹患者へは、血液の核型、そしてそれが正常であれば皮膚の繊維芽細胞の核型による染色体モザイクの評価が推奨される [Nehal et al 1996]。

色素失調症の他の症状を鑑別診断する際には、下記の疾患を含む。


臨床的マネジメント

最初の診断時における評価

色素失調症と診断された罹患者の疾患の病状を確定するために、下記事項の評価が推奨される。

症状に対する治療

治療は下記のとおりである。

二次病変の予防

新生児期の臨床的マネジメントの目的は、標準的医学治療によって、水疱への感染症のリスクを減らすことである。水疱は切開せず、病変部位は治癒するまで清潔に保ち、過度な炎症と全身への波及の兆候を注意深く観察する。

両親は、特に7歳以下の児については網膜剥離の可能性を知らされるべきである。視力の明らかな変化や後天的な斜視の証拠は、迅速に評価されるべきである。頭部の外傷は網膜剥離を引き起こすことがある。それゆえ、頭部の外傷の評価には、詳細な眼科検査が含まれなければならない。

定期検査

眼科検診の日程計画は確定されていないが、下記のことが推奨されている [Holmstrom & Thoren 2000]。

神経学的機能は小児科、小児神経科、発達小児科による定期健診時に評価する。

小児歯科や歯科での継続的な評価が適切である。

リスクある親族への評価

年少のリスクある親族に対する、罹患者を同定する網膜検査を含む身体的診察は、色素失調症であるとわかった者が定期的な眼科検査を受けることができるように、なされるべきである。

遺伝カウンセリング目的の、リスクある親族への検査に関する問題点については、遺伝カウンセリングの項参照。

研究中の治療法

疾病と症状のいろいろな臨床研究の情報にアクセスするためには、ClinicalTrials.govを参照する。注意 : この疾患の臨床試験は行われていないかもしれない。

その他 

局所的、全身的なステロイドが第1期と第2期の発疹を抑える目的のために処方されてきた。さまざまな局所的治療をおこなった事例報告がある [Kaya et al 2009, Jessup et al 2009]。しかしながら、色素失調症の局所的治療の比較臨床試験は行われていない。


遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝形式

色素失調症は、X連鎖遺伝形式により遺伝する.

患者家族のリスク

発端者の両親

色素失調症の女性罹患者は新生遺伝子変異を持っているか、変異IKBKG遺伝子を母親から受け継いだかである。

発端者の同胞 

同胞へのリスクは、両親の遺伝的状況による。

発端者の子(図4参照)

fig4
図4 誕生する児の遺伝子型と比較した胎児の遺伝子型

他の家族

発端者の両親のうちどちらかが、疾患を引き起こす変異を持っているとき、その家族は罹患するリスクがある。

保因者の発見

家系において変異が同定しているのなら、リスクのある女性親族に対する保因者検査は可能である。

偏りを見つけるためのX染色体の不活化検査は、発端者にIKBKG遺伝子変異がなかった場合に、変異のある女性親族を同定するのに役立つ。

遺伝カウンセリングに関連した問題

早期に診断と治療をするための、リスクある親族へ行う検査に関する情報は、「臨床的マネジメント」「リスクある親族への評価」の項を参照する。

他の多くの遺伝子疾患と同じく、新生児に色素失調症の診断をすることは、結果として、それまでは家系内にこの遺伝性疾患があると気が付いていなかった母親や他の家族の評価と診断をすることになる。新生児に色素失調症の診断をすることは、健康への影響や子孫の疾患へ対する責任感のため、母親や母系の親族にとって心理的な困難をもたらす可能性がある。それらの問題を予測する努力がなされなければならない。

家族計画 

DNAバンク

DNAバンクは、主に白血球から調整したDNAを将来利用する可能性のために保存しておくものである。検査法や遺伝子、変異、疾患へ対するわれわれの理解が将来深まるであろうことから、罹患者のDNAの保存は考慮に値する。

出生前診断

リスクのある妊娠に対する出生前診断は、通常15-18週頃に行った羊水穿刺によって得た胎児細胞や、10-12週頃に採取した絨毛から調整したDNAの解析によって行うことが可能である。罹患女性の予後は罹患男性とは異なるので、正確な遺伝カウンセリングのためには胎児の核型が決定されていなければならない。加えて、出生前診断を行う以前に、罹患している家族において病因となるアレルが同定されている必要がある。 胎児の核型が46,XXの場合、両親は胎児の50%は色素失調症に罹患していると知らされる必要がある。

注意:(1) 軽度の表現型となるエクソン10の重複と点変異は、流産のリスクが低い可能性が高い(「遺伝子型表現型の関連」の項参照)。
(2) 胎生週数は最終月経の開始日、あるいは超音波検査による測定に基づいて計算される。

着床前遺伝子診断

病因となる遺伝子変異が同定されている一部の家族においては、着床前遺伝子診断がひとつの選択肢となる。


日本における色素失調症の患者家族への情報


分子遺伝学

「分子遺伝学」の情報とOMIMの表は、GeneReviewの他の項目と異なっている可能性がある。

表A 色素失調症 : 遺伝子とデータベース

遺伝子記号 染色体座 タンパク質 遺伝子座 HGMD
IKBKG Xq28 NF-kappa-B
Essential Modulator
IKBKG@LOVD
IKBKGbase:Mutaton registry for Nemo deficiency
Resource of Asian Primary Immunodeficiency Diseases(IKBKG)
IKBKG

データは以下の標準的な引用先から集めた。
遺伝子記号:HGNC
染色体座・染色体座名・責任領域・相補群:OMIM
タンパク質名:UniProt

表B 色素失調症のOMIMの項

300248 INHIBITOR OF KAPPA LIGHT POLYPEPTIDE GENE ENHNCER IN BCELLS, KINASE OF, GAMMA; IKBKG
308300 INCONTINENTIA PIGMENTI; IP

分子遺伝学的発症機序

IKBKG遺伝子周辺のゲノム構造は複雑である。MER67Bと呼ばれる2つの870bpの順方向反復配列がIKBKG遺伝子内にある。ひとつは、イントロン3にあり、もうひとつは、IKBKG遺伝子の下流域にある。MER67B領域間が組み換わると、IKBKG遺伝子のエクソン4からエクソン10が欠失する。これが、色素失調症の罹患者に共通する11.7kbの欠失である(表2)。この領域内の他の複雑な反復配列間の再構成は、対照群によく見つかる(推定される頻度は1-2%である)正常な(非病原性の)遺伝子多型アリルの原因となる。

正常遺伝子多型アリル

機能しているIKBKG遺伝子は、IKBKG偽遺伝子(IKBKGP1またはDelta-NEMO)から22kb離れている。IKBKG遺伝子と偽遺伝子は、逆向きに配置している。

IKBKGP1偽遺伝子は、エクソン3からエクソン10までだけを含む [Aradhya et al 2001a]。近年、色素失調症罹患者の両親の10%-12%が2つの非病原性の多型を持っていることが発見された。1つは、IKBKGP1偽遺伝子のエクソン4からエクソン10までの11.7kbの欠失である。もう1つは、 正常IKBKG遺伝子の下流域でエクソン4からエクソン10を反復するMER67B領域の重複である(MER67Bdupと呼ぶ)。両者の多型は、対照群において稀にみつかる正常な多型アリルである [Fusco et al 2009]。これらのデータは、色素失調症の遺伝子座は、子孫にリスクある11.7kbの病原性の欠失の突然変異を引き起こす多型を繰り返し生み出すような組み換えをおこしているということを示唆している。

病原性の遺伝子多型アリル

色素失調症罹患者の最も共通した変異は、IKBKG遺伝子のエクソン4からエクソン10の11.7kbの欠失である(「分子遺伝学発症機序」の項を参照)。

活性を低下させるが、失活はしないIKBKG遺伝子の微小な変異(多くはエクソン10)が報告されている [Zonana et al 2000, Aradhya et al 2001b, Doffinger et al 2001, Fusco et al 2008]。それらの変異は女性では軽度の疾患になり、男性の生存を促すが無汗性外胚葉形成不全と免疫不全症(HED-IDと大理石骨病リンパ浮腫無汗性外胚葉形成不全(OL-HED-ID)になる。(「遺伝子型と表現型の関連」の項参照)。さらなる情報は表Aを参照のこと。

表2 選択的病原性IKBKG遺伝子多型アリル

DNAヌクレオチド変異
(別名1
アミノ酸変異 参照配列
c.399-?1260+?del
(common11.7-kb deletion)
  NM_003639.3
NP_003630.1
p.Glu390Argfs p.Glu390Argfs  

分類についての注記:表に挙げられた多型は著者(ら)による。GeneReviewのスタッフは多型の分類について検証していない。 用語についての注記:GeneReviewは、Human Genome Variation Society(www.hgvs.org)の標準的命名法に従っている。用語の説明はこちらを参照のこと。

  1. 多型の命名は現行の命名法に従っていない。

正常遺伝子産物

2.8kbの IKBKG遺伝子のcDNAは、酸性でグルタミン酸とグルタミン残基が多く(各13%)、315番目から342番目のアミノ酸にロイシンジッパーモチーフを含む419個のアミノ酸をコードする [Yamaoka et al 1998]。IKKタンパク質-α 、β 、γ -は複合体を形成する。IKBKG遺伝子によってコードされるNF-kappaBエッセンシャルモジュレータタンパク質は、一般的にIKKγ として知られている。アミノ酸419個のIKKγ タンパク質(NP_0036301.1参照)は、ジンクフィンガードメインとロイシンジッパーモチーフで構成されている。IKKγ は、2量体、3量体を形成し、IKKβ 、IKKα と相互作用する [Rothwarf et al 1998, Li et al 1998, Hayden & Ghosh et al 2008]。 NF-kappaBエッセンシャルモジュレータタンパク質(IKKγ )は、胚形成の初期に産出され始め、普遍的に発現する [Aradhya et al 2001c]。正常産物は複合体としてNF-kappaBを活性化させ、他に多くの機能があるが、中でも腫瘍ネクローシス因子α によって引き起こされたアポトーシスを防ぐ働きをする。

異常遺伝子産物

NF-kappaBエッセンシャルモジュレータタンパク質(IKKγ )の異常または欠失によって、IKKα とIKKβ との正常な複合体の形成ができなくなるので、色素失調症罹患者の細胞は正常なNF-kappaBの活性化が失われている。活性化したNF-kappaBはアポトーシスを防ぐ。したがって、色素失調症の細胞はアポトーシス促進シグナルに非常によく反応し、たやすく死滅する [Smahi et al 2000]。共通する11.7kbの欠失は、NF-kappaB活性化の欠損につながり、そのため、結果としてアポトーシスへの感受性が高くなる。それゆえ、男児の胚性致死と罹患女性の大きな偏りのあるX染色体不活化の説明ができる [Smahi et al 2000, Courtois & Smahi et al 2006]。重症の色素失調症に関係する2カ所のIKBKG遺伝子変異が分子レベルで研究され、多様な外部刺激に反応してのNF-kappaB活性化の障害が、この疾病の原因であると解明した [Sebban-Benin et al 2007, Gautheron et al 2010]。


更新履歴:

  1. Gene Review著者: Angela Scheuerle, MD, FAAP, FACMG and Matilde Valeria Ursini, PhD.
    日本語訳者: 河合美紀、大江瑞恵、倉橋浩樹(藤田保健衛生大学・総合医科学研究所・分子遺伝学研究部門)
    Gene Review 最終更新日: 2010.10.28 日本語訳最終更新日:2014.9.23 [ in present]

原文  Incotinetia Pigmenti

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