Gene Reviews著者: RCurtisRogers,MDandFatimaEAbidi,PhD,MS,FACMG.
日本語訳者:佐藤康守(たい矯正歯科)、清水健司(静岡県立こども病院遺伝染色体科)
GeneReviews最終更新日: 2023.3.16. 日本語訳最終更新日: 2023.1.16.
原文: RPS6KA3-RelatedIntellectualDisability
疾患の特徴
RPS6KA3の病的バリアント関連の表現型は、一連のスペクトラムの形で現れる。Coffin-Lowry症候群(CLS)は、古典的には、男性において、発達遅滞、知的障害、神経学的症候(筋緊張低下,刺激誘発転倒発作,痙性不全対麻痺,発作)、筋骨格症候(脊柱後側彎と胸郭変形)、特徴的な頭蓋顔面と手の所見といった形で現れる。また、歯の問題、感音性難聴、閉塞性睡眠時無呼吸がみられることもある。男性における一連の表現型の軽症端では、神経発達障害を呈するが、多系統の症候はあったとしてもそれほど顕著ではない。ヘテロ接合女性は、多くの場合、臨床的にCLSに合致はするものの、典型的にはCLS男性より軽症である。表現型の中心は発達障害と知的障害であり、生活の質や予後は、神経学的障害ならびに筋骨格障害の有無と重症度に応じて多様な影響をうける。
診断・検査
男性発端者におけるRPS6KA3関連知的障害(RPS6KA3-ID)の診断は、これを示唆する所見を有することに加え、分子遺伝学的検査によりRPS6KA3のヘミ接合性病的バリアントを同定することをもって確定する。女性発端者におけるRPS6KA3関連知的障害(RPS6KA3-ID)の診断は、これを示唆する所見を有することに加え、分子遺伝学的検査によりRPS6KA3のヘテロ接合性病的バリアントを同定することをもって確定する。
臨床的マネジメント
症状に対する治療:
RPS6KA3-IDに対する治療法はない。生活の質を改善し、機能を最大限に引き出し、合併症を減らすための多職種チームによる支持療法には、臨床遺伝学・小児科の専門家や、発達、神経内科、整形外科、循環器科、歯科、聴覚学、睡眠医学の関連医療職が関与していくことになろう。治療の具体的内容としては、発達支援や教育支援、抗痙攣薬の処方、心臓のケア、難聴の改善、睡眠時無呼吸の治療といったものになる。刺激誘発転倒発作が障害になる場合があるものの、これに対する薬物治療の効果には幅がある。そのため、引き金となるような刺激を避けるとともに、転倒の際の防護を図る必要がある。脊椎の変形に対する整形外科的介入は特に重要な意味をもつ。それは、脊柱後側彎により神経機能の問題(痙性対麻痺につながる)や呼吸機能の問題が生じる場合があるからである。麻酔や鎮静を要する処置を進める際は、事前に、脊椎変形、肥満、その他の要因により呼吸管理が難しくなる可能性があることを頭に入れておく必要がある。
定期的追跡評価 :
疾患の進行状況を監視するとともに、機能やコミュニケーション技能を最適な方向に誘導し、新たな症候に適切に対応することを目的として、治療を担当する多職種の専門家により定期的評価を行うととともに、発達面、教育面でのニーズを把握していくことが推奨される。
遺伝カウンセリング
RPS6KA3-IDは、X連鎖性の遺伝形式をとる。CLSの表現型となる病的バリアントの約3分の2はdenovo、残りは継承によるものである。一方、RPS6KA3-IDの一連の表現型における軽症端の臨床症候を呈する例に関しては、denovo、継承の別に関するデータは得られていない。発端者の性別にかかわらず、発端者の母親がRPS6KA3の病的バリアントを有していた場合には、発端者の男性同胞は50%の確率で病的バリアントのヘミ接合体となり、臨床的にも罹患者となる。一方、発端者の女性同胞は50%の確率で病的バリアントのヘテロ接合体となり、本少なくとも本疾患のいくつかの症候について高リスクとなる。家系内に存在するRPS6KA3の病的バリアントが同定されている場合は、リスクを有する女性親族に対するヘテロ接合を調べる検査や、出生前/着床前遺伝学的検査を行うことが可能である。
現在は、偏りのない(すなわち表現型主導でない)アプローチに基づくマルチ遺伝パネル検査や網羅的ゲノム検査が広く用いられるようになり、それに伴い、RPS6KA3の病的バリアントを有する表現型のスペクトラムが、臨床的にCoffin-Lowry症候群とされるものだけでなく、特異度が低く、表現型の重症度の点では中等度に近い神経発達障害をも包含するスペクトラムであることが明らかになってきた。「RPS6KA3関連知的障害」(RPS6KA3-ID)という用語は、この表現型のスペクトラム全体を表すものであると同時に、以下の2点の必要性を強調することを狙ったものである。RPS6KA3の病的バリアントのヘミ接合体の男性、あるいはRPS6KA3の病的バリアントのヘテロ接合体の女性について、RPS6KA3-IDスペクトラムの表現型枠内にある医学的に対応可能な症候(分子遺伝学的検査のきっかけとなった臨床所見にかかわらず)の評価を行うこと。
(1)RPS6KA3の病的バリアントを有するということが、Coffin-Lowry症候群と同義ではないという点について家族に情報提供を行うこと。
本GeneReviewの目的に従って、ここでは、「男性」「女性」という用語を、臨床的なケアのあり方を決定づけることになる出生時における罹患者の生物学的な性別という狭義の意味で用いることとする[Caugheyら2021]。
本疾患を示唆する所見
以下のような臨床所見、画像所見、家族歴を有する発端者については、RPS6KA3-IDを疑う必要がある。
臨床所見
男性
全例で発達遅滞/知的障害がみられる。発達遅滞は運動能力より言語発達のほうにより顕著にみられ、知的障害は中等度から重度である。
一部の罹患者でみられるその他の所見は以下の通り。
眼瞼裂斜下を伴う眼間開離,厚い鼻翼と幅広の鼻柱を伴う平らな鼻尖,突出した耳,厚い上下赤唇を伴う広い口,年齢とともに顕著になる粗野な顔貌(図1,2,3)
図1:2歳のCLS男児の正面観
顔面症候は比較的軽微ではあるが、眼間開離、軽度の眼瞼裂斜下、幅広の鼻柱を伴う短い鼻、厚くやや反転した上下赤唇がみられる(RPS6KA3の病的バリアントを確認済)。
図2:図1の男児の5歳時の正面観と側面観
逆三角形の輪郭と粗野な顔貌が目立つようになり、CLSの典型的顔面症候を示すようになってきている。
図3:思春期の例の正面観
顔面の徴候は比較的軽度ながら、眼間開離、軽度の眼瞼裂斜下、厚い上下赤唇、小さな歯などがみられる。鼻柱は幅広であるが、鼻孔の大きさは良好である(RPS6KA3の病的バリアントを確認済)。
図4:図1,図2に示した子どもの手
A.2歳時
B.5歳時
図5:RPS6KA3の病的バリアントを確認済の罹患者の手
女性
発達遅滞の程度はさまざまで、知的障害は伴う場合と伴わない場合がある。知的障害は、仮にみられたとしても、その程度は通常、軽度から中等度にとどまる。
ヘテロ接合の女性でさまざまな形の神経学的所見や筋骨格の所見がみられることがあるものの、多くの場合、その程度は軽度である。
女性においても、軽微な頭蓋顔面症候がみられることがあり、一部、男性でみられるのと同様の症候を有する例も報告されている。
女性でも、柔らかく肉づきのよい先細りの指がみられる場合がある。
画像所見
X線写真所見
個々の所見として、あるいはパターンとしては非特異的ながら、本疾患が疑われたときに有用となる可能性のあるX線写真所見として、中手骨の偽骨端、中節骨のモデリング不良、末節骨粗面形成などがある(中手骨指節骨長径パターンプロフィール[MCPP]は、診断上、有用ではないようである)[Hanauer&Young2002]。
脳のMRI
一部に、軽度の脳萎縮、脳梁低形成、頭頂葉・前頭葉の脳室周囲白質の変化、大孔の狭窄を示す例がみられる[Tosら2015,Upadiaら2017,Miyataら2018]。
家族歴
X連鎖性遺伝に一致した家族歴(例:男性から男性への伝達はない)がみられる。ただ、家族歴が不明であったとしても、本疾患の可能性が排除されるわけではない。
診断の確定
男性発端者
男性発端者におけるRPS6KA3-IDの診断は、これを示唆する所見を有することに加え、分子遺伝学的検査にてRPS6KA3の病的バリアント(pathogenicとlikelypathogenicの両方を含む)のヘミ接合が同定されることをもって確定する(表1参照)。
女性発端者
女性発端者におけるRPS6KA3-IDの診断は、通常、これを示唆する所見を有することに加え、分子遺伝学的検査にてRPS6KA3の病的バリアント(pathogenicとlikelypathogenicの両方を含む)のヘテロ接合が同定されることをもって確定する(表1参照)。
注:(1)アメリカ臨床遺伝ゲノム学会(ACMG)/分子病理学会(AMP)のバリアントの解釈に関するガイドラインによると、「pathogenic」のバリアントと「likelypathogenic」のバリアントとは臨床の場では同義であり、ともに診断に供しうるものであると同時に、臨床的な意思決定に使用しうるものとされている[Richardsら2015]。本セクションで「病的バリアント」と言うとき、それは、あらゆるlikelypathogenicのバリアントまでを包含するものと理解されたい。
(2)RPS6KA3にヘミ接合性あるいはヘテロ接合性の意義不明バリアントが同定された場合、それは、本疾患の診断を確定するものでも否定するものでもない。
RPS6KA3の1コピーが破壊されると同時に、正常X染色体の選択的不活化が生じるようなX染色体-常染色体間の均衡型転座を有する1女性例が報告されている[Yamotoら2020]ものの、これを除き、女性罹患者については、RPS6KA3の片アレル性病的バリアント以外の遺伝学的メカニズムは報告されていない。
分子遺伝学的検査のアプローチとしては、表現型に合わせて、遺伝子標的型検査(単一遺伝子検査、マルチ遺伝子パネル)と網羅的ゲノム検査(染色体マイクロアレイ解析,エクソームシーケンシング,ゲノムシーケンシング)を組み合わせる方法が考えられる。
遺伝子標的型検査の場合は、臨床医が疑われる遺伝子を決める必要があるが、ゲノム検査の場合、その必要はない。
「本疾患を示唆する所見」に記載した特徴的所見を有する例については遺伝子標的型検査(「方法1」参照)で診断がつくものと思われるが、RPS6KA3-IDスペクトラムが鑑別に上がらない例については、ゲノム検査(「方法2」参照)で診断がなされることになろう。
方法1
X連鎖性知的障害,癲癇,痙性対麻痺用マルチ遺伝子パネル
現況の表現型と直接関係のない遺伝子の意義不明バリアントや病的バリアントの検出を抑えつつ、疾患の遺伝的原因の特定に最もつながりやすいのは、RPS6KA3その他の関連遺伝子(「鑑別診断」の項を参照)を含むX連鎖性知的障害,癲癇,痙性対麻痺用マルチ遺伝子パネルである。
注:(1)パネルに含められる遺伝子の内容、ならびに個々の遺伝子について行う検査の診断上の感度については、検査機関によって異なり、また、経時的に変更されていく可能性がある。
(2)マルチ遺伝子パネルによっては、このGeneReviewで取り上げている状況と無関係な遺伝子が含まれることがある。
(3)検査機関によっては、パネルの内容が、その機関の定めた定型のパネルであったり、臨床医の指定した遺伝子を含み表現型を基盤とした定型のエクソーム解析であったりすることがある。
(4)ある1つのパネルに対して適用される手法には、配列解析、欠失/重複解析、ないしその他の非配列ベースの検査などがある。
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遺伝学的検査をオーダーする臨床医に対する、より詳細な情報についてはここをクリック。
方法2
発達遅滞/知的障害は有するものの、本疾患を示唆するその他の症候がない、あるいはこれを示唆するような家族歴がみられないといった理由で、RPS6KA3-IDの診断が鑑別に上がらない場合には、網羅的ゲノム検査が用いられることになる。その場合、臨床医が疑わしい遺伝子を決定する必要はない。エクソームシーケンシングが広く用いられているが、ゲノムシーケンシングを使用することも可能である。
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ゲノム検査をオーダーする臨床医に対する、より詳細な情報についてはここをクリック。
表1:RPS6KA3関連知的障害で用いられる分子遺伝学的検査
遺伝子1 | 方法 | その手法で病的バリアント2が検出される発端者の割合 |
---|---|---|
RPS6KA3 |
配列解析3,4 |
85%-90%5 |
遺伝子標的型欠失/重複解析6 |
10%-15%5 |
臨床像
RPS6KA3関連知的障害(RPS6KA3-ID)の一連の表現型における重症端は、臨床的にはCoffin-Lowry症候群と呼ばれ、通常、発達遅滞、知的障害、神経学的症候(筋緊張低下,刺激誘発転倒発作,痙性不全対麻痺,発作)、筋骨格症候(脊柱後側彎と胸の変形)、頭蓋顔面と手の特徴的所見などがみられる。軽症端では、主として神経発達面の症候が現れる。その他多系統への影響もさまざまな程度にみられはするが、それほど顕著なものではない。ヘテロ接合の女性は、男性でみられる臨床症候を、より軽微な形で有する例が多いものの、中にはRPS6KA3-IDを示唆する頭蓋顔面所見や手の所見を、はっきりと認識可能な形で呈する例も存在する。
RPS6KA3の病的バリアントが同定された例は、現在までに200人を上回る。ただ、原因遺伝子の特定がなされる前の時代に、臨床症候に基づいて診断がなされた例の報告も多いことから、罹患者の正確な数は不明である。以下に述べるRPS6KA3-ID関連の表現型の特徴は、分子レベルでの確認がなされた例と、分子レベルでの確認を行うことなく臨床所見・X線写真所見・家族歴に基づいて診断がなされた例の、両方の報告を合わせてまとめたものである。
罹患男性
表2:RPS6KA3関連知的障害:男性でみられる代表的症候の出現頻度
症候 | 出現頻度1 | |
---|---|---|
発達 | 発達遅滞(通常は重度) | +++(100%) |
知的障害 | +++ | |
神経行動/精神 | + | |
神経 | 刺激誘発転倒発作 | +(13%-20%) |
進行性の痙縮/対麻痺 | ++ | |
発作 | +(5%-30%) | |
筋骨格 | 脊柱後側彎その他の脊椎の変形 | ++(40%-80%) |
鳩胸/漏斗胸 | +++(80%) | |
心血管 | 心筋症 | + |
弁異常 | + | |
低身長 | +++ | |
歯の問題 | + | |
難聴 | ++(30%) | |
視覚の問題 | + | |
睡眠時無呼吸 | + |
発達遅滞(DD)と知的障害(ID)
幅がみられるものの、初期の発達指標は遅延し、中でも言語発達は、運動発達に比べ重度の遅延を示す。Coffin-Lowry症候群(CLS)は、通常、男性で重度から極度のIDがみられることを特徴とするが、一部、軽度障害にとどまる例も報告されている[Hanauer&Young2002,Hunter2002,Pereiraら2010]。こうした例は、現在では、RPS6KA3-IDと分類するほうが好ましいと考えられるようになってきているようである。初期の発達評価は、発達の最終的予後を過大に評価することがあるようである[Hunter2002]。Manouvrier-Hanuら[1999]は、あるミスセンスバリアントに起因して生じた、他に例をみないほど軽症の2同胞を報告している。
神経行動学/精神医学的症候
CLSの男性は、一般に、愉快気で楽天的と評されることが多いものの、時として行動の問題が生じるような例もみられる。具体的には、注意欠如/多動性障害[Matsumotoら2013]、攻撃的行動[Hunter2002]、自傷、自閉スペクトラム症の症候などがある。
神経
重度のIDがあることにより、詳細な神経学的評価は難しい場合がある。これまでに報告のある所見には以下のようなものがある。
筋骨格
心血管
罹患男性の約14%が心血管障害を有する[Hunter2002,Martinezら2011,Yoshidaら2015,Wakamiら2022]。ただ、CLS罹患者で最初に詳しい心評価を受け、その後も続けて心評価を受けている例はそれほど多くないことから、上記の数字は過少評価である可能性も考えられる。これまでに報告されているものとしては、僧帽弁・三尖弁・大動脈弁の異常、腱索の短小化、心筋症(心内膜線維弾性症を伴う1例あり)、原因不明の鬱血性心不全、大動脈と肺動脈の拡張などがある。Facherら[2004]は、拘束型心筋症を有する14歳男性を報告している。Martinez[2011]は、拘束性パターンを伴う左室緻密化障害心筋症を有するCLSの1男性例を報告している。僧帽弁閉鎖不全と三尖弁閉鎖不全に対する外科的修復術が2例、それぞれ14歳、18歳の男性で報告されている[Yoshidaら2015,Wakamiら2022]。
心奇形は早期死亡の原因となる場合がある。CLS罹患者の心血管疾患に関するシステマティックレビューは、今のところ行われていない。
成長
出生前の成長には異常がみられないことが多く、成長の鈍化がみられ始めるのは、通常、出生後早期である[Touraineら2002]。男性の身長は、一般に、3パーセンタイルを下回るものの、成長曲線に沿って伸びることが期待される。成人男性の身長は、115cmから158cmの間で、平均143cmと報告されている[Hanauer&Young2002]。脊柱後側彎が身長低下の悪化要因になっていることがある[Touraineら2002]。CLS罹患者の低身長に対する成長ホルモン治療の安全性と有効性に関する研究はなされておらず、成長ホルモン治療が骨格の変形や黄色靱帯の石灰化を悪化される懸念が指摘されている[Lvら2019]。
小頭症が多くみられるものの、頭囲が正常なCLS罹患者も多くみられる。低身長、筋緊張低下、活動量の低下といったものが、肥満のリスク上昇につながる可能性がある。
歯
多くみられる歯の異常としては、小歯症、歯の位置異常、開咬、永久歯の無歯症、乳歯の早期萌出や萌出遅延、歯の早期喪失などがある[Hunter2002,Igariら2006,Norderyd&Aronsson2012]。口蓋は高い。低年齢の小児でみられた下顎後退が、加齢とともに下顎前突へと変化していく傾向がみられる。
難聴
難聴は、罹患者の30%に及ぶとの報告がみられる[Pereiraら2010]。Hunter[2002]は、罹患男性89人中14人に難聴がみられたとしている。
視覚
視覚に関し、重大な問題が生じることは少ないようであるが、それでも、白内障、網膜色素萎縮、視神経萎縮などの報告がみられ、また、眼瞼の慢性炎症(眼瞼炎)の発生率が増加する可能性がある[Hunter2002]。
その他
1例のみで報告されているものとして、直腸脱、空腸憩室、神経節細胞の減少を伴う結腸憩室、膝窩神経節、幽門狭窄、片側の腎無発生、前方肛門、顔面の色素沈着亢進、気管拡張がある[Hunter2002]。1家系内の複数例にⅡ型糖尿病の発症を認めた報告がある[ToumaBoulosら2021]。
予後
CLSの成人男性の報告は数多く存在する。48歳で生存している罹患者に関する最近の1報告が存在する[DiStazioら2021]。ただ、障害を有する成人の多くは高度な遺伝子検査を受けていないという現実があることから、診断や報告がなされないままになっているRPS6KA3-ID罹患者が、実際は数多く存在するのではないかと思われる。
CLS男性の一部については、寿命の短縮がみられる。文献報告例では、男性例の13.5%が死亡しており、平均死亡年齢は20.5歳(範囲は13歳-34歳)である[Hunter2002]。
ヘテロ接合女性
ヘテロ接合の女性は、やや粗野な顔貌、先細りの指、低身長、種々の程度の知的障害といったRPS6KA3-IDの症候を、きわめて幅広い表現型を示すことが多い。これまでに、ヘミ接合の男性でみられるような典型的な顔、手、骨格の所見を有する女性の報告もみられる[Fryssiraら2002,Hunter2002,Jurkiewiczら2010,Rojnueangnitら2014]。一方、ヘテロ接合女性の中には、通常の発達と知能を有し、その他RPS6KA3-ID関連の全身症候を一切示さない例もみられる。
発達遅滞と知的障害
罹患女性は、軽度から中等度の範囲の知的障害を有する傾向がみられる。
神経行動/精神医学的症候
精神疾患の発生率は、一般集団より高い可能性がある。68人の女性(RPS6KA3-IDを有する女性が22人、非罹患者であるヘテロ接合者が38人、「罹患」女性同胞が8人)中6人(8.8%)が精神疾患の診断を受けており、その具体的内容は、統合失調症、双極性障害、いわゆる「精神病」であったという(Hunter[2002]によるレビュー)。Micheliら[2007]は、報告した2人の女性のうちの1人が「精神病」であったとしており、Wangら[2006]は、2罹患女性同胞のうちの1人が統合失調症であったとしている。また、広汎性発達障害の報告もみられる[Matsumotoら2013]。眉毛の強迫性抜け毛行動が1女性で報告されている[Gürsoyら2022]。
神経
典型的なSIDAを有する女性が複数報告されている[Jurkiewiczら2010,Arslanら2014,Rojnueangnitら2014]。
筋骨格
女性の少なくとも32%が進行性の脊柱後側彎を有していたとの報告がみられる[Hunter2002]。Rojnueangnitら[2014]は、10歳の段階で脊柱側彎と脊椎すべり症の両方を有すると診断され、重症であったこと、ならびに進行性であったことから、11歳でL4からS1までの脊椎固定術を要した1女性例を報告している。
心血管
罹患女性の約5%が心血管疾患を有していた[Hunter2002]。Congら[2022]は、RPS6KA3に病的バリアントをもつ3人の女性すべてが軽度の僧帽弁逆流と三尖弁逆流を有していた1家系を報告している。ただ、うち2人は22q11の遠位部欠失を有しており、表現型に寄与している可能性に注意が必要である。
成長
身長は、正常範囲内、もしくはそれを下回る。
歯
女性には、無歯症をはじめとする歯の症候が現れることがある[Jurkiewiczら2010,Yamotoら2020,Songら2022]。
難聴
Hunter[2002]は、罹患女性22人中1人に難聴がみられたと報告している。
視覚
RPS6KA3-ID女性に生じる視覚の問題の種類や出現頻度に特化した研究データは得られていない。
呼吸器
睡眠時無呼吸が生じる可能性がある。
その他
特発性高カルシウム血症のため、1歳の段階でビスホスホネート治療が必要になったRPS6KA3-IDの1女性が報告されている[Tiseら2022]。子宮脱、双角子宮、腎集尿系の重複といった腎尿路生殖器系奇形の報告もみられる[Hunter2002,Tiseら2022]。骨年齢の亢進を伴う中枢性思春期早発症が、1罹患女性で報告されている[Songら2022]。
予後
RPS6KA3-ID女性が寿命の点で影響を受けるかどうかという点に関しては、データが不足している。Hunter[2002]は、1罹患女性が48歳で死亡したことを報告している。
遺伝型-表現型相関
RPS6KA3の病的バリアントの位置や種類と表現型との間に強い相関はみられないものの、ある病的ミスセンスバリアントをもつ罹患者は、表現型が軽症の可能性がある[Delaunoyら2001]。
Nakamuraら[2005]は、N末端のキナーゼドメイン内あるいはそれより上流に生じたタンパク質短縮型バリアントにより、刺激誘発転倒発作(SIDA)が特に生じやすくなる可能性を示唆している。ただ、この相関の反証となりうる例として、SIDAを有する1罹患女性がタンパク質C末端のキナーゼドメインをコードする領域の病的バリアントのヘテロ接合体であったことが判明した例が存在する[Rojnueangnitら2014]。
疾患名について
Lowryら[1971]が複数例を報告しているが、これがそれ以前の報告と同じ症候群であるということが認識される以前の報告者たちは、これをCoffin症候群と呼んでいた。
初期の著作や文献には、Coffin-Siris症候群とCoffin-Lowry症候群を混同しているものが散見される。
RPS6KA3関連X連鎖性非症候群性知的障害―これは、RPS6KA3-IDスペクトラムの軽症端にあたる表現型である―は、当初、MRX19(OMIM300844)と呼ばれていた。
本GeneReviewで用いたタイトル「RPS6KA3関連知的障害」は、Bieseckerら[2021]がメンデル遺伝性疾患の表記に用いることを提唱した2項併記型命名法に従ったものである。
発生頻度
CLSの発生頻度の推定値として公表されたものは存在しないものの、著者らの経験から言うと、40,000人から50,000人に1人というのが妥当なところであるように思われる。ただ、これは実際の発生頻度を過少評価した数字である可能性もありうる。
RPS6KA3の生殖細胞系列病的バリアントに起因して生じるものとしては、本GeneReviewで述べたもの以外の表現型は知られていない。
Coffin-Lowry症候群を示唆する症候を有する例について
Coffin-Lowry症候群(RPS6KA3関連知的障害の一連の表現型における重症端)を示唆する所見を有する例の鑑別診断については、表3を参照されたい。
表3:Coffin-Lowry症候群との鑑別を検討すべき疾患
遺伝子/遺伝学的メカニズム | 疾患名 | 伝形式 | 臨床的特徴/コメント |
---|---|---|---|
ATRX | X連鎖αサラセミア知的障害症候群 | XL | 特徴的頭蓋顔面症候,性器奇形,筋緊張低下,軽度から極度の発達遅滞/知的障害。 罹患者はすべて46,XYの正常核型を有するものの、尿道下裂と停留精巣を示すものから、重度の尿道下裂と判別不明外性器、さらには正常に見える女性外性器に至るまで、さまざまな生殖器奇形を呈する。 αサラセミア(罹患者の75%近くにこれがみられる)は軽度で、通常は治療を要しない。 |
MED12 | FG症候群1型(FGS1)(「MED12関連疾患」のGeneReviewを参照) | XL | FGS1は、幅広い前額部、眼瞼裂斜下を伴う眼間開離、厚い下赤唇、脊柱後側彎、漏斗胸、特徴的行動といった所見をCLSと共有する。 CLSと異なる特徴として、FGS1では、不均衡な大頭症、肛門奇形に起因することがある便秘、広い拇指趾、目立つ指腹隆起、過剰に折れ込んだ上部耳輪を伴うことの多い小さく丸いカップ耳がみられる。 筋緊張低下は、その後、しばしば関節可動域制限に移行する。 脳梁の部分欠損と左右乳頭体の癒合が比較的多くみられる。 |
PHF6 | Borjeson-Forssman-Lehmann症候群(BFLS)(OMIM301900) | XL | 重度の知的障害,CLS類似の手の所見,上向きの鼻孔(鼻柱が厚く鼻孔が小さい場合あり)を伴う短い鼻,脊柱後側彎。 その他に、目立つ大きな耳、視覚の問題などの所見もみられる。 罹患男性は極度の性腺機能低下を示し、顕著な女性化乳房を示す傾向がみられる。 女性では、症候が部分的に現れることがある。 |
TCF41 | Pitt-Hopkins症候群 | 脚注2参照 | 年齢とともにより顕在化していく特徴的顔面症候,顕著な発達遅滞/知的障害,覚醒時の過換気/息止め発作(罹患者の50%近く)。 その他の多くみられる所見として、行動の問題、手の常同運動、発作、便秘、強度近視などがある。 |
7q11.23にあるWBSCRの隣接遺伝子欠失 | Williams症候群 | AD3 | CLSに類似することのある顔貌所見に加え、Williams症候群では心血管疾患(エラスチン動脈症,末梢肺動脈狭窄,大動脈弁上狭窄,高血圧)、結合組織異常、知的障害(通常は軽度)、特異的認知プロフィール、独特の人格特性、発育異常、内分泌異常(高カルシウム血症,高カルシウム尿症,甲状腺機能低下,思春期早発症)がみられる。 摂食障害のため、しばしば乳児期に成長障害をきたす。 |
AD=常染色体顕性;WBSCR=Williams-Beuren症候群クリティカル領域;XL=X連鎖性
Coffin-Lowry症候群を示唆する他の症候を有しない発達遅滞/知的障害の例について
一連の表現型を構成するRPS6KA3-IDの軽症端については、RPS6KA3-IDの臨床診断に十分なだけの神経発達症候や多系統の病変が現れないことがある。そうした場合は、知的障害を伴うその他数多くの疾患を鑑別対象として検討する必要が生じる。OMIMの「AutosomalDominant,AutosomalRecessive,andSyndromicX-LinkedIntellectualDevelopmentalDisorderPhenotypicSeries」を参照されたい。
今のところ、RPS6KA3関連知的障害(RPS6KA3-ID)の臨床的管理のガイドラインとして公表されたものは存在しない。
最初の診断に続いて行う評価
RPS6KA3-IDと診断された罹患者については、疾患の範囲やニーズを把握するため、診断に至る過程ですでに実施済でなければ、表4にまとめた評価を行うことが推奨される。
表4:RPS6KA3関連知的障害罹患者の最初の診断後に行うことが推奨される評価
系/懸念事項 | 評価 | コメント |
---|---|---|
発達 |
発達評価 |
|
神経行動/精神 |
神経精神医学的評価 |
12ヵ月超の罹患者について:睡眠障害,注意欠如/多動性障害,自閉症スペクトラム障害を示唆する所見等の、行動上の懸念に関するスクリーニング |
神経 |
神経学的評価 |
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筋骨格 |
整形外科/物理療法,リハビリテーション/理学療法・作業療法的評価 |
以下の評価を含むものとする。
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心血管 |
心評価 |
以下の評価を含むものとする。
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成長 |
身長,体重,頭囲の測定 |
低身長だが正常な成長速度であることを予測した成長パターンへの留意 |
歯 |
歯科的評価 |
以下の評価を含むものとする。
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聴覚 |
聴覚評価 |
感音性難聴に関する評価 |
眼 |
眼科的評価 |
視力低下、異常眼球運動、最良矯正視力、屈折異常、斜視、眼瞼炎、ならびに、特定分野を専門とする眼科医や視覚障害者サービスへの紹介を要するような複雑な問題(例えば、白内障,網膜色素萎縮,視神経萎縮)に関する評価 |
呼吸器 |
睡眠医学的評価 |
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遺伝カウンセリング |
遺伝の専門医療職1の手で行う。 |
医学的、個人的な意思決定支援のため、本人や家族に対し、RPS6KA3-IDの特性、遺伝形式、遺伝的影響についての情報提供を行う。 |
家族への支援/情報資源 |
以下のニーズに関する評価
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症候に対する治療
RPS6KA3-IDに関する治療法は存在しない。
生活の質の向上、機能の最大活用、合併症の軽減を目的とした支持療法が推奨される。関連諸分野の専門家が集まった多職種連携によるケアが望ましい(表5参照)。
表5:RPS6KA3関連知的障害罹患者の症候に対する治療
症候/懸念事項 | 治療 | 考慮事項/その他 |
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発達遅滞/知的障害/神経行動/精神医学的問題 | 「発達遅滞/知的障害の管理に関する事項」の項を参照。 | 破壊的行動や自傷的行動を呈する例についてはリスペリドンが有用な場合あり[Valdovinosら2002]。 |
刺激誘発転倒発作(SIDA) |
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痙縮/対麻痺 | 拘縮や転倒を防止する一助としての、ストレッチングを含む整形外科/物理療法・リハビリテーション/理学療法・作業療法 |
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発作 | 経験豊富な神経内科医による抗痙攣薬を用いた標準治療 |
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脊柱後側彎 | 整形外科医による対応 | 肺容量の制限や神経障害を避けるため、装具や脊椎の手術が必要になる場合あり。 |
鳩胸/漏斗胸 | 整形外科医ないし一般外科医の手で行う。 | 重度の漏斗胸に関しては、胸腔容積の改善を目的とした手術が必要になる場合あり。 |
心筋症,弁機能不全,他の心血管異常 | 心臓病専門医による対応 | 心臓病専門医の推奨に従って身体活動を制限する場合あり。 |
成長の問題 | 栄養士ないし摂食治療士による対応 |
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歯の問題 | 歯科医による対応 | 標準的歯科管理 |
聴覚 | 耳鼻咽喉科医の指示に従った補聴器の使用が有用な場合あり。 | 早期介入サービスもしくは学区を通じて行う地域の聴覚サービス |
眼 | 眼科医による対応 | 屈折異常,斜視について。 |
特定の専門分野をもつ眼科医による対応 | より複雑な問題(例えば、白内障,網膜色素萎縮,視神経萎縮)について。 | |
ロービジョンサービスを通じて行う。 |
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呼吸器 | 睡眠医学の専門医による対応 | 睡眠時無呼吸の治療として、CPAPや外科手術が有用な場合あり。 |
耳鼻咽喉科医ないし麻酔科医による対応 | 罹患者は、挿管や換気の際に問題を生じる可能性があるため、手術をはじめとする麻酔や鎮静を要する処置に際しては、事前に、呼吸管理上生じうるあらゆる懸念について対応できる態勢にしておくことが重要である。 | |
家族/地域社会 |
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発達遅滞/知的障害の管理に関する事項
以下に述べる内容は、アメリカにおける発達遅滞・知的障碍者の管理に関する一般的推奨事項を挙げたものである。ただ、そうした標準的推奨事項は、国ごとに異なったものになることもあろう。
0-3歳
作業療法、理学療法、言語治療、摂食治療、乳児のメンタルヘルスサービス、特別支援教育、感覚障害支援といったものが受けられるよう、早期介入プログラムへの紹介が推奨される。これは、アメリカでは連邦政府が費用を負担して、罹患者個人の治療上のニーズに対する在宅サービスが受けられる制度で、すべての州で利用可能である。
3-5歳
アメリカでは、地域の公立学区(訳注:ここで言う「学区」というのは、地理的な範囲を指す言葉ではなく、教育行政単位を指す言葉である)を通じて発達保育園に入ることが推奨される。入園前には、必要なサービスや治療の内容を決定するために必要な評価が行われ、その上で、運動、言語、社会性、認知等の機能の遅れをもとに認定された子どもに対し、個別教育計画(IEP)が策定される。常は、早期介入プログラムがこうした移行を支援することになる。
発達保育園は通園が基本であるが、医学的に不安定で通園ができない子どもに対しては、在宅サービスの提供が行われる。
全年齢
各地域、州、(アメリカの)教育関係部局が適切な形で関与できるよう、そして、良好な生活の質を最大限確保する支援を親に対してできるよう、発達小児科医とよく話をすることが推奨される。押さえておくべき事項がいくつかある。
運動機能障害
粗大運動機能障害
微細運動機能障害
摂食、身だしなみ、着替え、筆記などの適応機能に問題が生じる微細運動技能の障害に関しては、作業療法が推奨される。
口腔運動機能障害
口腔運動機能については、来院ごとに評価を行うようにする。そして、摂食時の窒息/嘔吐、体重増加不良、度重なる呼吸器疾患への罹患、特別な理由の見当たらない摂食拒否がみられる場合は、臨床的摂食評価やX線嚥下検査を行うようにする。罹患児が、口からの摂食を安全に行える状況にあるということが前提ではあるが、協調や感覚に関連した摂食の問題の改善を支援する手段として、摂食治療(通常、作業療法士あるいは言語治療士がこれを担当する)が推奨される。安全性を確保するため、食餌にとろみをつけたり、冷やしたりといったことが行われることがある。重度の摂食機能障害がみられる場合は、経鼻胃管あるいは胃瘻管が必要になることがある。
コミュニケーションの問題
表出言語に障害をもつ罹患者に対しては、それに代わるコミュニケーション手段(例えば、拡大代替コミュニケーション[AAC])に向けての評価を検討する。AACに向けた評価は、その分野を専門とする言語治療士により行うことが可能である。この評価は、認知能力や感覚障害の状況を考慮に入れながら、最も適切なコミュニケーションの形を決めていこうというものである。AACの手段としては、絵カード交換式コミュニケーションシステムのようなローテクのものから、音声発生装置のようなハイテクのものまで、さまざまなものがある。一般に信じられていることとは反対に、AACはスピーチの発達を妨げるようなものではなく、むしろ理想的な言語発達に向けた支援を与えてくれるものである。
神経行動/精神医学上の懸念事項
小児に対しては、応用行動分析(ABA)をはじめとする自閉症スペクトラム障害の治療で用いられる治療的介入の導入に向けた評価を行うとともに、実際にそれを施行することがある。ABA療法は、個々の子どもの行動上の強みと弱み、社会性に関する強みと弱み、適応性に関する強みと弱みに焦点を当てたもので、通常は行動分析に関する学会認定士との1対1の場で行われる。
発達小児科医を受診することで、両親に対し、適切な行動管理の指針を指導したり、必要に応じ、注意欠如/多動性障害の治療薬を処方することも可能になる。
深刻な攻撃的、破壊的行動に関して懸念があるときは、小児精神科医への相談が考えられる。
定期的追跡評価
現段階でみられる症候の様相、支持療法に対する反応様相、新たな症候の出現のモニタリングを目的として、表6に示したような評価が推奨される。
表6:RPS6KA3関連知的障害罹患者で推奨される定期的追跡評価
系/懸念事項 | 評価 | 実施頻度 |
---|---|---|
発達 | 発達の進行状況と教育上のニーズに関するモニタリング。 | 来院ごと。 |
神経行動/精神 | 注意欠如/多動性障害、攻撃的行動、自閉症スペクトラム障害関連の行動評価。 | |
神経 | SIDA、痙縮、発作を有する例のモニタリング。 | 治療を担当している神経内科医による対応 |
新たなSIDAと発作の症候に関する評価。 | 来院ごと。 | |
脊柱管狭窄の徴候や症候について、新規発現や悪化に関する評価。 具体的には、筋緊張の程度、歩行、腸・膀胱関連の習慣、疼痛の発現、局所性の神経学的変化(クローヌスや腱反射異常)等の変化様相の評価。 |
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筋骨格 | 可動性、自助能力に関する物理療法、理学療法/作業療法面からの評価 | 来院ごと。 |
脊柱後側彎や胸郭変形を有する例については、その進行状況に関するモニタリング。 |
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黄色靱帯の石灰化あるいは肥大に関するモニタリング。 |
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心血管 | 心筋症、弁機能不全、その他の異常を有する例のモニタリング。 | 治療を担当している心臓病専門医による対応。 |
心筋症の新たな発症に関する評価。 | 仮に最初の心電図で異常がみられなかった場合でも、心筋症の発生率や発症年齢の幅には不明な点が多いことから、その後も5-10年に1度の頻度で心電図検査を反復する必要あり2。 | |
成長 | 肥満の発症に関するモニタリング。 | 来院ごと。 |
歯 | 歯の異常を有する例のモニタリング。 特段の歯の異常がない場合でも、歯の喪失リスクの上昇に特に注意しつつ、一般集団にならった通常の評価を行う。 |
治療を担当している歯科医による対応。 |
聴覚 | 難聴を有する例のモニタリング。 | 治療を担当している耳鼻咽喉科医ないし聴覚士による対応。 |
眼科的問題 | 屈折異常、斜視、眼瞼炎、その他のより複雑な所見(例えば、白内障,網膜色素萎縮,視神経萎縮)を有する例のモニタリング。 | 治療を担当している眼科医による対応。 |
ロービジョンサービス。 | 治療を担当している臨床医による対応。 | |
呼吸器 | 睡眠時無呼吸を有する例のモニタリング。 | |
家族/地域社会 | ソーシャルワーカーの支援(例えば、緩和/息抜きケア,在宅看護,その他地域の情報資源)、ケアコーディネーション、新たな質問(例えば、家族計画関連)に対する追加の遺伝カウンセリングに関する家族側のニーズの評価。 | 来院ごと。 |
注:CLS罹患者の追跡評価のガイドラインについては、Hunterら[2010]が推奨事項を表の形でまとめたものが存在する。
避けるべき薬剤/環境
特定の例については、SIDAの引き金となることが判明している特異的刺激を避けるための注意が必要である。弁膜症に関しては、心臓病専門医の推奨により身体活動の制限が行われる場合がある。
リスクを有する血族に対して行う遺伝カウンセリングを目的とした検査関連の事項については、「遺伝カウンセリング」の項を参照されたい。
研究段階の治療
さまざまな疾患・状況に対して進行中の臨床試験に関する情報については、アメリカの「ClinicalTrials.gov」、ならびにヨーロッパの「EUClinicalTrialsRegister」を参照されたい。
注:現時点で本疾患に関する臨床試験が行われているとは限らない。
「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝学的検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的、倫理的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」
遺伝形式
RPS6KA3関連知的障害(RPS6KA3-ID)は、X連鎖性の遺伝形式をとる。
家族構成員のリスク
発端者の両親
男性発端者の親
女性発端者の親
男性発端者の同胞
男性発端者の同胞の有するリスクは、母親の遺伝学的状態によって変わってくる。
ヘテロ接合女性は、ランダムなX染色体不活化を示すこともあれば、軽度から中等度のX染色体不活化の偏りを示す場合もあり、これらの不活化の程度とIQとの間に相関はみられない[Simensenら2002]。
注:ランダムなX染色体不活化の場合は、当然予期されることではあるが、軽症例である母親から重症の娘が生まれるといったことがありうる。
それは、母親が生殖細胞系列モザイクである可能性が残るからである(実際に、CLSについては、母親が生殖細胞系列モザイクであったという例が報告されている[Jacquotら1998,Hornら2001])。
女性発端者の同胞
女性発端者の同胞の有するリスクは、両親の遺伝学的状態により異なる。
それは、片親が生殖細胞系列モザイクである可能性が残るからである(実際に、CLSについては、母親が生殖細胞系列モザイクであったという例が報告されている[Jacquotら1998,Hornら2001])。
男性発端者の子
女性発端者の子
他の血縁者
他の血縁者の有するリスクは、発端者の両親の状態によって変わってくる。
仮に、片親がRPS6KA3の病的バリアントを有していた場合、その片親の血縁者はすべてリスクを有することになる。
注:分子遺伝学的検査を行うことで、家系内で最初にdenovoの病的バリアントが生じた人が誰であるかを特定できる可能性がある。これがわかれば、家系内のどの範囲にまでリスクが及ぶのかということを確定させる上で役立つ可能性がある。
ヘテロ接合体縁者の同定
リスクを有する女性血に対して、その遺伝学的状態を調べる分子遺伝学的検査を行うためには、家系内に存在するRPS6KA3の病的バリアントを事前に同定しておく必要がある。
注:X連鎖性である本疾患に関しヘテロ接合体である女性は、RPS6KA3-IDの症候のうちの少なくともいくつかを呈するリスクを有する(「臨床像」の「ヘテロ接合女性」の項を参照)。
関連する遺伝カウンセリング上の諸事項
家族計画
出生前検査ならびに着床前遺伝学的検査
家系内に存在するRPS6KA3の病的バリアントが同定されている場合は、出生前検査ならびに着床前遺伝学的検査を行うことが可能である。
出生前検査の利用に関しては、医療者間でも、また家族内でも、さまざまな見方がある。現在、多くの医療機関では、出生前検査を個人の決断に委ねられるべきものと考えているようであるが、こうした問題に関しては、もう少し議論を深める必要があろう。
GeneReviewsスタッフは、この疾患を持つ患者および家族に役立つ以下の疾患特異的な支援団体/上部支援団体/登録を選択した。GeneReviewsは、他の組織によって提供される情報には責任をもたない。選択基準における情報については、ここをクリック。
分子遺伝学
分子遺伝学とOMIMの表の情報はGeneReviewsの他の場所の情報とは異なるかもしれない。表は、より最新の情報を含むことがある。
表A:RPS6KA3関連知的障害:遺伝子とデータベース
遺伝子 | 染色体上の座位 | タンパク質 | Locus-Specificデータベース | HGMD | ClinVar |
---|---|---|---|---|---|
RPS6KA3 | Xp22.12 | リボソームタンパク質S6キナーゼα3 | RPS6KA3 @ LOVD | RPS6KA3 | RPS6KA3 |
データは、以下の標準資料から作成したものである。遺伝子についてはHGNCから、染色体上の座位についてはOMIMから、タンパク質についてはUniProtから。リンクが張られているデータベース(Locus-Specific,HGMD,ClinVar)の説明についてはこちらをクリック。
表B:RPS6KA3関連知的障害関連のOMIMエントリー(内容の閲覧はOMIMへ)
300075 | RIBOSOMALPROTEINS6KINASEA3;RPS6KA3 |
303600 | COFFIN-LOWRYSYNDROME;CLS |
分子病理
RPS6KA3は、リボソームタンパク質S6キナーゼα3(S6Kα3)をコードしている。このタンパク質は、Rasシグナル伝達カスケードの1つのメンバーである成長因子調節型のセリン/スレオニンキナーゼである。
リボソームS6キナーゼファミリーは、概して、増殖や分化といった細胞イベントに関与している。S6Kα3の特異的機能としては、神経突起形成の制御[Ammarら2013]、シナプス可塑性や神経細胞興奮性の制御[Liuら2020,Smolenら2021]、エキソサイトーシスに必要な脂質産生の仲介[Zeniou-Meyerら2008,Zeniou-Meyerら2009]、神経伝達物質放出の制御[Zeniou-Meyerら2010]、細胞周期の進行やDNA修復の仲介を通じたゲノム安定性の維持[Limら2013]といったものがある。
疾患の発症メカニズム
キナーゼ活性の低下(すなわち、機能喪失型メカニズム)である。CLS罹患者でみられる病的バリアントの大多数は、リボソームS6キナーゼの酵素活性を完全に失わせるものである。非症候群性知的障害に分類されたある家系は、RPS6KA3のミスセンスバリアントを有しており、これによりリボソームS6キナーゼの酵素活性が80%低下していたという[Merienneら1999]。この所見は、RPS6KA3のバリアントの中に、RPS6KA3-ID関連知的障害の一連の表現型の軽症端でみられる臨床所見を引き起こすものが存在する理由をよく説明している。付け加えると、Castelluccioら[2019]の報告した3兄弟は、RPS6KA3の微細重複のためRPS6KA3転写産物のレベルが低下しており、機能喪失型メカニズムを示唆するものとなっている。
RPS6KA3特異的な検査技術上の考慮事項
Schneiderら[2013]は、タンパク質の異常につながる深部イントロンの病的バリアントを同定している。この事実は、CLSの臨床診断が強く疑われた例のうち、標準的検査手法で病的バリアントが検出されなかったものについては、RNAの解析を検討すべきことを強く示唆するものとなっている。
これまでに、本遺伝子の全重複や部分重複も報告されている。MarquesPereiraら[2007]は、インフレームのマルチエクソン縦列重複を有するCLSの1例を報告している。また、Matsumotoら[2013]は、RPS6KA3全体を包含する微細重複を有する1家系において、軽度の知的障害、注意欠如/多動性障害、局在性癲癇、広汎性発達障害がみられたことを報告している。さらに、RPS6KA3の新規の微細重複を有する3兄弟で、転写産物のレベル低下に起因する機能喪失がみられたとの報告が存在する[Castelluccioら2019]。