ICE化学療法
ICE regimen (お医者さんのための処方の仕方のページは別にあります,ここをクリック)
ICE化学療法に対する患者さん向け簡単な説明文
患者さんはこのような形式で,もっと詳しい実際の病理診断名,効果の割合を数字で記入したものや副作用(有害事象の頻度%)などを記入した文書を説明の上でいただけるはずです,それに署名して同意してから化学療法を受けます。例としてとても簡略に記述したものです。
1.化学療法を使う理由について
これから今回の病気に対して行う薬物による治療の説明を行いたいと思います。いま治療しようとしている悪性度の高い脳腫瘍は乳幼児から20歳台の若年者に発病しますが,有効な治療手段は限られています。従来では手術によって腫瘍を除去した後に放射線照射による補助療法を行うことが一般的でした。この腫瘍は放射線療法によって消失して治る場合もありますが,再発を生じたり髄液を介して脳の他の部分や脊髄の周囲に広がる危険性もあります。また十分な治療効果を得るためには脳から脊髄全体に及ぶ広い範囲の照射野が必要となることもあります。このため腫瘍が消失して良くなったとしても放射線により引き起こされる遅発性の合併症として,背丈が伸びなくなったりする成長障害や知的能力が低下する認知障害が起ることも多いのです。これによって将来の社会生活に支障をきたすことが少なからずあり問題点として指摘されています。放射線治療の負担を減らすために,また小さい子供では成長するまで放射線治療を待機するために化学療法(制がん剤)が使用されることが多くなってきました。
放射線療法に加える補助療法としての化学療法は徐々に有効性が認められてきています。また,これまで放射線療法だけでは効果が不十分であった患者さんに対する治療効果を向上させることも目的になります。
今回の治療では,シスプラチン,エトポシド,イフォスファマイドという薬物を組み合わせた治療(ICE化学療法)を放射線療法に組み合わせることで,より効果的な治療を目指します。これからこの治療の内容について説明しますので,よく読んで十分検討してください。その結果,内容を理解して納得していただけましたら同意書に署名してください。
2.治療の方法について
今回の治療では,シスプラチン,エトポシド,イホスファミド(イフォスフマイド)を5日間連続して点滴により静脈の中へ投与します。これを4週間毎(28日周期)に病状に合わせて原則として3から6コース行います。
各薬剤ともにいわゆる抗がん剤です。シスプラチンはプラチナが含まれる白金製剤で,睾丸腫瘍や卵巣癌,神経芽細胞腫,肺小細胞癌,胃癌,食道癌などに使われています。聴力障害,腎臓障害,悪心,嘔吐などが副作用としてみられることがあります。エトポシドは植物性分を利用した製剤で,睾丸腫瘍や絨毛癌,白血病,悪性リンパ腫,肺小細胞癌などに使われています。骨髄抑制による白血球減少(好中球減少)や貧血,血小板減少,脱毛などがみられます。イフォスファマイドはアルキル化剤で,肺癌や前立腺癌,子宮癌,骨肉腫などに使われます。骨髄抑制や出血性膀胱炎を副作用としてみることがあります。
これらを組み合わせて治療を行いますが,化学療法開始後に病状が悪化した場合やその副作用が重篤な場合には,担当医師は治療の中止を提案して必要な処置と治療を行います。また効果および副作用の程度から,いったん中止した後もこれらの薬を投与した方が良いと判断した場合にはこの化学療法を再開する場合もあります。
原則的に3歳以上の場合には化学療法と放射線療法を併用することになりますが,病状や年齢に応じて組み合わせ方は変わります。すべての化学療法の前後あるいは化学療法の間にはさんで放射線治療をします。治療前から脳脊髄の髄液腔内へ腫瘍が拡がっている場合(播種がある時)には全脳脊髄への照射をしなければなりません。また,髄芽腫や悪性奇形腫など悪性度の高い組織型によっては播種がなくても全脳脊髄へ照射を行います。5歳以下かつ3歳以上の場合には全脳脊髄照射線量を18 Gyへ減量します。3歳未満の患児で化学療法だけでは病状の進行が食い止められないと考えた場合には放射線治療をするかどうかをお話し合いの上検討します。
治療効果と副作用の評価のために化学療法の前後にMRIと血液検査します。またこの治療を安全に継続するために,各回の治療中に週に2-3回くらい骨髄機能や腎臓機能を血液検査や尿検査にて評価しますし,月に1回くらい耳鼻科で聴力検査をします。
3.期待される効果について
今回行う化学療法により,放射線照射により引き起こされる負担の軽減による高い質的予後の維持,ならびに放射線療法との相乗効果による難治性腫瘍に対する治療効果の増強が期待されます。
4.予想される副作用について
これまで経験ではこの化学療法を行うことで,ほとんどの患者さんにある程度の副作用が認められています。悪心・嘔吐および食欲不振という消化器症状は頻度の高いものです。骨髄抑制のために血液中の白血球,血小板,血色素量が少なくなることで,感染症に対する抵抗力が低下したり,血が止まりにくくなったり,貧血が生じたりすることがあります。この他,シスプラチンでは腎臓の働きや耳の聞こえが悪くなったりする可能性があります。エトポシドによる脱毛やイフォスファマイドに特徴的な膀胱粘膜のただれによる血尿がみられることもあります。
かつてはこれらの副作用に対しての予防や治療は困難なものでしたが,最近では大きな問題となることはとても少なくなりました。ICE化学療法は超大量化学療法ではありませんから,生命の危険(化学療法死)はほとんどない化学療法です。
今回の治療では副作用を予防する目的でいろいろな対処をしながら治療を進めます。悪心・嘔吐に対してはグラニセトロン(カイトリル)やオンダンセトロン(ゾフラン)やラモセトロン(ナゼア)など抗癌剤による嘔吐に対して非常に効果が高い特殊な制吐剤を使います。腎臓の障害を予防するためには多めの補液をしたりマンニトールという薬剤で尿量を増やしたりします。イフォスファマイドによる血尿の予防のためにはメスナという膀胱粘膜の保護剤を投与します。骨髄抑制に伴う白血球(好中球)減少時には,顆粒球を増やす強力な作用を持つG-CSF(顆粒球コロニー刺激因子:グランやノイトロジン)を投与します。
子供によっては同じ量の制がん剤でも出現する副作用の程度が違います。ですから,血液や聴力検査により副作用の状態を判断して,副作用の程度に応じて次の回から投与するシスプラチン,エトポシド,イフォスファマイドの投与量を減量して細かく調整していきます。ある薬剤だけ25%くらいの量を減らしたり,ある薬剤だけを中止したりするのです。
抗癌剤を大量に投与した場合には,治療後ずいぶん後から出現する可能性のある副作用として,白血病(二次癌)を発病することや精子形成不全による不妊症がみられたという報告があります。でも,今回投与する量ではこれらの危険性は少ないと考えています。
化学療法が数ヶ月にわたることから何回も点滴の針を交換したり採血のたびに針を刺す必要があって,子供たちにとっては大きな苦痛の原因なっていました。現在では何ヶ月も交換しないで使える点滴ルートを確保して,採血もそのルートからすることで子供たちに痛みを与えないような工夫をしています。これは薬剤の投与経路として長期間交換不要で体に針を刺すことなく回路より採血が行える埋め込み型のCVポートやブロビアックカテーテルというものです。化学療法を行うという予想が立ったらすぐにカテーテルを鎖骨の下から心臓に近い上大静脈まで入れて,子供たちに繰り返して痛みを与えないようにします。