小児グリオーマの化学療法
小児グリオーマの化学療法
新しい情報:テモゾロマイドの神経芽細胞腫への効果について
脳腫瘍ではない小児悪性腫瘍に対する効果を見たものです。
Rubie H, et al: Pahse II study of temozolomide in relapsed or refractory high-risk neuroblastoma: a joint Societe Francaise des Cancers de l’Enfant and United Kingdom Children Cancer Study Group-New Agents Group Study. J Clin Oncol 24: 5259-5264, 2006
ヨーロッパで行われた臨床試験の結果です。いろいろな治療をしてもさらに転移したり再発してとても困った状態になってしまった25人の小児の神経芽細胞腫neuroblastomaの患者さんにテモゾロマイドが投与されました。5人(20%)の患者さんにはっきりした効果が見られました(CR+PR)。とても希望の持てる結果です。神経芽細胞腫は髄芽腫や松果体芽腫やPNETに似た腫瘍ですから,テモゾロマイドがこれらの脳腫瘍にも有効かもしれないという期待が持てます。でもまだたくさんの研究が行われないとはっきりしたことは言えません。
専門家向けです
1. 概論
神経膠腫(グリオーマ)とは神経外胚葉起源の腫瘍をいう。従って,星細胞腫などのグリア系腫瘍のみならず小児の髄芽腫やPNET(原始神経外胚葉性腫瘍)も神経膠腫の範疇に入る。
小児に発生する固形癌の中で神経膠腫の頻度は高く,また死亡率の高い疾患として知られる。最大の特徴は病理組織が多彩なことであり,逆に個々の組織型の発生頻度は極めて低い。さらに組織診断が同一であっても発生部位と年齢によって予後が変わるために治療法の選択が複雑になるという治療する側に取ってはやっかいな特徴を有している。
低年齢児の中枢神経は放射線治療に対して耐性が低いため化学療法が極めて重要な治療手段となっており,手術摘出することができない幼小児の視床下部/視交叉星細胞腫,あるいは悪性度の高い髄芽腫,PNETなどの胎児性腫瘍(embryonal tumors),分化型であっても化学療法感受性を有する乏突起膠腫系腫瘍などが化学療法の対象となる。
なべて神経膠腫は放射線抵抗性であると共に化学療法抵抗性であるので,化学療法単独で治癒を導けることは少ない。従って、化学療法は患児を治すための集学的治療の一端を担うと理解した方がよい。また,小児神経膠腫に対して科学的に立証された標準的治療というべき化学療法プロトコールはない。
2. 髄芽腫
髄芽腫を治癒に導く確実性が最も高い治療法は現在においても脳脊髄照射である。しかし,発達過程にある乳幼児の中枢神経は放射線治療に対して著しく耐性が低く脆弱であり,特に3才未満の小児に放射線治療を行えば重篤な中枢神経発達障害を招く確率が高い。3才になってからも成人と同様の放射線治療ができるわけではなく年齢に正の相関となるように放射線量を調節するために,低年齢児ほど化学療法の役割は大きいしまたそれによって治療期間が長期になる。
1990年Hoppe-Hirschらは髄芽腫120例を追跡し、治療5年後には42%の患児でIQは80を下回り,治療10年後には85%の患児でIQは80を下回ると報告した。(1) 2001年のRisらの報告によれば,23.4Gyの低線量脳脊髄照射によっても知能低下は明らかではあるが,旧来の放射線治療と比較すれば知的機能の温存率は改善の傾向があったという。しかし,患児のIQは1年あたり4.3低下していき,7歳以下で低下率は著しく,3年経過観察した15症例の平均FSIQは75.7であり更に低下の傾向をたどるという。(2)さらに近年,5歳以下の標準リスク群に脳脊髄18Gyという低線量も用いられたが,内分泌機能障害と知能の低下は避けられないと報告された(3)。これらの知見が髄芽腫の化学療法に対する期待を高めた。
髄芽腫では高リスク群と標準リスク群で治療法が選択される。高リスク群とは,3歳未満の乳幼児,髄腔内転移の存在,術後の1.5cm2以上の残存腫瘍の存在の一つを含むものと理解される。(4)標準リスク群には,手術による全摘出の後に脳脊髄照射を行うが,化学療法の併用には結論はない。現在においても高い生存率を求めるならば標準治療は35-36Gyの脳脊髄照射である。一方、高リスク群には可能な限りの摘出の後に脳脊髄照射35-36Gyと多剤併用化学療法が用いられる。いずれも腫瘍局所線量は55Gy程度である。しかしながら前述の理由から,化学療法を併用しながらより低い線量を用いて治療しようとする方向性にあるのが世界的な傾向である。
標準リスク群に対する照射前化学療法の有用性には議論がある。放射線治療の時期を遅らせることで中枢神経の発達を待つことができるという利点の一方で,生存率を下げるという意見も多い。(4,5)2003年に報告された217例のランダム化試験の結果では,放射線治療単独群と照射前化学療法併用群の無増悪5年生存割合はそれぞれ59.8%と74.2%であり統計学的に有意な差(p=0.366)がみられたが,全生存期間では有意な差(p=0.0928)がなかったとされた。(5)この試験で用いられた薬剤は,ビンクリスチン、エトポシド、カルボプラチン,シクロホスファミドである。
この研究結果は照射前化学療法が少なくとも長期生存率を下げないことを証明している。しかしながら,ここで用いられた脳脊髄線量は35Gyであり現在日本で多用されている23-25Gyよりも多いので,35Gyという脳脊髄照射のバックアップがあって始めて得られる成績であることを認識しなければならないし,この治療に類似した照射前化学療法プロトコールを用いるのに線量を24Gyあるいはさらに18Gyに下げられるという根拠はない。
筆者らは1992年からイホスファミド,シスプラチン,エトポシドを併用するICE化学療法を6コース用いる化学療法と年齢に応じた18-24Gyの脳脊髄照射を併用するプロトコールを用いているが治療後追跡期間中央値60ヶ月での5年生存率は64%であり欧米からの報告と大差はないものである。
高リスク群において,低線量照射を用いる代表的成績は,23.4Gyの照射とロムスチン,シスプラチン,ビンクリスチンの併用化学療法用いるもので,約65%の5年生存率が得られたとの報告がある。(6)また,高リスク群の中でも特に3歳未満の症例では,放射線治療を待機するために化学療法が先行して行われることが世界標準になった。しかし本邦ではロムスチンが使用できないのでこのプロトコールを使用できないし,経口投与が可能なロムスチンと静注のニムスチンを差し替えての治療方法で同様の成績が得られるという保証はない。
3歳未満の低年齢層には造血幹細胞救援を併用する大量化学療法の有用性が期待されている。しかしこれも明らかな利点を証明するには至ってはおらず,化学療法死を含めた副作用と生存期間延長の利害が厳密に比較検討されなければならない時期にある。カルボプラチン,チオテーパ,エトポシドを用いる地固め療法を21例の高リスク群に用いた研究結果では,無増悪3年生存率が49%であったと報告された。この研究は髄液播種を伴う低年齢児を多数含んでおり照射を6歳まで待機する方針であるので期待が持てる成果とはいえるが、逆に大量化学療法といえども単独では半数以上に再燃が生じることを示している。 (7,8) 2005年初頭時点において,大量化学療法によって治療された患児の5年生存率あるいは長期的な知的機能予後に関しての成績を記述した報告はない。
髄芽腫のおよそ4分の1にみられ悪性型と分類される退形成性髄芽腫(large cell / anaplastic medulloblastoma)は高頻度にERBB2蛋白を発現する。Gajjarらによれば標準リスク群かつERBB2陰性の26例での5年生存率が100%であり,一方ERBB2陽性の13例での5年生存率が54%(P=0.0001)であったという。この事実が検証されれば近い将来,標準リスク群の治療強度はERBB2の発現の有無により大きく変化するのであろう。(9)また化学療法感受性の異なりを把握できるから化学療法に重点を置いた個別化治療の道が開かれるのかもしれない。
髄芽腫の再発/再燃は髄液播種によって生じることが多いので,髄腔内メソトレキセート注入による化学療法が広く試みられたが失敗に終わった。播種の予防と脳脊髄照射の負担を軽減するために水溶性アルキル化剤マフォスファミドなどを用いる髄腔内化学療法の開発は現在も続けられているが結論を見るには至っていない。(10)
3. 乳幼児の毛様細胞性星細胞腫
WHOでは毛様細胞性星細胞腫をgrade Iとして規定し,全摘出できれば予後の良い腫瘍として知られる。思春期の小脳星細胞腫の長期生存率は95%を越え神経脱落症状を残すことも少ないが,乳幼児の視床下部/視交叉に発生した時には死亡率が高くかつ生存し得たとしても社会的に自立できる児はほとんどいない。
乳幼児の視床下部と視交叉に発生するものの多くは毛様類粘液性星細胞腫(pilomyxoid astrocytoma)であり,概して増大速度が早く髄腔内播種することもある。またこれは視床下部と両側の視路へ浸潤するために摘出が困難であり,時としては視交叉に限局するために生検術さえ危険な症例もある。放射線照射が有効であるが,この年齢層と部位での重篤な放射線脳障害を鑑みればこれも選択し難い。このような状況から近年,この腫瘍に対してはプラチナ製剤(シスプラチンもしくはカルボプラチン)とビンクリスチンを用いた併用化学療法が第一選択肢として用いられる。(11)
シスプラチンを用いる場合には第1日目から5日目までの連続投与として,ビンクリスチンを第1,8,15日に併用,1コースを4週間毎としてこれを反復する。カルボプラチンの点滴静注の方が一般的ではありまた投与の方法が容易ではあるが、著者はシスプラチンの5日間持続投与を用いている。カルボプラチンよりもシスプラチンの方が長時間腫瘍に対する有効血中濃度が保ち得ると考えられるからである。グリオーマの中でも毛様細胞性星細胞腫は細胞周期が遅い固形腫瘍であるので,理論的には高い血中濃度を短時間暴露する投与方法より持続投与が優る。これは最近,ロムスチン、テモゾロマイド,プロカルバジンなどグリオーマ全般に経口抗腫瘍薬が多用されることにも一致する考え方である。
この腫瘍においては数ヶ月かけて化学療法を継続することにより徐々に腫瘍縮小効果が明らかとなるので,1コースや2コースの化学療法で顕著な腫瘍縮小がないから無効であると判断してはいけない。この観点からの化学療法の奏効率は高く,化学療法の開始とともに間脳症候群の改善や進行性視力視野障害の停止が得られることが多い。著者はシスプラチンとビンクリスチンの併用化学療法をまず6コース行って経過をみることにしている。再燃時には,化学療法の再開か部分摘出か半定位的分割照射かの選択となるが腫瘍の残存部位と年齢を考慮して決定する必要が生じるし,逆に年長児になれば自然緩解して治癒に至る症例もあるので,化学療法後の残存腫瘍の観察には慎重な判断を要する。
4. 乏突起膠腫系腫瘍
乏突起膠腫系細胞は星細胞系腫瘍より予後がよく,小児において高分化型の乏突起膠腫を全摘出できた場合には補助療法は不要である。部分摘出であってもまずは経過観察したほうがよいし,成人と異なり悪性型は頻度が低い。また放射線治療への感受性も高い腫瘍型であるので,無条件に化学療法を加えるのではなく個々の症例で化学療法が必要か否かの判断をまず行う必要がある。しかしgrade 3の乏突起膠腫系腫瘍には一般的に化学療法を加えた方がよいとされている。
第1染色体短腕に欠失を認める退形成性乏突起膠腫(grade 3)と退形成性乏突起星細胞腫(grade 3)に対するPCV(プロカルバジン,ロムスチン,ビンクリスチン)化学療法の有効性は広く知られるに至った。この化学療法は神経膠腫の中では唯一の標準的治療といえるものであり,grade 3の乏突起膠腫系腫瘍に対しては60%強の奏効率があるとされる。しかしながら緩解後の再燃率は高くPCV化学療法のみでの治癒への期待は低い。
また最近ではgrade 2の乏突起膠腫と乏突起星細胞腫にもPCV療法は有効であり,かつ第1染色体短腕あるいは第19染色体長腕の欠失がなくとも効果が認められたという報告も現れた。(12)特に大きな乏突起神経膠腫においてT2強調画像高信号領域の縮小と症状の改善があり,放射線治療なくしても化学療法後再燃までの中央期間は24ヶ月を越えたという。
日本ではロムスチンが使用できないので乏突起膠腫に対してPAV(プロカルバジン,ニムスチン,ビンクリスチン)療法が2005年に承認される予定である。しかし髄芽腫と同様にロムスチンとニムスチンを差し替えられるという臨床的な検証はない。さらに成人例では第1染色体短腕欠失を認める乏突起膠腫と乏突起星細胞腫(grade 2)にテモゾロマイドの非常に高い有効性が報告され,PCV化学療法に代用し得る薬剤であるとされている。(13)小児においても乏突起膠腫系腫瘍はテモゾロマイドに反応する神経膠腫であるのかもしれない。
5. 悪性神経膠腫とテモゾロマイド
乏突起膠腫系腫瘍に対するPCV療法を除けば,grade 3-4に相当する悪性神経膠腫に対する有効な化学療法はほとんどないと言っても過言ではなかった。近年開発されたテモゾロマイドは第2世代の経口アルキル化剤であり,乏突起膠腫のみならず成人の退形成性星細胞腫と膠芽腫に対して有効性が認められ,小児の悪性神経膠腫の治療にも期待が持たれた。
従来最も多用されたニトロソウレア剤に対する悪性神経膠腫の薬剤抵抗性はDNA repair protein 06 methylguanine DNA methyl transferase (MGMT)の発現の程度に依存するとされるが,テモゾロマイドにおいてもこれは同様である。
小児の治療抵抗性high-grade gliomaと脳幹部神経膠腫に対するテモゾロマイドの第2相試験が欧州で行われた。200mg/m2を5日間連続投与したものであったが,登録された55例においての客観的な奏効率は極めて低く有効性は認められないと結論された。(14) さらに初発例のびまん性脳幹部膠腫29例(年齢中央値6歳)に対し放射線治療後に同様なテモゾロマイドの投与を行った報告では,生存期間中央値12ヶ月で全例が死亡し脳幹部神経膠腫の予後を改善することはできないとされた。(15)
現在,成人と同様に放射線治療期間中に75-90mg/m2を42日間連続投与して用いる方法が検討されているが明らかな有効性を示唆する報告はいまだ見られない。本邦でも近い将来テモゾロマイドの保険診療が認められる可能性が高いが,小児神経膠腫に対する有効性のエビデンスはなくまた欧米の臨床試験では期待されていたような効果が否定されつつある傾向に留意する必要がある。
6. 文献
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