小児脳腫瘍とBRAF(ビーラフ)遺伝子
- BRAF遺伝子の異常で発生する癌には,悪性黒色腫,有毛細胞白血病,甲状腺ガン,大腸ガンや肺ガンが有名です
- 脳腫瘍にもBRAF遺伝子の異常で発生するものがあることが知られてきました
- 特に小児の脳腫瘍でBRAFの遺伝子異常は多いです
- 低悪性度神経膠腫 low-grade gliomaの中ではもっとも頻度が高い遺伝子異常です
BRAF遺伝子に異常があるとガンになる理由
- BRAF遺伝子というのは長い遺伝子で,そのコドン600番目のアミノ酸 (バリンV) V600E の点突然変異がほとんどです
- 他にはBRAF融合などの異常もあります
- そうすると,遺伝子の命令でできるBRAF分子が常に活性化してしまいます
- BRAF蛋白の活性化が続くと,シグナル伝達経路であるMEK-ERK (MAPK) 経路が過剰に活性化します
- MARK経路の活性化は,細胞を増殖させてガン細胞を無制限に増やします
- BRAF阻害薬はこのV600E変異によるがんの増殖を抑える薬です
- BRAF阻害薬だけを投与した場合、MEK遺伝子が上流のRAS遺伝子(ガン遺伝子)の機能を抑えていることまで障害されるため、逆にガンが大きくなったりすることがあります
- だから,一緒にMEK阻害薬を併用するとそういった弊害が抑えられます
- BRAFV600遺伝子変異陽性の脳腫瘍の薬物療法は、BRAF阻害薬とMEK阻害薬の併用療法が選択肢となります
- 問題は,いっとき有効であった例でもこの治療が効かなくなってしまうことです
BRAF融合遺伝子異常
- BRAF-V600Eの遺伝子変異がほとんどなのですが,BRAF遺伝子の融合によって生じる腫瘍が稀にあります
- 毛様細胞性星細胞腫が代表的な腫瘍です
治療
ダブラフェニブとトラメチニブ
BRAF v600遺伝子に変異のある例で,タフィンラーカプセル(ダブラフェニブ,Dabrafenib, BRAF阻害剤)とメキニスト錠(トラメチニブ,Trametinib, MEK阻害剤)を経口投与しま
欧米では1歳以上の小児に自宅で服用するための指導要領があります
トボラフェニブ
tovorafenib (Ojemda)が。BRAFに異常のある小児の低悪性度グリオーマに対して51%で何らかの効果が見られたと報告されています
ビニメチニブ
BRAF融合遺伝子陽性例では,ONO-7703(ビニメチニブ,MEK阻害剤)の臨床試験が開始されました
ダブラフェニブとトラメチニブの日本での治験と使用(2024年)
- 従来の治療に抵抗性のものには,BRAF阻害剤のタフィンラー(ダブラフェニブ)とメキニスト(トラメチニブ)の併用投与が保険診療でできます
- BRAF v600遺伝子に変異のある例で,タフィンラーカプセル(ダブラフェニブ,BRAF阻害剤),メキニスト錠(トラメチニブ,MEK阻害剤)を経口投与するものです
- 2023年時点でもっとも期待を持って臨床使用がされている標的治療です
- でもBRAF変異は毛様細胞性星細胞腫の3 – 10%くらいにしかないです
- BRAF v600変異がある腫瘍を有する15歳以下の小児にダブラフェニブ・トラメチニブ投与します
- 治験は,杉山未奈子先生が担当者です
RAF V600変異陽性局所進行・転移性小児固形腫瘍に対するダブラフェニブ・トラメチニブの第II相試験 (jRCTs011220017)
(クリックすると開きます)
BRAF遺伝子に異常を有する腫瘍
- pleomorphic xanthoastrocytoma
- ganglioglioma
- pilocytic astrocytoma
- diffuse midline glioma: H3 K27M-mutant co-occurred with BRAF-V600E mutation
- craniopharyngioma papillary type
- epithelioid/rhabdoid GBM
- diffuse leptomeningeal glioneuronal tumor DLGNT: BRAF fusion
効果
- BRAF-V600E mutationに対しては,40%くらいの例で2年間くらい有効とされていますが,まだはっきりしていません
BRAF v600変異のあるグリオーマとその比率
Andrews LJ: Prevalence of BRAFV600 in glioma and use of BRAF Inhibitors in patients with BRAFV600 mutation-positive glioma: systematic review. Neuro Oncol 2022
1. epithelioid glioblastoma (eGBM) : 69%
2. pleomorphic xanthoastrocytoma (PXA) : 56%
3. anaplastic pleomorphic xanthoastrocytoma (aPXA) : 38%
4. ganglioglioma (GG) : 40%
5. anaplastic ganglioglioma (aGG) : 46%
6. Prevalence in astroblastoma : 24%
7. desmoplastic infantile astrocytoma (DIA) : 16%
9. subependymal giant cell astrocytoma (SEGA) : 8%
10 dysembryoplastic neuroepithelial tumor (DNET): 3%
11 diffuse astrocytoma (DA) : 3%
12 pilocytic astrocytoma (PA) : 3% (注:とても低い割合となっています)
文献
tovorafenibは治療抵抗性の小児の低悪性度グリオーマ pLGGの51%に有効性を示した
type II RAF inhibitor tovorafenib in relapsed/refractory pediatric low-grade glioma: the phase 2 FIREFLY-1 trial.Nat Med, 2024
BRAF遺伝子に何らかの異常がある再発もしくは治療抵抗性の小児低悪制度神経膠腫 LGGの患者77名にtovorafenib {type II RAF inhibitor tovorafenib (420 mg m–2 once weekly; 600 mg maximum)}の投与がなされました。ORRは67% , median duration of response (DOR) 16.6 months; and median time to response (TTR) 3.0 monthsでした。RR反応した症例が67%にも及ぶということです。さらに60例が追加登録され,計137例での解析では,ORR 51%, median DOR 13.8 months; and median TTR 5.3 monthsでした。最も多く見られた副作用は髪の毛の色の変化 76%,CPKの上昇,貧血でした。
BRAF融合の例でもtovorafenibが有効かどうかの試験も開始されました
化学療法との比較試験,第3相試験ですが結果はまだ出ていません。
BRAF V600 mutationのある低悪性度グリオーマには,ダブラフェニブとトラメチニブとの併用が有効
下記の学会発表が論文となりました。ダブラフェニブは単独あるいはトラメチニブとの併用で,BRAF V600 mutationを有する低悪性度グリオーマに有効なことが知られています。ダブラフェニブ/トラメチニブとCBDCA/VCRの効果が比較されました。CBDCA/VCRは旧来小児のグリオーマに最も使用された併用化学療法です。ダブラフェニブ/トラメチニブで44%,CBDCA/VCRで11%の奏功率 (CR or PR)が得られました。臨床的な利点はそれぞれ86%と46%でした。PFS中央値は20ヶ月と7.4ヶ月でした。
「一言』PFSが20ヶ月ということは,2年を待たずに再燃するということです。しかし毛様細胞性星細胞腫では,期待ですが,数年の時間稼ぎができて,その内に再増大しない腫瘍 spontaneous involution となるのかもしれません。もう一つ,毛様細胞性星細胞腫のCBDCA/VCRの奏功率は11%ではなくて,50%を超えるでしょう。ですから,この治験ではCBDCA/VCRが効きづらい腫瘍群が対象となっていることに注意です。
BRAF V600 mutationのある高悪性度グリオーマには,ダブラフェニブとトラメチニブとの併用がある程度有効
BRAF V600 mutationは小児悪性神経膠腫の8-10%に認められます。41例の再発あるいは治療抵抗性の悪性グリオーマが対象です。奏功割合は56%,反応期間中央値は22ヶ月でした。半分くらいの例で2年弱有効であるという結果です。
ボラシデニブ vorasidenibは,グレード2の星細胞腫と乏突起膠腫の無増悪生存期間を延長する:臨床第3相試験の結果
Mellinghoff IK: Vorasidenib in IDH1- or IDH2-mutant low-Grade glioma. New Engl J Med 2023
vorasidenibは、変異型IDH1/2酵素の作用を阻害する経口薬で、腫瘍の2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)を90%以上低下させます。経口薬ですが脳内移行がよい薬剤です。術後の残存腫瘍あるいは再燃 168例にvorasidenib (40 mg once daily) が投与されました。観察期間中央値14.2ヶ月の時点で,7割の患者さんがvorasidenibあるいはプラセボを継続服用していました。PFS中央値は,vorasidenibで27.7ヶ月,プラセボで11.1ヶ月でした。グレード3以上の有害事象は22.8%でみられ,ALTの上昇が目立ったそうです。有害事象による中止は3.6%でした。
vemurafenibが有効であった
Lin Z : Effective treatment of a BRAF V600E-mutant epithelioid glioblastoma patient by vemurafenib: a case report. Anticancer Drugs 2022
37歳男性で,BRAFv600EとTERTの変異がありました。IDH wild-typeです。vemurafenibが投与され手術後残存腫瘍が15ヶ月増大しなかったそうです。
BRAF V600遺伝子変異があるものにMARK阻害剤が有効
Berzero G: Sustained tumor control with MAPK inhibition in BRAF V600–mutant adult glial and glioneuronal tumors. Neurology 2021
MARK阻害剤 (RAFi/MEKi)の効果を検証した論文です。再発あるいは播種した,成人の神経節膠腫9例,多型黄色肉芽種9例,びまん性グリオーマ10例にこの治療がなされていました。全ての例が高悪性度腫瘍の画像所見を有していました。vemurafenib, dabrafenib, cobimetinib, trametinib などの薬剤が使用されています。11例39%に明らかな腫瘍縮小(PR, CR) が認められました。FPSは18ヶ月でした。
BRAFとMEK-1/2阻害剤の効果
Venkatesh A: Response to BRAF and MEK1/2 inhibition in a young adult with BRAF V600E mutant epithelioid glioblastoma multiforme: A Case Report and Literature Review. Current Probl Cancer 2021
dabrafenib and trametinibの治療で長期の奏功があったとの症例報告です。
ダブラフェニブが有効であった
Mustansir F: Dabrafenib in BRAFV600E mutant pilocytic astrocytoma in a pediatric patient. Childs Nerv Syst 2020
視路毛様細胞性星細胞腫の1例にダブラフェニブが有効であった1例報告です。
BRAF変異のある例でセルメティニブ selumetinibが有効だった
Fangusaro J: Selumetinib in paediatric patients with BRAF-aberrant or neurofibromatosis type 1-associated recurrent, refractory, or progressive low-grade glioma: a multicentre, phase 2 trial. Lancet Oncol. 2019
BRAF aberrations (KIAA1549-BRAF fusion or the BRAFV600E mutation)があり従来の治療に抵抗性の毛様細胞性星細胞腫に,MEK阻害剤であるselumetinibが経口投与されました。25例中9例 36%でsustained partial responseが得られました。11例で3年ほど増悪がなかったとのことです。
V600E変異のある例でベムラフェニブが有効だった
Kaley T: BRAF Inhibition in BRAFV600-Mutant Gliomas: Results From the VE-BASKET Study.J Clin Oncol. 2018
Upadhyaya SA: Marked functional recovery and imaging response of refractory optic pathway glioma to BRAFV600E inhibitor therapy: a report of two cases. Childs Nerv Syst. 2018
この2つの論文は,BRAF-V600E変異のあった毛様細胞性星細胞腫に,BRAF阻害剤 ベムラフェニブが有効であったことを記載しています。
dabrafenibで長期寛解が得られたグレード3 PXA
Amayiri N: Sustained Response to Targeted Therapy in a Patient With Disseminated Anaplastic Pleomorphic Xanthoastrocytoma. Pediatr Hematol Oncol. 2018
BRAF v600変異があり,播種したanaplastic PXAにダブラフェニブが投与されました。投与開始後2年の時点でQOLが良い状態で生存しているとの1例報告です。
タフィンラーとメキニストの併用療法が悪性黒色腫の脳転移に有効
Davies MA: Dabrafenib plus trametinib in patients with BRAFV600-mutant melanoma brain metastases (COMBI-MB): a multicentre, multicohort, open-label, phase 2 trial. Lancet Oncol. 2017
メラノーマ(悪性黒色腫)には,グリオーマでもみられるBRAF v600という遺伝子の変異があります。この遺伝子の働きを特異的に抑える阻害剤,ダブラフェニブとトラメチニブが併用されました。メラノーマの脳転移を有する125人の患者さんに投与が行われ,50-60%ほどの患者さんで脳転移が縮小しました。問題は効果の持続性で,長期の有効性はないようです。
小児膠芽腫の分子マーカーは成人と異なる,予後が良いものがある
Korshunov A, et al.: Integrated analysis of pediatric glioblastoma reveals a subset of biologically favorable tumors with associated molecular prognostic markers. Acta Neuropathol, 2015
20歳未満の膠芽腫の分子解析です。20%でmethylation profilesが低悪性度グリオーマやPXA に類似していて,これらのものでは,生命予後がかなり良かったそうです。PXA様の腫瘍ではBRAF V600E変異とCDKN2Aのhomozygous deletionがありました。残りの80%では,H3.3やIDHの変異が見られています。IDH野生型は36%でした。成人GBMでは,IDH野生型がほとんどであるのと対照的なデータです。複数の癌遺伝子の増幅があるものは予後不良だそうです。
乳頭状頭蓋咽頭腫でBRAFの変異がある
Brastianos PK, et al.: Exome sequencing identifies BRAF mutations in papillary craniopharyngiomas. Nat Genet 46: 161-165, 2014
BRAF V600E mutationがあるものは予後が良い
Ida CM, et al.: Pleomorphic Xanthoastrocytoma: Natural History and Long-Term Follow-Up. Brain Pathol 10: 2014
メイヨクリニックからの報告です。74人の患者さんの年齢中央値は21歳でした。anaplasiaというのは,腫瘍に壊死があるか,細胞の分裂能が高い(mitotic index >5/10HPF)ことと定義しました。mitotic indexの高い例のほとんどに壊死が認められました。BRAFの変異は65% (39/60)にあり,変異の無い例より明らかに生存期間が長かったとのことです (p=0.02)。逆に,anaplasiaがある患者さんの生存期間は短いとされています。3年以内に死亡した患者さんは,anaplasiaがあるか,手術で腫瘍が全摘出できていませんでした。
BRAF阻害因子の効果
Chamberlain MC. Salvage therapy with BRAF inhibitors for recurrent pleomorphic xanthoastrocytoma: a retrospective case series. J Neurooncol, 2013
BRAF inhibitorであるvemurafenibが4例の再発患者さんで効果があったかもしれないという報告です。これ以来,追試されていません。