ご意見のある方は、kodama@socio.kyoto-u.ac.jpまたはメイルを送るまで。
超早朝。またギターの話(11/09/96、11/11/96参照)で文句が来た。曰く、「ギター(言葉をいえない物)と人間(口答えを言える)という全く次元の違うものを例にして比べるのがおかしい」。この方はぼくの書いた説明を無視している気がするが、まあいい。
(この人は口の聞けない人間や植物人間のことをどう考えているのだろうか--某先輩の感想)
果たして、ギターと人間は次元が違うので比べられないのだろうか?
例えば、コンピュータと人間をある点において比べることは簡単である。両者には「知能」という比較可能なものがある。人間とコンピュータにチェスをさせて「コンピュータの方が人間に比べて賢い」ということにはどこにもおかしいところはない。(もちろんチェスの勝ち負けによって、「コンピュータの方が人間に比べてあらゆる点において賢い」なんて結論は出てこないが)
したがって、ギターと人間をある点において比べることも当然可能なのである。簡単な例で言えば、ギターの音色と人間の声色を比べることが出来る。「あのヴォーカルの声はすごくいいけど、それに比べてこっちのギターの音色はジャイアンの声色みたいで最悪だな」
もちろんこれは人間の声色とギターの音色を比べているのであって、人間そのものとギターそのものを比べているわけではない。(全く尺度のない比較は不可能である--ただしこれは決して次元の違いなどというものではない)
そして、前に書いたように、ぼくも「ギターと人間」や「人間と家の鍵」を比べていたのではなく、「ギターを持ち主の同意なく使う行為」と「女性を本人の同意なくセクハラ・ちかんする行為」と「人の家の物を持ち主の同意なく持ち出す行為」という比べ方をしていたのである。これらは(犯罪)行為という点ではみな同じであり、またこれらの行為に対しては同じような正当化の議論がある、と言ったのである。もっとわかりやすく言えば、ギターも、女性の体も、人の家の物も、「持ち主の同意なしで他の人が使い得る」という点で比較可能(同一)なのである。
以上っ。反論があれば誰でもかかってきなさいっ。(強調はやりすぎると見にくいなぁ)
昼。どっひゃあああっ。超寝坊っ。バンドの練習っっ。
夜。だぁーれもいない。皆さん静岡でお茶摘んでます。お茶摘み。
テープのミックスを終了させるために今夜も友達の家で遅くまでやらにゃあならんですと。う、うちへ帰りたいっ。かかか帰らせてくれっかあちゃんとガキどもが腹をすかせて待っとるんじゃっ。あああこんな生活してていいんだろうかっ(いや良くない)。ま、来週文化祭だし、いっか(いや良くない)。
来週土曜日11時から西部講堂でライブですからね。いいですか皆さん来てくれないと泣きますからね。
若い者に負けんように「超」という言葉を超多用することに超決定。超飽きるまで続けますっ。
(またまた)超早朝。テープのミックスダウン終了。充足感。来年1月に卒論書き終えるときより手ごたえあるかも。
しかしまだ、このテープをダビングする作業、カセットレーベルを作る作業が残っている。超死にますっ。前回のミニアルバムよりは音質はましだと思うが、相変わらずローファイを突っ走ってます。
夜明け。げ、太陽が出てきた。ちょっと戻りなさいあなた、出てきてはいけません、ほらほら、白線の内側へお下がりください、とか言ってる場合じゃあない。寝ないと死にます。
最近インフルエンザがはやり出した、といううわさを京都新聞で知ったので、ライブも近いし気をつけようと思っていたのだが、案の定風邪に捕まってしまったようだ。悪寒が悪寒が...と言いつつとりあえず冷凍庫に入っていた電子レンジ食品をあっためて食べる。冷蔵庫あらし。そいえばゲームセンターあらし、なんてマンガもありました(前書いたっけ?)。またなんか買いたしとこ。
昼。さてと。そろそろ帰りますか。『レザボワ・ドッグズ』(こんな表記でいいのか)と、『レオン』を見るよう勧められてるので、今日見よっかな。
と、思っていると、また例のギターの話の反論が来た。ずいぶん話が長くなってきたので今までの経過と合わせて一つのページを作ることにする。「ギターと人間は比べられるか」という名にして「メタメタ倫理学」の項に入れておく。今後はそこにぼくの意見も書く。しかし今日はもう帰るので反論は書かない。
朝。寝不足。睡眠サイクルがかなり狂っていて、昨日夕方寝て夜起きて、ビデオを見てから朝7時に寝て8時に起きる。
昨日は『レオン』と『ブレイブハート』をビデオで観る。タランティーノのはなかった。他のビデオ屋で借りねば。
『レオン』は少し感動する。しかし名作と言うほどではない。えらく短い気がした。
『ブレイブハート』は少し泣く。『レオン』よりは良かったが、これも名作と言うほどではない。そもそも主役のメルギブソンはミスキャストだっ。もっと若手の新人を使えっ。ミューロン役の女性は、知り合いの女性にそっくりでびびった。ソフィーマルソーはとうがたった、というのか、ちょっと昔の雰囲気が失われてしまってるように感じた。ま、見て損をする映画ではない。スコットランドのお話なのでヒューム研究者は必見、ということはなくはないかもしれないに違いない。
夕方。シェリングの時間は超爆睡。ズゴゴゴゴゴックと寝てしまった。再来週あたっちゃったので、予習せねばなるまい。奥田君助けてね。
ギターの話書きたし。興味ある方は読まれたし。
塾に行かねばならないかもしれないに違いない。
昼すぎ。2コマ目、3コマ目をパスしてしまう。さ、さぼりじゃあない、病院に行ってたのだっ。心電図を取ってもらったが、やはり不完全右脚ブロックという、バレーボール的な病名を告げられる。しかし非常に小さな異常なので、その病名にも値しないほどらしい。ただし念の為にこれからは毎年チェックした方が良いとのこと。うーむ。やっぱり人間っていろいろな条件を背負って産まれてくるんだなあ。
ギターの話は反論者本人の希望により一部削除。やはり公表して良い手紙か、良くない手紙かは事前に聞いておかなければならないと反省。昨日帰りの電車でリンリー教授に出会ったので、リンリー教授の意見も今日か明日載せておくことにする。
夜。4コマ目は諸般の事情により休講。ギターの話はいろんな人に意見を聞いたが、紛糾。
朝。今日は待ちに待った給料日。しかしそんなに入ってないだろうなあ。
業務連絡。加藤先生は学校に来ている模様。
昨日はあれからバンドの練習。それからここに10時すぎまでいた。ホームページを更新しつつ、白水氏と映画のお話など。もう寒いのでここには泊まれない。(毛布を持ってこようかなどと恐ろしいことも考えているが...)
お昼。腹へった。今日は再びライオンズのブックレヴューを読むことにしよう。
夕方。あああ。やることがいっぱいあるのに何も出来ないいいっ。帰りますもう帰ります実家に帰らせてもらいますっ。
昼前。軽音の手伝い。昼過ぎからソウルのバンドで出演。昨日から日曜日まで文化祭なのである。
メガネ購入。なんか大きい。視力は0.06なんだそうだ。
夕方。一つ目の出演終わり。うぎゃっ、な出来。あっと言う間に終わり。
忙しいとか言いつつ『ニキータ』、『アサシン』、『パリ・テキサス』を二日で見る。
『アサシン』は『ニキータ』のハリウッド・リメイクだが、元のに比べて悲惨な出来栄え。ブリジットフォンダはきれいだが、ニキータ(役者名忘れた)の迫力と演技力が全くない。J・P役(相手役の男)もジャン・ユーグ・アングラードとは比較にならないほど小粒だし。ヴィクター役(もとはジャン・レノ)も最低。取り方も雰囲気も『ニキータ』の方が超あじがある。こういう映画はハリウッドには超向いてませんっ。
『パリ・テキサス』は超よかった。おおこんないい映画があったのかと感動。ブリジットバルドーのようなけばいナスターシャキンスキーがいかす。この人いい役者だなあ。終わりの20分間は圧倒的に超すばらしい。
宵の口。まだ文化祭は続いている。某氏がベンタムに関する論文を集めた四巻本を購入された。研究室においていただけるのだそうだ。超感謝感激っ。
夜。カセットレーベルのコピー。テープは標準価格200円。まけませんっ。
さらに夜。二つ目の出演(同じバンド)終わり。よかった。西部講堂でやるより教室でやった方がやりやすい。明日も教室の方が出来がよくなると思われる。教室は3時からですっ(教育学部)。
なおも夜。そろそろ帰る。ハイテンションな文学部中庭ライブがやかましくって学祭を感じさせる。ぼくも明日はがんばるぞっ。うおーっ、も、もえるっ!!!
朝。ライブだライブだ(わっしょいわっしょい)ライブだライブだ(わっしょいわっしょい)ライブだライブだ...
「超もえるっっ。」「何故?」「だってみんなが喜ぶんだもの、いいじゃないか」...
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃありません。準備だ準備だ。ハンカチ持った、ちり紙持った、地図帳持った、方位磁針持った、トランシーバー持った。よしっ。いってきまーすっ。
昼過ぎ。ライブ一発目終わりっ。まいっか、な出来。やはり西部は慣れない。次は3時から。
ギターの話は終息したことにする。学ぶことの多い議論であった。
夕方。ライブ二発目終わりっ。これで出番は全部終了。いいじゃん、っていう出来。一曲やるんじゃあなかったってのもあったけど、全体的に見るとやはりよかった。テープは売れてるのかどうか不明。200円で売ってるのに、なぜかお金が合計で700円になってたりした(今はもう少し売れてるでしょう。たぶん)。まだ仕事が残っている。
夜。やっと軽音の仕事終わり。ひえっ。もうこんな時間。帰ります帰ります。あしたも来るかもしんない。白水さんがいらっしゃる。
朝。昨日は昼過ぎに起きる。新聞の切抜きを少しする。筒井康隆を一冊読む。シェリングの勉強を少しする。塾の用意をする。あああ何してんだおれっ。
今日はお昼から奥田君と深谷君と一緒に、来週当番が回ってくるシェリングの準備。自分の分をまだやり終わってないので、ほんとはこんなことをしている場合ではない。
昼。シェリングの予習。あああ全然わからんっ。
夕方。塾なんで帰る。
朝。目覚ましが止まってしまっていたが、体内時計のおかげで8時30分に目覚める。
ところで「女子校に男子が入れないのは男女差別である」という議論は、
っていうのとおんなじぐらい馬鹿げた議論だと思うが、如何?
さて久しぶりに2コマ目の授業に出てこよう。腹へった。
昼過ぎ。昼休みが一時間しかないのはどう考えても短すぎる。せめて一時間半にしてくれないと、ご飯がゆっくり食べれない。昼寝もしたいし...
しかし、今日はまじめに3コマ目も出席するのであった。
宵の口。4コマ目もまじめに出席。たいへんたいへん。
研究室で新しくコンピュータを購入するらしい。ぼくのようなヘヴィーユーザーがいるためであろう。最近はあまりドスヴイ(片仮名で書くと変)の方は使ってないが。
ささ、もううちへっと帰ろっと。
南部さんがいらっしゃる。あさって東京の方(千葉県柏市)に引っ越すらしい。
朝。雨。自転車通学しているせいで、雨は非常に困る。かばんは濡れるし、ジーパンも濡れる。勢いよく水たまりに突入すると靴まで濡れて一日中気持ち悪い。しかも傘を片手に持ちながらの運転なので、ブレーキが片方しかかけられず、非常に危ない。壁に衝突する。狭い道に入ると傘がどこかにぶつかって折れる。ウォークマンのリモコンも濡れて動かなくなる。さらにタイヤがわけもなくパンクする。最低である。
ところで、そろそろ卒論を書き始めないとやばいのではないか、という気がしないでもない。「10日で書ける」と一部の人に豪語してしまったが、ほんとに10日で書けるのだろうか。
なにはともあれ、書き出しで3日はかかるに違いない。とにかく読む人の度肝を抜く書き出しでなくてはならない、という強迫観念に取り憑かれているからだ。
まず、筒井康隆のように、いきなり「したがって」と接続詞から始めるという手もあるが、これは二番煎じでつまらない。次にいきなり句点(。)から始めるという手もあるが、これは冗談とは見なされまい。某氏あたりに「間違ってるよ」と真剣に突っ込まれるのが関の山であろう。
こうやって他愛もないことを考えているうちに1月になるのであろうか。
昼。ベンタム読書会の準備。はかどりません。どうしよっ。とりあえずめしでも食ってくるか。
昼過ぎ。確かに『マスターキートン』は面白い。浦沢直樹の他の作品では『パイナップルアーミー』を高校のときに読み、『YAWARA!』を去年か今年の初めかに全巻読んだ。そんなことはどうでもよろしい。勉強しなさい。
夕方前。雨は上がったようだ。板井さんがいらっしゃる。実践哲学研究の仕事をする様子。巻き込まれたくないが、不可避的に参加させられるのではなかろうか。鈴木さん、奥野さん、小林さんもいらっしゃる。藤野さんもいらっしゃる。もちろん吉村さんもおられる。もうどんちゃん騒ぎである。あはは。
こき使われたなどとは、口が裂けても言えない。言えません。
再び南部さんがいらっしゃる。加藤先生が明日まで戻られないので残念そうにお帰りになる。メールアドレスはy-nambu@jsn.justnet.or.jpらしい。
夜。すかいらーくなるところでみなさんと晩餐。戻ると白水さんがいらっしゃっている。ぼくはもう帰るか。今日はずえんずえん勉強がはかどらなかった。情けない。今の心境は、一日中なにしてたんだいったいおれはあああああくそくそくそっ、という感じである。そっそもそもライオンズのバカが、...いや、言うまい。
昼すぎ。寝坊して今来た。ニーチェの授業があるので今すぐ行かなくては。
昼下がり。あらま。授業さぼっちゃいましたよ。いけない子ざんす。ルネで『ジーキル博士とハイド氏』を買う。なぜ買ったか(原因)は、NHKのラジオ英会話で言及されたため。なんのために買ったか(目的)は秘密。そのうちにわかるであろう。
おとついから昨日にかけて作ったそうじの寓話、ごらんになった方は必ず意見を書いていただきたい。
夜。バンドの練習終わり。ぼくとベースのやつの二人しかいなかった。
決めた。今決めました。12月1日から10日までの10日間で卒論を書き上げます。何があってもやって見せます。できなかったら首くくって阪急電車に飛び込みます。それではまず、とりあえず夕飯を食べにいきます。
さらに夜。あらら、ここに泊まることになってしまった。風邪引いて死ななきゃあいいが。『ジーキル博士とハイド氏』読了。なかなか哲学的。
加藤先生がお帰りになって白水氏が登場。そういえばおとつい"Copycat"と"French Postcards"を観た。前者は怖い怖い。後者はつまらないB級青春映画だが、Valery Quennessenというきれいな女性が出てるのでつい借りて観てしまった。白水氏に「卒論まであと一カ月でしょ」とたしなめられてしまった。
深夜すぎ。白水氏のおごりで焼鳥屋へ。いやいや。ありがとうございます。
早朝。うぎゃ。加藤先生が来て起きる。うぎゃ。某氏はまだ研究室の方で寝ておられる。うぎゃ。ストーブの上に水を入れて置いておいたやかんが、水が蒸発して大変なことになっている。うぎゃ。うぎゃ。
ところで、「おいておいた」という表現は変な言い方のような気がするが、普通に言う表現である。「おく」は動作で「おいておく」は状態を表わすのだろうか。英語であれば両方とも"put"というところだろう。あ、おれ何やってんだ。やめなさい。外山しげひこゴッコは今すぐやめなさい。
軽い頭痛。やっぱりここで寝るんじゃなかった。
昼前。白水氏(先ほどの「某氏」が白水氏と同一人物であるかどうかなどと いう詮索はやめていただきたい)と今週木曜日に新装オープンした喫茶店に行き、 論文の構成についてのお話などをうかがう。論文には、正反合の三部構成のほ か、フラッシュバックやモンタージュ、サブリミナルや逆回転などという技法があるそうである。そうするとやはりフォルテやらピアニッシモやらリタルダンドやらにも気を配る必要があろうし、遠近法やら写実主義やらHTML原理主義やらにも配慮せねばなるまい。心してかからねば。
昼過ぎ。江口さんと今からベンタム読書会。昼間にするなんて恥ずかしいっ。
夕方。読書会終わり。そうじの寓話は実は江口さんの実践哲学研究第19号のキルケゴールの話につながることを江口さんに指摘された。今日の格言。すべての道は江口に通ず。来週の金曜日の夜は「卒論完成記念パーチー」となりそうな気配である。