キム・スジン「別れましょ。あなたの言うとおり、幸せなんてないわ。 もう終わり。記憶が消えるのよ。幸せとか愛とか、そんなの無意味だわ。 忘れちゃうから優しくしないで」
---『私の頭の中の消しゴム』より
夜明け前に起きて某予習。髭剃り、朝食、朝刊。
朝、娘を保育園に送ってから大学へ。午前中は某講義。ペイリー。 少し早めに終了。
お昼は購買部でおにぎり。お昼すぎ、某君らに手伝ってもらって仕事。
昼下がりにいったん帰宅して荷物をまとめ、京都駅から伊丹空港へ。 バスで良く寝る。
そこから羽田に行き、バスで国際線乗り場に移動。少し寿司を食べて からこれからまた飛行機。よく寝るべし。
定時起床。シャワー、髭剃り、朝食。休刊日。
午前中は某講義の準備。お昼は某購買部のサンドイッチなど。お昼すぎ、某翻訳作業。
昼下がり、某講義。トリアージ。今ひとつ。
夕方、某翻訳作業の続き。本文を訳し終わる。それから北大路の鍼灸屋へ。
夜、娘を迎えに行き、夕食。
夜中、食器を洗ったあと、少しWiiをしてから風呂に入る。久しぶりにWiiを AOSSでネットに接続したら無線LANの設定が変わってしまう。
娘と一緒に早めに就寝。
昨晩は『銀河ヒッチハイカーズガイド』を途中まで見てから寝る。朝、少し遅 めに起床。髭剃り、朝食。
午前中に某妻と娘と一緒に池袋の某百貨店に行き、眼鏡を作る。勧められるま まに高いものを作ることになってしまった。踏んづけないように気をつけなけ れば。ついでにシャツも一枚購入。
お昼すぎに帰宅して、昼食。お昼すぎ、しばらく娘と遊んだあと、夕方まで昼寝。
夜、夕食と風呂。夜中、某オンライン研究会。
映画の続きを見たら寝よう。
定時起床。髭剃り、朝食。
歩いて娘を保育園まで送る。すっかり寒くなったが、それでも汗だくになる。 それから地下鉄で本郷三丁目に行き、駅前の喫茶店でお昼前までいろいろ考え 事。
お昼はランチョンセミナー。
お昼過ぎ、研究室で週末の某学会の報告準備。夕方まで。
夕方から某講義の手伝い。途中、学会報告の準備も進める。夜、講義は無事に 終了。同僚と地下鉄で途中まで帰宅。
帰宅後、夕食。
夜中、娘を風呂に入れる。食器を洗う。そうこうしていると、もう寝る時間。 また明日頑張ろう。
朝、起きると喉が痛い…。ゴミ出し、シャワー、朝食。葛根湯も飲んでおく。
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンに寄付。
朝、定時出勤。終日雑用。
夜、某氏らと某ビアホールで夕食。
大学で自転車を回収してから帰宅。すぐに布団に入って寝る。
真夜中に一度目覚める。体調回復のためにまた寝よう。
朝、ゴミを出してから二度寝。昨晩から大雨。
定時出勤(少し早め)。今日も終日雑用。
夜、某所で某飲み会。ワイン。
夜中に帰宅。新聞など。今日はもう寝るべし。
早起きして、シャワー、朝食。 朝から新幹線に乗って、お昼すぎに京都へ。 車中では、朝刊と、売店で買った週刊アスキーを読む。
昼食は京都駅の地下でお好み焼きとタコ焼き。今ひとつ。
昼下がりに宝が池の某国際会館へ。 某チャールズ・テイラーの講演に出席。それなり。 宝が池も少し散歩する。
夜、某夫妻と丸太町のおでん屋で食事。 いろいろ相談。夜中に歩いてホテルに戻ってくる。
今回は某妻がいろいろ探して、 高級ホテルに安く泊まれることになった(スイートなんて初めてだ)。 快適すぎてホテルから出たくなくなる。
今日のこと。
なんとか起きる。
昨日の「アリさん2匹2名」という記述に関して、
次のような匿名のメールをいただく。
人をアリ呼ばわりしてけしからんゾウ。
---ゾウさん(一頭)より
今日も数え方に注意して他者の内なる人間性を尊重して、
人をモノ扱いしたり節足動物呼ばわりしたりすることなく行為するように
気をつけよう。ゾウさん、ありがとうございます。
お昼前までホテルの部屋に籠って発表の準備。 お昼にタクシーで岡山大学へ。 弁当を食べたあと、控え室に籠って発表の準備。 コンピュータのバッテリが切れるまでやる。
昼下がり、某シンポジウムを聴講。途中少し寝てしまうが、 真面目に拝聴。
夕方、岡山駅前の某ホテルの宴会場で懇親会。先生方と楽しく飲み喰いする。 日本酒で酔っぱらう。
夜、名古屋の某氏や某院生と二次会。また飲む。 日付が変わるころにタクシーで帰宅。 今日はいろいろな人に挨拶できて良かった。
ネットでADSLの申込をする。 ニフティのADSL12MBのコースにした。 費用対効果が高そうだったので。
さて、明日の準備を終わらせないとまずい。
今日もなんとか起きる。寝不足で疲労がたまりつつある。 毎日8時間は眠りたい…。
ニュースを見ながらw3m-emacsをupdateしようといろいろやっていると はまってしまい、遅くなる。喫茶店で仕事をしよう。
昼は、ざる蕎麦大盛り。そのあと、 某スタバで3時間半かけて翻訳の校正。6頁ほど。 今日は調子が上がらなかったと思ったら、 どうも頭が少しボーっとしているようだ。 風邪の前兆かもしれないので気をつけること。
疲れたので、しばし呆ける。
夜、プールで泳ぐ。45分で2キロ。最初の方に少し飛ばしすぎたので、 途中でペースが落ちてしまった。しかし、 やはり速いレーンの方がはりあいがある。 腰を使って大きなキックができるように練習しよう。
夜、イタめし。パスタ、ワインなど。よく食べる。
帰宅してからしばらく呆けて、それからまた翻訳の校正。 やっぱり、この翻訳の作業というのは相当集中力がいるんだよな。
翻訳の校正。今日もなんとか10頁ほど推敲し。つかれた。
また産経新聞がたまっている。Guardian Weeklyも。 新聞はいいから、小説が読みたくなってきた。 きっと現実から逃避したいのだろう。
水曜のニュース。
昨日のニュース。
お昼前に起きる。自宅で昼食。
某医師会が、 混合診療反対のビデオを ネットで配信している。かなり気合いが入っているな。 非常に偏向した意見だが、これはこれで参考になる。
う、二度寝してしまう。
アラファト議長が死んだそうだ。享年75才。合掌。
ちょっと遅刻して大学へ。某授業に参加。医療従事者・患者関係、 ケアの倫理。勉強になった。来週はオレの番なので、準備をしないと。
そのあと、沖縄料理を食べに行くが、混んでいたので某居酒屋に落着く。 ビール一杯と、日本酒を一口。
帰宅してから勉強。相変わらず進まない。
昨夜は寝るのが遅くなったが、出発の日だったせいか、早く目が覚める。 荷物をまとめて部屋を出る。これからバスに乗って空港へ。
オーストラリアで撮った写真は約400枚。
朝、タクシーでスペンサー通り駅に行き、そこからスカイバスで空港へ。 買物を済ましてから飛行機に搭乗。10時間ほどで無事に成田に戻ってくる。 機内では『パイレーツ・オブ・カリビアン』を観た。 規則やガイドラインについて多少おもしろいことを述べていたが、 映画館に行くほどの内容ではなかったようだ。C。
成田からは成田エクスプレスを使って東京に戻ってくる。 駅前で韓国料理を食べてから、タクシーで帰宅。 メールなどを見ているとあっというまにこんな時間になってしまう。
明日は某書類を提出する必要があるので、 早く起きて大学に行くこと。 自転車の後輪がパンクしているので、 明日は駅までバスで行くか。
えんえんとクローンの勉強。
まだ勉強中。BBCのこれ(Science: Gene Stories: Clone Zone)がおもしろいので読みふける。
2時間ほど寝てからなんとか起床し、シャワーを浴びてから出発。 なぜか授業の40分ぐらい前に大学に着いてしまう。奇跡だ。
というより、今後も9時28分ごろに来るバスに乗ること。
授業は不妊治療の続き(第三者の卵や精子や胚の提供は産まれてくる子供の アイデンティティを混乱させるから禁止すべきか)と、 動物のクローニングについて。 予習不足、説明不足でC-。 レポート課題提出。 大学が用意した「学生による授業評価」も行なう。
それからバスに乗って戻ってきて、某所でパスタを食べる。
メモ。行き道歩きながら考えたこと。 某面接では、「民主主義における世論とメディアと情報公開の役割を、 ベンタムの思想をもとに研究する。ケーススタディとして、 日英の生命倫理的問題における世論の形成のされ方を検討する」 というように言おう、というようなことを考えた。
帰り道歩きながら考えたこと。 某先生は「〜すべきだ」を「合理的ならばみんなそれを欲求するプラス そう欲求しなければ過去に辛い目にあったに違いない」という風に解する。 けど、生命倫理の議論では、「やりたくない」という人に「〜すべきだ」 と説得するよりも、代理母など「やりたい」という人に対して 「〜すべきでない」と説得したい人が多い。 すると、そういう人たちが正しい言葉遣いをしているとすれば、 「合理的ならばみんなそれを欲求しないプラス そう欲求するということは過去に辛い目にあったに違いない」 という風に解してよいのだろうか。しかし、不妊治療をしたい人に、 「おまえは合理的じゃないか、さもなければ過去に道徳感覚が麻痺するような ことがあったに違いない」というのは噴飯物じゃなかろうか。 覚えていたら12月の某研究会で質問してみること。
郵便物を出しに行く。ついでに本屋でYomiuri Weeklyと 『ぼのぼの』第18巻から第20巻まで購入。
う、『ぼのぼの』第18巻はイギリスに行く前に買っていたようだ。 返品しに行こう。受けとってもらえるかな。
急いで本屋に駆けつけたところ、同じお姉さんがレジをやっていたので、 レシートを見せて「すいません〜」と事情を説明すると、 「本店では返品は受けつけておりません」とのこと。 さっき会ったばかりなのに、 とても冷たくしかも断固たる意志表示をされる。しまった、 このお姉さんは狂産主義者だったか。
は、腹立つ。と思いながら、どうしようもないですか、 そうですか、そうですよね、 マンガを買って20分以内に読んでから返品する悪い人が 世の中にはゴマンといますからね、と嘆いてみせると(ウソ)、 「返品はできませんが、交換ならできます」とこれまた冷たく言われる。 え、交換というのはチリ紙とかじゃなくて別の本と交換してくれるということですか、 と聞くと、その通りですとまた冷たく言われる。
とくに欲しい本はなかったが、じゃあそうしますありがとうございますと答え、 しばらく店内を物色する。が、やはりすぐには思い浮ばない。 そこで、もう一度レジに行き、『ぼのぼの』の21巻がここには置いてないですが 出てると思うんですが、 それを注文してもらうというわけにはいきませんかと尋ねると、 意外にも「結構です、ただし二三週間かかりますが」と冷たく答えてくれた。 二三週間かかるという狂産主義的怠惰さには不満だったが、 まあ不要な本と交換してもらうよりはましなので、 じゃあそれでお願いしますどうもすいませんと謝って注文票の控えを受けとり、 店を出てきた。
最終的にはこちらの満足の行く結果になったが、 それにしても、う〜ん、せちがらい世の中だ。 善人努めれど努めれど暮らし易くならず、じっと手を見る。
「だ、だれが善人だコラ」
しばらく爆睡。なんとか起きる。
昨日、21例目の脳死臓器移植があったそうだ。 あれ、新聞には21例目とあったが、 22例目だよな(臓器移植ネットワークにはそう書いてある。追記)。
う、いつのまにか真夜中。
今日もタラ鍋と雑炊。ご飯は一合にしたが、 やっぱりお腹がいっぱいで気分が悪くなった。 春菊に青虫が入っていたようで、あやうく食べそうになる。 もうちょっと気をつけて洗うようにしよう。
机に向かっている時間…8.0hr
今日の勉強時間…8.0hr
マルクス係数…0
やばっ。寝坊っ。
自分でどの詩を訳したのか思い出せないことがままあるので、 これまでに訳した歌詞をまとめておいた。 たぶん全部あると思うが、抜け落ちているものもあるかもしれない。 未公開のものもあり。
いろいろ誤訳、解釈の違いがあると思うので、指摘してくれるとうれしい。
ドゥオーキンとハートの論争、ケルゼンの純粋法学のところ。
ドゥオーキンは 「法的強制を正当化するためには法体系はどのようにあるべきか」 という姿勢で法を捉えるのに対し、 ハートは「世界中の法体系について当てはまる記述はどのようなものか」 という態度で法に臨んでいる。 つまり、一方は評価的で他方は記述的だということ。 そこで二人は基本的にすれちがっていると述べられるが、 ここらへんはそう簡単には言い切れないと考える学者もいるようだ。
ケルゼンの法思想は、単純には、 (1)法は市民ではなく役人に向けられた命令である、 (2)ある法の妥当性は高次の法によって保証される、 (3)最高次の法(grundnorm)の妥当性は どの程度市民と役人によって受けいれられているかで決まる、 というもの。 (1)は微妙にオースティンと違う。 (2)と(3)はハートの理論に似ているが、 ハートはケルゼンとの違いを『法の概念』の注で述べている。 が、ここは要勉強 :-)
ドゥオーキンの理論はけっきょく、「(a)法的強制を正当化するためには、 (1)裁判においてかならず正答がなくてはならず、 しかも(2)その答は社会の福利ではなく個人の権利を考慮したものでなければならない」 という形に煎じつめられると思うが(あれ、integrityという要素が抜けてしまった)、 なぜ(a)のために(2)が要求されるのかをよく考えてみる必要がある。 この点を勉強してレポートを書くべきか。
今日はお昼を抜いて勉強したが、ぜんぜんはかどらない。 もっと集中して勉強しないと。
ああ。昨日はほとんど勉強しなかった。 マガジンを読んでさっさと寝てしまった。 ばかだ。ばかだ。 おれのばかばかばか。
というわけで反省して早く大学に来た。勉強せねば。
普遍論争(実在論、唯名論[および概念論]) が神学的にどう問題だったのかを調べること。 どうも三位一体説、世界創造などに関係するらしい。
ああ。 こんなときに限って、 なぜ中世哲学がこれほどおもしろく見えるのだ。 こんなもの(『後期中世の哲学』)を読んでいてはいけない。 焼かねば。焼かねばならない。禁書だ禁書。
ところで、音声認識のワープロがもっと発展すれば、 講義を録音したテープから 簡単に本を作ることができるようになるのではないか。 某教授の『ヘーゲル論理学註解』とか。
中世の学者が論文の構成方法として用いた「問題」方式は非常に優れている と思う。
「問題」方式とは、 ペテルス・ロンバルドゥスが『命題集』において定式化したもので、 もっとも理想的な形式はだいたい次のようなもの (14世紀に入るとだんだん形骸化していったようだが)。 5段階に分かれる。 (『後期中世の哲学』第一章を参考にした)
こういう書き方をデカルトやベーコンは批判したようだ。 それは、 一つには矛盾を解消しようと試みるさいに言葉を精妙に区別することが、 単なる「言葉遊び」として映ったからであり、 また一つにはアリストテレスなどの権威への訴えが無意味だと考えたからであろう。 たしかにその通りである。 しかし、それらの点を除けば、 論文構成の方法としては非常に優れているのではないだろうか。
ぜひとも模範にすべきであるが、これがなかなか難しい。 ついつい(3)だけで終わってしまうこともあるし、 (4)が書けたにしても、(2)と(3)をしっかり記述することが大変だ。 ましてや、(5)などは大変な力量が要求される。 しかし、 これまでのように方法論を意識せず「なんとなく」論文を書いてしまうのではなく、 この方式を模範にすべく努力せねば。 (次の論文から…)
某喫茶店でモーニング。チャンピオン。『方法序説』第一章。
それから某銀行に行く。げ。金がない。やばい。
少しソファでうつらうつら。 勉強を再開するとまもなく、 九州の某県から京大に通学されている某さんから電話。 「ようやくインターネットにつないだんですけども、 倫理学研究室のホームページのアドレスがわからなくて…」 ネットにつないだ主な理由は、 某先生の授業で某サイトをチェックしておく必要があるからのようだ。 ネットにつなぐまでにもずいぶん苦労されたに違いない。 気の毒なので思わず涙する。
う。やばい。息苦しくなってきた。どうしよう。助けてくれ。し、死ぬ。
けど、やっぱり逃げることも人に代わってもらうこともできないわけで、 (まさにこの他ならぬ)おれがやるしかないんだよなあ。がんばれおれ。
某先輩が研究室にいらしたので、 ロンドンの話を少ししたあと、発表の話になる。 今晩11時にレジメをメイルすると約束する。 というわけであと6時間ほど必死でやらねばならない。 なぜ午前中のおれは中世哲学などを勉強していたのか。 ばがやろっ。
中央食堂で食事。 サーモンいくら丼、じゃこおろし、大根煮。672円。
うう。発表原稿書かねば。
某所で勉強していた某君に肩を揉んでいただく。 うう。かたじけない。もったいない。 この御恩は必ずお返しします。
夜10時。 し、死にたい。もういやだ。死なせてくれ。
ああ、いかん、こんなこと言ってては。 最後までがんばるんだ。
あれ、ストーンズ、新譜出したのか? 情報が伝播してこない…
ウェブ日記を(だらだら)更新することは生活の一部になっている。 サイバースペースとはうまく言ったもので、 本当にそこは一種の生活空間であり、 現実世界における共同体とは別に、 もう一つの共同体に帰属している気がする。
この帰属意識は、 インターネットでEメイルだけを利用する人よりも、 ホームページも作っている人の方が強く、 さらに日記も書いている人の方がより強いと独断的に予想される。 そうに違いないのである。
そしてこのインターネットとの目に見えない結びつきは、 おれの人格の重要な一部を形成しており、 「ウェブ日記を書かないおれ」と 「ウェブ日記を書いているおれ」とは、 「京大に入らなかったおれ」と 「京大に入ったおれ」とが ほとんど別人格であるのと同程度に 別人格であることが予想される。 これは誇張ではない。ないったらない。
四回生のときに某師匠にそそのかされてウェブ日記を書き始めなかったら、 今ごろどのような人生を送っていただろうか。
いや、特に結論はないんだけど。 あえて結論を付けるなら、 「わたしはウェブ日記で生まれ変わりました!」か。
↑ばか。
ところで、雑感といえば、 昨日の第二演習で、 四回生で卒業予定の某君が荀子で発表したのだが、 彼のレジメの最後のページに 「結論 --雑感にかえて--」と書いてあるので笑ってしまった。 →本来なら「雑感 --結論にかえて--」のはず。
某氏から前に書いたリンリー教授の話に関して質問が来たので、 以下で引用させてもらいつつ、ちょっと考えてみます。 ちょっと長くなりましたが、みなさんも御一緒に検討してみて下さい。
> もし、児玉君に似た人がアカデミックプライスで購入したとすれば、
> そのソフトウェアの製造元が損害を受けることになります。
> 帰結を重視するにしても、児玉君の周囲の人の利益のみでは、
> 十分に功利主義的観点に立っているとは言えないと思いますが如何?
たしかに、某営業の人がアカデミックプライスではなく、 普通の価格で買うならば、 ソフトウェアの製造元も適切な利益を得ることができるわけで、 それがもっとも良い帰結を生み出すと思います。
しかし問題は、 この帰結を生じさせることが現実的にみて不可能のように思われる、 ということです。
どういうことかというと、 もしも僕に似た人が頼みを断ったら、 おそらくその営業の人は他の人に同様のことを頼む可能性が極めて高く、 しかもひょっとすると不正コピーをしてしまうことも予想されるのです。
その場合は、ソフトウェアの製造元も、 某営業の人がアカデミックプライスで買った場合よりも大きな不利益を被ります。 そして、 僕に似た人の力と影響力とでは、 その人に普通の価格でソフトを買うように説得できる可能性は低いと思われ、 また、そのような説得をした結果、 僕に似た人やその周りの人に不利益が生じる可能性も予想されます。 (仮にもし僕に似た人が、某営業の人の親友だったり、 家族だったりすれば、できるかぎりの説得を試みるかも知れませんが)
一方、某営業の人が今回のところはアカデミックプライスで買えば、 ソフトを購入する習慣を形成する一助となり、 今後、不正コピーをする可能性が低くなるという良い帰結も予想されます。
というわけで、アカデミックプライスで買うことは、 想像できる選択肢の中ではあくまで次善の策ですが、 僕の似た人の力によって実現可能な選択肢としては、 (ソフトの製造元の利益を考慮しても)最善のもののように思われるわけです。
> もし、児玉君に似た人がアカデミックパックの購入を断り、
> それを理由に某営業の人が不正コピーをしたら、
> ソフトウェアの不正コピーを監視する団体(名前忘れた)に告発すれば、
> 帰結として最も功利的と言えると思うのですが、如何でしょう?
なるほど、そういう手も考えられますね。 しかし、その場合は、 不正コピーを防止するという良い帰結が生じると同時に、 それを達成するために行なった行為によって 某営業の人と某研究室との関係が悪化するという帰結や、 某営業の人が会社内でかなりの不利益を被るという帰結や、 さらに、 僕に似た人に(多大な労力を費す、恨みを買って刺されるなどの)好ましくない帰結が 生じることが予想されます。
今回の指摘によって、 さらにさまざまな帰結を考慮に入れることができましたが、 やはりそれらすべての帰結をひっくるめて考慮した場合でも、 僕に似た人は、 上の(一見して)次善の策がもっとも良い帰結を生み出すように思うわけです。 しかし、まだ考えが及んでいない帰結もあるかも知れず、 この結論は暫定的なものでしかありません。 (僕の検討では、 説得が成功する可能性を過小評価しているきらいが あるように思われるかも知れませんが、 今のところ、この予想はかなり正確だと思っています。 しかし、説得の方法についてもう少し可能性を考えてみるべきかも知れません)
ところで、その後、某営業の人から僕に似た人への連絡がまったくありませんが、 どうなったんでしょうか。悪い予感がします。
あかん。眠くなってきた。勉強せんとあかんのに。
再び倫理学研究室のソファで爆睡。 そろそろ一度下宿に戻らねば…。
猛烈な空腹感。
喫茶店でモーニング。マガジン。サンデー。 それから少しゲーセン。
さ、勉強勉強。
最近、某師匠の持っているモータウンのコンピレーション・アルバム(2枚組*2のやつ) を勝手にMDに落とさせてもらって聴いているが、さすがに良い曲が多い。 とりわけ、ダイアナ・ロスには惚れ直した。 「リメンバー・ミー」や「アップ・ザ・ラダー・トゥ・ザ・ルーフ」 の後半部での歌唱力はすごいと思う。 容姿はちっとも好きではないが。
と思ったら、「アップ・ザ・ラダー・トゥ・ザ・ルーフ」 はダイアナ・ロス脱退後の曲らしい。あれれ。 (メインのヴォーカルは、Jean Terrelという人らしい。 詳しくはhttp://www.supremes.com/を参照)
ようやく修論を書き直す気になってきた。 某先生にけちょんけちょんに言われてから立ち直るまでにだいぶかかったな。
ずいぶんオーソドックスな問題設定になってしまったが、 新しいことが言えるよう試みるつもり。 あまり抽象的になりすぎないよう、 なるべく具体例を豊富にわかりやすく書くのが大目標。
・ただいま。いろいろと書くべきことはあるが、旅行の話 はまた後で。ただひたすらお○のさんに感謝。感激。
・自 転車窃盗に遭った不幸な方、御愁傷様です。買われるものもあれば、盗ら れるものもある、諸行無常ということで観念論。
・実哲研の第20号が仕上った模様。今回はHTML化するんだろうか。
・日曜日に富田で買った古本。しかし、古本屋や古マンガ屋って、徐々に流行 りつつあるよなあ。(流行りつつある、というのは、一般の若者にも受け入れ られつつある、ということ)
・あら、筒井康隆ばっかり。
・久しぶりに雨が降り出す。
昼下がり。小雨。3コマ目の授業が終わった。やはり寝てたりする。土曜の夜 に江口さんからお借りした『新世紀エヴァンゲリオン』の第1話〜第14話ま で観て、日曜日は昼から塾の懇談に行き、帰ってからその続き、つまり第15 話〜最終話第26話まで見た。江 口さん騙しましたね時間を返しといてください。ウソですウソです。最後 の2話の展開は意外というかめちゃくちゃというか。あれがきっといいって言 うんでしょうなあ。まあ、何言ってんのかわからない方は当研究室にあるビデ オを持って帰って観てください。それにしてもなんちゅう週末。
ところで11/09/96の日記で、ギターを女性になぞらえたら、おしかりの手紙を いただいた。曰く、「女性と物とは比べられません」。あ、頭が痛い・・・。 世の中に比喩に使えないものなんてあるんだろうか?いや、それともこの方は ぼくが女性とギターを比較したと考えているんだろうか?
「ギターが男性か女性か」という議論が半分以上冗談であることはこの方もわ かっておられると思われる。それに、「女性がギターだ」といったわけではな く、「ギターが女性(的)だ」といったんだから問題なかろう。(問題あると思 う方は反論をどうぞ)
だからおそらく問題となったのは、
「ギターを部室(研究室)においておいたら誰かが使うのがあたりまえ。置いて おく方が悪い」
「女性が会社(学校)にいれば誰かがセクハラするのがあたりまえ。セクハラさ れる方が悪い」
というのがおんなじ論法である、という部分であろう。ここは「女性と物とを 比べて」いるというよりむしろ、勝手に人のものを使うときの正当化 の一つの論法とセクハラをする人間の・正当化の一つの論 法が類似しているといっただけである。(不正な)行動の正当化の仕 方がおんなじだと述べただけで、べつに女性を物扱いしたわけではない。この 方はそれがわかっているのだろうか?また反論を待つ。
(しかし、悪口を言うようで悪いが、内容も理解せずとにかく「女性」という 言葉が出たら非難をしてくる人間がいるから、フェミニズム全体が軽蔑される のではないだろうか)
(こういう人に「原始、女性は太陽だった」なんていうとグサリと刺し殺され ちゃうんだろうな)
もう塾に行かねば。