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KODAMA'S (NEW) WORLD

法と倫理とは区別されるべきであるが、分離して捉えるべきではない。 この両者は混同される傾向とともに、まったく切り離されてしまう傾向も見られる。 この傾向の背景に、ある種の専門分化の弊害があげられるだろう。 つまり、法学者は法律問題としてのみ生命倫理を考え、 倫理学者は倫理問題として、宗教者は宗教問題として、 医学者は医療問題としてのみ、この問題を考える傾向が強く、 相互間の対話や学際的統合はいまだ十分に進んでいないのが現状だ。

---葛生栄二郎・河見誠『いのちの法と倫理』

"[L]et me remind parliamentary members that our attachment to long-cherished traditions and conventions is not the only or even the best measure of what is just or what is right."

---Martin Cauchon, Canada's justice minister


昨日 / 明日 / 2016年10月 / 最新 / はてな

この日の出来事


12/Oct/2013 (Saturday/samedi/Sonnabend)

梅田で某勉強会、『人生ブラボー』

少し遅めに起床。シリアル、朝刊、髭剃り。

午前中は少し勉強したあと、用事と買い物をしに家族で四条に出かける。ズボ ンとベルトを購入。お昼も食べる。

お昼すぎに帰宅し、少し仮眠。

夕方、梅田に行き、夜からの某研究会に参加。いろいろ勉強になる。

夜中、ビアホールで夕食。歓談。酔っぱらう。

真夜中に帰宅。少し時間があったので『人生ブラボー』を見る。感想はここ。も う寝るべし。


12/Oct/2012 (Friday/vendredi/Freitag)

本郷で仕事、娘と再会など

定時起床。娘とFaceTimeしながらシリアル、髭剃り。お腹の調子が悪い。洗濯物。

お昼前に移動し、午後から東京。本郷で仕事。

夕方から某講義に参加。倫理理論、四原則など。無事終了。

夜中、急いで帰宅し、久しぶりに娘を風呂に入れる。それから夕食をとり、娘 の寝かしつけまでやる(ただしうまく行かず)。娘はわたしのことを覚えている 様子だが、ますますママっ子になっている。

疲れた。さっさと寝よう。しかし、わたしより某妻の方がよほど大変だな。


12/Oct/2011 (Wednesday/mercredi/Mittwoch)

真夜中

定時起床。ゴミだし、ひげ剃り、シリアル。

某娘を保育園に送る途中にPHSを落としてしまい、液晶が付かなくなる。つか ん。それから地下鉄で本三に移動し、某業務。その後、午前中は某科研費の書 類作成など。

お昼すぎにタクシーで白山に移動し、PHSを修理に出す。そのときにmicroSDを 落としたようだ。痛恨。今日はいろいろ悪いことが起きた。

白山から渋谷に移動し、入院中の某妻の手術に付き合う。付き合うといっても、 手術室まで見送るだけだったが。しばらくラウンジで待機して明日の某授業の 準備や科研費の書類などを作成。手術は夕方に無事終了。

夕方、渋谷に移動し、某氏らとサルディニア料理。おいしいワインをいただく。 感謝。

夜中に帰宅して娘を風呂に入れる。早めに寝ることにしよう。


12/Oct/2010 (Tuesday/mardi/Dienstag)

真夜中

定時起床。シャワー、朝食。

しばらく自宅で某校正作業。そのあと、米の買い出しをしてから大学へ。

午前中は雑用。お昼は研究室で急いで食べる。

お昼すぎから某国際セミナー。米国でスピリチュアル・カウンセラーを されている人のお話を伺う。勉強になった。

昼下がり、某ミーティング。そのあと、少し院生の指導など。

夕方、某校正作業。某院生が遊びに来る。

夜、プールで泳ぐ。クロールで1.2キロほど。週アスを買って帰宅。

夕食後、新聞と週アス。夜中、ソファで少し寝る。

真夜中、食器を洗い、某校正作業の続き…と思ったら、力尽きたので、 メールの返事を少し書いてもう寝る。


12/Oct/2009 (Monday/lundi/Montag)

お昼すぎ

体育の日(振替休日)のようだ。少し遅めに起きる。 コンピュータをしばらくいじってからシリアル。

ちょっと掃除をするか。

昼下がり

一階とトイレの掃除などをしてから大学へ。勉強すべし。

夜中

昼下がりから夜まで、研究室でいろいろ仕事。某〆切原稿の推敲、 某院生のスライドへのコメントなど。帰り際に少しだけ功利主義アワー。

帰宅してから夕食。朝刊読む。眠い。

真夜中

食器を洗ってから二階の勉強部屋で功利主義アワー。

Wiiをしてからシャワーを浴びて、某妻に話を聞いてもらったら寝よう。


12/Oct/2008 (Sunday/dimanche/Sonntag)

お昼すぎ

朝遅くに起床。朝食、朝刊、シャワー。 ついでにカビキラーを使って風呂場を掃除。トイレも掃除する。

某妻に手伝ってもらい、某福岡出張の飛行機とホテルを予約。 前日入りすることが難しいため、朝一番で行くことになった。

それから研究室へ。某書類を書かねば。

昼下がり

某書類書き。なんか、ようやく自分のやりたいことが見つかりつつある気がする (と、毎年言っている気がする)。

遅目に昼食。カップラーメン。湯沸しポットがあるのでQOLが高い。

椅子にもたれてちょっと寝る。

あれ、湿度が低くなってきたな(部屋の湿度38%、気温は26度)。風邪に気をつけよう。

夜2

某書類の続き。アイディアが枯渇してきたので帰って夕食にしよう。

真夜中

夜、果物を買ってから帰宅。夕食。

夜中、某妻と一緒にジョギング。植物園を二周。帰宅してからシャワー。

真夜中、二階の勉強部屋で某論文を読んでコメントする作業。 なんだかんだと、いろいろやるべきことがある。 風邪を引かないように注意しよう。


12/Oct/2007 (Friday/vendredi/Freitag)

真夜中

今日のこと。

非常勤は実験的なことがやれるので、個人的には楽しいが、 学生の大半は退屈そう。は、ははははは。

そういえば、先日、某大学の学生サークルから、 シンポジウム参加の誘いがあったのだが、忙しいため、心苦しいが断った。 今後も、仕事はなるべく引き受けないこと。一応メモ。


12/Oct/2006 (Thursday/jeudi/Donnerstag)

よく寝て少し早起き。人生は短いので勉強しよう。

そういえば、先日、Scissor Sistersの2ndアルバム(Ta-Dah)が届いた。 一枚目に比べると印象に残る曲が少ない気がするが、 聴きやすさは相変らず。 ちなみに、邦題は『ときめきダンシン』だそうだ。

真夜中

今日のこと。

今日のニュース


12/Oct/2005 (Wednesday/mercredi/Mittwoch)

お昼前

朝起きて大学へ。某勉強会。よく寝たはずなのだが、 眠りが浅いのか、あくびを連発してしまう。

昼下がり

昼は同僚の某氏と蕎麦。そのあと、少しうとうとする。

科研費の書類。働けど働けど業績増えず。なんでだろ? もっと論文を書かないと生きていけない。

夕方

科研費の書類はとりあえず終わり。金曜日にもう一件あるが、 それは忘れて明日の準備をしよう。

心ある方から栄養ドリンクをいただく。めったに飲まないので、 効きすぎるんじゃないかと怖い。

Jamie Cullumの新作(Catching Tales)が届く。 いい感じ。

ぼーっとしている場合ではない。

モノサシについてだが、 なぜ伝統や判例をモノサシ(正・不正の基準)にするのかと言えば、 それがわかりやすく、みなに共有されている可能性が高いモノサシだからだろう。 モノサシは、計りやすいものである必要があると同時に、 なぜそれを使うべきかを説明できるものでなければならない。 他のものよりも計りやすいという事実それ自体が、 それを使うべき一つの理由になるが、 そのモノサシが行為の正・不正を正しく計っているかということも問題になる。 しかし、「正しく計っているかどうか」はどうやって確認できるのか。 直観と照らし合わせて?

夜2

煮詰まってきたので、某スタバでchill outしてくる。 そのあと、しばらく三四郎池のあたりをウロウロしてから、 購買部で弁当を買って研究室に戻ってくる。

三四郎池のほとりと、帰り道で考えていたこと。 オレも人並みに気分が高揚したり、沈んだりするが、 最近は音楽の助けを借りて意識的に沈んだ気分を元に戻すことがある。 このiPod miniなどのシャッフル機能というのは、 人々の気分にどういう影響をもたらしているのだろうか。 最近、気分の上がり下がりのサイクルが激しいのは、 このシャッフル機能に一因があるのでは…とか。 いずれにせよ、なんだか音楽にずいぶん気分が規定されている気がするので、 一度iPod miniの中身をすべて入れ替えてみよう、とか。

また、まったく別のことも考えていた。 「子曰、學而不思則罔、思而不學則殆」。 どうも最近は後半の「考えても勉強しなければ独断に陥って危険である」 の方に注意しなければならない気がする。 明後日の方向に暴走しないように気をつけよう、とか。 この論語の言葉とカントの「内容なき思惟は空虚であり、 概念なき直観は盲目である」 は言い回しがなんだか似ているな、とか。

さて、心も落ち着いてきたし、元気も出てきたので、 がんばろう。

国境なき医師団に少し寄付。 日本赤十字社オックスファム・ジャパンは 郵便振替だけのようなので面倒。なんとかしてくれないかな。

夜3

弁当を食べてお腹一杯になる。

あ、すでにアマゾンに 『入門・医療倫理I』 が掲載されている。 なんか名前が出てませんが、わたしも一応書いてます。 一家に一冊どうぞ。

夜中

眠い。

ひさしぶりに某先輩の『シジウィックと現代功利主義』を繙いてみる。 たいへん明快でおもしろい。 それに、昔と比べて、 何が書かれてあるのかがずっと良くわかるようになっている。 5年前にこれぐらいわかるようになっていればなあ。 I wish that I knew what I know now, when I was younger... まあ、過ぎたことはどうにもならないので、今からがんばれ。

真夜中

勉強中。心ある方から、栄養ドリンクをもう一本もらう。 飲みすぎで鼻血が出たり脳の血管が切れたりするんじゃないかと ちょっと心配。

メモ。ある活動それ自体を楽しむことと、 ある活動によって得られるもののためにそれを行なうこと。 つまり、内在的価値と道具的価値。 教養教育、あるいは大学教育に就職のための道具的価値しか 認められない人は不幸だ。それは、パズルを解くことに内在的価値を 認められない人のようなものだ。 大学でさえ知的好奇心を満たせないというのは、 学生にも問題があるが、社会や教育者にも問題があるんだろう。

自分を振り返ってみれば、昔から学校の勉強にある程度の内在的価値、 あるいは知的な満足感を得る方だった。 多くの人が道具的価値しか見出さないかもしれない予備校での授業も、 道具的価値とともに内在的価値を見出していたように思う。 つまり、予備校で勉強することそれ自体が楽しかったのだ。

まあ、そういう人が道を見誤って(?)研究者になっていくのだろうけど。

しかし、普段は、快を追求して生きているというよりは、 原稿の〆切などの「守らなければ苦痛が与えられるだろう事柄」 に駆り立てられて生きているよなあ。 そういう「苦痛を避けようとして生きる」というのじゃダメな気がするが、 どうもそういう生き方が少なくともここ5年ほどは続いているようだ。 もっと主体的に生きなければ。

あ、「結果はどうあれ、その過程にこそ価値がある」(たとえば、勝つことではなく、 参加することに意義がある)という発想は、義務論者の言い分となんだか 似ているな。両者とも、結果ばかりを重視する人は粗野だと考えるという点で。

真夜中2

まだ勉強中。自分の学位申請論文を読んでいる。 冗長なところや難解なところが少なからずあり、 まだまだ売り物にはなりそうにないが、 いろいろ洞察があってそれなりにおもしろい。 下の日記のオレたち、なかなかよくがんばってる。えらい。 上の(来年以降の)オレたちも、昔のオレたちを見習ってがんばれよ。

ちなみに、論文は約16万字で、A4ダブルスペース(行間2行)で200枚ほど。 自分で読むのも一苦労なので、他の人はもっと大変だろうと想像する。

夜明け前

一通り読み終わる。そろそろ帰って少し寝よう。

夜明け前2

帰宅。

今日のニュース


12/Oct/2004 (Tuesday/mardi/Dienstag)

お昼前

昨日は眠かったので日付が変わるごろに帰宅し、一睡する。 3時間ほど寝ようと思っていたのだが、蚊にアゴと下唇を咬まれ、 1時間ぐらいで目覚める。どうも某編集長からの遣いだったようだ。 それから朝まで寝ずに、とりあえず最後まで書く。

朝、洗濯をして1時間ぐらい仮眠してから大学へ。 整形して注や参考文献を完成させたら、さっそく送らなければ。 3時までには出します。

お昼すぎ

見直しに思ったより時間がかかっている。

あれ、字数を数えてみると、13000字ぐらいしかなかった。 もっと書くべきだったということか。まあ、もう手遅れだ。

昼下がりまで必死に論文の手直しをし、 某ミーティングへ。 医療倫理学に関する某テキストの合評会。 よくできた教科書を書くのは大変だ。

ミーティングの休憩時間中に論文をメールにて送る。 中途半端なできだが仕方ない。 今度の某シンポのときまでに続きを完成させよう。

夕方まで某ミーティング。終わってからしばらく雑務を片付け、 買物をしてから帰宅。洗濯物を部屋に干していたら湿気が たいへんなことになっている。そろそろ除湿機が必要だ。


12/Oct/2003 (Sunday/dimanche/Sonntag)

夕方

帰宅。眠い。

爆睡。

昨日は早朝に出発して、品川から静岡へ。新幹線で50分。 駅で降りると某氏と会ったので、 一緒にバスに乗って山上の某大学に。 某学会に出席する。

初日はアレント、ヴェイユ、スミスや道徳実在論の話などを聞く。 夕方の懇親会では、就職したところなので、 多くの先生方に挨拶をする。 ペコペコと頭を下げすぎたせいで、猫背がひどくなった。 懇親会の食事は非常に豪華かつ豊富で、 古代ローマ人のように飲み食いしてしまった。 準備してくれた学会事務局の方に感謝。

そのあと、駅前で二次会。かなり飲んだ気がする。 ホテルにチェックインしたのは12時すぎ。

翌日はなんとか朝から出席するが、初日で精力を使い果たしたので、 あまり集中して聞けず、午前の部だけ出席して午後はスキップし、 早々に帰宅する。科研費の書類を作成しなければ。

夜2

カレー。

あれっ。BlackburnのEthics: A Very Short IntroductionBeing Goodって、内容がよく似ていると思って比べてみたら、 よく似ているどころか、まったく同じじゃないか。 OUPも極悪だな。詐欺じゃないか。 しかし、それよりも、Being Goodを読んでいながら、 まったく新しい本と思って途中まで読み進めていた自分が恥ずかしい。

夜中

ブラックバーンやマッキー、マクダウエルの論争を知ることによって、 やっとネーゲルが『コウモリ』で問題にしている主観的・客観的視点の区別が 実感を伴って理解できるようになった(気がする)。 今ごろわかるなよ、と言われそうで恥ずかしいが、一応メモ。


12/Oct/2002 (Saturday/samedi/Sonnabend)

早朝、旅館の女主人に「宿賃払ってください」と叩き起こされる。 くそ、昨晩払うと言っておいたのに、6時半に起こしやがって。 オレを殺す気か。

寝れなくなったので、近くの赤いローソンに朝食とヒゲ剃りを買いに行く (ヒゲ剃りも持っていく準備をしていたのに忘れてきた)。 服を着替えて出発しようとすると、 某名誉教授が出ている朝のニュース番組が始まっていたので少し見る。 どうもあの先生は一人でしゃべっていた方がよさそうだ。

電車に乗る。キオスクで産経新聞を買う。 関西でもこの100円版って売ってるのかな? カーター、ノーベル平和賞受賞。

共産圏諸国では、レーニン以来、「新聞・雑誌はイデオロギー教育の 最も強力な武器である」といわれ、党の独占支配下に置かれてきた。 それを受けて革命後のソ連では、国営タス通信の社長だったパリグーノフの モスクワ大学での講義録には、「情報とは事実をもってする煽動である」 と定義されていた。

辻村明、「正論: かくも大きな情報ギャップ」、産経新聞、2002年10月12日17頁

だそうだ。西洋諸国でも多かれ少なかれ同じかも。必要なのはメディア教育? しかし教育もイデオロギー注入の武器かな。元共産圏のメディア論についても 機会があれば調べてみること。

朝2

国立の某大学に着く。自由ヶ丘からはちょうど1時間ぐらい。綺麗な大学。 まあ、某狂大に比べたらどこの大学も天国のようにきれいだ。

お昼過ぎ

お昼はみんなでモスバーガー。

ちょっと思いついたのでメモ。 ウィリアムズのinternal/external reasonの区別のアナロジーで、 rights-internalismとrights-externalismを区別する(ベンタム)。 (自然権思想のように)rights-externalismの立場を取ってしまうと、 権利がbluffである場合を区別できない。

昼下がり

発表終わり。かなり早口でやってしまった。 質問をしてくださった方々、ありがとうございます。 修業に励みます。

commit
to do something that cannot be changed (とりかえしのつかないことをやること。 例. 自殺、政治参加、本気の恋愛、など)

上のcommitの説明はBBCのLearning Englishから (例はオレが付け加えた)。 commitの重要な一側面を捉えた鋭い説明だと思う。 かなりこの言葉に思い入れがあるに違いない。

夕方

ワークショップ。ジェンダージャスティスとか理性の公共的使用とか。 途中、爆睡してしまった。

夕方2

会員総会に出席する。

来年の大会は某静岡大学(2003年10月11日、12日)で開かれるそうだ。

真夜中

夜、懇親会に出る。だんだん知ってる顔が増えてきた。

ちょっと用事があったので早目に抜けて渋谷へ。 しばらくそのへんをウロウロしたあと、 バスに乗って自由ヶ丘に戻ってきた。 一日革靴を履いていたので足が痛くなった。

机に向かっている時間…8.0hr
今日の勉強時間…7.0hr
マルクス係数…0


12/Oct/2001 (Friday/vendredi/Freitag)

真夜中 (午前)

ようやくCD-Rが動くようになったので(パケットライターがなくて困ってるが)、 明日現像所にデジカメで撮った写真の何枚かを持っていってみようと思い立ち、 CD-Rを焼いていたらあっというまに夜明け前になってしまった。あほだ。 勉強しろってば。

ADSLはまだつながらない。生協さっさと登録してくれないかな。

夕方

朝、現像所にCD-Rを持っていく。 明日の夕方になる予定。

まだ生協は手続が済んでいない。

昼、寝すぎてしまい、4コマ目の授業に出そこねる。あかん。 不登校炸裂(学校には来たけど)。

あ、生協から手続完了のメイルが来た。さっそく試してみよう。

げ。下宿に戻ってさっそく試したところ、つながらないのでよくメイルを見てみたら、 翌朝9時からサービス開始って書いてある。く、くそ。だまされたっ。

もう寝よう。

真夜中

ダンサー・イン・ザ・ダーク

というのは冗談で、今日中に返却しないといけない映画をビデオで観た。 ビョーク主演の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。

チェコから米国に移民してきた母と子は、 二人とも遺伝的に失明する可能性がある。 ミュージカルが好きで夢見がちな母は、自ら目を患いながらも、 子供の治療のために工場で働いてお金をせっせと貯めていた。 しかしある日、金に困っていた大家の男(警察官)に大事なお金を盗まれ、 二人でもみあっているうちに銃で撃ち殺してしまう。 裁判では彼女の沈黙と周囲の人間の偽証のせいで死刑判決が下り、 彼女は友人の助けを断って死を選ぶ。

この映画のテーマは何だろう。枚挙してみよう。

  1. 米国社会の理不尽さ。
  2. 親子愛。
  3. 友人を大切にしないとこういう目に遭います。
  4. 障害者、移民に対する無理解。
  5. 社会にとけこめない移民の悲劇。
  6. 子供や友人のために不当な運命を甘受するヒロインの悲劇。
  7. 悲劇のミュージカルを作ってみました。

やっぱりキーワードは悲劇か。純粋で利他的で不幸なヒロインが、 利己的であくどい人々にはめられて死んでいく姿がお涙頂戴ということだろうか。 もうちょっと深読みすれば、この話はソクラテスの死を下敷きにしており、 ヒロインの死は歪んだ米国社会のあり方を告発しているとも考えられる。

映像はマル。音楽はまあこんなところか。別にビョークは好きではない。 ミュージカルの部分はかなりキワモノだと聞いていたが、 それほど話から浮いているわけでもなかったので、まあ悪くない。 助演のカトリーヌ・ドヌーヴもマル。物語は伏線がよく張られていてうまくできている。 最後、すこし泣く。というわけでB。


12/Oct/2000 (Thursday/jeudi/Donnerstag)

今日は三つの授業に出た。たいへん。

どの授業でも毎回膨大なリーディングリストが配られる。 すでに残りの人生において読める以上の数の本を示してもらった気がする。 もうこの国には「古典」という観念がないのかもしれない。

そんなことを言っていないで本を読まなければならない。


10/12/99 (Tuesday/mardi/Dienstag)

昼下がり

昨夜、帰りぎわに某先輩に会ったので、 「え、論文? できましたできました」 とつい言ってしまったが、 実はまだできていない…。やばいっす。

昨夜は、某縁蛸でタコ焼きを買う。おいしい。

少し論文に手を入れてから寝る。 早朝に起きるつもりだったが起きられず。 お昼前に起きて大学へ。

3コマ目の授業に出る。これから4コマ目。


4コマ目は4回生の某君によるカント。 そのあと続けて、某君によるカント (日倫で発表するやつ)。 前者はカントの認識論、 後者は「人格の中の人間性」という考えについて。 両方とも難解。カントも勉強せねば。

研究員として一年ほど倫理学研究室にいることになった某イギリス人に会う。 以前、仙台でJETプログラムの教師をしていたらしく、日本語がかなり達者である。

授業後、まもなくして某倫理学史読書会。 キリスト教の個々の義務について。 読書会のあと、某所にて食事。


そういえば、 こないだの某面接について風のうわさで聞いた話。 面接のときに国際交流についての質問にうまく答えられなかったのは、 非常にまずいことだったらしい。 他の人はみなちゃんと答を準備していたようだ。

お金の出所の意向をよく汲む必要があるのに、 おれは自分の専門に関する質問ばかり考えており、 国際交流なんてことは完全に忘れていた。 なんたる失態だ。ばかばかばか。

う〜む。まいったなあ。 タイムマシンがあればやり直したい。


今日やったこと


10/12/98(Monday/lundi/Montag)

真夜中

う。もう月曜日か。明日発表じゃないか。 いかんいかんいかん。

というわけでベンタムの勉強。レジメの手直しに励む。


お腹が減ったので、休憩がてら、銀閣寺の某天一に行き、ラーメン。 勘定を払い終えた後、財布には10円玉が数枚だけ…。 今月も不安。


某E研にあったMAC POWERを読んで、iMacの勉強。いかんいかんいかん。 こんなことをしていてはいかん。


夜明け前

ポステマやケリーやハリソンといった、 ベンタム研究者のテキストを読んだり。 めんどくさくてレジメに手を入れる気にならない。 いかん。


早朝に下宿に戻り、ゴミ袋を下宿の外に出してから昼下がりまで寝た。

それからハリソンの本を読む。 そして、 喫茶店に行ってジャンプを読みたい衝動をかろうじて抑え、 生活費節約のためにスパゲティを作って食べる。 ちょっと塩辛すぎ。

6時10分前に下宿を出て、 生活費節約のために急いで銀行に行ってお金を降ろす。 必死に自転車をこいだため、少なからず発汗する。 うう。泣けます。しくしくしく。


実定道徳と「あるべき道徳」

法学者ジョン・オースティン(1790-1859)は、彼の師匠であるベンタムと同様、 「現にある法(実定法)」と「あるべき法」を区別したことでよく知られている。 彼やベンタムは、 「形而上学的」ないし「イデア的」な自然法の存在を否定し、 実定法一元論を説いたので、法実証主義者として知られている。

さらに、オースティンは道徳に関しても、 「現にある道徳」と「あるべき道徳」を区別し、 前者を実定道徳positive moralityと呼んだ。 実定道徳とは、みなが現在(あるいは過去)に、 実際に抱いていた道徳観のことで、 まあ、世論と考えてさしつかえない。

一方、「あるべき道徳」とは、ベンタムやオースティンにとっては、 「あるべき法」と同様に、 功利原理によって正当化される道徳であった。 ただしオースティンの場合は、 功利原理は神の意志を知るための「指標」であって、 「あるべき道徳」や「あるべき法」は究極的には神の意志の産物であった。

さて、この区別は実践において非常に重要だと思われる。 というのも、人々が「それは道徳(または倫理)に反している」 と言うとき、 彼らは往々にして、自分たちが実定道徳か「あるべき道徳」の いずれを念頭においてそうした主張をしているのかわかっていないからだ。

たとえば、「クローン人間は道徳に反している」と言われるとき、 それが「現に多くの人々が、クローン人間を道徳に反するものとして考えている」 と主張しているのか、あるいは 「現実には多くの人々がクローン人間を許容するだろうが、 しかし、彼らの考えは誤っており、 『あるべき道徳』からすればクローン人間は禁止されるべきである」 と主張しているのか明確でない(って、あんまり知らないんだけどさ)。 死刑廃止についての議論も同様である。

ベンタムもはっきりとオースティンと同じ区別をしているものの、 おれが知るかぎり、ベンタムはこのような名称を与えていない。 そのため、読む者にとっては混乱の原因となりかねない。 (とオースティンも言っているし、 現におれも卒論のときにこの区別がうまく理解できずにずいぶん悩んだ)


10/12/97(Sunday/dimanche/Sonntag)

・朝・

・むむ、眠い。

研究室の窓から見える雲の流れを眼で追いつつ、来 週のバークマーケットのコンサート に行ったときのことをつれづれと考える。

・ライブが始まる前に姉の夫と会えるはずなのだが、そのときに「演奏がんばっ てね」という内容が英語で言えないのではないかと今から心配になる。

・よく知られているように「がんばって」は翻訳にとても困る言葉で、じっく り考えるとこの日本語にはほとんど内容がないのではないか、とつい思ってし まう。こういう発想はおかしいのであろうが。

・そもそも「頑張る」は「眼張る」とも書き、もともとは「見張りをする」と か「眼をつけておく、覚えておく」という意味であるらしい(違う語源説もあ るようだが)。

・辞書にある意味の中では「困難に屈せず、努力し続ける」が日常的に使う普 通の意味にあたるのだろうが、「がんばってね」「がんばってください」とい うのはもっと軽い気がする。「演奏がんばってね」は別に「演奏してるとやじ が飛んだりさじが飛んだりいろいろと大変だろうけど、困難に屈せず、努力し 続けてね」という意味ではない。

・そこで「演奏がんばってね」を言い換えてみようとすると、これがなかなか できない。この「がんばって」には実は何の意味もないのではないかと思うゆ えんである。

・言い換えとして「演奏を楽しんでね」というのが適当だろうか。それとも 「演奏に気合いを入れてね」というのが適当だろうか。あるいは「緊張せずに 自分の力を十分に発揮してね」だろうか。

・日本語を分析する力が足りないので「演奏を楽しんでね」と言い換えること ぐらいしかできないが、Have fun playing./Enjoy playing.ぐらいが妥当なの であろうか。今一つ冴えない気がするが。


・夜・

・バンドのギターの奴(今年就職した)にGパンなどをもらう(たかる)。感謝。

・それからソウルバンドの練習。こんどライブをするらしいからきちんと練習 せねば。

・洗濯ものを干したままなので下宿に戻る。風が強かったので、シーツなどは 飛ばされてるかも知れない。大変だ。


・真夜中・

・シーツは飛んでなかったが、枕カバーが飛んでいた…。幸い、屋上からは飛 び出なかったので無事に枕と再会する。洗濯は奥が深い(今回はボールペンも 洗濯してしまった)。


10/12/96

朝。果てしなくねむい。目が回り、とても起きていられない。とにかく、軽音 のコマを取ってきたらもう少し寝ることにする。

正午。時計台の鐘の音で目覚める。何だか優雅である。

昼下がり。雨。昨夜のベンタム 読書会(夜のお勤め)の内容を半分だけホームページに載せる。残りは月曜 日に載せるつもりだが、できんかもしれん。著作権の問題がこわいが、これだ け変えれば許されるのではないかと思うが、だめだそれは犯罪だっていう人は 至急連絡をいただきたい。今からバンドの練習である。

夜。バンドの練習終わり。録音がうまくいかなくって胸いっぱいのフラストレー ション。ところで自転車の鍵がどっかいった。おとなしく出てきなさいっ。君 のご主人は泣いておるぞっ。

・・・と鍵を説得しながら探していたら、ふでばこの中からあきらめて投降し てきた。これにて一件落着。

この部屋の長テーブルの上にあった中島義道『モラリストとしてのカント1』 を開いて少し読んでみたのだが、論理的エゴイストの説明がことごとく自分に 当てはまっていたのでこわくなって閉じる。げ、もう一つのバンドの練習がも う始まるっ。いかなきゃいかなきゃ。


Satoshi KODAMA
email: satoshikodama-tky[at]umin.ac.jp
All rights undeserved.
Last modified: Mon Nov 21 16:09:54 JST 2016