アローの定理
(あろーのていり Arrow's theorem)
経済学者ケネス・アロー(1921-)が発見した、
社会的選択に関する最も重要な定理の一つ。
アローの不可能性定理。
常識的に考えると、
「(1)社会の中の個人はそれぞれ個人的な選好を持ち、
そうした各人の選好を合計すると社会全体の選好を得ることができる」
というのはもっともらしいと思われるが、
アローによると、
次の(三つの前提と)四つのごくあたりまえの条件を受けいれるならば、
おどろくべきことに、(1)は正しくないことになる。
三つの前提:
- 選好は推移的である
(A>B、B>CならばA>C)
- 選好は完全である
(選好A,Bがある場合、A>BまたはA<BまたはA=Bのいずれかである)
- 3人(3組)以上の当事者が含まれる
四つの条件
- 当事者はいくつかの選択肢に関してどのような選好順位を付けてもよい。
すなわち、A>B>Cという選好順位は認められるが、
C>B>Aという選好順位は認められない、ということはない。
- AをBよりも選好(A>B)する人が少なくとも一人いて、
BをAよりも選好(B>A)する人が一人もいないのであれば、
A>Bが社会全体の選好になる。
(パレート最適を参照)
- 二つの選択肢AとBの順位は、AとBに関する各人の選好によってのみ決定され、
他の選択肢(たとえばC, D, E)に関する各人の選好によっては影響を受けない。
たとえば、候補者A, B, C, D, Eが選挙に出馬したとして、
投票後にC, D, Eが候補者であることを辞退した場合でも、
残りの候補者A, Bの相対的な選好順位は変わらない。
- 社会全体の選好は独裁的な仕方では決まらない。
すなわち、ある個人の選好によってのみ社会全体の選好が決定される
ということは認めない。
アローにより、以上の条件を満たすならば、
「社会の中の個人はそれぞれ個人的な選好を持ち、
そうした各人の選好を総計すると社会全体の選好を得ることができる」
という(ごく普通に考えると)民主的な意思決定が不可能なことが示された。
このアローの主張に対しては、
アローの提示した条件のいくつかを否定する学者、
アローの結論を受けいれて社会的選択(社会の各成員の選択に基づく社会的意思決定)
は不可能であると主張する学者、
アローが考慮外においている効用の個人間比較を
取り入れることによって解決を計ろうとする学者などがいるようである。
アローの定理のもっともよく知られている適用例としては、
投票のパラドックスがある。
26/Apr/2000
参考文献
- Simon Blackburn, Oxford Dictionary of Philosophy,
Oxford UP, 1994.
- Thomas Mautner ed., Penguin Dictionary of Philosophy,
Penguin Books, 1996.
- Roger Scruton, A Dictionary of Political Thought 2nd
Edition, MacMillan, 1996.
関連文献
- アマルティア・セン、『合理的な愚か者 経済学=倫理学的研究』、
大庭健+川本隆史訳、勁草書房、1989年
第一章「パレート派リベラルの不可能性」にある
『チャタレイ夫人の恋人』の例を読めばアローの定理の話がわかる。
- アマルティア・セン、『集合的選択と社会的厚生』、
志田基与師監訳、勁草書房、2000年
社会的選択理論についての必読文献のようだ。第3章および6.2を見よ。
- Richard Tuck, `The Contribution of History', in
Robert E. Goodin and Philip Pettit ed., A Companion
to Contemporary Political Philosophy, Oxford: Blackwell,
1993, 72-89.
アローの定理の思想史上のインパクトについてはこれを参照。
- Geoffrey Brennan, `The contribution of economics', in
Robert E. Goodin and Philip Pettit ed., A Companion
to Contemporary Political Philosophy, Oxford: Blackwell,
1993, 123-156.
この人の解釈では、アローの定理が含意しているのは、
「公共の利益」にまともな意味を与えるには効用の個人間比較を
行なうことが必要だということである(136頁)。
KODAMA Satoshi <kodama@ethics.bun.kyoto-u.ac.jp>
Last modified: Sun Jun 12 18:14:57 JST 2005