原田研究室の研究紹介 |
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(2019年7月15日更新)
研究の全体像
本研究室では化学物質、放射線など種々の環境要因、それらと相互作用する遺伝的素因の双方から分析する視点をもって、健康障害の予防を目指した研究を行っています。
環境リスクの研究では、その時々の社会、行政の要請に応じて、種々の有害要因の把握、リスク評価を迅速に行い、被害を未然に防ぐための研究を行っています。また新規分析法を核として、多分野との協働を推進し、単一の曝露に限定せずに多様な環境化学物質、生活環境・体内環境を示すバイオマーカー、健康要因を包括的に評価するExposomicsから疾患との関連を解明すること、地理情報システム、シミュレーションモデルによる広域、経年的な曝露情報を再構築し、健康アウトカムデータと結びつけることを目指しています。
化学物質リスクの環境疫学の課題として、測定対象物質が膨大、化学分析可能な機関は限られる、高価な機器に頼った高コスト分析
(1検体\10,000〜)、研究で得られた生体試料は貴重で少量しか使えないということが挙げられます。その問題に対して、新規分析技術(誘導体化負イオン化MS法など)、高感度化・成分分離による一斉分析を開発し、現実的な費用で環境曝露データを取得可能にしてきています。
また環境遺伝相互作用の研究では、小児四肢疼痛発作症、もやもや病などの希少疾患の遺伝的素因から環境要因の作用点を明らかにする研究を行っています。これらの疾患は遺伝的な面を持つ一方で、環境要因が発症に必須です。遺伝的素因の役割、重要性を医学、生物学的に理解し、発症メカニズムにおける環境要因が作用する経路を特定することを目指しています。それにより新たな環境改善のアプローチにつなげることができると考え、またより一般的な疾患においても展開することを目指します。遺伝的素因は生後、変えることは通常不可能ですが、その素因に対して適した環境の改善を行うことができると考えています。
実験研究、環境化学、遺伝子解析、疫学、国内外のフィールド調査、シミュレーションモデルなど、多様な分析・解析手法を用いて、社会医学、基礎・臨床医学、工学、理学分野の研究者との共同研究を推進し、学際融合による新たな環境健康科学を進めています。
I. 環境リスク・毒性学プロジェクト
現在私達は多くの環境汚染物質に曝露しています。特に残留性有機汚染物質は、安定であるがゆえに自然界で壊れにくく生物濃縮される可能性があります。過去にはPCB、DDT、ダイオキシン等の問題がクローズアップされ、それらは対策により少しずつ減少が見られます。
他方で、新たな物質による汚染は年々明らかになってきております。これらの化学物質の時間的空間的曝露傾向を的確に把握し、リスクを評価し、また適切に管理、予防する必要があります。
リスクの前提となる、曝露を評価するために、私達は、京都大学に生体試料(血液・母乳・食事など)を保存する環境試料バンクを創設しました。この試料を用いて種々の汚染物質の測定、曝露評価を行い、世界で初めての知見、日本で初めての知見を多く得ています。全国15地域およびアジア諸国に及ぶ衛生学の専門家との共同研究であり、毎年試料の収集が行われ、京都大学医学・生命科学総合研究棟(G棟)に設置されているサンプルルームで保存しています(化学物質曝露モニタリングのための生体試料バンク)。
新たな化学分析技術の開発にも取り組み、新たな化学物質曝露の解明や低コスト・高感度・exposomic分析の実現を目指しています。それをもとに国内外のコホート研究、症例対照研究との共同研究で多種類の化学環境要因曝露による健康リスクの評価を行っています。[協力機関の例]
評価している環境汚染物質の一つは、撥水剤、消火剤、その他産業で使用されてきた化学物質perfluorooctane sulfonate (PFOS)は、環境中、体内でほとんど分解されず、生物に蓄積され、世界各地で検出が報告されています。2009年のストックホルム条約締約国会議ではポリ塩素化ビフェニルや塩素化ダイオキシンに続く、新たな残留性有機汚染物質(POPs)に指定され、環境研究の新たな課題の一つです。この物質に関する知見はまだ極めて限られており、ヒトへの健康影響を評価することは急務の課題です。
[PFOS概説]
われわれはこの化学物質の環境汚染状況とヒト健康影響について研究しています。水質、大気中などの汚染の化学分析、摂取量の推定、薬物動態解析、薬物トランスポーター実験、毒性実験とさまざまな側面からの研究を行っています。
全国の環境、ヒトでの調査を行っており、また各種の疾患リスクとの関係を明らかにするために、国内外のがんコホート、生活習慣病コホートなどとの共同研究を行い、リスク評価を進めております。
主な海外共同研究機関: ソウル国立大学、国立台湾大学、北京大学、四川大学、ハノイ医科大学、テヘラン医科大学、インドネシア・マタラム大学
また東アジア地域は環境共同体であり、越境大気汚染が生じうる。化学物質のインベントリやシナリオ情報によるデータをもとに、環境汚染物質の拡散予測モデルシミュレーションの開発を行っています。また有害重金属やPOPsのモニタリングを同時に行い、シミュレーションモデルの検証を行っています。
日本学術振興会二国間交流事業共同研究 「新興環境汚染物質の化学物質リスク管理のための日韓共同研究」
科学技術振興調整費 「日中越共同環境汚染予防の評価技術開発研究」(分担)
アジア地域での大気中鉛の拡散シミュレーションモデル
ベトナム・ハノイ市での授乳婦調査
II. 遺伝環境医学プロジェクト
四肢の大関節の慢性疼痛はQOLを損なうものとして重要ですが、鎮痛には限界があり、疼痛メカニズムの本態の解明が必要です。私達は四肢の大関節の痛みを定期的に繰り返す家族集積例を見出しています。これらは気象環境の変化により疼痛発作が引き起こされることが示唆され、環境要因と遺伝素因が密接に関わる病態として注目され、疼痛全般において気象が及ぼす影響を評価できると考えられております。
これまで遺伝子解析を通じてSCN11Aに変異を見出し、小児四肢疼痛発作症と新たなに位置づけ環境要因と慢性疼痛の新たなメカニズムの解明を行っております。新規の慢性疼痛の経路から、新規の分子標的を明らかにして、さらに製薬会社との共同研究を通じて新たな医薬の創出を目指しています。
また全国の共同研究機関と患者の実態調査、遺伝子解析を行い、診断基準、診療ガイドラインの策定への貢献を目指しています。[協力機関の例]
患者会の設立への協力も行っています(小児四肢疼痛発作症の患者友の会・準備委員会)。
科学研究費補助金 挑戦的研究(開拓)「気象環境により誘発される痛みのメカニズム」
厚生労働省難治性疾患政策研究事業 「新規の小児期の疼痛疾患である小児四肢疼痛発作症の診断基準の確立と患者調査」(分担)
AMED 「新規周期性四肢疼痛症の加齢による寛解の分子機構解明と創薬への応用」(分担)
また家族性甲状腺腫の原因遺伝子の検索などを行っています。ヨウ素は生体に必要な元素でありますが、内分泌撹乱物質、放射性ヨウ素などによる影響が懸念されております。遺伝的素因の解明を通じて、環境要因への影響の修飾、予防への手がかりとなることが期待されます。
III. 福島第一原子力発電所事故による影響調査プロジェクト
原発事故による福島県住民の放射線被ばくの調査や放射性物質の環境動態調査を行っています。
福島第一原子力発電所に近接する地域において、個人線量計を用いた外部被ばく調査、呼吸、食事を介した内部被ばく調査を行い、発がんリスク評価を行っています。
また福島県双葉郡、田村郡の自治体での健康診査、生活習慣の調査から糖尿病の増加が危惧され、予防への取り組みを進めています。
学際融合教育研究推進センター福島復興支援研究連携推進ユニットに参画し、森林里山調査、動態シミュレーションなど学際的に取り組み、警戒区域再編後の住民の帰還を支援しています。
環境省環境研究総合推進費 「福島原発近隣における里山生態系を含めた除染効果の評価と住民の中期曝露評価」(分担)、
科学研究費補助金 基盤研究B「福島第一原子力発電所からの放射性物質の二次拡散の影響評価」
環境省放射線の健康影響に係る研究調査事業 「里山地域の生活・生産活動を支える放射線被ばくと里山資源汚染の実態調査と動向予測研究」、
福島県 福島イノベーション・コースト構想促進事業「浜通り人と森のイノベーション・コースト」(分担)
科学研究費補助金 基盤研究A「福島県の山間村落を対象とした森林除染の必要性と実現可能性に関する検討」(分担)
IV. 長期環境変動調査プロジェクト
ダイオキシンなどの残留性有機汚染物質(POPs)は、難分解性、生物蓄積性のため、製造、排出により環境汚染が一度起こると、数十年にわたり環境や生物中に残留することになります。製造の中止などの対策が講じられたのち、汚染が減少するかどうかは、持続的な環境モニタリングが必要となります。
しかし過去から現在まで、あるいは未来にわたっての流れを理解するためには、整った条件で採取された環境モニタリングサンプルを用意することが必要になります。ヒト体内の化学物質を測定するために血液を全国的にかつ継続的に収集することは困難であり、これまでにそういった試みはありませんでした。
その中でもわれわれは1970年代から全国的なヒト血液や食品試料を継続的に収集してきて、生体試料バンクを作り上げてきました(全国20都道府県、海外8カ国)。これによりこの30年間での化学物質の汚染がどのように変わってきたのかを全国的に調査可能な研究基盤を確立し、このインフラストラクチャーを他機関からも利用可能としました。[協力機関の例]
これまでにポリ塩素化ビフェニル、ポリ臭素化ジフェニルエーテル、有機フッ素化合物、メチル水銀などの長期トレンドを明らかにしました。また体内化学物質量を左右する要因の研究も行っています。
今後も新たな汚染物質の動向や化学物質対策の効果の評価を行っていきます。
厚生科学研究費補助金 食品の安心・安全確保推進研究事業 「生体試料バンクを有効活用した食の安全と安心の基盤形成」(分担)
厚生科学研究費補助金 食品の安全確保推進研究事業 「生体試料バンクを有効活用した食品および母乳の継続的モニタリング」(分担)
血液中有機フッ素化合物の経年変化(1983年から1999年)
V. 脳血管疾患の遺伝環境研究プロジェクト
もやもや病(ウイリス動脈輪閉塞症)、脳動静脈奇形などの脳血管疾患についても感受性遺伝子の調査を行っています。もやもや病の多くは10歳以前に発症し、小児や若年者で脳梗塞を、成人で脳出血を好発します。いったん発症すれば日常生活に支障をきたすため、家族や親族の負担が非常に大きい疾患です。そのため遺伝子同定による予防方法の確立が急がれています。私達と共同研究グループで17番染色体に位置する感受性遺伝子Mysterin(RNF213)を同定しました。現在その機能を疾患特異的iPS細胞の樹立と分化、遺伝子改変マウスの解析を通じて検討しています。また東アジアでもやもや病の頻度が高いことを明らかにするため日中韓の共同研究を行っています。
感受性変異のRNF213 p.R4810Kは日本人の1%ほどが保有しますが、そのうち、もやもや病を発症する割合はさらに1%程度となり、他の環境因子を探索しています。またもやもや病を発症しないものの、冠動脈疾患、頭蓋内動脈狭窄症、脳梗塞、高血圧などと関連するなど、もやもや病にとどまらない役割が示されており、京都大学大学院医学研究科脳神経外科学など様々な分野との共同研究を行っております。
[協力機関の例]
もやもや病感受性遺伝子変異(R4810K)を持つiPS細胞から分化した血管内皮細胞は管腔形成能力が低い(右)
また家族性脳動脈瘤の遺伝疫学を行っています。脳動脈瘤は日本人に多く、その破裂によるくも膜下出血の発症は、年間10万人当たり15人、死亡率は約50%です。一方MRIなどの進歩により早期発見、早期治療が可能となりました。しかし、脳ドッグなどを利用した一般人口への検診プログラムは医療経済的には現実的ではありません。我々は脳動脈瘤の原因解明と、予防体制の確立にむけ、感受性遺伝子の研究をしています。
これまで家族性脳動脈瘤の患者家系の調査から、染色体上の3つの関連領域を同定し、さらに疾患責任遺伝子の特定を行っています。
この領域の中に1つの感受性遺伝子TNFRSF13Bを世界で初めて同定しました。ケースコントロール研究、次世代シーケンサー解析も導入して、更なる遺伝子の検索に努力しています。
AMED 循環器病の予防法・治療法開発のための分子病態解明研究 「脳卒中における循環器病感受性遺伝子の役割解明とゲノム医療の探索」(分担)
科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型) 「炎症細胞社会の中でのRNF213変異によるかく乱と血管閉塞性病変形成の解明」(分担)
VI. スリランカに多発する慢性腎臓病の調査・予防研究
慢性腎臓病は先進国では糖尿病の増加に伴い増加しており、透析治療は医療資源を大きく消費しています。発展途上国でも生活習慣病の増加が見られますが、先進国とは異なった様相もあります。
南アジアの島国スリランカでは糖尿病や自己抗体などの既知の病因が見られない慢性腎臓病が地域的に多発することが知られています。環境衛生学分野ではこの原因不明の慢性腎臓病について調査研究を行っています。
環境要因としての重金属曝露の調査、遺伝的要因のゲノム解析を行い、病理の解明として組織障害マーカー、組織解析を北野病院腎臓内科と共同でおこなっております。[協力機関の例]
科学研究費補助金 基盤研究B「スリランカにおける慢性腎不全の多発に関する疫学調査および病理学的研究」
平成22年度科学技術振興調整費 アジア・アフリカ科学技術協力の戦略的推進「スリランカで多発する慢性腎疾患の原因究明」(分担)、
科学研究費補助金 基盤研究B「スリランカにおける慢性腎臓病の発症、予後に関するコホート調査」
などとして実施されています。
スリランカにおけるフィールド調査(中北部州Medawachchiya)
VII. 糖尿病の動物モデル研究
糖尿病は先進国における主要な生活習慣病の一つです。我々の開発したAkita Mouse は、insulin のA7cysteineがtyrosineに変異したマウスであり、proinsulinのfolding 異常により糖尿病を発症します。しかし凝集体などの形成は無く、糖尿病発症メカニズムは不明です。proinsulinのタンパク構造と生体反応を研究しています。
このマウスの糖尿病発症の性差、食行動をもとに糖尿病予防のため摂食関連研究しています。Akita mouseより、食行動の性差を見出し、そのメカニズムを追及する研究を行っています。
[動物モデルからヒト糖尿病の予防への展開の可能性ー新しい糖尿病モデルAkita-mouseを例にー}
(第8回東北動物実験研究会(平成10年1月23日 東北大学医学部))
[ヒトMODYのマウスモデルAkita mouse]
(日本糖尿病動物研究会 ニュースレター Vol.2 No.1 1998)
[糖尿病モデルマウス-秋田マウスの特性]
(第81回関西実験動物研究会 平成16年3月5日(金) 於:京大会館)
日本エスエルシー 実験動物データ集 AKITA/Slc
Jax Mice Data Sheet C57BL/6-Ins2Akita/J