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スリランカ民主社会主義共和国では、北東部の開拓地域で農民に慢性腎疾患が多発しており、早急な解決が望まれる。
@慢性腎疾患の病理的検討、A慢性腎疾患の疫学的検討、B慢性腎疾患の遺伝疫学的検討、3つのサブテーマを通じ、原因の解明を行う。
プロジェクトは京都大学、京都大学の関連病院である北野病院、ペラデニヤ大学で行う。原因の解明と同時に行われる当該分野の人材育成により、予防施策の確立および早期診断に資する。
1.共同研究の内容
a.相手国・地域における課題のニーズと社会への適用
スリランカ民主社会主義共和国(以下スリランカと略す)は、インド洋に位置する人口約2,024万人の発展途上国である。農業を主力産業とし、天然資源は豊富であるが、1987年以来続いた内戦のため、経済的には疲弊している。GDPは396億ドルであり、一人あたりのGDPは4,600ドルである。2009年に22年に渡る内戦が終結し、今後本格的な経済開発が期待されている。スリランカの気候は熱帯性であり、島の東北部は多雨期を除いて乾燥しており、スリランカ政府は内戦による困難な経済状況の中、この地域の開発のため灌漑設備を建設し、1970年代以降農民の入植を進めてきた。北東部地域の面積は10,472km2 (同国総面積の16%)に上り、現在大よそ110万人の人口を擁する。
この地域の入植者に、近年慢性腎疾患が多発しており、有病率は年々増加していることが判明した。その増加は、著しいものがあり、地域の医療資源の疲労のみならず若年農業従事者の人口減にまで結びついている。この地域の中心地であるMedawachchiyaにおけるScreening調査では、有病率は、人口の4.8%にも上る。この内の大よそ7%において、高度に腎機能が障害(糸球体ろ過量<15ml/min)されており、人口の0.33%において人工透析の導入が必要であと見積られている。その内20−60歳は、32%を占め、慢性糸球腎炎および糖尿病性腎症は約2/3を占める。年齢および病因で補正した場合、実際の有病率は、我が国の5倍程度と推定され、我が国とは異なる病因が想定さる。本疾患は、人工透析の導入が必要なため、限られた財政の中から多大な資金が医療への投入を余儀なくされている。
この地域において、Bandara et al.等は、環境中の重金属に注目し環境疫学調査を行った。重金属のうち、カドミウムが飲料水およびコメ中に高いことを見い出した。さらに疫学研究により、この飲料水中のフッ素濃度が高いこと、アルミニウムの食器の多用、農薬の曝露、アーユルベーダ薬の使用、蛇による咬傷の既往、家族歴がリスク要因として指摘された。
スリランカは内戦により、タミール人を支持した印欧米との関係が良好でなく、西側先進国で大使館を有しているのは、日本のみである。日本への留学経験のある研究者を通じて、京都大学の我々の教室にペラデニヤ大学の研究者から共同研究の申し入れがあった。そこで我々は、2008年から患者ー対照疫学研究を行い、環境水、飲料水、米、アーユルベーダ薬に含まれる重金属を網羅的に測定し、重金属による環境汚染の可能性は極めて低いことを証明した。また、2009年8月には、現地北東部でのフィールド調査を行い、生活環境の把握、家族集積性の確認とともに、106名の異なる慢性腎不全のステージにある患者と対照者から尿を採取し、糸球体障害および尿細管障害のバイオマーカーによる早期診断の可能性を検討した。イタイイタイ病のような典型的な尿細管障害や、慢性糸球体腎炎による糸球体損傷が考えにくいことを見い出した。
また同時に、慢性腎不全の患者19名の生検組織の病理診断を行い、病理的には慢性虚血性病変が主であり、糸球体の虚血病変、尿細管の虚血病変、腎間質における線維化が進行することが判明した。この所見は、尿におけるバイオマーカーの所見をよく説明する。本研究の目的は、スリランカで多発する慢性腎疾患に対して病因を解明し、早期発見と予防のプログラム策定に資することである。
近年の慢性腎疾患の増加は、アジア・アフリカの共通した課題であり、糖尿病・慢性糸球体腎炎で必ずしも説明できない点が、予防あるいは医療介入を困難にしている。共通点として、いずれもマラリア多発地帯であり、これら地域の住民、大よそ8億人が、長い歴史の中で適応するために、Thalasemia, Sickle cell anemia やG6PD欠損症などの変異を獲得してきた。これら遺伝要因が、環境要因(感染症やアルコールの常用、農薬などの曝露)とあいまって慢性腎疾患を引き起こしている可能性がある。 したがって、本研究は、スリランカに焦点をあてるが、この課題は、アジア・アフリカ諸国に共通である。
スリランカでは、上記に述べたように多面的な手法で慢性腎疾患の原因の究明を目指す。スリランカは、内戦時において欧米インドがタミール人を支援した経緯もあり、複雑な政治状況で欧米からの援助は閉ざされており、我が国の医学研究および本課題に関連した人材育成の両面において期待は高い。これらにより、スリランカでの経験は、スリランカをはじめとするアジア・アフリカ諸国に、欧米とは異なる医学・公衆衛生学ネットワークの構築が必然的に形成される。また、導入された研究体制、解析手法、およびこれらの技術移転は、アジア・アフリカでの国際標準の創出の可能性を秘めている。
平成22年度―平成24年度
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