がん医療フォーラム 仙台 2015
【フォーラム】がん患者さんとご家族の療養を地域で支える
それぞれの生き方 ~ホームホスピスにできること
今野 まゆみさん
ホームホスピスとは
ホームホスピスは市原美穂さんが「かあさんの家」を宮崎でつくられたのが始まりです。病気を持っていても最期まで生活の中で支えること、地域で看取ることを考え、つくられたのです。介護保険や障害福祉の対象者に加え、どちらの対象にも属していない方、すべての方が入居可能な、制度にとらわれない施設です。医療依存度が高い方も生活ができる場所です。
ホームホスピス にじいろのいえのこれまで
2014年4月に仙台市太白区で開所した ホームホスピスにじいろのいえ は、庭と畑のある一軒家です。常に人の声と生活の音、匂いを感じながら生活ができます。医療系サービス、介護系サービスなど、さまざまな方とチームを組み、入居している方が最期まで安心して過ごせるように関わっています。
がんの末期の方、ALS(萎縮性側索硬化症)などの神経難病、脊椎損傷の方などが入居しています。これまでにがんの方を8名看取らせていただきました。入居の経緯はさまざまですが、理由はやはり介護不足でしょうか。独居のほか、夫婦でお住まいの場合も、すでに介護が必要な状態で、家で介護するのは現実的に難しいという方が多いです。がんの方の入居平均日数は69日です。入居される方にはひとりひとりの思いがあります。そのすべてに添うことは難しいですが、可能な限り添いたいと思っています。
講演の様子
ホームホスピスで寄り添う
70代女性のRさんは子宮内肉腫で認知症がみられました。「食べることが大好き」で、夕食後が一番落ち着かれる時間でした。状態が変化してきてからは、食べると呼吸苦が起きるようになりました。先生と看護師さんに相談し、対処しながら、Rさんは亡くなる前日まで好きなものを食べることができました。
50代男性のHさんは、肺がん、上大静脈症候群で、「最期まで薬で眠りたくない」と希望していました。Hさんの薬と痛みのコントロールに対する考え方に対応するのは難しいものでした。ときにはHさんと何時間も話して、その内容を医療者とも共有していきました。Hさんは夜間せん妄があり、カーテンを切ったり、いろいろなことがありました。できるだけ本人が納得できるように対応して、行動の一つずつに意味があることを知ることができました。先生もHさんの望むとおりの薬の処方をしてくださり、Hさんは望まれる最期であったと思っています。
このお二人のように医療を必要とする度合いが高い人たちを私たちがみられるのは、往診の先生、訪問看護師さんなどがチームとして密に関わってくださるからです。私たちに求められているのは関わり方、観察力と伝達力だと思っています。
ホームホスピスだから生まれた関係性
Rさんは認知症があり、毎朝「ここはどういう所?」と言い、日中は落ち着きませんでした。その様子をHさんが見守って、スタッフに声をかけてくれました。夕食後に落ち着くと、元看護師だったRさんにHさんが体や気持ちのことを相談します。するとRさんは看護師に戻ったように的確なアドバイスをしていました。HさんはRさんを慕い、頼りにしていました。Rさんが亡くなったときの悲しみはとても深いものでした。
にじいろのいえでは入居者が亡くなったことを隠しません。隠してもわかってしまいます。お別れができるときは、お別れをしていただきます。少しの時間でも一緒に過ごした仲間です。
ホームホスピスを始めて
私は岡部医院で10年間、ケアマネジャーとして勤務し、介護支援に関わりました。本当は家で過ごしたい本人の気持ち、本当は家で看取りたいご家族の思いに寄り添うことができるところとして、ホームホスピスを始めました。生活感があり、医療依存度の高い方も最期までみることができるのがホームホスピスだと思います。スタッフは看取りをするたびに、私たちでよかったのかと考えます。人生の最期を一緒に過ごさせていただけるものとして、「この人たちでよかった」と思っていただけるように心がけていきたいと思います。