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ご挨拶

山本靖彦

 この度、村田容常先生の後任として、2021年4月から日本メイラード学会(The Japanese Maillard Reaction Society, JMARS)の会長に就任いたしました。 谷口直之先生、宮澤陽夫先生、鈴木敬一郎先生、村田容常先生の歴代会長が、学会役員や会員の皆様とともにこれまで築いてこられました本学会の歴史や文化、そして、 その存在意義や社会的活動・役割を踏まえまして、さらに充実発展できますよう会員の皆様方のご支援を賜わりたく存じます。
 日本メイラード学会は、国際メイラード学会(International Maillard Reaction Society, IMARS) とともに世界のグリケーション研究(糖化反応)を推進して参ります。


メイラード学会の趣旨

 本学会は、メイラード反応という人名化学反応を学会の名称に持つ極めてユニークな学会です。略称は JMARS (Japanese Maillard Reaction Society) といいます。関連国際学会として国際メイラード学会 IMARS (International Maillard Reaction Society) があります。メイラード反応のユニークさは本反応の発見者 Louis Camille Maillard (1878-1936) の慧眼によるところ大です。1912年にMaillardは、アミノ酸とグリセロールを加熱してペプチドが形成されるかを調べていましたが、この時グリセロールに変えグルコースをポリオールとして使ったところ全く違った反応が起こったということを偶然見出したわけです。つまりアミノ酸と糖を加熱すると茶色く変色(褐変)すると同時に二酸化炭素が発生することを初めて観察しました。一連のこの褐変反応は1950年ごろにメイラード反応と呼ばれだしたようです。メイラード反応はアミノカルボニル反応とも呼ばれ、現在ではアミノ基とカルボニル基の間で起こる求核付加反応に始まる一連の反応を総括的に表したものとして理解されています。

 アミノ酸やタンパク質はアミノ基の供給源になり、また糖やその分解物はカルボニル基の供給源になります。タンパク質、アミノ酸と糖を水に溶かし加熱すると、メイラード反応が起こります。つまりタンパク質、アミノ酸と糖が共存するものを加熱すれば普遍的に起こることになります。これが食品の褐変、加熱香気成分の形成です。トーストの焼き色、香ばしい香りはメイラード反応の生成物ですし、ビールの琥珀色、醤油やコーヒーの茶色も代表的なメイラード色素つまりメラノイジンです。加藤博通先生が醤油や味噌中から3-デオキシグルコソンを同定されて、褐変の主要中間体であることを報告されたのが、1961年になります。熟成させた食品の色はメイラード反応により形成されます。その後これらカルボニル化合物からピラジン類、フラノン類など様々な香気成分が形成されることが解明されてきました。また、メイラード反応生成物が味に影響するという研究も近年ではなされています。機器分析の進歩もあり、香気成分だけでなく低分子色素、味関連物質、変異原性物質などメイラード反応で生成する微量物質の化学は現在でも大きなテーマとなっています。

 加熱、熟成ということを申し上げましたが、室温でもゆっくりこの反応は起こります。これが生体内で起こるということが、1960年代後半から1970年代にかけて発見され、糖尿病合併症や老化の原因の一つと考えられるようになってきました。糖尿病では通常の人より反応基質となる糖濃度が高いため生体内でメイラード反応がより強く起こっています。それを検出しているのがHbA1cで、糖尿病の診断では必ず測定されるものです。このように生体内中で非酵素的につまりメイラード反応により糖がタンパク質などに付加することが普遍的に起こることがわかってきて、酵素によるグリコシル化(glycosylation)と区別するため糖化(glycation)という言葉が生まれてきました。食品化学ではメイラード反応により形成される構造不詳の高分子褐変色素をメラノイジンと呼びますが、この糖化反応の最終産物をAdvanced Glycation End Products (AGE) と呼びます。現在までにpyrraline, carboxymethyllysine (CML), pentosidineをはじめ低分子AGEは数多く報告されています。

 このような歴史的経緯から、メイラード反応は1980年ごろまでは食品化学としての位置付けからの研究が多くなされてきましたが、現在では生体での反応系という認識・意義付けが強まり、AGE研究を始め新たな研究が展開されてきています。そのため本学会は、その前身となるメイラード反応研究会から、医学系(基礎生化学、病理学、臨床医学、薬学)と農学系(食品学、分析化学、応用生化学)がジョイントし、領域横断的な学術学会としてのユニークな展開を見せています。メイラード反応の初期反応は分かりやすいのですが、その後の中期反応、後期反応は極めて複雑、多種多様で、統一的理解はある意味困難かもしれません。しかし、その重要性は100年前に発見された時以上のものです。ある場合は本反応の進行が食品の品質に必須なものになり、またある時は病理学的に避けなければならないことになります。メイラード反応の解明、制御、利用のためには、一層の反応生成物の同定と性状解析、反応機構や経路のより詳細な解明、より高感度で信頼性の高い反応物や反応経過の検出法の開発、嗜好性や食品の品質ならびに安全性に関する評価、病理学的ならびに臨床医学的な診断法の開発ならびに病因論的解析、そして本反応の制御法の確立などが重要な観点です。このような背景のもと本学会は設立・運営されています。医学、薬学、農学、化学の研究者が一堂に会する機会は少なく、メイラード反応という切り口から、これらの異分野研究者が一堂に集い、活発な討論を行っているのが本会の特徴です。日本国内でのメイラード反応研究の中核的な役割を担うとともに、国際的なメイラード反応研究にも大きく貢献してきました。このような研究をより一層充実したものにするため、会員の皆様には学術研究会にご参加いただくとともに、新たな会員の発掘にはお力添えをお願いしたく存じます。いつでも新たな会員を喜んで受け入れますので、奮ってご参加ください。



国際メイラード学会

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