靈蘭之室 茶餘酒後

   ……休息している閑な時間

『太素』巻27十二邪(『霊枢』口問篇)
黄帝曰:人之嚔者,何氣使然?
岐伯曰:陽氣和利,滿於心,出於鼻,故為嚔。補足太陽榮、眉本,一曰眉上。
 嚏は、仁和寺本『太素』では右上のように書かれている。この画像自体はオリエント出版社の模写からの影印によるものだが、昨年の夏に杏雨書屋で実物を確かめてきたから間違いない。経文の二字と楊上善注の一字の間にも差は無い。
 嚏としたのは、直接的には『霊枢』によったのだけれど、勿論、それで問題無いだろうことは確かめている。
 左は『龍龕手鏡』口部去声から取った。嚏(嚔)はこのうちの或作。問題の文字は、この今とされる文字のやや変形したものであって、コンピューターで使える文字で一番近いものは啑であろう。『龍龕手鏡』では右部分の下方の人が廴のようになり、仁和寺本『太素』では左斜めはらい丿が亠の左端に達して庚となり、右斜めはらい乀が乚のようになる。啑噴鼻氣也は経文の「陽気和利にして、心に満ち、鼻に出る」とよく合っている。音帝も仁和寺本の左脇の書き込み都計反(杏雨書屋でほぼ確認できた)と同じ。ただし、啑はショウと読んで魚や水鳥がものを食べるさまを表すのに啑喋と用いるのが本来で、テイと読んで嚏と通じると言うのは、もともとは字形の混淆に始まるのではないかと思う。
 さて、もし底本の字形を可能な限り保存するという編集方針を採った場合、これをどのように表現するのだろう。口と庚が左右にくるのだろうが、真ん中の乚とも廴とも辶ともつかない形はどうしよう。銭超塵教授の新校正がどうするか、ちょっと楽しみである。
 もう一つの問題は、榮と眉。楊上善の注に「太陽起鼻上兩箱,發於攅竹;太陽榮在通谷,足指外側本節前陷中」と言うのだから、楊上善のつもりとしては榮は滎であるし、眉は眉で良い。
 ところが十二邪の篇末付近に再び「嚏補足太陽眉本」とあって、つまり足の太陽の眉本だけという可能性も否定しがたい。「榮」は単にツボの意味ということになる。『甲乙経』に「風頭痛,鼻鼽衂,眉頭痛,善,目如欲脱、汗出寒熱,面赤,頰中痛,項椎不可左右顧,目系急,瘈瘲,攅竹主之」とあるが、通谷のほうは「身疼痛,善驚,互引,鼻衂,通谷主之」くらいしか見つからない。
 また、仁和寺本では眉は実際には尸の下に月のように見える。『太素』巻十一・府病合輸に「膀胱病,……眉上熱若脈陷」云々とあり、この眉を『霊枢』邪気蔵府病形篇では肩に作っている。もともとは眉本であったか眉上であったか、はたまた肩上であったか、頗る疑わしい。

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